森が静かだ。
「……」
朝の1時間はとっくに過ぎ去った。
本来なら、昼行性のレゾナンスたちが活発に活動している時間帯だ。
気配がない。
この数時間、ハニービートルやネクターウィングなどの小型の虫系レゾナンス以外を見ていない。
逃げた?
隠れている?
それは、何から?
「ここを抜ければもうすぐです」
「……随分と早かったわね」
本来なら昼頃に街の予定だったからな。
軽く見積もっても2時間は短縮している。
酷く違和感を感じていた。
これは疑う余地はない、明らかな異常だ。
何が起きる?
予想できるのは?
武器はこれで充分か?
「ガァ!」
ガイアの一吠え、踏み出した足を止める。
ゆっくりと、踏み出した足を元の場所へ戻す。
そして、揺らさないように、慎重に踏むはずだった地面を……落ち葉の下を覗き込んだ。
「ガイア、迂回します」
「グァ」
「なにかあったの?」
「予定していたルートが、厄介なヤツの縄張りになっていましたね」
ガイアに飛び乗る。
直ぐに降りれるように鞍には跨がらず、鉄片に足をかけて手で掴むだけ。
私が乗ったことを確認したガイアが走り出す。
「……それは、おかしなことなのね」
「えぇ、あの
落ち葉の下にあったのは外敵感知用の振動糸。
その糸を踏むことでその振動が糸の先にいるアンプスパイダーに通じ、どんな大きさで、どこにいるのかまでを把握される。
しかも糸自体には魔力を持たないため、感知が非常に難しい。
ガイアは僅かな匂いから気付ける。
だからこうして移動をガイアに任せることにした。
仮にガイアが踏んだとしても、ガイアの大きさゆえに襲われないだろうという推測も込みだ。
「ガゥ」
走る。
夜行性のトーチモスが、逃げるように飛んでいる。
「ガァ」
まだ走る。
足跡、アンダーリーフの群れが移動した痕跡。
「グルァ?」
まだ走る?
「ガイア、ストップ」
明らかに長すぎる。
アンプスパイダーの縄張りはこんなに広くない。
「ガイア、まだ糸が張ってあるのですね?」
「ガウ」
「……縄張りじゃない? 何かを狙っている?」
ここから先は森の出口だ。
迂回しようと思えばかなりの労力を……というより森の深層に一度行かなければならない。
森の深層にはあの紫嵐鹿が生息しているので、実質侵入不可領域となっている。
ガイアから飛び降りる。
アンプスパイダーもここまで縄張りを広げたら管理ができない。
なんなら居場所を追われたレゾナンスに袋叩きにされる危険性もある。
ダメだ、理解できない。
地面に顔を近づけ、落ち葉の下に張られた糸を観察する。
確かに、不自然な落ち葉の盛り上がりが確認できる。
しかもかなり綿密に、どういう労力だよこれ。
顔が思わず引きつるのを感じる。
土を払いながら立ち上がり、ガイアとセレスへ振り向く。
「すみませんセレスさん、安全が確保できないので──」
ガイアの奥、地面が動いた。
「ガァッ!」
「ガイア!」
ガイアからの、忠告?
それは私の背後に向けられていて……
理屈を全部抜きにして、現状考えられる最悪だけを予想した。
完璧と言ってもよい奇襲、差し込めるのは一手だけ。
なら一択だろう。
手斧に力を込め、構える。
タイミングは一瞬。
背後、地面から飛び出す影。
正面、地面から飛び出し──迷いなくガイアとセレスへと飛びかかる狼。
左腕を背後へ振り抜きながら、上半身を回す。
勢いを殺さないままに手斧を投げる。
それは
「キャイン!?」
「敵襲!?」
セレスへのファーストアタックは防げた、だが──
後ろに回した左腕から、硬いものが砕けるような音がした。
「ぐぅぅぅっっ!」
左腕が切断されたような激痛。
セレスの悲鳴のような声。
回転の動力兼盾にした左腕に噛みつかれている。
奇襲を防がれたアンダーリーフが駆ける。
この感じ、骨はセーフか?
鎧様々だな!
激痛に苛まれながら振り向く。
殺意マシマシといった目をしたアンダーリーフ。
「グルルル……!」
何故、何、如何は置いていく。
空いた右手でアンダーリーフを掴んで、
んんんんん!!!
意識飛びそう!!!
このまま大好きな地面に埋めて……おいアイツ何してる?
腹から血を流すアンダーリーフが俊敏な動きでアンプスパイダーの糸の上に──
「ガイアァ!」
確信した、コイツら野生じゃない。
悠長にしてる場合じゃねぇ!?
「使いますよ! アンプスパイダーが来ます!!」
「ガアア!!」
走る痛みの中、アンダーリーフを押さえつけながら意識を集中する。
魔力共振開始。
体の中に流れる血液を、周囲に薄く放出するイメージ。
私の場合、これが一番早くて、分かりやすかった。
距離にして約15メートル。
私の魔力の波と、この場にいる魔法生物の波がぶつかり合う。
目の前にいるアンダーリーフ、腹から血を流すアンダーリーフ、セレス、ガイア。
「ガウ!」
ガイアが応える。
私の魔力とガイアの魔力が共振し、同調し、響き合う。
ガイアの魔力が私に流れ、私の魔力がガイアに流れて混じり合う。
「共鳴成功、同調率15%……早速借りますよ」
先程からミシミシと鳴っていた左腕の軋みが止まる。
「!?」
「もう無駄です。鎧の強度を高め、再固定しました。噛み潰せませんし……逃げられませんよ」
押さえていた右手を離し、固く、強く拳を握る。
質量圧縮、増加。
重く、固めた右の拳を全力で横っ面に叩き込む。
元より奇襲特化の軽量レゾナンスだ。
牙が折れ、白目を剥いて意識を失ったアンダーリーフが地面に横たわる。
「ノーバットさん!」
「問題ありませんよ」
感じていますから。
背後から迫る糸を、半身ずらすことで回避する。
外れた糸弾がガイアたちの横を通り、森の中へ消えていく。
狙われていることは、ガイアが意識を、魔力を通じて教えてくれた。
これこそが
まぁ、私たちは2人なんですが……
ガイアから思念。
「セレスさん、舌を噛まないように」
「へ?」
直後、ガイアが立ち上がり、セレスが空を舞う。
落下地点に体を滑り込ませ、キャッチする。
「鎧は柔らかくしましたが、怪我はありませんか?」
「…………」
「セレスさん?」
「言いたいことは沢山あるけれど……まずはごめんなさい、私のせいで怪我をさせてしまったわ」
「……?」
…………??
ちょっと何言っているか分からないです……
「戯言は置いておいて」
「戯言!?」
「後ろから離れないでくださいね。片腕使えないのでカバー範囲が狭いんです」
ダラダラと血が流れている左腕。
止血とか消毒とかしたいのだが、今は無理だ。
しょうがないので盾兼棍棒として扱う。
「その怪我、浅くはないわよね……」
「こっちはコンダクターですよ? 戦闘能力の本体はレゾナンス……極論、頭と胴体が残っていたら問題ありません」
森の奥から顔を出すアンプスパイダー。
地面へと潜行するアンダーリーフ。
魔力の損耗、激痛に頬に冷や汗が伝う。
「さぁ、本番ですよ。あちらも……こちらもね」