ウマ娘 エフェメールコメット   作:繊月ライラ

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第五話 惑う星

 

 

 

[よう、調子はどうだい]

[こっちは懐かしい顔ぶれと砂を踏み締めてるよ]

 

[お疲れ様です]

[こちらはあれからずーっと柴漬けです]

 

[漬け物つくってんの?]

 

[芝でした]

 

[びっくりした 芝だよな]

 

「芝です〜」

 

[まあ当然だろ、あんだけ走れりゃな]

[あんなの見せられちゃ、俺も負けちゃ居られねぇ]

[こっちはこっちで足掻いてみせるさ]

 

 

フォルティさんはあの後、予定通り故郷に帰って門別のお友達と再会したみたい。

色々良くして貰った恩があるんやけど……気にすんな、とさっぱりした様子で行ってしまいました。

別れ際にLANEを交換したので、これからも近況を送ってくれるそうです。

 

そんで、私はと言うと……

 

「今度こそ休んでね」と怖い顔で詰められて一日お休みし、その翌日からずっと、東雲トレーナーの元でトレーニングをしていたの。

ここ一週間近く、基礎トレーニングだけしてずーっと芝のコースばっかり走ってる。

それにはある理由があるんやけども……

 

 

「はっ、はっ、はっ……ふぅ」

 

「よっ、お疲れ。 メニュー終わった?」

 

「あっ、東雲さん……お、お疲れ様です」

 

 

東雲トレーナー。

お休みの直後、この人が発した言葉に私は耳を疑った。

 

 

……

 

 

「一週間後の選抜レースに出よっか」

 

「えっ」

 

「んー、距離は長めの方が良いけど、いきなり2000で本番は多分厳しいかな。 となると、第六レースの1800が一番……」

 

「ちょっ……ちょちょ、ちょっと、待ってください!?」

 

「ん、どうかした?」

 

「どうかしますよ!? 何言ってるんですか貴女一体」

 

「ま、懸念もわかるけど何とかなるって」

 

「……普通、何とかならない事くらい私でも知ってますよ」

 

「そうかな?」

 

「だって……もう“とっくに出走登録が終わってる”やないですか」

 

 

……

 

 

ここに来て少しの頃、近々行われるからと登録の説明だけは受けてたんやよね。

 

別に、出たくない訳ではないんやけども。

ただ、今の自分には無理やろうと思って、私は登録を見送ってたの。

 

つまり、何と言うか……この人は、私に「出走できないレースを目指したトレーニングを指示している」という訳で。

その癖、本当に間に合うのかと尋ねたくなるくらい基礎的な体力づくりに、ただ芝のコースを走るだけのトレーニングしか指示してこない。

ここ数日は「だいたいやる事わかったでしょ?」と言われ自主練で変わり映えのないメニューを反復し、その間東雲さんは何処かに行っていていました。

 

トレセンの中だとはいえ、登録が締め切られたレースに出走する事が。

いきなりの実戦に、私が食らいつく事が。

そんなことが、本当にできるのかと。

 

 

「それで……どうだったんですか?」

 

「……それが、ねぇ。その……」

 

「あっ」

 

 

やっぱりダメだったみたい。

わっかりやすいくらいにしょんもりしてますねぇ。

横紙破りって言うんでしたっけ?

こういう事はできないものなのよ、ルールって守る為にあるんやし。

それに、こう……諦めない事とか、不可能を可能にするって、なんかこういう事ではないと思うし。

 

おや?

東雲さんはしょんもりしたまま、おもむろに手に持ってた紙を広げて見せてきた。

なになに……えー、五月十四日。

明日開催の選抜レースの……出走者一覧やね。

指さしてるのは第六レース、芝1800m右回り。

出走者は八名、この中にアミちゃんもいる……あれ、九人に増えてる?

