覚悟ガンギマリ系一逸転生者による幻想郷破壊録 作:フリッツⅩ
十七歳になった井深俊宏にとって、幻想郷から脱出するという目標は、いつか叶えばよい願いではなく、生涯をかけて実現すべき計画になっていた。
両親を妖怪に殺された夜の記憶は、年月を経ても薄れることがなく、人里で普通の人間として暮らす今も、彼の思考の奥底には消えない憎悪が残っている。
人前では年相応の青年として振る舞い、仕事や日々の付き合いをこなしていても、俊宏の意識が復讐から離れることはなかった。
妖怪社会の中で力を持たない人間が、その秩序に正面から逆らっても勝ち目はないと理解しているからこそ、彼は自分にできる方法を探し続けていた。
手掛かりとなるのは、前世の記憶に残っている断片的な知識だった。
外界から幻想郷へ迷い込む人間がいることや、神隠しと呼ばれる現象が起こり得ることは知っていても、その仕組みを正確に説明できるわけではない。
まして、博麗大結界や境界を自在に操る力など持っておらず、知識を頼りに同じ現象を再現できる保証もなかった。
それでも俊宏は、人間が外界から幻想郷へ入り込むことがあるのなら、何らかの条件によって反対方向への移動が起こる可能性も、最初から否定すべきではないと考えていた。
その仮説を確かめる機会は、思いがけず人里で訪れた。
俊宏は人づての話から、ある人物が近いうちに人里を離れ、境界に関係しているかもしれない場所の近くを通ると知ったのである。
相手は彼と親しい間柄ではなく、互いの暮らしを知り合うほどの関係もなかったうえ、幻想郷を脱出したいと望んでいる様子もない。
俊宏にとって、その人物の事情や希望は重要ではなく、普段の生活の中で生じた機会を、自分の仮説を試すために利用できるかどうかが問題だった。
ただし、彼には人間を狙った場所へ確実に導く方法も、境界に干渉して行き先を変える手段もなかった。
できるのは、相手がその場所へ赴く可能性をわずかに高めるよう、日常の流れに紛れて状況へ手を加えることだけである。
俊宏は、自分の行動が何らかの結果につながる保証はないと承知していたが、何もせずに待っているだけでは、可能性を確かめる機会さえ得られないと考えた。
彼は自分の知識と目の前の状況から判断できる範囲で介入を試み、その先に起こることを観察する方針を選んだ。
行動を起こすに当たって、俊宏は対象となる人物の意思や、その人が姿を消した場合に家族や知人へ及ぶ影響を考慮しなかった。
必要なのは、神隠しに似た現象が起きる条件を探り、自分の仮説を検討するための材料を得ることだったからである。
彼自身にも、何が起きれば外界への移動が成立したと判断できるのか、まだ明確な基準はなかった。
それでも、復讐を実現するには幻想郷の仕組みを理解し、利用できる手段を探らなければならず、俊宏はその目的を優先して行動した。
数日後、例の人物が人里から姿を消したという知らせが広まった。
家族や知人は行方を捜し、事情を知る者たちも思い当たる場所を尋ねて回ったが、どこへ向かったのかを裏付ける情報は見つからなかったのである。
人里では妖怪に襲われた可能性を疑う声も上がり、普段なら何事もなく往来される道であっても、確かな安全を約束できる者はいなかった。
俊宏は周囲の話を聞きながら、失踪という結果が自分の試みと関係している可能性を考えたものの、それだけで成功したと判断するつもりはなかった。
本人が外界へ移動したのか、それとも妖怪の被害に遭ったのか、現時点では区別できない。
自分が状況に介入したことが失踪につながった可能性はあるが、どの行動が結果を左右したのかを特定できず、そもそも介入そのものに意味があったのかさえ分からなかった。
俊宏が欲していたのは、人間が幻想郷から外へ出られることを示す手掛かりだったのに、実際に得られたのは、ひとりの人間が行方不明になったという事実だけである。
期待していた情報が手に入らなかったことに、彼は不満を覚えた。
