あわや留置所行きになるところだったのだが、ガイアのケツに対しての想いということでどうにか乗り切った。
乗り切れたかこれ?
無理だよ、もうあの街に帰れないよ。
「そういえばルストのカスのこと、苦情を入れるのを忘れてましたね……」
「何の話かしら?」
「なんでもないですよ。それよりももう街を出てかなり経ちますし、フードを取ってはどうですか?」
「……もう少しかぶっておくわ」
「それは残念」
「けれど、本当に草が紫色なのね」
セレスが視線を足元へ落とす。
街を出て1時間。
紫の森にはまだたどり着いてはいないが、ここらへんから徐々に植物が紫の色素を含んでくる。
何が原因だったっけ?
確か、ここ特有の魔力と日光の関係で紫色になっているとかなんとかと資料に書いていたはずだ。
「グランドグラブさえも紫色……」
グランドグラブは芋虫の姿をした体長数センチほどの虫系レゾナンスだ。
所謂自然の掃除屋というやつで、腐敗した植物や菌類を食べ、土壌を改善する糞を出す。
どこにでも居て、適応能力がずば抜けて高いのでその土地に最適化された進化を遂げる。
「見た目は悪いですが、毒などは含んでいませんよ」
「そうなのね」
「コイツが草食べて紫色になって、コイツを食べた虫が紫色になって……最終的に全部紫になるんですね」
「人も紫になるのかしら」
紫色の人間……なんか嫌だな……
いやしかし……
「ふぅ……」
「休憩しますか?」
「いいえ、大丈夫よ」
セレスの呼吸が少し乱れている。
本人の言うとおり、まだ大丈夫なのだろうが……
日はまだ高い。
この調子ならあと5時間は歩けるだろう。
だが、森の中で消耗は少し怖い。
「ガイア、魔法を頼む」
「グァ?」
「あぁ、ちゃんとサイズは調整してくれ」
ガイアの体が淡く光り出す。
そして光が収束し、ガイアの外皮が……鎧が変形していく。
「何をしているの……?」
「鞍を作ってます」
「鞍……」
「ガイアの魔法は“
ガイアの放つ光が収まる。
体の輪郭に沿っていた鉄片の装甲が変形し、背には座るための窪みが形成される。
足を掛けられるよう、小さな鉄片が両脇へ突き出している。
「騎乗に適した姿となれるわけです」
「……」
息を呑む気配。
ガイアの繊細な魔力操作に驚いているのだろう。
実際ものにするのにかなりの時間を要したしな。
「さぁ、お手をどうぞ」
「えっと……?」
「乗るんですよ。歩くの疲れましたし」
いや、手よりも足を上げるほうがいいか?
差し出した手を下ろして組み、足場にする。
手甲の内側は細かい作業ができるように布で出来ている。
人を持ち上げてもバランスを崩させることはない。
「さぁ、乗ってください」
「……ありがとう」
「いえいえ、お気になさらず」
セレスが乗ったことを確認し、鉄片に足をかけて飛び乗る。
うーん、どれくらいなら大丈夫かな?
「セレスさん、乗馬の経験は?」
「……少しなら」
「なるほど、それは良かった」
乗馬の経験は嘘じゃないな、小柄ではあるが鞍に跨るとき迷いがなかった。
今も重心をガイアに寄せ、落ちることの無いように構えている。
だったら……これくらいかな?