……ふ、増える事ってあるんやねぇ。

九枠九番、一体誰が……あ、私の名前だ。

 

 

「通っちゃったんだな、これが」

 

「うそーん……!?」

 

 

一転して、イタズラに成功した小さい子みたいににんまり笑う東雲さん。

その顔を見て、ちょっとだけ腹が立った。

 

 

 

───────

 

 

 

翌日。

 

 

「さて、流してみたところ調整も万全そうだね」

 

「これで万全なんですか……? 全然そんな実感ないんですけど」

 

「キミはこれまで通り、気持ちよーく走ってくれればそれでオッケーだから」

 

「曲がりなりにもレースですよ? そんな訳なくないですか?」

 

「初めちょろちょろ、後ぱっぱを守ればいけるいける」

 

 

そんな会話だけ交わし、私はゲート前まで送り出されてしまいました。

なんか……もっとこう、話すべき事ってあるんやないですか??

不安しか無いんですが。

 

うわ〜……なんかめちゃくちゃ見られてます。

そりゃそうですよね。

なんか急に自信なさげなのが混ぜこまれたら、「なんだコイツ」ってなりますよねぇ。

それもこれも全部、東雲トレーナーって人の仕業なんやけど。

 

 

「ちょっと」

 

「ひゃっ、ひゃい!」

 

「邪魔なんだけど。 突っ立ってないで早くゲート入ったら?」

 

「す、すみませんすみませんさっさと入りますぅ……」

 

 

ちょっと怖そうな先輩にもせっつかれちゃった。

さっさと行かなきゃ……

 

 

「ちょいちょい」

 

 

ふと、後ろから聞き慣れた友達の声がする。

 

 

「ん……あ、アミちゃん」

 

「ほんとにサラちゃん出るんだねぇ……」

 

 

朝にも顔を合わせた、ルームメイトでもあるアミちゃんだ。

なんだか困った様な顔をしているけど……何となく気持ちはわかる。

 

 

「急に出走者が追加されてびっくり、しかもまさかの同室で二度びっくり。 ここで見るまで半信半疑だったよ」

 

「あはは……そりゃそうやよねぇ」

 

「んま、でも手加減はしてあげないから。 頑張ってね〜」

 

 

それだけ告げて、ひらひらと手を振りながらアミちゃんは行ってしまった。

……やっぱり、知り合いを見るとちょっと安心する。

なんにも解決はしてないんだけど、ちょっとだけ肩の力が抜けた。

さて、私もゲートに……

 

 

「おーい、サラちゃーん!」

 

 

……今回の元凶の東雲さんの声。

一瞬無視してやろうかとも思いました……が、やっぱり話くらいは聞こうかと思います。

大事なアドバイスが貰えるかもしれないですし。

めちゃくちゃ不安になってる担当のフォローを、してくれるかもしれないですし。

 

そう思って、顔を上げると。

 

 

「皆ちゃーんと見てるから、気張っていこー!」

 

 

そんな呑気な発破が飛んでくるだけやった。

あれ、でも隣に誰か居る……?

片方の茶髪の人は、最近どこかで見たような気がする美人のウマ娘さん。

もう片方のフードを目深に被った男の人は……

 

 

「!? かかっ、か、かつら……」

 

「? サラちゃんどしたー?」

 

「い、いや……なんでも! なんでもないから!」

 

「なんでもありそうな反応だナー。 まあ特には聞かないけど」

 

 

……っせせ、セーフ……!

名前を言ってはいけない人扱いなのを忘れて、叫びかけちゃった。

お、落ち着け……とりあえずゲートに入って、落ち着いて考えよう。

がちゃん、という扉を閉じられた音に安心する日が来るなんて思ってもなかったです。

 

深呼吸、深呼吸……ふー。

改めて、状況を整理して。

 

 

『……トイン……。出……備が……ました』

 

 

なんで葛城さんが居るの????

えっ、改めて考えてみてもまるで意味がわからない。

東雲さんが呼んだ?