しかし、結果が不明だからといって、都合のよい解釈を当てはめればよいわけではない。
今回の失踪が外界への移動だったと決めつければ、以後の計画も、誤った前提を基に進めることになりかねなかった。
俊宏は、仮説を裏付ける証拠と、そうであるかもしれないという推測を分けて考える必要があると判断する。
第一の試みは、可能性を探るための行動ではあっても、それだけで逆幻想入りが成功したと証明するものにはならなかった。
俊宏は、失踪者の家族を訪ねて事情を説明することも、彼らに謝罪することも考えなかった。
自分の行為と失踪との因果関係を確かめられない以上、今の段階でできることは限られており、何より彼にとって重要なのは、復讐の計画を先へ進めるために何が分かったのかという点だった。
今回の結果から確実な結論は得られなかったが、外界への移動が不可能だと示されたわけでもない。
俊宏は、最初の試みを成功例として数えることを避けながら、分かったことと分からないことを整理し、次の機会に備えることにした。
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最初の失踪から数日が過ぎても、人里では行方不明になった人物の話題が途切れなかった。
家族や知人は心当たりのある場所を訪ね、道を知る者たちは周辺の山や林まで捜したが、本人につながる手掛かりは見つからず、妖怪に襲われたのではないかという噂ばかりが広がっていく。
俊宏も仕事や買い物の途中で人々の話を耳にしたものの、捜索に加わったり、事情を詳しく尋ねたりすることはなかった。
彼が自分から調べたところで、失踪の原因を突き止められる保証はなく、関心を示しすぎれば、かえって周囲に不審に思われる可能性があったからだ。
その後も、俊宏は人里での暮らしを変えなかった。
養子先の家では家族と食卓を囲み、頼まれた仕事をこなし、顔なじみの住民と必要な会話を交わしながら、これまでどおりの日々を送った。
最初の試みが期待した結果をもたらさなかったことは事実だが、失踪が自分の行動と無関係だったと断定できない以上、すべてを無駄だったと片づけるつもりもなかった。
今の彼に必要なのは、得られなかった答えを追いかけ続けることではなく、限られた情報から誤った結論を導かないことだった。
夜、家族が寝静まった後、俊宏はその日までに知ったことを頭の中で整理することがあった。
人間が幻想郷から外界へ移動した可能性は残っているものの、今回の失踪だけでは、その条件も発生の仕組みも分からない。
似たような行動をすぐに繰り返したとしても、同じ現象が起きるとは限らず、結果が得られなければ新しい情報も増えないだろう。
むしろ、原因不明の失踪が続けば、誰かが共通点を探し始めるかもしれず、紫や藍の耳にまで届く事態になれば、俊宏自身の生活を脅かすことになりかねなかった。
そう考えた彼は、最初の失踪を検証するための特別な行動を起こさず、次の機会が訪れるまで計画を進めないことにした。
それは、対象となった人物の安否を案じたからでも、自分の行為を反省したからでもない。
現状では確かめられることが少なく、同じことを繰り返しても得られる情報が乏しいうえ、余計な行動によって計画の存在を疑われる危険があったからだ。
俊宏は、目立った成果が得られない時期にも復讐の目標を捨てることなく、日常生活を続けながら状況が変わるのを待った。
養子先の家に暮らす座敷童子は、そうした俊宏の日常を身近な場所から見ていた。
彼女は家族の一員のように食卓を囲み、家事の手伝いや何気ない会話を通じて、俊宏が普段どおりに暮らしている様子を知っている。
家族を失った経験が彼の中に深い傷を残していることは感じていたものの、近ごろの彼は仕事を休むほど落ち込むこともなく、周囲との関係も大きく崩れてはいなかった。
時折、何かを考え込むような顔を見せることはあっても、彼女にはそれが特別な計画を意味するとは思えなかった。
座敷童子には、人間の家庭に寄り添って暮らす存在としての立場とは別に、人里の人間の動向を紫の側へ報告する役割があった。
