恋姫†無双 外史・紅蓮ノ章   作:黒猫箱

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第一章『悲しき別れ』

 

 例え、甘えん坊な妹に無理矢理遊びに付き合わされたとしても、それは掛け替えのない日常(しあわせ)だった。宝物だったのだ。大切に育ててくれる両親がいて、慕ってくれる妹がいて、そこにはいつも笑顔が溢れている。そんな、多くの人間が当たり前のように感じている、とても大きな宝物。

 

 しかし、運命は、時に最も残酷な試練を与える。

 そしてそれは得てして突然に、誰も予想しえない時に引き起こされるのである。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 恋と遊び疲れて帰宅する頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。

 与えられた仕事を放り出して遊びに行った事について父に叱られてしまったが、その口調はあまり強くなかった。恋の“甘え”の恐ろしさを、父も身を以て知っているのだ。

 ともあれ、外は次第に暗くなり始め、そこかしこの民家から夕餉の煙が上がり始めてきていた。久遠の家も例外ではなく、母の作った質素だが美味しい料理を囲んでいた。

 

「んーーっ! 母上の料理は相変わらず美味いです!」

 

「ふふ、そう? そう言ってもらえると母さんも嬉しいわ」

 

「ん……おかわり」

 

「ええっ!? もう食べ終わったのか、恋!?」

 

「既に二杯目のはずだが……う〜む、これを食べ盛りだからと片付けてしまって、果たして良いものか……」

 

 恋は食欲旺盛である、という言葉以上によく食べる。食費の半分は恋によって消えてしまう程だ。

 

「良いではありませんか、あなた。私としては料理を美味しそうに食べてくれて嬉しいですし」

 

 そんな恋を笑顔で見守る母は、やはり優しい人だ。村の人たちも、そんな母の事を慕っている。

 

「ふむ……まあそうだな。それに、恋の食欲は今更だろう」

 

「??」

 

 恋はもぐもぐと口を動かしながら、不思議そうな顔で久遠の顔を見る。そんな彼女の頭を撫でながら、

 

「いっぱい食べなさいって事だよ」

 

「うん。恋、いっぱい食べる」

 

 そう言ってすぐに食べ始めた恋を見て、三人は笑った。

 笑い声が響く、暖かな一日の終わり──今日も、そうなるはずだった。

 

 

 しかし、その“異変”は着実に、確実に幸せの中に入り込んでいた。

 

 

「──む?」

 

 最初に気付いたのは、父だった。

 

「父上? どうかしましたか?」

 

「静かに!」

 

 いきなり笑顔を消した父に久遠が訊ねると、父は素早く人差し指を口元に持っていった。

 

「……何やら外が騒がしいな」

 

「え、外が?」

 

 久遠も耳を澄ましてみる。すると確かに、微かだが遠くで何かの物音が聞こえてきた。

 

「何かしら?」

 

「ふむ、おそらく村で何かあったのだろう。少し見てくる。お前たちは先に夕餉を食べていなさい」

 

 そう言って箸を置いた父は、壁に掛けられていた剣を取った。

 

「俺も行きます!」

 

「いや、私一人で十分だ」

 

「でも……!」

 

「久遠はここにいなさい。でないと、恋が寂しいと泣いてしまうからな」

 

「あ…………」

 

 言われて久遠は恋を見る。彼女の表情は、暗に「行かないで」と告げていた。

 

「恋…………分かりました。父上、どうかお気を付けて」

 

「フッ、案ずるな、久遠。大方、いつものように若衆たちが揉めているだけだろう。私が仲裁に入ればすぐに片が付く」

 

 それだけ告げて、父は久遠の頭をグシッと撫でた。大雑把だが、久遠はこれが好きだった。不思議と不安を払拭してくれる撫で方だ。

 

「では、行ってくる」

 

 久遠の頭から手を退けて、父は家を出て行った。

 戸が開き、閉まる音がし、そして──

 

『何だ、お前たちは!? くっ、やめんか! ぐああああっ!!』

 

 響いてきた父の悲鳴に、久遠は反射的に立ち上がった。

 