呼んで来るものなんですか?

というか、そもそも、私の走りを見に来た??

 

わ、わからない。

何が何だか。

初めから説明して欲しい。

とにかく走ればいいんですか?

それにしたって作戦とか……

 

 

ガシャン!

 

 

「あ」

 

『スタートです! おっと飛び入り九枠九番、大きく出遅れた!』

 

「ナニヤッテルノー!?」

 

「こっちのセリフなんですけどぉぉぉ!?」

 

 

ゲートインを済ませたって事は、何時スタートしてもおかしくないという事。

そんな基本的なことすら吹き飛んでいた私には……もう、がむしゃらに走るしかなくなっていました。

 

 

……

 

 

「……はい、手続きオーケーです。 こちらをお持ちください」

 

「ありがとうございます」

 

 

何時もの様に、受付から入校証を受け取る。

トレーナー資格を剥奪された人間など、出入り禁止にしてもいいだろうに……

現理事長も、通すようにしてくれているのだろう……奇特なものだ。

その好意に甘えている俺もどうかとは思うが、ね。

 

まあ、こうするのも恐らく最後だ。

今日の選抜レース、目に焼き付けて帰ろう。

さて、コースは……

 

 

「トレーナーさん」

 

 

ふと、懐かしい声が背後からかけられる。

振り返れば、見知った顔。

彼女が訪れるであろう場所は避けていたつもりだったが……待ち伏せられていたのは予想外だ。

 

 

「スティル……」

 

「お久しぶりです。 本当に、いらっしゃるとは」

 

 

スティルインラブ。

かつての俺の担当であり、死神の呪いに侵されなかった者の一人。

記憶より短くなった髪を結んで右肩の前に垂らしており、服装も趣味の瀟洒なものでなくラフなズボンスタイル、何より少し背が伸び、顔立ちも大人びていた。

 

 

「久しぶり。 今日は、仕事か?」

 

「いいえ。 今日はお休みを頂いています」

 

「そ、そうか」

 

 

彼女は今、ここの近隣の花屋で働いていると聞いている。

トレセンを訪れているならば、庭園か菜園の何かしらを卸しに来ていたのだと思ったが……どうやら違うらしい。

 

 

「……その、選抜レースを見にこられたんですよね?」

 

「あ、ああ。 そうではある、が」

 

「テイオーさんの予想通りですね。 むぅ……」

 

「……どうかしたのか?」

 

「……いえ、何でもありません。 ただ……」

 

「ただ?」

 

「一緒に、来ていただきたくて。 テイオーさんが、貴方を呼んでいます」

 

 

……テイオーが?

ずっと、ずっと逃げていた俺に今更……一体、何があるというのか。

今はまだ、皆目検討もつかなかった。

 

 

……

 

 

「……来たね」

 

 

選抜レースの行われるコース……その外周の、正面スタンド前に当たる部分。

その中の比較的人気の薄い部分に、彼女は居た。

 

 

「……テイオー、俺は」

 

「積もる話は後々。 単刀直入に言うと、キミに見て欲しい子がいるんだ」

 

 

気を使ってか名を呼ばず、あっさりと再会を流したテイオー……否、今は東雲トレーナー、だな。

彼女はずっと、ゲートインを済ませていくウマ娘達を見据えていた。

……見てほしい、とはどういう意味か図りかねるが、このタイミングという事は、仕上げを御覧じろと言う事か。

確か……彼女は、以前の担当と契約解除したばかりだったはず。

短期間で、それだけの仕上がりを見せる子と出会ったのか?