ガイアの肩を三度ほど叩く。
「その経験ほとんど役に立たなくなるのでしっかりと捕まってくださいね」
「……え?」
「ガイア、ゴー」
ガイアが加速し始める。
軽く、滑らかに。
たった数秒で騎馬を超える速度に到達する。
「人を二人乗せてこの速度……それに殆ど揺れがない……?」
「この魔法、作る鎧の硬度やらも調整できるんですよ。足にそれを作りクッションにしています。あと鞍代わりの鉄片も柔らかいでしょう?」
実際には鉄じゃないしな。
魔力で作られた鉄っぽいナニカだ。
便宜上鉄片、鎧と言っているだけ。
振動を調整しながらというのは結構な魔力消費をするので長くは走れないが……今回に限っては問題ない。
直ぐ着くし。
でもまぁ、手持ち無沙汰なので雑談に興じることにしよう。
「セレスさんはどこを目指して旅をしているんですか?」
「えっ?」
依頼書が回収されたせいで知れなかった事を聞いてみた。
「言えないことならいいんですが、依頼書には書ける内容だったっぽいんで」
「……そうね」
セレスは少しの間を空けたあと、小さな声で答えてくれる。
「目指しているのは隣の国、蛮国の王都よ」
風切り音で聞こえなくなることを期待したのかもしれない。
でもすまない、耳には自信があるんだ。
「蛮国ですか、蛮国にはちょっと詳しいんですよ……え? 本当に何の用ですか?? 全くおすすめですできませんよ?? やめましょう???」
「会わなきゃいけない人が居るから……でもなんでそんな否定するのかは聞いてもいいかしら?」
それは……おっと、見えてきた。
「もうすぐ紫の森に着きますね」
「ノーバットさん?」
「森の中で走るのは流石に不味いのでそこからは徒歩の速度になります」
ちょっと口に出すのも憚られる……どうして
「はぁ……降りる準備かしら」
「いえ、セレスさんはそのままどうぞ。私は周囲の警戒とかありますから」
ガイアの速度が落ちていく。
魔法の制御も緩めたのか、どんどんと振動を感じるようになっていく。
そして足を止める頃には、目の前に多種多様な紫色が広がっていた。
黒に近い幹が幾重にも並び、その枝先を青紫の葉が覆っている。
足元には赤紫の草と、腐りかけた黒紫の落ち葉。
木々の隙間から差し込む陽光だけが、そこに本来の色を残していた。
「ここが紫の森……」
紫。
ただ一色ではない。
淡い紫、青紫、赤紫、黒紫。
森そのものが、いくつもの紫を重ねて出来ている。
「紫色の見本市みたいなものです。絵描きの方もこの紫を見るためだけに来るくらいですから」
逆に、果物や花などは虫や鳥に見つけてもらうため、紫の中でもわかりやすい赤や白の色彩をしている。
それらの情景を絵に残したいとかで、一歩も動かない絵描きを1日中護衛する依頼はキツかったな……
他愛ないことを思い出しながらガイアから飛び降りる。
「ここからは徒歩で進み、日が暮れたところで野営します。幸い紫の森に危険地帯は……えぇ、まぁどこでも野営できるので安心してください」
「今の言い淀みは……?」
あるレゾナンスの縄張りに入らなかったらセーフなので実質無問題。
「グァ」
「おっと、すみません。すぐ取るので少しお待ちを」
ガイアに背負ってもらっている荷物から、今日使う武器を取り出す。
手斧でいいかな?
投げる用に何本か……
予備2本、メイン1本で充分か。
3本の手斧を取り出し、2本を腰のベルトへ、1本を手に持って袋を戻す。
「それで大丈夫?」
見上げるとセレスと目が合った。
そうか、この角度だとフードが覗けるのか。
「この時期は繁殖期でもないので比較的安全です」
「ルストさんには危険な場所と聞いていたけれど」
「それならあの暴力組員と私、どちらが正しいか確かめてもらえるいい機会になりそうですね」
別の荷物袋から取り出した瓶を、セレスへと差し出す。
「それは……?」
「私の作った
瓶の中、薄紫色の液体が揺れる。
「匂い消し、じゃないの?」
「洞窟など匂いがない場所ならそうするのですが、このような場所なら消すより混ざる方が有効的なんですよ」
無臭は異常だ。
この森の中ではそれは異物となり浮き上がる。
「それをローブに振りかけたら出発しましょう。美しい自然とレゾナンスの世界をご案内しますよ」