「父上っ!!?」

 

「あっ、久遠! 待ちなさい!」

 

 母の制止を無視して、久遠は外へ飛び出した。外に出た彼の目に映ったのは、燃え盛る村。逃げ惑う人々。血に濡れた剣を持つ男たち。

 

 そして──血の海の中で倒れ伏す、父の姿だった。

 

「ち、父…上……?」

 

 赤い地面に倒れている“父らしきモノ”に近付く久遠。震える手でその体に触れると、べちゃりと生温かな液体が纏わり付いた。血だ。父の、血。傷口から、ドクドクと溢れ出ている。

 

「う──うわあああああっ!! 父上ッ!! 父上ーッ!!」

 

 その屍が本当に父だと認識して、久遠は絶叫した。

 ついさっきまで笑顔だった父の顔は、目は見開かれ、口は半開きに開いている。

 ついさっきまで暖かだった父の手は、血を失って冷たくなっている。

 

「へっへへへ、何だァこの餓鬼は? この男の餓鬼かァ?」

 

「────ッ!?」

 

 頭上から聞こえてきた下卑た笑い声。ザリザリという、複数の足音。慌てて顔を上げると、目の前に狂った笑みを浮かべた男たちが立っていた。

 

「な、何だお前ら!? 賊か!? まさか、お前らが父上を……!?」

 

 久遠は父のすぐ傍らに落ちていた父の剣を拾い、咄嗟に身構えて問う。一人の男が集団の中から前に出て、狂った笑みを浮かべながら答えた。

 

「ギャハハハッ! 頭領の命令だ! この村の人間全て、女だろうと餓鬼だろうとジジイだろうとババアだろうと例外なくぶっ殺せってなァ!」

 

 そう言って、賊の男は笑いながら父の頭を踏みつけた。

 

「ッ!!? 父上に触るなあああっ!!」

 

「おっと」

 

 逆上した久遠は剣を振り上げて飛び掛かるが、簡単に受け止められてしまう。

 

「舐めた真似してんじゃねえよ、この餓鬼がァ!」

 

「ガッ!?」

 

 殴り飛ばされ、地面に背中を打ち付ける。ヒュッと肺の空気が一瞬にして外に吐き出され、鋭い痛みが久遠を襲った。

 

「ゲホッ! ゲホッ!」

 

「安心しな。てめえもすぐに親父の所に送ってやるよ」

 

 悶え苦しむ久遠を見下しながら、今度は男が剣を振り上げた。べっとりと血がこびり付いた、おぞましい剣を。

 自分もあの剣の餌食となるのか。村の人たちのように。

 

 父のように──

 

「死ねェッ!!」

 

 振り下ろされた凶刃。久遠は、一瞬の後に訪れるであろう己の運命に目を瞑った。

 

 ザンッ! 肉が斬られる音。しかし、一向に痛みは襲ってこない。おそるおそる目を開く。

 

「……ぁ………」

 

 母が、いた。久遠の壁となり、背中から大量の血を噴き出しながら、しかし久遠にいつものような優しい笑顔を向けた母が、立っていた。

 

「は、母上……?」

 

「に……逃げな、さい……く、おん……」

 

 久遠は崩れ落ちた母の体を支え、母はそんな久遠の耳元で告げる。

 

「い、嫌だっ! 母上を置いて行けるわけがない!」

 

 ボロボロと涙を溢れさせながら、久遠は懇願した。母は弱々しく微笑んで、久遠の体を持てる力の限りを尽くして抱き締めた。

 

「お願い、久遠……恋と一緒に……生き……残って………」

 

 その言葉を最後に、母はゆっくりと地面に倒れた。背中から噴き出した血が、血溜まりを作っていく。

 

「ンだよ、この女。邪魔しやがってよォ」

 

 母を斬り殺した賊がそう吐き捨てて、再び久遠に近寄った。

 

「まあいい。どうせ何も変わりゃしねえんだからよ」

 

 剣を振り上げる。その瞬間、久遠はカッと目を見開いた。手元に投げ出されていた剣を素早く拾い上げ、隙だらけになった賊の腹を思い切り薙いだ。

 