 

少しだけ……少しだけ、トレーナーだった頃の血が騒ぐ。

 

 

「……そうか」

 

「……」

 

「……あの、えっと……」

 

 

……意識的に抑えてしまったからか、喧騒の中に沈黙が生まれる。

だからか、周囲のトレーナー達の声が鮮明に聞こえた。

 

 

「やっぱり有力なのは、六番“ノクトヴィオラ”じゃないか。 あの仕上がりは頭ひとつ抜けてる」

 

「末脚のキレもピカイチだしなぁ。 スプリンターにしては長い距離を選んだのは少し不思議ではあるが……」

 

「末脚勝負なら四番“ヴェリアミーチ”も負けてないだろうさ。 加速力には目を見張るものがある」

 

「あの子は距離適性がまだ不明瞭だろう? 小柄にしてはかなりのスタミナがあるらしいが……」

 

「それをマイル戦に活かせるかどうか、だな」

 

「いやぁ、あんな有望株がウチにも欲しいねぇ……」

 

「どっちも先約あるからなぁ。 他の原石を見繕うしかないさ」

 

 

喧騒の内から、そんな会話が聞こえてきた。

なるほど……読めた。

スティルも得心がいった様子だ。

 

 

「君の新しい担当は、ノクトヴィオラとヴェリアミーチのどっちなんだ?」

 

「どっちも違うよ」

 

「!?」

 

「違うのですか!?」

 

 

あっけらかんと答えるテイオー。

そして彼女は、あの子だと別のウマ娘を指さした。

 

……見覚えのあるウマ娘だ。

少しだけ癖と跳ねのある、ポニーテールに結った銀髪。

左耳に、白と桃色の花飾りの着いた紺色のリボン。

あどけない顔つきに、蒼い瞳。

あの日と変わらない体操着姿に、九番のゼッケン。

仕上がりも、前に見た時からそう変わってはいない。

 

 

「……あの子、か」

 

「知ってたの?」

 

「少し世間話をした程度だな。 名前も聞いていない」

 

「ふぅーん……」

 

「それはともかくだな」

 

「ともかくで流さないでよ」

 

「あの子……なんだか、落ち着かない様子ですね」

 

「ん……確かに」

 

「君が管理すべき所だろうに……」

 

 

スティルに指摘されてしまったが、芦毛の彼女は妙にそわそわとしていた。

あれは、どうにも自信を持てない、といった様子だろう。

そこをフォローするのはトレーナーの役目……なのだが。

 

そう思った所、徐に。

 

 

「おーい、サラちゃーん! 皆ちゃーんと見てるから、気張っていこー!」

 

 

テイオーはそう呼びかけた。

……彼女は、サラと言うのか。

サラはこちらを向き、どこか呆れた様な顔を見せた後……一瞬、俺と目が合い。

驚いたように目を見開き。

そそくさと、逃げ込むようにゲートに入っていった。

 

 

『ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

「……大丈夫、なのでしょうか?」

 

「大丈夫。 あの子凄いから」

 

 

テイオーはサラを信頼している様だが……俺も、スティルと同意見だ。

あの様子では、どう見てもメンタルが良い方へ傾いたとは思えない。

 

そして、その懸念は的中する。

 

 

『スタートです! おっと飛び入り九枠九番、大きく出遅れた!』

 

「ナニヤッテルノー!?」

 

「……ちの…………んですけどぉぉぉ!?」

 

 

遠く、彼女がなにか叫んだらしき声が聞こえる。

俺が何か言うまでもなく……スティルが、テイオーを白い目で見ていた。

 

 

……

 

 

「はぁっ、はっ……もぉ〜っ!」

 

『九番、最後方からのスタートとなりました。 これは正解でしょうか?』

 

「やった事ないよぉ〜……!」

 

 

出遅れがモロに響き、サラは現在最下位の位置となる。

この位置からのレースは、サラにとっては初めての体験だ。

 

 

『ハナを奪っていったのは二番! 続いて五番。 これは先頭の奪い合いとなるか?』

 

「まあ、そうなるよね……!」

 

「焦らない、焦らない……じっくりとね」

 

『六番! 後方で控えています。 その後ろ、後方二番手に四番。 九番は未だ最後方となりました!』

 

