覚悟ガンギマリ系一逸転生者による幻想郷破壊録 作:フリッツⅩ
外界での暮らしが少しずつ落ち着き始めた頃、田中誠治は、かつて幻想郷にいた時分の出来事を確かめるため、過去の失踪事件や身元不明者に関する記録を調べ始めた。
仕事や生活の立て直しに必要な手続きを進める一方、図書館の資料やインターネットで閲覧できる新聞記事を探し、山間部での行方不明者や、発見時に身元が分からなかった人物について情報を集めていく。
調査の目的は、失踪した三人が現在も生きているかどうかを知ることではなく、彼らが本当に外界へ到達していた可能性を確かめることだった。
もし対応する記録が残っていれば、幻想郷から外界へ人間が移動できるという、かつて自分が立てた仮説を検討する材料になる。
もっとも、幻想郷で失踪した人物の名前や年齢を、外界の記録から簡単に探し出せるとは考えていなかった。
外界に到着したとしても、身分を証明できなければ身元不明者として扱われる可能性があり、本人が過去の体験を正確に説明できるとも限らない。
そもそも三人が外界へ移動したという確証はなく、妖怪による被害や、彼の介入とは無関係な原因で行方不明になった可能性も残っていた。
誠治は検索条件を少しずつ変えながら、断片的な情報の中に、かつて知っていた三人と結びつくものがないかを探した。
最初に目に留まったのは、山あいの地域で保護された身元不明者について、地方新聞が報じた古い記事だった。
記事によれば、発見された人物は当時の周辺住民には見慣れない、江戸時代末期を思わせる服装をしており、自分がどこから来たのかについても、係員が理解できる説明をしなかったという。
警察や医療機関による確認が行われたものの、所持品から身元を特定できる手掛かりは乏しく、記事にはその後の詳しい経過が記されていなかった。
誠治は記事の画像を拡大し、日付と発見場所、人物の特徴を手元のメモに書き留めた。
その人物が、幻想郷で失踪した一人だったとすれば、服装や説明の食い違いにも一応の筋は通る。
しかし、記事には顔写真も詳しい身体的特徴もなく、本人の説明が伝わらなかった理由も分からないため、同一人物だと判断できる材料は見当たらなかった。
山中で保護された身元不明者が古風な服装をしていたというだけなら、現実の事情によって説明できる余地もあり、誠治の仮説に都合のよい部分だけを拾い上げるわけにはいかない。
彼は記録を保存したうえで、ほかの二人に関係する可能性のある事例も探すことにした。
次に見つかったのは、山中で行方不明になった後、数日を経て保護された人物についての短い報道だった。
その人物は、帰還後に人里から隔絶された集落について語り、そこに暮らす者たちは自分の知る社会とは異なる習慣を持っていたと説明したらしい。
ところが、本人が示した場所は地図上で確認できず、移動した経路についても説明があいまいだったため、記事では遭難や疲労による混乱の可能性が挙げられていた。
妖怪という言葉が本人の口から出たのか、後に話を聞いた人間がそう解釈したのかさえ、記録からは判別できなかった。
誠治は、記事に添えられた短い証言を何度か読み返した。
人里に似た集落、外界とは異なる生活習慣、見知らぬ者への警戒といった要素は、彼が幻想郷で見聞きしてきた光景を連想させる。
ただし、文章に現れる特徴が似ているからといって、そこが幻想郷だったと断定することはできず、記者が話を簡潔にまとめる過程で、本人の説明が変わってしまった可能性もあった。
それでも、古風な服装をした身元不明者の記事とは別の記録に、幻想郷を思わせる村の話が残っていたことは、誠治にとって注目に値した。
三つ目の手掛かりは、公的な記録ではなく、地域の古い噂をまとめた文章の中にあった。
山道で行方を絶った者が、地図にない集落へ迷い込み、そこで人間ではないように見える住民と出会ったという話で、帰還後に体験を語った人物の名前も、正確な発生時期も記されていない。
書き手は地元で伝えられてきた話として紹介していたが、誰から聞いたのか、元になった出来事が実際にあったのかまでは確かめられなかった。
誠治は、これを失踪事件の記録と同じ確度で扱うことは避けながらも、ほかの二件と比べるために内容を保存した。
こうして見つかった三つの情報は、記録の種類も確かさも異なっていた。
一つ目は身元不明者を保護したという新聞記事で、二つ目は行方不明者が帰還後に語ったという証言、三つ目は出所をたどれない地域の噂であり、いずれも幻想郷の存在を直接裏付けるものではない。
それでも、古風な服装をした人物、人里を思わせる集落、普通の人間では説明しにくい住民の姿という要素が、互いに異なる情報源に現れていた。
誠治は三つの記録を並べ、どこまでが記事に明記された事実で、どこからが伝聞や推測なのかを分けながら、共通する特徴を拾い出していった。
記録に記された年月を比較しても、三つの出来事が同じ時期に起きたわけではなかった。
地域も異なり、関係者同士が知り合いだったことを示す情報もなく、同じ人物について別々の媒体が報じたと考えられるような一致も見当たらない。
誠治は、これらが幻想郷で失踪した三人に対応している可能性を考えたものの、年齢や服装、失踪前の生活などを十分に照合できるわけではなかった。