「ガボッ──!!?」

 

 腹を切り裂かれた賊は、腹と口から大量の血を噴き出して絶命した。

 

「なっ!?」

 

「こ、この餓鬼ッ!!」

 

 後ろに控えていた賊たちは一斉に身構え、ゆらりと立ち上がった久遠を睨みつけた。立ち上がった久遠は、まるで幽鬼のようにゆらゆらと揺れながら小さく言葉を口ずさんでいた。

 

「……くも……よくも……よくも、よくもよくもよくもヨクモヨクモッ!!」

 

 怒りで見開かれた久遠の眼は、普段の蒼碧ではなく、血のように真っ赤に染まっていた。

 

「ひっ……!?」

 

「な、何なんだ、こいつ……」

 

 突如雰囲気を一変させた久遠に恐怖する賊たち。萎縮している彼らに、久遠は剣を向けた。

 

「殺ス……貴様ら、全員ッ!!」

 

 そして次の瞬間には、久遠は賊たちとの間合いを詰めていた。彼らが反応する前に剣を一閃。すると三人の賊が首を刎ねられ、あるいは胴を寸断された。

 

「う、うわああああっ!!?」

 

「に、逃げろっ!!」

 

「逃スカ──!」

 

 一瞬で仲間を半分失い、一目散に逃げ出す賊たち。そんな彼らを逃すまいと、久遠は四肢に力を込めた。

 

 

『お願い、久遠……恋と、一緒に……生き……残って………』

 

 

「────ッ!?」

 

 が、突然母の最後の言葉が久遠の脳裏に反芻し、久遠は頭を抑えて膝をついた。

 

「ぐっ……うう………っはあ、はあ、はあ……」

 

 しばらく頭を抑えて蹲っていた久遠が、息を荒げながら顔を上げた。先程まで赤く染まっていた眼は、元に戻っていた。

 

「そうだ……恋……恋を、守らなくちゃ……!」

 

 優先すべきはあの賊たちを追いかける事ではなく、母の最後の言葉通り恋と共に一刻も早くこの地獄から逃げ延びる事。

 久遠はすぐさま恋が居る我が家に戻った。

 

「恋!」

 

 家に入ってすぐ、久遠は寝室で震えている恋を見つけた。

 

「恋! 立って! ここから逃げるんだ!」

 

「にいに……た、立てないよぉ……」

 

 恋は腰を抜かしていた。無理もない事だ。外で起きているのは、まさしく恐ろしい出来事なのだから。

 

「それじゃあ、俺がおんぶするから、恋はしっかり掴まってるんだぞ?」

 

 立てない恋をおぶって、久遠は裏口から家を出た。表からは賊たちの怒声が聞こえてくる。おそらく、先ほど逃した者たちが仲間を呼んだのだろう。もはや、立ち止まっている余裕などなかった。久遠は、家のすぐ裏手にある森に入った。

 

「にいに……お父さんとお母さんは……?」

 

「父上と母上は………」

 

 鬱蒼と茂った森を走る中で不意に恋の口から溢れた問いに、久遠は答える事が出来なかった。言えるわけがない。二人は殺されてしまったなど。

 

「父上と母上は………後で迎えに来てくれる。とりあえず今は、少しでも遠くに逃げるんだ」

 

 我ながら、見え透いた嘘だと思った。しかし、今はそれしか言う事ができない。

 

「そう………良かった」

 

 恋はそう言った。しかし、ポタリと肩に落ちてきた温かな感触が、彼女の言葉の裏に隠された感情を全て物語っていた。

 

「(くそっ、くそッ! 俺はなんて弱いんだ!)」

 

 久遠の目からも、涙が溢れ出た。唇を血が出るほどに食いしばり、己の非力を呪った。

 そして同時に久遠は決意した。この命を懸けてでも、恋だけは守り抜くと。

 

 ──ヒュッ!