「くぅぅ〜……っ!」

 

 

目の前には、同室の友人ヴェリアミーチの背。

その少し先には、先程圧をかけてきたノクトヴィオラ。

二人とも、持ち味の切れ味を活かした差しきりを狙い、抑えている。

 

 

「……厳しいやもしれんな」

 

「ええ」

 

「ま、まだまだ。 ここからだって」

 

「テイオー、君が彼女に信を置いているのは伝わったが……彼女は、追込脚質なのかい?」

 

「……先行か差しかな、とは思ってる」

 

「そうであるならば、やはりあのリードでは……」

 

 

スティルの感覚は間違っていない。

彼女自身も差しを主戦法にしつつ、先行を使い分けてきたウマ娘だ。

最後方、しかも差しウマ娘ともリードをつけられた状況とならば、最早追込の領分である。

脚質に合わせた戦術・戦略があってこそ、彼女らの脚は真価を発揮出来る。

適切な位置を取れなかったウマ娘は、まず実力を発揮できない事は自明の理だ。

この状況から巻き返す事は……彼女の様なルーキーには、極めて難しいだろう。

 

だが、トウカイテイオー……現東雲トレーナーは、まだ可能性を諦めていなかった。

 

 

「掛かる前に、サラちゃんがあの事に気づいてくれれば……!」

 

 

サラは、じわじわとヴェリアミーチの背後まで追い上げていく。

 

 

「……?」

 

 

そこでふと、何か違和感に気づいた。

何とは言えないが、出走直前まで感じていた“何か”が、今は全くない様に感じられる。

例えるなら、何か重しが取れた様な。

肩がほぐれたような。

頭が冴えるような。

 

 

(……違う)

 

 

そう、走り出し体温が上がったから体調が良くなった、などと言う訳ではない。

 

 

(みんな、私を見てない(・・・・・・)?)

 

 

お前を見ている、というプレッシャーが消えていたのだ。

すぐ近くまで迫ってきたというのに、ヴェリアミーチがサラを一瞥もしないのが証拠だった。

その理由は、出走ウマ娘たちの脚質にある。

 

 

「……しかし、先団が固まっていますね」

 

「そりゃあ、ね。 このレースの出走ウマ娘のほとんどは、逃げか先行脚質だからね」

 

「それは……知っていて、このレースに?」

 

「うん。 事前調査の時点で、たぶんこういう展開になるだろうとは、予測してたんだ」

 

 

そう……このレースは、実は。

完成度の高い差しウマ娘二名が一、二番人気を牛耳っており。

完成度で一枚劣る他のウマ娘たちは、皆揃って逃げ~先行の、前めの脚質。

前方のウマ娘たちは、実力的に上の後方ウマ娘を抑えるべく意識せざるを得ず。

後方のウマ娘は、数的不利の中前方の位置取りやブロック、マークに警戒しコース取りをしなければならない。

それ位は普通のことではないかと思うやもしれないが……これは、あくまで本格化を迎えたばかりのウマ娘達が集う選抜レースである。

海千山千の重賞級ウマ娘ならともかく、彼女らには決定的に“経験”が足りない。

 

はっきり言って、どちらの側に立っても他の者に構っている余裕など、全くないのである。

例えば、急にねじ込まれた実力未知数の地方ウマ娘などには。

 

 

(レースって……折り合いとか、競り合いとか、考える事が多いって聞いてたけど……)

 

 

じわじわと、じわじわと、リードが縮まっていく。

 

 

(……これって、今だけは好きに走っても、行けちゃう?)

 

 

ふと、レース前にかけられた言葉を思い出す。

 

 

(キミはこれまで通り、気持ちよーく走ってくれればそれでオッケーだから)

 

(初めちょろちょろ、後ぱっぱを守ればいけるいける)

 

「……!」

 

 

それは、色々と言葉足らずではあったのだが。

サラがとるべき作戦指示としては、きちんと的を射ていた。

……それはそれとして。

 

 

(……後で全部洗いざらい、吐いてもらいますからねっ!)