彼女は俊宏の発言や行動を観察し、生活に不自然な変化がないかを確かめていたが、彼の心中を直接読み取ることはできない。
だからこそ、報告に必要なのは、自分が実際に見聞きしたことを整理し、推測と事実を混同しないことだった。
俊宏が普通の生活を送っているなら、彼女の記録にも、そのとおりの姿が残ることになる。
ある日、座敷童子は人目につかない機会を選び、俊宏の近況について紫の側へ報告した。
家族を失った後も人里で暮らし続けていること、働きながら親類との関係を保っていること、外界への興味を以前から持っているものの、近ごろは特別な行動を起こしていないことなど、内容は日常生活の観察に基づいていた。
彼女は俊宏に異変が起きていないと伝えたが、すべてが分かっていると主張するつもりはなく、目立った変化を見ていないという範囲で報告をまとめた。
報告を受けた紫にとっても、俊宏は警戒を強めるべき人物には見えなかった。
家族を妖怪に殺された人間が外界に関心を持つこと自体は不思議ではなく、それだけを理由に危険な計画を疑うことはできない。
人里の秩序を乱す行動も確認されず、異変に関わった様子もないのであれば、彼を特別な調査対象にする必要性は低いと判断できた。
紫は座敷童子に観察を続けるよう求めたものの、この段階では俊宏を脅威と見なす理由を持っていなかった。
こうして、俊宏の暮らしは監視の目に触れながらも、表面上は平穏に続いていった。
座敷童子にとって彼は、家族を失った後に親類の家で成長していく一人の青年であり、見守るべき身近な相手でもあった。
そのため、彼女が日々の小さな変化を気に掛けたとしても、そこから復讐計画の存在を疑うのは難しかったのである。
一方の俊宏は、彼女が担う役割を知識として理解していたからこそ、日々の暮らしの中で不自然な行動を見せず、周囲に余計な疑念を生じさせないことを重視していた。
年月が過ぎ、俊宏は少しずつ青年らしい体つきになり、任される仕事の範囲も広がっていった。
人里の住民との付き合いも続き、養子先の家族と過ごす時間にも大きな変化はない。
彼は復讐について誰かに語ることなく、外界への移動を確かめるための行動も繰り返さなかったが、それは当初の目標を忘れたことを意味してはいなかった。
確かな情報を得られないまま手段に固執するより、日常を保ち、次に動く機会を見極めるほうが、長い計画を進めるうえでは合理的だった。
二年目、三年目と時間が流れても、俊宏は最初の失踪について積極的に調べようとはしなかった。
人里では別の噂が生まれては消え、かつての行方不明事件も、時がたつにつれて日常の話題から遠ざかっていく。
外界へ移動した可能性を示す確かな証拠は得られなかったが、否定する証拠もなかったため、彼はその一件を未解決のまま頭の片隅に残した。
新しい情報がない状況で考え続けても結論は変わらず、同じ疑問を何度もなぞることに意味はなかった。
五年間の沈黙は、俊宏の中で計画が消えた時間ではなく、次の行動に値する機会を待つ時間になっていた。
彼は一度の失踪から得られる情報を過大評価せず、現象の仕組みを知らないまま試行を重ねることも避けた。
復讐の目標は変わらず、妖怪社会の秩序を崩すという考えも手放していないが、そのために必要な手段は、いつまでも同じである必要はなかった。
何も起こさないこと自体が、今の自分にとって最善の選択になり得ると判断したのである。
俊宏が二十二歳を迎える頃、人里では、ある人物が近いうちに村の外へ出るという話が聞かれるようになった。
その人物は俊宏の協力者ではなく、外界への移動を望んでいるわけでもなかったが、行動の予定を知った彼は、かつての仮説を改めて検討できる機会かもしれないと考えた。五年間の沈黙を破るかどうかは、まだ決めていない。
ただ、状況が変わり始めたことを察した俊宏は、日々の生活を崩さないまま、次に何ができるのかを慎重に見定めようとしていた。