本人たちの名前すら確認できない以上、三件すべてが外界への移動を示す記録だと断定するのは、彼が避けようとしていた早合点にほかならなかった。
それでも、誠治にとっては以前より検討材料が増えていた。
幻想郷にいた頃には、三人が姿を消したという結果しか分からず、その後に何が起きたのかを確かめる手段もなかったが、外界の資料には、似た体験を語った可能性のある人物が複数記録されている。
もちろん、単なる偶然や創作、記憶違いを排除することはできない。
それでも、外界へ移動する現象が絶対に起こり得ないと判断する理由は、以前より少なくなったのである。
誠治は、三人の行方をさらに追跡すべきかどうかも検討した。
記事の掲載元に問い合わせたり、記録が残る地域の関係者へ連絡したりすれば、追加の情報が得られる可能性はあるかもしれない。
しかし、本人を特定できるだけの情報がないうえ、たとえ該当する人物を見つけたとしても、失踪の原因や幻想郷との関係を確かめられる保証はなかった。
余計な調査によって過去の出来事とのつながりを疑われる危険まで考えれば、今の段階で時間を費やす価値は小さいと判断できた。
なにより、三人は誠治に協力するために外界へ来た人間ではなく、彼自身が指示した内容を証言するよう求めたわけでもなかった。
もし記録のいずれかが本人たちの体験に基づいているのなら、そこに記された内容は、誠治が意図的に作らせたものではない。
彼が失踪に関与した可能性と、その後に語られた体験が彼の作った話ではないことは、別々に考えられる問題だった。
外界に記録が残っているという事実は、将来、幻想郷に似た世界の存在が話題になった際、創作物だけではない材料として扱えるかもしれない。
誠治は、三人の実名や身元を調べ上げて公表することも、その記録をそのまま記事にまとめることもしなかった。
彼が必要としているのは、失踪した人間の現在を知ることではなく、過去に残された情報を使って、外界の人々が幻想郷に似た世界を想像するきっかけを作ることだった。
三つの情報に含まれる細部は、そのままでは不確かすぎる一方、怪談の題材として組み直すなら、読者の関心を引く要素になり得る。
誠治は保存した資料を閉じ、個々の記録を直接引用するのではなく、共通するイメージを抽出して一つの物語に仕立てることを考え始めた。
最初に思い浮かんだのは、山奥で道に迷った人間が、古い時代を思わせる村へ迷い込むという筋書きだった。
村には外の世界とは異なる暮らしがあり、住民たちは一見すれば普通の人間のようでいて、言葉や振る舞いにどこか説明しにくい違和感がある。
主人公はそこで一晩を過ごすことになり、夜が深まるにつれて、村人たちが自分を客として扱っているのか、それとも別の何かとして見ているのか分からなくなっていく。
やがて彼は村から抜け出すが、何が起きたのかを他人に説明しようとしても、肝心な部分を言葉にできないまま物語が終わる。
誠治は、実際の記録にあった場所や人物の特徴をそのまま使わず、舞台や経緯を組み替えながら、創作として成立する筋道を考えた。
古い服装の身元不明者と、奇妙な村を語った人物と、地元に残る噂は、現実に存在したかどうかを確定できない。
それでも、別々の情報源に残る要素をひとつの物語へまとめれば、読者に強い印象を与えられるだろう。
誠治にとって、三件の失踪は未解決のまま終わった過去の出来事ではなく、外界へ幻想郷の存在を広めるために利用できる素材へと変わり始めていた。
彼は机に紙を広げ、冒頭の数行を書きつけた。
物語の題名や細かな設定はまだ決まっていなかったが、読者が最初に感じるのは、山道で方向を見失った人間の不安であり、そこから日常とは異なる村へ足を踏み入れる恐怖へと移っていく構成にするつもりだった。
説明を増やしすぎれば、未知の場所に対する不気味さが薄れてしまうため、村の全貌や住民の正体は明かさず、主人公が実際に見聞きした範囲だけで描くことにした。
記録から得た断片をそのまま写すのではなく、読者が自分で意味を考えられる余白を残すことが、怪談としての効果を高めると考えたのである。
書き始めた物語を読み返しながら、誠治は三つの記録を再び思い浮かべた。
いずれも幻想郷の存在を証明するには不十分だが、だからこそ創作の中に組み込む余地があった。
彼は三人の所在を確認できないことに心を痛めるのではなく、過去の行動から得られる情報を、今度は外界での計画に利用する方法を見いだしたことに意味を感じていた。
幻想郷に似た世界を怪談として人々の記憶へ残すことは、彼が長期的に進めようとしている計画の、ごく初めの段階にすぎなかった。
誠治は、資料をまとめたメモを原稿の横に置き、続きを書くための構成を整え始めた。
実際の記録と創作を直接結びつけることはせず、舞台や人物の細部を変えて、ひとつの独立した怪談として読める形へ仕上げるつもりだった。
三件の失踪が本当に外界への移動だったのか、今の段階で答えは出ていない。
それでも、外界に残されていた断片が、自分の知る幻想郷を別の形で描くための材料になったことは確かだった。
誠治は原稿へ目を戻し、過去の記録を、これから広める物語の最初の一編へと変えていった。