 

 

サラは激怒した。

必ずや、かの無茶苦茶な事しかしないし言わないトレーナーを、一度シメねばならぬと決意した。

 

だが……その裏腹に。

やるべき事を理解したからか、彼女の足取りからは迷いが消え。

その踏み込みは確実に、力強くなっていた。

 

 

「……動きが、変わったな」

 

「よし!」

 

 

レースも半ばに差し掛かる頃、サラの動きの変容は外からでも見て取れた。

前方に居るヴェリアミーチをペースメーカーに、外めの位置で抑えている。

明らかに脚を溜めている動きであるが……慣れない追込作戦に甘んじたか。

 

否、違う。

サラの顔付きは、「これで良い」と言う確信に満ちたものだ。

だからこそ、余計に分からない。

 

 

「……テイオー」

 

「何?」

 

「一体、どういう作戦指示をしたんだ?」

 

「指示なんてしてないよ」

 

「!?」

 

「していないのですか!?」

 

「正確には……してないと言うより“思い出させた”ってとこかな。 その上で、好きに走れば良い、って言ったよ」

 

「それは、どういう事で……?」

 

 

ふと、葛城の脳裏に過ぎるのは、一週間と少し前の光景。

栗毛……今レースに四番として出走しているヴェリアミーチ……及び名を知らぬ鹿毛ウマ娘と、三人で模擬レースをしていたサラ。

そのフォームは、本格化を迎えつつあるウマ娘の力強さを感じさせながら……そのスペックを全て殺しているような、どこかチグハグとした走り。

あの日の走りと、今目の前のサラの走りを比べると……今の走りの、なんと自由で伸びやかな事か。

 

 

「……ボクもね、心底驚いたんだよ。 笠松から中央に来たって言うんだから、ダート適正か、スプリンター若しくはマイラーなのかなと思ったんだ」

 

「順当に考えれば、そうだとは思いますが……」

 

「でもね、彼女は全然違ったの。 一体どこで、こんなもの身につけたのか知らないけど……」

 

 

1800m。

2000mでさえ“たったの”と枕詞を付けられる事もあると言うのに、更に200m短い距離。

折り返しを過ぎたかと思えば、あっという間に佳境へと突入していく。

必然、後方のウマ娘たちは、仕掛けに入り……戦局が大きく動き出す。

 

 

『さぁ、各ウマ娘の動きが激しくなってきました! ここから仕掛け時でしょうか!』

 

「「……!」」

 

「見ててね」

 

 

東雲トレーナーが、ニヤリと笑む。

 

 

「あの子、ここから飛ぶ(・・)から」

 

 

『後続が一気に差を詰めて来ました! 外を回って行ったのは六番! 内を縫って四番が進出! 先頭集団との差が縮まってきた!』

 

「これぐらいなら……! さァ、捲るよ!」

 

「させるかっ……!」

 

「くっ、させさせなさせっ!」

 

「このくらいなら、通れちゃうんだなこれが!」

 

「嘘……!?」

 

 

コーナリングしながらの、熾烈な位置取り争い。

やはり後方ウマ娘達が有利なのか、片や外から一気に捲りあげ、片や鋭く内を突き、悠々と差し切り体勢に入る。

そして……レースは最終局面に移ってゆく。

 

 

『最終コーナーを回って、先陣を切ったのは五番! しかしリードは僅か、外から六番、内から四番が先頭を狙っているぞ!』

 

「くっ……!?」

 

「いただきッ!」

 

「獲らせるかぁ!」

 

 

コーナーを抜け、最終直線に突入。

これまで後方で抑えていたウマ娘達の末脚が、鋭く煌めく。

 

 

『外から六番、見事なごぼう抜き! 四番も続いて抜け出した! 熾烈なデッドヒートに突入ッ!』

 

