時は、二世紀も末の頃──。
とある村にて一つ、新たな命の火が灯った。
「おめでとうございます。元気な男の子でございます」
「おお……!」
村医者の言葉を受けて、男は寝台に伏せる妻の元へ駆け寄った。
「よく……よく頑張ったな……!」
「フフ……あなたがずっと傍で励ましてくださったおかげですよ」
玉のような汗が浮かぶ顔で柔らかく微笑む妻の腕には、小さな寝息を立てる赤子の姿がある。薄っすらと生えた赤毛は妻のもので、顔付きは父のものだ。
「私とお前の特徴をしっかり受け継いでいるな」
「そうですね……将来が楽しみだわ。……それで、あなた、この子の名はどうするのですか?」
「案ずるな。しっかり考えてある」
妻の問いに男は、得意げに笑う。
「この子は男の子だから、名は──」
この日、一つの命に名が授けられた。
呂翔
真名を──
この瞬間、運命の歯車は、ゆっくりと少しずつ。しかし確かに動き始めたのだった。
そして、十二年の時が流れた。
◆◆◆
バコンッ! そんな小気味の良い音が、蒼天の空に鳴り響く。
早朝。朝霧の立ち込める村の、外れに位置する民家のすぐ近くで、特徴的な赤毛を揺らしながら一人の少年が斧を振り上げた。
振り下ろす先には、大人の腕よりもはるかに太い半月型の薪が置かれている。少年は、仰々しく鎮座するその薪をじっと見据え、
「────ッ」
バコンッ!
再び小気味の良い音が、蒼い空へと鳴り響いた。二つに割られた──元々半分だったので四分割された──薪は、ゴトリと同時に地面に落ちる。それを見届けてから、少年は持っていた斧を置いた。
「ふ〜、今日はこれくらいで大丈夫かな?」
肩を回しながら息を吐き、少年はすぐ隣を見やる。そこには、見事に四つに割られた薪たちが山となって積み上げられていた。それも一つではなく、三つほど。
「久遠、どうだ? 薪割りは終わったか?」
「あ、父上!」
ふと家から出てきた男に、少年──久遠は満面の笑みを浮かべる。
「これは……お前一人でやったのか? 確か、半刻前に家を出たばかりのはずだが……」
対して父は、息子の真横に積まれていた薪の山々を見て苦笑いを浮かべた。
「えへへ……ところで、何か用ではないのですか?」
「む、ああ、そうだったな。そろそろ──」
「にいにー!」
と、父が何かを言い出す前に、小さな影が彼の横を通り過ぎる。影はドンと久遠の腰元にぶつかり、くっついた。
「おっとと……どうしたんだ、恋?」
勢いに押されてわずかによろけた久遠は、しかし踏み留まって抱きついてきた少女の頭をポンポンと撫でた。
「ん……お母さんが、朝ごはんできたって」
恋──名を呂布といい、久遠の二歳下の妹である。
恋は、久遠の手に気持ち良さそうに身を任せながら、母からの言伝を告げた。
「そういえば良い匂いがする。軽く動いてちょうどお腹も空いてきたし、母上の料理は美味しいから楽しみだな〜」
「これだけやって軽い運動か……我が息子ながら、なんと逞しい」
手を繋ぎ、肩を並べて歩いていく兄妹の背を見つめながら、父は感嘆する。そして、ふと口元を緩め、
「だからこそ、将来が楽しみだ」
親バカと笑われるかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。
「父上ー! どうしましたー?」
久遠が家から顔を出して呼んでいる。次いで恋が、早く早くと言うような顔で見てきたので、
「すまんすまん、今いく」
苦笑混じりにそう答えて、父は小走りで家族の元に向かった。
◆
父は昔、とある領主に仕えていた武将だったらしい。大層腕が立ち、周辺の賊たちから恐れられる程に強かったそうだ。一時期はその腕を買われ、漢の将軍の地位を望まれたそうだが、断ったという。
そんな父に師事し、久遠は剣術を学んでいる。普段は優しい父もこの時ばかりは武人の顔を見せ、厳しく指導してくる。しかし、久遠はそれを苦とは思わない。強くなりたいと望んだのは久遠なのだから、苦しいはずが無かった。
「ふっ……ふっ……ふっ……!」
今日も今日とて、久遠は剣を振るう。目指すは父のような強い武人になる事。しかし父曰く、「私よりもはるかに強い者など山ほどいる」らしいのだから、世界というものは広い。
「にいにー、あそぼう?」
剣を振っていると、近くの木陰にいた恋がそう言った。久遠は動きを止め、手拭いで汗を拭ってから彼女に振り返る。
「恋、お前ももう
「……いや」
溜息を吐く。恋は昔から人見知りが激しく、家族以外の者とは接触しようとはしない。大抵家の中にいるか、こうして久遠の傍にいるだけである。
「いやって言ったって、それじゃあ友達なんかできないぞ?」
「にいにがいるからいい」
「……俺だって、いつまでも恋には構ってやれないんだぞ? 仕事だってあるし、こうして鍛錬もしなくちゃならないし……」
「見てるからだいじょうぶ」
「…………はあ」
どうやら、今日はどうあっても久遠から離れるつもりはないらしい。こうなってしまっては、久遠でも両親でもどうする事もできない。久遠は大きく息を吐き、好きにしなさい、と素振りを再開した。
「……………………」
ブンッ! ブンッ!
「……………………」
ブンッ、ブンッ、
「……………………」
ブンッ………ブンッ………、
「……………………」
「分かった! 分かったから! 遊んであげるからそんな悲しそうな目で見ないでくれ!」
「ほんと?」
一瞬にして恋の表情がパアッと明るくなった。久遠は特大の溜息を吐いた。自分に。
「やっぱり甘いよなぁ……」
あんな捨てられる小動物がするような目でじっと見られたら、良心の呵責に耐えられない。この手を使われると、久遠は言わずもがな父も母も陥落する。呂家で一番強いのは、何気に恋なのである。
「ふう……それじゃあ、何して遊ぶ?」
「えっと──」
結局この日は恋に付き合わされて、夜まで遊ぶ事になってしまった久遠なのであった。
初めまして、黒猫箱です。
というわけで始まりました『恋姫†無双 外史・紅蓮ノ章』でございますが、稚拙な文才でごめんなさい。至らないところもあるでしょうが、どうか温かな目で読んでください。