黒い靄。
悪意と同質。
侵食という言葉。
距離は至近。
ガイアは重量系。
回避は不可能。
受けるしかない。
だが、喰らってはいけない。
もう私には、あの侵食を抑え込む魔力はないのだから。
ガイアに向けて思念を送る。
ガイアは、魔獣鎧を輝かせながら爆風猪の牙を正面から迎え撃つ。
激しい衝突音に、砕けた魔獣鎧の破片が飛び散った。
迎え撃ったガイアの体が、勢いに押されて数メートルほど後退する。
「ブモ!」
爆風猪の、勝ち誇ったような鳴き声が聞こえる。
「っ!」
険しい顔でガイアのもとに向かおうとするセレスを、ゆっくりと手で制する。
何だよ、
確かにそうだろうな。
セレスを診ていたからよくわかる。
その侵食とか言うやつは本来、人間じゃなくて全身が魔力で構成されているレゾナンスに対してのものなんだろ?
人間である私ならともかく、レゾナンスであるガイアに侵食できれば……たちまち取り返しのつかないことになるのは想像に難くない。
でもまぁ──
「受けちゃいけない攻撃なんて、他にも幾らでもあるんで……対策を立ててないわけないんですよね」
「…………ブモ!?」
牙が当たって砕けた魔獣鎧、その下から別の魔獣鎧が黒い靄の進行を防いでいる。
「あれは……?」
「多重装甲です。ガイアの鎧を、複数層のものに作り変えさせました」
「多重装甲……でも、あれじゃ侵食は……」
黒い靄が、ガイアの魔力で作られた魔獣鎧へと移っていく。
やっぱそうなるか。
「セレスさん、動かないでくださいね。危険ですから」
位置関係は変わっていない。
私がセレスの盾に成れる立ち位置。
ガイア、ゴー。
「ガアア!」
ガイアの魔力が、全身から放出される。
魔獣鎧が砕け、その破片が全方位に向けて飛び散っていく。
「ブモォ!?」
「……爆発した?」
これがガイア式リアクティブアーマー。
鎧を侵食した魔力が、ガイア本体に行くまでに切除する。
全方位、敵味方関係なく巻き込む緊急手段。
破片が私の鎧を叩く。
そこそこの距離があるこの場所でこの勢いだ。
目の前に居る爆風猪は、さぞ痛かったことだろう。
それでもって、当然爆心地であるガイアは何事もないので……
再度発動した魔獣鎧を纏った右腕を、体をひねって極限まで振りかぶる。
魔獣鎧が更に発動。
その右腕が、まるでハンマーの先端のように大きく形作られていき……そして──
「グオオオオオオッ!!!」
「ブッ────」
ここまで届く風切り音、骨が砕け、肉が潰れる音。
爆風猪は悲鳴を上げることすら許されず、その巨体を浮かび上がらせて吹き飛んでいく。
地面に2度、3度とバウンドし、ようやく体を止める。
そしてその巨体の横に、根元から折れた真っ白な1本の牙が地面に突き刺さった。
靄が消えてる?
そういえば、散らばった破片にもガイアのハンマーにも靄のようなものはないな。
もしかして、生物に侵食するまでは固定化されない?
「ブ、ブォ!」
おい、もう起きるのかよ。
ちょっとは考えさせてくれ。
「ブオォ! ブォオ!」
霧のせいで確信が持てないが、ハンマーが直撃した片目は潰れ、体はふらついているように見える。
頭蓋骨にまでヒビがいってそうな勢いだ。
だがそれでも爆風猪は戦意を収めない。
その視線はこちらを、正確にはセレスに向けられている。
流石にもう一撃で動けなくなる筈だが、当てるのが難しい。
ガイアはハンマーを解除し、元の鋭角な魔獣鎧の姿で私たちの前に立ってくれる。
ガイアの魔力量も結構危うい、自由に扱える分の残量は3割といったところか。
それ以上は生命維持に支障が出る。
大振りは隙が大きい。
さっきみたいに組み付いても、簡単には当てさせてくれないだろう。
「もう一度、当てられればいいのよね」
私の思考を読んだのか、セレスがそう言って立ち上がった。
確かにあの鎖の魔法なら、爆風猪の動きを止めやすいだろう。
だが今の状況を顧みて、結論を出す。
「その必要はありませんよ」
視線を一瞬だけ爆風猪の背後に向け、爆風猪に戻す。
爆風猪は距離を詰めないようにか、魔法で霧球を発射し続ける戦法へと変えていた。
まぁ実際、有効的だな。
それが一発でも私たちのところに撃たれたなら、かなりきつい。
手斧を腰に戻し、
「ガイア!! 動きを止めます、叩き込め!!」
右手が爆風猪に見えないように背後に回し、
それでセレスには意図が伝わったようだ。
ガイアが走る。
その後ろに続いて私も走る。
「ブモォッ!!」
霧球が放たれる。
先程よりも大きく、密度の高いそれは寸分違わずガイアの頭部に叩き込まれ、大量の水飛沫と強風が巻き起こる。
当然対策をしているガイアに対してのダメージにはならない。
だが、視界は悪くなるし速度は落ちる。
霧球の目的は攻撃ではない、目隠し兼速度落としだ。
爆風猪がガイアの進行方向からずれる為、体の向きを変えている。
これをガイアに伝えることはできるが、それでは更に速度が落ちてしまい……それでは致命的な一撃にできない。
そうなることは予想していた。
だからこそ声を掛けた。
ペイントボールを爆風猪の鼻先へと投擲する。
これが当たれば、爆風猪のように知覚に嗅覚を頼るタイプの生物は怯んでしまう。
さっき逃げる時にそうなったように。
「あっ!」
背後からセレスの悲鳴が聞こえる。
ペイントボールが、爆風猪の残った牙で弾かれたからだ。
何とも器用なことをする。
最初から狙っていたのだろう。
ペイントボールはもうない、爆風猪は悠々とその場を離れようとして──
その後ろ足に弓矢が突き刺さった。
「ぶ、も……っ!?」
爆風猪の背後、戦闘開始からずっと息を潜め続けていたトライマンの弓使いが立っていた。
意識外からの不意の一撃。
肉体的には大したことないダメージだろうが……体は一瞬硬直する。
その一瞬で充分。
ガイアが加速する。
躱せないことを悟った爆風猪が、最後の牙を構えて迎え撃つ。
最高速に到達し、ガイアの衝角が爆風猪にぶち当たる瞬間。
シンクロを通じてガイアの魔獣鎧を調整する。
重く、硬く、鋭く。
インパクトの瞬間に跳ね上がった質量。
牙が1本しかない爆風猪は当然耐え切れず──
砕けた牙を撒き散らし、ついに地面に倒れ伏した。