野営の準備を始めてから1時間と少し、すっかり日は落ちきって星々の光が空を照らす時間となった。
闇のトバリが落ちきり、パチパチと弾ける音を鳴らす焚き火だけが唯一の光……なんてことはない。
紫の森は、夜でも光が灯る。
「これは、幻想的ね……」
夜を舞うトーチモス。
羽に刻まれた紋様から深紫色の光が溢れ、まさに灯火のように夜を彩る。
「トーチモスは老成した個体ほど魔力を溜め込み、強く光る……逆に若い個体は明かりが薄く魔力も少ない」
「時折光の弱い個体がいる、それが若い個体ということね」
そうすることで若い個体を守り、老成した個体を捕食者に狙わせる。
光り、狙われることを逆手に取った非常に面白い生態をしている。
捕食者も食べるのなら、栄養価が高いものを食べたいだろう。
「命の
セレスに視線を向ける。
フードの中の表情を窺い知ることはできない。
だが、その声は思いのほか弱々しく感じ取れる。
もしかしたら、体に異常を抱えながらも旅を急ぐ理由にも関係があるのかもしれない。
「そうでしょうか?」
「え?」
まさか返事が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
気の抜けた声に、思わず笑みがこぼれそうになる。
何を悩み、何を思ってそう言葉にしたのかはわからない。
ただ、旅の道連れとして思ったことを伝えるだけ。
「トーチモスは、ここだけでなく様々なところで見かけることのできる
通常のトーチモスは白っぽく光り、街中や川辺でもよく見かける。
「その特性ゆえ、もっとも多く食べられ、もっとも多く繁殖している虫系レゾナンスの代表的な被捕食者と言えるでしょう」
「……」
「しかし!」
目に魔力を込める。
無意識に流している分より、ほんの少しだけ。
世界を流れる魔力が、少しだけくっきりと見える。
──居た。
「……知っていますか? トーチモスと同じように魔力を蓄え、トーチモスよりも強い繁殖力を持つ虫系レゾナンスがいるんです」
そっと歩く、それに逃げられないように。
「ですが、そんな彼らは今、とある谷にまで生息域を追いやられています」
傷つけないように、そっとそれを包み込む。
ひらひらと舞っていたトーチモスの一匹が、私のメットに停まった。
「……」
じっとこちらを見つめるセレスの視線。
もう手には3匹のトーチモスが停まっている。
どれも強い光を放つ個体だ。
そして、ゆっくりと包みを解いた。
「正解は、若い個体を守らなかったから。狩りやすい若い個体から狩られてしまったせいで、どんどんと数が減ってしまったのが原因です」
手の中から、目を凝らさないと見えないような弱々しい光を放つトーチモスが飛んでいく。
そして、それを守るように強い光を放つトーチモスが周囲を覆っていった。
「あの光は、次の世代へ繋ぐ
最後まで私に停まっていた、一際強い光を放つトーチモスが飛んでいく。
あの光量だとすぐに狩られて死んでしまうだろう。
だがそのかわり、若いトーチモスが守られる。
「なので私はあの光を悲しいとは思いませんね」
あなたもそう思いませんか?
セレスにそう問いかけるように視線を合わす。
まぁ、お互いフルフェイスとフードで顔なんて見えないのだが……
それでも確かに、笑ってくれた気がした。
その気配も一瞬のこと、こてんと背もたれの木に頭を預けた。
「……あなた、詩人みたいなことをいうのね」
…………え
「あっ、死にたくなりました。ガイア、私を殺してください」
「……ぺっ」
ガイア!?
お前のことなんぞどうでもいいとばかりにツバを吐き、鼻で食料を指すガイア。
腹減ったのか……いや、お前自分で飯捕ってこいよ……
今何もないぞ? 私用の味のない干し肉くらい。
「ガゥ」
「あぁ……私の夕食……」
持っていかれた……
味ないでしょこれ……?
まぁ、今日はつまみ食いがあんまりできなかったし仕方ない部分はある。
あっ、トーチモスを食った。
自由すぎるガイアを眺め、なんとか死守した切れ端のような干し肉をかじる。
「締まりませんが、そろそろ寝ましょうか」
「えぇ」
「寝袋などの持ち合わせは?」
「このローブで充分よ」
あぁ、兼用だったか。
「見張りはこっちで交代しながらやるので、どうぞゆっくりお休みください」
セレスが頷くのを見届け、私も後半の見張りに備えるべくゆっくりと目を閉じた。
〜
僅かに光が差すだけの早朝。
この時間帯だとまだ暗く、トーチモスの光がありがたい。
「よく休めましたか?」
「えぇ……野宿には慣れているから」
慣れているという言葉の通り、最低限の体力は回復できたようだ。
ちなみに私は体力フルマックスだ。
この全身鎧は特別製で、数日くらいならつけて寝れる上にトイレも簡単にできる。
まぁ、鉄っぽいだけで鉄じゃないしな。
「昨日のようにガイアに乗ってもらうわけですが、問題はありませんか?」
「大丈夫よ」
セレスがガイアに騎乗したことを確認し、手斧を用意する。
手に1本、腰に2本。
他にも準備を整えて歩き出す。
紫の森の朝は静かだ。
この時間だけは昼行性、夜行性その両方が眠りにつく。
だから、この時間に越えておきたい場所がある。
この森の2大巨塔とも言うべき生物。
アンプスパイダーと
アンプスパイダーは夜行性で、例に漏れず獲物を待ち構える性質があるのだが、縄張りの範囲が段違いで……糸にかかると厄介なことになる。
糸がなぁ……身動き取れずにじわじわと嬲り殺されるのは勘弁してほしい。
紫嵐鹿の方は……こっちもこっちでなぁ。
鹿と名の付く通り草食動物なのだが……迂闊に縄張りに入って、敵認定されたらバラバラに切り裂かれる。
こう、ミキサーに掛けられた果物のようにされる。
対策なしだと普通に死ぬ。
危険度的にはギリギリ紫嵐鹿が上なので、今はアンプスパイダーの縄張りを細心の注意を払いながら歩いている。
歩いているのだが……
「妙ですね」
「どうかしたの?」
「
縄張りを変えた?
そんなわけはない。
アンプスパイダーはそんな簡単に縄張りを変えるようなレゾナンスではない。
「まずいの?」
「わかりません」
「わからない?」
「これがマズイのか、それともただの幸運なのか……」
いや、把握できないという意味では最悪に近い。
息を吸う。
セレスを不安にさせる必要はない。
何かが起きている
たったそれだけだ、やることは変わらないし、心構えができるというものだ。
振り向いてガイアの目を見る。
最悪の場合、そっちは頼んだ。
「まぁ、警戒対象が減った、ということなのでそのまま進みましょう」
別のが増えたけど、という言葉は飲み込んで。
また、歩き出した。