 

「──ぐあっ!?」

 

 耳に届いた風切り音。そしてドスッと足を射抜いた激痛に、久遠は転倒した。その衝撃を受け、恋は前に投げ出される。

 

「……当たったぞ!」

 

「……捕まえてブチ殺せ!」

 

 後ろから賊たちの声が聞こえてくる。まだ姿までは見えないが、このままでは二人とも捕まって殺されてしまう。

 

「恋……逃げろ!」

 

 矢が貫き、ズキズキと痛む足を押さえながら、久遠は恋に告げた。

 

「っ!? イヤッ! にいにも!」

 

「俺はダメだ……足を射抜かれてしまったから、まともに走る事はできない」

 

 どうせ自分は捕まる。ならばせめて、恋だけでも逃がしたい。

 

「さあ、早く逃げるんだ。俺があいつらを引きつけるから。恋は全速力で走れ。絶対に立ち止まったり、振り向いちゃダメだ」

 

「イヤッ、イヤッ! にいにと離れたくない!」

 

 恋は必死に首を振って訴えた。離れたくないのは、こちらも同じだ。身が切られるように辛い。だが、このままでは恋も殺されてしまう。久遠には、そちらの方が何十倍も何百倍も辛かった。

 

「いいから逃げろッ!! 言うことを聞け!!」

 

 かつて言った事のない強い口調で恋を黙らせる。恋は「ひッ!?」と悲鳴を上げて後ずさった。

 

「行け……! 行けーーッ!!」

 

 もう一度怒鳴る。恋は反射的に立ち上がり走り去っていった。立ち止まることも振り返ることもせず、ひたすら走り、やがてその姿が消える。

 

「そう……それでいい……」

 

 久遠は小さく呟いて口元に笑みを浮かべた。この森は存外深い。あのまま真っ直ぐ走っていけば、賊たちの魔の手が及ぶ事は無いだろう。

 

「後は、あの方向に賊たちを行かせないようにするだけだ……!」

 

 そう言って久遠は立ち上がり、来た道を振り返った。人の気配がさっきよりも増えて、かつ近くなっている。

 久遠は、大きく息を吸い込み、

 

「──俺はここだ!! 捕まえられるものなら捕まえてみろ!!」

 

 大声で叫んだ。途端に森が騒がしくなり、賊たちの喧騒が激しくなった。

 

「こっちだ!」

 

 痛む足を引きずりながらひたすら叫び、賊たちを呼び込んだ。更に森を出て、自分の姿を見つけやすくした。案の定、久遠の姿を見つけた賊たちが一斉に追いかけてくる。

 そして、何十人という賊に囲まれて、ようやく久遠はその足を止めた。

 

「やっと見つけたぞ、このクソ餓鬼!」

 

「よくもオレたちの仲間を殺してくれたなァ!」

 

 ここは高い丘陵部に位置し、後ろは崖となっている。下を流れる川も流れが激しく、足を踏み外して落ちればまず助からないだろう。

 

「(背水の陣……いや、四面楚歌ってヤツか。どちらにせよ、絶体絶命なのは同じか……)」

 

 ジリジリと近寄ってくる賊たちに、ここまでかと久遠は諦める。しかし、恋は無事に逃げ果せる事ができたはずだ。ならば、もはや悔いは無い。

 

「(父上、母上……今、俺も行きます……!)」

 

ギラリと振り上げられた剣に、久遠は今度こそ死を覚悟して目を固く閉じた。

 

「──まあ待てよ」

 

 が、またしても久遠に死が訪れる事はなかった。頭に直接響いてくるかのように耳朶を打ったその低い声に、その場にいた全ての者が動きを止めた。

 

「と、頭領……!?」

 

 久遠に剣を振り上げていた男が、その状態のまま首だけを動かして隣を見やった。そこにはいつの間にか、一人の男が立っていた。

 

「……何やってんだ、テメェ?」

 

 恐ろしい形相の鬼の面を被った男だった。その姿は見る者を恐怖へと誘うが如くおぞましかったが、それだけではないと、久遠は直感的に理解した。

 男の体から放たれている、全身に纏わりつくような殺気──それが、この場を支配している一番の要素だった。

 

