懐かしい夢だった。
昼を少し過ぎた頃、パチリと目を覚ました。
そういえばあの時、森を燃やした下手人は捕まってなかったんだっけか。
人間か、レゾナンスかすらもわかっていない。
10年近く前だが……まだ調査中だったはず。
なんて寝起きの頭でぼうっと考えていると、勢いよく病室の扉が開かれた。
扉が勢いよく壁に叩きつけられ、大きな音を立てる。
病人相手になんてことするんだ、他の患者さんがびっくりしてしまっているじゃないか。
医療所の人を呼んで対処してもらおう。
足音は真っ直ぐこちらに進み──
「ノーバット君!」
「うわぁ!?」
クルスは何やら紙切れを握りしめ、興奮している。
「とりあえず落ち着いてください。何かありましたか……?」
ベッドから起き上がり、クルスの肩を押さえる。
乱れていた呼吸が落ち着いてから、クルスは口を開く。
「セレネー……セレスさんが病室から消えたんだ」
「消える……?」
脱走か?
いやいや、ここは蛮国じゃないんだし脱走はないか。
「ええ、こちらの助手にも連絡がなかったから……抜け出したと言ってもいいだろうね」
脱走だったわ。
「抜け出してって……なんでまたそんなことを?」
「それに関してはこれを読んでほしい」
差し出されたのは、手に握られていた1枚の紙切れ。
それを受け取って目を通す。
えーっと……
「これ以上、あなたに迷惑をかけるわけにはいきません…………???」
これ、ただの謝罪文と護衛報酬を受け取るようにしてくれるっていう証明書だな。
経費として治療費を払うという旨も書いてる。
それはいいんだけど……護衛が怪我したからって謝られても困る。
「ありがとうございます」
「一緒に彼女と君の治療費を置いていっていたからこちらとしては問題ないけど……」
困ったような表情をしてこちらを見るクルス。
患者が逃げたとしても、金を置いて行っているのなら問題ないのでは?
なにか訳ありか。
あるとしたら……魔力を蝕んでいた毒のようなものに関連していると思うんだが。
まぁいいか、どっちにしろ会いに行くつもりだったんだし。
「私、これからセレスさんを探すつもりですが……何か伝えることありますか? 伝言くらいなら承りますが」
「そうかい? ならそうだね……」
待ってましたと言わんばかりに食いつくクルス医術師。
「今回は見逃すけど、医術師の言うことは必ず守るように、と伝えてほしいね。治るものも治らないよあれじゃぁ」
「わかりました。一応伝えておきますね」
んー……あの慌てようから本心じゃないっぽいけど、追求するほどでもないよな。
少し落ち着かない様子のクルスを見送り、ぱぱっと身支度を済ませる。
といっても、殆どの持ち物はガイアのところだ。
こういう場所にはガイアのように身体の大きいレゾナンスを待機させる場所があるはず。
おそらく中庭。
そこくらいしか広い場所がなさそうなんだよね。
私のようなコンダクターには、ちょっと辛い医療所だ。
外に出て中庭に入ると、案の定ガイアが出迎えてくれた。
「体中草まみれじゃないですか」
おそらく寝ていたのか、だるそうな目をしたガイアが大きな欠伸をする。
それを軽く払ってやると、ガイアは鼻で植木の先を指し示した。
「……セレスさんですか?」
「ガゥ」
あぁ……
あそこが窓で、病室から死角になってて……なるほど。
というかガイアは気づいてて普通に見送ったのか。
「まぁ、流石に即出立なわけないですし……急ぐ必要もないでしょう。行き先の案内だけお願いします」
レゾナンスたちが蔓延る危険地帯を抜けたんだ、どんな屈強な戦士でも丸1日は休息に当てる。
でないと心がイカれてしまうから。
例外的な──日常的に命を危険に晒され続け、適応した異常者でもなければね。
「ガゥ?」
「あぁ、そうですね。鎧を付けたいので魔法しますね」
預けていた鎧を受け取りガイアとシンクロ、魔獣鎧を使う。
鎧が形状を変え、服を着るように鎧を着込んでいく。
普通の鉄鎧でこうはならない、これはガイアから貰った鉄片のような素材から作った特別製の魔道具だ。
これを見たクルスは驚いていたな。
シンクロ前提で装備を整えるコンダクターは数多くいるが、こんなふうに全身鎧まで整えるのは珍しいだとか何とか。
鉄片なら、剣とか盾とかが主流かな?