「「はあああああああっ!!」」

 

『やはりこの二人がこのレースの主役か! だが後続も懸命に追い縋る! 三番手には、大外から九番、先頭にぐんぐん迫り……』

 

 

 

「え?」

 

「あ?」

 

「!?」

 

 

『き、九番が上がってきたァ!?』

 

 

「は……!?」

 

「あ、え? サラちゃん!?」

 

 

実況の放送委員によって宣告された、理外のウマ娘の進出。

思いっ切り出遅れ最後方に居た、気合いの入っていない地方ウマ娘。

その彼女が、現在三番手で、しかも先頭二人に肉薄してきている?

それも、無視出来ぬほど走行距離の伸びる大外から?

 

観衆たちは当惑した。

一体何が起こったのか。

九番は、一体どうしてこれ程の伸びを見せているのか。

魔法か何かでも、使ったのかと。

 

当然、己が身ひとつで挑むレースなのだ……タネも仕掛けもある。

 

 

「……サラ、と言ったか。 あの子は、一体……?」

 

「本格化を迎えたばかりの子が、なんて走りを……ふふッ」

 

「お気に召したかな?」

 

 

元名伯楽に、元G1競走ウマ娘さえ驚嘆させるその走り。

その理由は、スパートの開始の瞬間にあった。

サラのフォームは、脚を長く使うストライド走法。

直線での伸びをウリとする一方で、コーナリングには向かず、トップスピードに至るまで少々時間がかかる。

そう、本来ならこんなにも速く、先頭への肉薄に到れる訳が無いのである。

では、何が起こったのか。

 

 

(あの子は、ストライドのまま外に振れながらコーナーに入り、そして……コーナーの半ばで、ほんのわずかにピッチ走に切り替え(・・・・・・・・・)、それをスパートの始点としていた……のか!?)

 

 

そう、サラの足はストライド特有の断続的なリズムの最中、一瞬だけピッチ走法のブラストビートを奏でたのだ。

それは本来ストライド走法では不可能な急加速を実現し、彼女の速度を一息にトップスピード付近にまで押し上げる。

全く注視していない内にそんな理外の走法を使われたが為、他のウマ娘達はまんまと出し抜かれてしまったのだ。

 

多くのトレーナー陣は、肝心のそこを見逃している。

しかし、既に殆どの観衆達は、サラの走りに目を奪われてしまっていた。

後方脚質かと見紛うその驚異的な加速と食らいつき。

それを担保するスタミナとパワー。

一朝一夕の付け焼き刃では、ましてまともなレース指導も無いままでは、決して得られないもの。

それらを兼ね備えた異容に、釘付けにされているのだ。

 

そして、何よりも観衆の目を引いたのは……やはり脚の使い方だろう。

 

 

「なんだ、あのフォームは……?」

 

「す、ストライドだろ……? でも、どうしてあんなにも低い(・・)んだ?」

 

 

直線に入り、まるでスイングバイの様に勢いをつけたサラが飛び込んでくる。

正面スタンド前の位置で観覧していたトレーナー達には、漸くそのフォームが側面から見て取れる様になった。

それ故に、その異質さが目に映ったのだ。

 

サラのストライド走は、ただのストライド走ではない……上体を他の誰よりも傾けた、超・前傾姿勢とでも言うべきものだ。

広く柔軟な可動範囲と、圧倒的パワーを有する者にだけ許された走り。

それ故に、最高速度に達した今のサラは、まるで低空を飛翔する猛禽か何かの様にすら見える。

ストライド走で走るウマ娘は、同レース中に他にも居るが……その歩幅は、他とは比較にならぬ程に広いものであった。

 

 

「……!?」

 

「……!」

 

「あれ、は……」

 

 