「オレは、捕まえろと言ったんだ。殺せなんて、一言も命令してねえだろうが」

 

「と、頭領……こ、これは!」

 

「──消えろ」

 

 男がそう言った瞬間、賊の持っていた剣を奪い、それを賊の喉元に突き刺した。

 

「がっ………あ、がっ……」

 

 苦しむ賊に、男は更なる制裁を加える。喉に突き刺した剣をそのまま上にあげ、賊の頭部を真っ二つに切り裂いた。

 

「おおっと、子供にゃあちっとばかし刺激が強すぎたか?」

 

 頭部のみが裂けた屍がドサリと崩れ落ち、男は大量の返り血がかかった鬼面(かお)を久遠に向けた。その光景が、なおさら見る者に恐怖を与えた。

 

「安心しな、今んトコはテメェを殺すつもりはねえ。確かめてえ事があってなァ」

 

「た、確かめたい、事……?」

 

「ああ」

 

 そう言って、鬼面の男はズイとその顔を久遠に近づける。

 

「ああ〜、なるほど……テメェも“そう”なんだなァ?」

 

「な、何を……」

 

「だが、まだ完全に発現したわけじゃねえか。あくまで突発的に、とある条件下で一時的に“出た”不完全体か……」

 

 男が何を言っているのか、久遠にはさっぱり分からなかった。久遠だけでなく、男の部下である賊たちも男の言っている言葉の意味が分からず首を傾げていた。

 男は、賊たちに振り返って、

 

「テメェらは先に戻っとけ。オレは後から行く」

 

「えっ? し、しかし頭領……」

 

「二度も言わせんな。テメェらもここに転がってる()()みたいになりてえのか……?」

 

「ひッ! わ、分かりました!」

 

 男の殺気に当てられて、賊たちは一目散に戻っていった。残されたのは必然的に、久遠と男だけとなる。

 

「(……な、何なんだこの男は? 俺を殺す気はないと言っていたが、一体俺をどうするつもりだ……? いや、それよりもこいつは……)」

 

 そこまで考えて、久遠は改めて気付く。

 この男は仇だ。父と母を殺し、村の人々を殺した賊たちの親玉だ。

 

「(父上と母上の──皆の仇……!!)」

 

 久遠は剣を持つ手に力を込めて、その切っ先を男の背中に向けた──

 

「──無駄だぞ、小僧」

 

「ガッ!?」

 

 が、その瞬間、男の大きな手が久遠の首をワシ掴んだ。強力な握力で頸を締められ、持ち上げられて呼吸ができなくなる。

 

「テメェごとき“不完全体”が、このオレの命を奪えるとは思わねえ事だ。テメェとオレじゃ、持つモンの“格”が違えんだよ」

 

 そのまま男は数歩前に動き、久遠の足場を無くす。

 

「……だが、テメェに興味が湧いたのは確かだ。何てったって、“同類(なかま)”だからなァ」

 

「な、なか、ま……?」

 

「そう、“同類”だ。テメェはまだまだ成長できる。だから、今回は殺さないでおいてやる」

 

 面の奥で、男は歪に笑った。

 

「ふざ、けるな……! 父上と、母上を……皆を殺した、お前なんかに、情けなんか……!」

 

「まあそう言うなよ。オレがここまで優しい事なんて滅多に無えんだぜ?……悔しかったら、生き延びて強くなるんだな」

 

 そう言って男は、すれすれまで顔を近づける。そこで初めて、久遠は面の奥に光る男の眼を見た。

 

 血のように真っ赤に染まった、男の眼を──。

 

「じゃあな、小僧。生き残れたらまた会おうや」

 

 男の手が緩められ、次いで訪れる浮遊感。みるみる小さくなっていく男の影を見つめながら、久遠は無力な己を恨むと共に神に願った。

 

 例えこの身が滅びようとも、どうか恋だけは、無事でありますようにと。

 

 水面に激しく体を打ち付け、容赦のない激流に呑み込まれ。

 

 久遠の意識は、そこで途切れた。

 

 

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