「よし、終わりましたね」
鎧を着込み終わり、シンクロを解除する。
やはり鎧はいい……
全身で
「ガァッ」
「あ、すみません。行きましょうか」
あまり堪能し過ぎると、ガイアに気持ち悪いとしばかれるのでさっさと移動を開始する。
ガイアがセレスの臭い、痕跡を辿りながら進んでいく。
その後ろをついていく。
「真っ直ぐ街の中心ですか、傭兵組合に向かってるんですかね?」
新しい護衛を雇うのなら納得できる。
通常依頼を受けて次の日、もしくは数日後に出発するのが普通だ。
距離があるのなら馬車を用意する必要があって、他にも準備が大変だからな。
「安いよ安いよ! パープルアップルが1個10エコーだ!」
「奥さん! 見てよこの新鮮な肉を! ……え? 何の肉か? あはは面白いことを言うね!! …………1つ70エコーでどう??」
「旅人さん! 保存食の干し肉はご入用じゃありませんか!? 安くしときますよ!」
と、セレスは商業区を通っていったらしい。
威勢のいい商人の声が響き渡る。
追いかけるついでだ、装備を整えていこうか。
この国──交国は複数の国を繋ぐ立地の関係から色んな人が訪れる。
だからか、たまに面白いものも売られていたりする。
「親父さん、それは?」
「お、熊のお兄ちゃん! これに興味あるかい? これはな、西の方で活躍したっていう勇者サマを模した木彫りだよ」
「えぇ……」
こんなふうに、マジで意味がわからないものもある。
顔すらわからないし本当に模しているのか?
ちなみに、ここから西って言うと紫の森の方角となる。
更に西となると……交国の王都を越えて響国がある。
交国でそんな話は聞いたことがないので、多分響国かな?
「ま、まぁそれは置いておいて……こっちの赤いのは?」
正直、木彫りなんてものはどうでもいい。
本命は横にあった真っ赤な球体。
この距離でも薄っすらとだが、ハーブのような臭いを感じ取れる。
「それかい? ミミックマンティス居ただろ、あの囮の部位を使ったペイントボールってやつだよ」
「へぇ……魔道具ではない、と」
「素材の特性を使っているだけだからな。魔力がなくても当てたり、割ったりしてマーキングするんだってよ」
握りこぶしより小さいくらいの大きさ、投げるのには適している。
殻の中身は液体か、揺れた時の中身の動き方がそれっぽい。
果物系の誘引器官を溶かし、かなり特殊な配合をしているのだろう。
虫などを寄せ付けるマンティスの誘引器官の臭いを反転させ、その他の特性を保っている。
「これ3つください」
「おっ、買ってくれるのかい!」
面白いアイデアだし、実際有効そうだ。
「1つ200エコーが3つで600エコー……こっちの木彫りはいらない?」
「600エコーですね……一応聞きますがいくらですか?」
「1800エコー」
無言で600エコー分の
1800エコーって何だよ、高級宿に泊まれるぞ……正気か??
ペイントボールの臭いが漏れるとガイアが嫌がるので、袋に詰めて口を縛る。
更に道中、足りなくなりそうな消耗品を買いながらセレスを追いかける。
すると、やはりと言うべきか1つの建物に辿り着く。
傭兵組合。
だが、ガイアの様子から既にここにはいないようだが、中に入るためガイアに待機してもらう。
依頼が出ているかどうかの確認、紫の森の護衛報酬は貰っておくべきだろう。
そう思い、傭兵組合の入り口に向かおうとしたその時だった。
向かい側の街道を駆けてくる傭兵の姿があった。
遠目でも分かるくらいにボロボロで、地面を転がったのか全身が土だらけだ。
その傭兵は一目散に傭兵組合に飛び込み、外にいる私にまで届く声で叫ぶ。
「黒いレゾナンスに襲われ護衛依頼を失敗した! まだ依頼者の女性が取り残されているんだ、救助を頼みたい!」
なぜか猛烈に嫌な予感がした。