新鋭たちのざわめきとは一変して、中堅以上のトレーナー……葛城含む……は、その走りを見て絶句していた。

何故ならば、知っているからだ。

その低く滑るような伸びを。

その足運びが生む、圧倒的推進力を。

芝に深く、深く蹄跡を刻む、その走りを。

似ているのだ、“怪物”に。

しかも地方から来た芦毛だと言うのだから、否が応でもかつて目の当たりにした伝説が脳裏を過ぎる。

 

 

「オグリ、キャップ……」

 

 

誰かがそう呟いた瞬間。

とうとう、彼女は先頭に到達する。

 

 

『きっ……九番だ! 九番抜け出したっ! 六番、差し返せるか! いや……ぐんぐん伸びる! 九番がリードを開いていくッ!』

 

「「……っ!?」」

 

 

ノクトヴィオラとヴェリアミーチは困惑した。

もちろん、サラがこれ程までの伸びを見せる事にも驚愕しているが……それよりも。

 

 

(サラちゃん、笑ってた……??)

 

 

追い抜かされる一瞬見えた、サラの横顔。

その口角は、明らかにつり上がっていた。

それは、決してレース相手を嘲る様なものではなく。

 

 

(アイツ……好きな様に走って、ああなの!? どれだけの余裕が……?)

 

 

ただ、芝の上を駆ける事を楽しんでいるからこそ、自然と漏れ出た笑みであった。

そして、その有り余るスタミナと余裕を示すかの様に、白銀の彗星はみるみる遠ざかってゆく。

 

 

『残り50mを切った! 圧倒的だ九番! これはセーフティーリード!? まだ伸びる! まだ突き放す!』

 

「……ねぇ、トレーナー(・・・・・)」

 

「……」

 

 

どよめきの中、東雲は静かに語りかける。

葛城は応えない。

だが、敢えて口にされたその肩書きが誰の事を示しているのかは、明白だった。

 

 

「あの子はね、一時的にボクが預かってるだけなんだ。 どうしても、とあるトレーナーに付いて貰いたいからって」

 

「……あれ程の子に、そう想って貰えるトレーナーは幸せ者だな」

 

 

構わずそう語る東雲に、葛城はおどけた様に肩を竦める。

東雲は振り向き……フードの奥の瞳を真っ直ぐ見据え、言い放った。

 

 

「その幸せ者は、キミだよ」

 

「……!」

 

 

葛城は面食らった。

サラと言った彼女は、自身が居なくなった後に中央に入ってきたウマ娘だ。

事情を知らず、実感がない彼女が理想を言う事は、理解できる。

だが、それを肯定する東雲は、トレーナーとしての葛城の最期を看取った一人だ。

現実に、どれだけの問題が、どれほどの障害があるのか、身に染みて理解している側だ。

 

 

「方法ならあるよ」

 

「……」

 

「もちろん、大手を振って歩ける正式なトレーナー、とはいかないけどさ。 キミがあの子の想いに応えられる様にする事は、できそうなんだ」

 

「……」

 

「……ボクは。 ボクたちは、キミとずっと、一蓮托生のつもりだよ」

 

「……っ」

 

 

ふと、葛城はスティルの方を見やる。

彼女も、同じ想いを瞳に宿していた。

 

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「もう一度、一緒に走ってみない?」

 

 

西日の逆光を背にした東雲……その後ろで、銀灰の風が一陣、ゴール板を吹き抜けた。

 

 

『ゴォールインッ! 大番狂わせ! 勝ったのは九枠九番!

─サラ───ヤぁッ!!』

 

 

スピーカーの拡声でその名が響き渡った。

 

被りの奥で、ある男の目が見開かれる。

 

この場に居合わせた者たちは、その名を脳裏に刻み。

 

ある男は、その名に“運命”を感じていた。

 

 





本話サブタイ引用楽曲: 惑う星 / 結束バンド

巡る星が連れてきたのは、希望かそれとも終わりの始まりか。
ともかく、御伽噺の幕は上がった。
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