ギッリギリだった。
いやマジでギリギリだった。
右手でガイアを掴み、ガイアに魔獣鎧を変形させ、私の両腕の間にセレスを寝かせられる簡易寝台を作ってもらってようやく人心地がついた。
「ぅ……」
「セレスさん?」
セレスがうめき声をあげる。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
褐色肌でも分かるくらい深く刻まれた隈。
今にも閉じてしまいそうな弱々しい灰色の瞳。
魔人の象徴である角に走る赤い亀裂。
危険な状態だ。
「どぅ……て……」
「どうやって? それともどうして? でしょうか」
ガイアに近くの岩壁に止まるように指示を出す。
「どうやって、についてですが……簡単ですよ、風向きです」
ガイアが足を止めるのを確認し、セレスをゆっくりと抱き上げる。
「あなたの護衛をしていたトライマンの方から、襲撃者は風の魔法を使う……そうお聞きしていたので、不自然な風の流れを追ったのです」
セレスをゆっくりと地面へと寝かし、荷物から毛布を取り出して枕にした。
本音を言うと霧を遮断するためにマスクが欲しいところだが……仕方ない。
「道中、槍使いの方とお会いしましたよ」
風の流れが変わった。
あんまり時間はないな。
「武器を失ったため、助けを呼びに行ってくれているはずのスグルさんが連れてきた援軍を誘導するために残っていたそうです……いやはや、優秀な方だ」
アナライズ。
やはり、体中ノイズだらけになっている。
「そして、どうして……その回答ですが──」
やっぱり……魔力を含んだ霧の分、紫の森よりやりにくいな。
でもやるしかない。
「当然、あなたを護るために決まっているでしょう?」
シンクロ、スタート。
私を中心に魔力の波を広げていく。
10m。
15m。
──
この霧の渓谷に住むあらゆるレゾナンスとガイア、セレスの魔力とぶつかり、反響する。
ひたすらに魔力を浅く、広く放出していく。
それは魔力の霧を越えて1体1体、全てのレゾナンスの魔力の波長を感じ取り、私の魔力を調律し、重ね、同調させていく。
虫も、動物も、植物さえも。
同調率、一律3%
シンクロを拒絶した黒猪以外の、半径300m以内全てのレゾナンスとのシンクロに成功した。
視線をセレスへ向けると、信じられないものを見ているような目で私を見ていた。
構わず右手をセレスへ差し出す。
「さぁ、セレス。君が
魔力の波をセレスへ向ける。
だが、セレスが答えてくれる気配はない。
「だ……め…………」
拒絶されている。
けれど、こっちもこっちで魔力がやばいんだ。
「悪いね」
「……ぇ?」
送る魔力の波長をセレスの魔力と合わせていく。
「ぅ、そ……」
同意なしのシンクロは重犯罪だ。
なので私は今、数百単位で犯罪していることになる。
バレれば捕まり、処刑されるが……
この瞬間、セレスを助けるためならそれでも良い。
シンクロ成功、同調率11%
セレスの溢れた感情が流れ込んでくる。
困惑、苦痛、悔悟。
同じように、私の感情もセレスへと流れていることだろう。
そして、
「ぐっっ!!」
セレスを蝕む異常な魔力が私へ流れ込み、私の魔力をも蝕もうとする。
「ぁぁ……あぁ!」
そんな私の様子を見て、セレスが絶望した声を上げた。
あぁ、初見はヤバかった……ヤバかったさ。
私の魔力を半分、ガイアから借りた魔力を3割程持っていかれた。
シンクロを通じて他人の魔力をも喰い殺す特性。
対象を苦しめ、孤独に殺す侵食する悪意。
おかげで私は今もガス欠寸前だ。
この悪意にも、弱点があった。
それは、複数種混じった魔力を喰らう場合は喰らい始めるのに時間がかかること。
シンクロをしている混じった魔力は喰らいにくい。
いやまぁ、シンクロしている相手にも侵食するという特性の時点でその対策はされているようなものだが……
「安心してくれ」
それに恐怖せず、正しい対処方法──非常に多くの魔力を混じり合わせた魔力によって悪意を押し潰すこと。
