シンクロというのは存在の共有だ。
ガイアの身体能力の一部を扱える今の私には、土を掘り進むアンダーリーフの僅かな音すらも聞き取れる。
私の背後、セレスさん狙いか……私への奇襲か……
アンプスパイダーも木から木を飛び渡り、手当たり次第に糸を吐いて場を整えている。
だが、忘れていないだろうか?
セレスが私の背後に居るということ。
それはつまり──
「グォォォォォォオ!!!」
ガイアがフリーになる。
ガイアが全力で地面を殴る。
軽く地震が起き、木々が揺れ、体が跳ねる。
木と木の間を飛び回っていたアンプスパイダーが、僅かに動きを止める。
普通の蜘蛛系レゾナンスなら問題なかったかもしれないが、振動による知覚に重きを置いているお前は無理だ。
さて、それほどの衝撃……地面の中に、それも耳の良い狼が聞いたらどうなるか。
「キヤィン!?」
場所は私たちの左側。
ガイアに思念で位置を共有、間髪入れずにガイアは地面を殴った手をそのままめり込ませ、強烈な土の散弾を発射する。
命中。
大したダメージじゃない。
所詮は土を飛ばしただけ、ちょうど良い石があれば良かったんだが。
だが、これでお前らはガイアを無視できないだろう?
手に持った手斧をこれ見よがしに構える。
「グルルル……!」
アンダーリーフも警戒し、地面に潜らず弧を描くように移動、距離を測っている。
「さて……」
ここまでやってようやく微有利。
アンプスパイダーは得意領域を広げるため糸を吐き続けているし、アンダーリーフは生半可な攻撃だと身軽さゆえにダメージを逃される。
ガイアもアンプスパイダーを追いかけるが糸で絡められたり逃げられたりと追いつけない。
そんでもって私の左腕もめり込んだ牙やら何やらでかなり酷い上、アンダーリーフの牽制で手が離せない。
膠着状態、ただし時間は向こうの味方。
有効打がなぁ、やれないこともないが……
その場合、どうしても私も前に出る必要がある。
それはつまり護衛を放棄することになる。
伏兵がまだいないとも限らない、賭けに出るのは怖すぎる。
一瞬、セレスへと視線を向けた。
セレスと目があった。
セレスが、こちらを見ていた。
「……どうしました?」
大きく、深い魔力。
「これは、私のせいだから……ここからは私がやるわ」
「ちょっと待ってください、それはどういう……っ!?」
魔法の気配!
アンダーリーフが地面に潜り、アンプスパイダーが張り巡らされた糸の上に着地する。
「セレスさん!
幾重にも重ねられた糸と糸。
それらが振動し、増幅し、響き合う。
離れていたらただの大きな音だ、だが……糸に直接触れている獲物に対しては──
「グァ……!」
体内で音の爆弾を破裂させられることに等しい。
それだけじゃない、この魔法による振動は魔力そのものに揺さぶりをかける。
魔法生物というレゾナンスに対して、特効に近い効果を発揮する。
魔力に異常が見られるセレスには絶対に触れさせてはいけない。
ガイアなら耐えられる、だが動きは鈍る。
思ったよりも糸の構築が早かった……?
いや、完成度を犠牲に速度を上げたのか。
アンプスパイダーは魔法を使っている間は動けない。
手斧で狙いたいところだが……アンダーリーフが邪魔だ。
どうする……?
「大丈夫」
魔力に森が飲み込まれた。
いや、そう誤認してしまうほどの巨大な魔力が放たれた。
出どころは……セレス?
「直ぐに終わるわ」
チャリ。
金属の擦れる音がする。
何だ?
魔力の流れからして魔法なのは間違いないが、どういう魔法だ?
強烈な魔法を行使するセレスを危険と判断したのだろう。
……それとも元々狙っていたのか、アンプスパイダーがセレスへ向けて糸を吐く。
同時にアンダーリーフも地面から飛び出し、セレスを背後から狙った。
分かってて防げないわけないだろ?
糸を手斧で受け、震動に手が震える。
だが私は人間で、そもそもカスみたいな魔力しかない。
シンクロは乱れかけるが、心構えさえしていれば少しの間は問題ない。
今まさに噛み付こうとしていたアンダーリーフへ回し蹴りを叩き込む。
アンプスパイダーは姿勢を崩し、アンダーリーフは蹴りを受けて吹き飛んだ。
当然アンプスパイダーもアンダーリーフもこの程度でなんとかなる相手ではない。
だが
どうするべきか、考えを走らせる前にこの言葉が届いた。
「
直後、セレスを中心に無数の鎖が撃ち放たれた。
この鎖、一つ一つが高密度の魔力で作られている?
これだけの数を?
「ギギッ!?」
「キャウン!?」
放たれた鎖は自由軌道を描きながらアンプスパイダーとアンダーリーフに命中。
続いて、追撃の鎖が2本目、3本目と叩き込まれていく。
それだけじゃない。
他の鎖も鞭のように振るわれ、糸や木を触れるだけで
どういう理屈かは全くわからないが……少なくとも私にはそうとしか見えない。
僅か3秒の蹂躙。
アンプスパイダーも、アンダーリーフも動かない。
決着は一瞬だった。
鎖が消え、魔法が終わる。
「セレスさん……あなたは一体……?」
「はぁ……はぁ……ぅっ」
「セレスさん!?」
セレスが膝から崩れ落ちる。
私は直ぐ横にいたので、倒れる前に何とか支えることができた。
「だ、大丈夫、だから……」
「そんなわけないでしょう!」
ゆっくりと地面に寝かし、診察を試みる。
ガイアは近くに戻ってきており、周囲の警戒をしてくれている。
ぱっと見ただけでも魔力が乱れ、いくつものノイズのようなものが走っている。
もっと深く観る。
魔力を目に込める。
昨晩、目視では難しい若いトーチモスを探したように。
魔力によって強化された目は、魔力溢れる世界に適応し……その解像度を急激に引き上げる。
アナライズ。
魔力制御を誤れば眼球を損傷し、最悪失明する。
だが……今この状況においてこれ以上に相応しい術もない。
魔力を込めるにつれ、ノイズが鮮明になっていく。
許容量の限界、そこまで魔力を込めてやっと何が起きているのかを把握した。
「魔力が……2つ?」
どういうことだ。
私の目には、セレス本来の魔力とは別の魔力が宿っているように見える。
しかも、シンクロのように共鳴させて馴染んだ魔力じゃない。
あり得ない。
何があったらこんなことになる?
……違う、今やるべきことを考えろ。
最低限の手当てをし、セレスを街へ運び、医者に見せる。
まとまった。
これを抑えるのにはどうする?
多少応急手当はかじったが……これは全くの未知だ。
ぎゅっと、手を握られた。
「大丈夫……落ち着け、ば……収まる、から」
落ち着けば収まる……?
もう一度、そのノイズを覗き込む。
確かに、段々と小さくはなっている気はする。
セレスの活性化した魔力に反応している?
なら……
やりようはあるかもしれない。
「はぁ…………ふぅ…………」
セレスの反応が段々と弱くなっている。
あんまり使いたくない手段だが……緊急避難というやつだ、許してもらおう。
アナライズを解除する。
セレスの魔力の流れを、波長を感じ取る。
音が響き合うように、美しく重ね合うように魔力を調整していく。
調律が最高潮に達し、私の魔力がセレスの魔力に馴染み切る。
最後に、きっかけとなる言葉を胸の中で唱える。
シンクロ、スタート。