それも種類が多ければ多いほど押し潰しやすくなる。
そうすることによって、現在は浅い侵食までなら完全に消し去ることが可能だった。
アホみたいに魔力を使うけどね。
私の魔力では足りないので、霧の渓谷のレゾナンスたちから借り受ける。
私へ侵食した魔力を消し去り、そのままセレスの異常魔力を抑え込んでいく。
……セレスを侵食している魔力は完全に消し去ることは出来ない。
深く侵食され過ぎている。
それでも、押さえつけることは出来る。
体の8割を侵食していた異常魔力を、3割程度に抑え込んでいく。
セレスから流れ込んでくる感情から、苦痛が消えていく。
代わりに困惑と混乱が大きくなってしまったけども。
一先ず危険な状態は脱したと判断し、ガイア以外の全てのシンクロを解除する。
……朝より少しだけ侵食が進んでしまっていた。
これはセレスのように、深い侵食を受けている相手には抑え込むことしかできない対処療法……応急処置に過ぎない。
「体が、軽くなった……?」
「動かないで、ください……失った、魔力は……回復していませんので……」
「ノーバット、さん……!?」
息が乱れる。
でも休んで居られない。
風が吹いているから。
魔力感知は役に立たない、正確な位置も魔法の発動も分からない。
……まぁ、さっきシンクロを弾かれたし、風の向きからある程度はわかるけど。
「ガイア、初弾のガード……頼みますよ」
「ガゥ」
風が止む。
彼が来た。
ガイアが私たちの前に立ち、魔獣鎧を使用。
鉄のような魔獣鎧が甲冑のように全身を覆っていく。
そして、その形状は少し特殊である。
「尖ってる……?」
それは舟につける
風切り音。
ガイア越しに、半透明な塊が迫っているのが見えた。
まぁ、そうだよな。
呼吸をできる限り整え、気合いを入れる。
「失礼します」
「わっ……!?」
セレスを影にするために、上から覆い被る。
瞬間、爆発音。
強烈な風とともに、水飛沫が激しく背中を叩く。
やはりこれは、霧の砲弾。
魔力の霧ごと空気を圧縮し、射出している。
確かにこれは……まともに喰らえば、どんなに鍛えていても一発KOだろう。
こんな事が出来る猪系統レゾナンスは……1種しか思い付かない。
「ガアアアア!!」
そのための鎧、そのための形状。
霧球はガイアに通じない。
「ブモ!?」
驚愕している黒猪──
クマだけどラムアタックだぜ!
「ブモォォォォ!!!」
でもまぁ、やっぱり硬い。
必殺熊射出式人間砲弾をやったからわかるが、この爆風猪……異常な程に頑丈なんだ。
自然のものじゃない。
人為的な魔力による強化、それも寿命を削り切るほどのもの。
本来生息している
従来の灰色とは程遠い黒の毛並み。
そして、ここまでしても感情を感じさせない無機質な瞳。
…………
「の、のーばっとさん……?」
「──あぁ! すみませんすぐどきますので!」
「いえ、それは……それもそうなのだけど、とても怖い感じがしたから」
いかん、
「ごほん……戦闘中ですからね」
「……」
さて、ガイアから伝えられた情報によると……この爆風猪は異様にタフで仕留め切るのが難しいとのことだ。
だろうね。
倒し切るのは難しい、シンクロは弾かれる、逃げるのは……
ちらりと爆風猪の奥に視線をやる。
そう考えていると、爆風猪の様子が変わった。
「ブォッ!!」
爆風猪がガイアを振り払い、距離を開けた。
魔法か?
だが、さっきの霧球はガイアには通じない。
他に考えられる魔法の使い方でも、この環境と
「ガァ!」
ガイアから強烈な危機感の伝達。
手斧を右手に持ち、臨戦態勢を整える。
「ぐぅ……っ!」
「セレスさん!?」
「だめ……レゾナンスに……
あれ?
答えは直ぐに分かった。
爆風猪の牙が黒く染まる。
──それは、セレスの中にあった
「ブモォォ!!!」
「
爆風猪はガイアへと走り出した。
魔力残量について話をしていますか?