覚悟ガンギマリ系一逸転生者による幻想郷破壊録 作:フリッツⅩ
山歩きを始めてから十年ほどになるが、佐伯は自分を本格的な登山家だと思ったことがなかった。
休日に山へ出かけ、整備された登山道を歩き、景色のよい場所で写真を撮る。それが彼にとって何よりの気分転換だった。
危険な登攀に挑むつもりはなく、事前に天候と地図を確かめ、無理のない行程で帰ってくることを心がけていた。
その日も、佐伯は朝早くから郊外の山へ向かっていた。
天気は穏やかで、前日の雨も上がっていたため、木々の葉にはまだ細かな水滴が残っている。
人通りの多い登山道をしばらく進んだあと、彼は休憩がてら小型のカメラを取り出し、周囲の景色を撮影した。
遠くに連なる稜線や、木々の間から差し込む陽射しを記録しておけば、帰宅してからもう一度楽しめると思ったのだ。
昼を過ぎた頃、佐伯は道沿いの案内板が途切れた場所で、斜面の奥へ延びる細い踏み跡を見つけた。
登山道から少し外れたところに木々の切れ目があり、その向こうには苔むした石段が続いている。
手入れされているようには見えなかったものの、石段の一部は崩れずに残っており、上のほうには赤い鳥居らしきものがかすかに見えた。
地図にも登山ガイドにも載っていない場所だったので、佐伯は立ち入りをためらいながらも、遠くから様子を撮影することにした。
カメラを構え、石段の先へズームを合わせる。
木々の隙間から覗く鳥居は、長い年月を経たもののように見えた。
近くに小さな社でも残っているのかもしれない。山間部には、地域の人々が昔から守ってきた祠や、地図に記載されていない小さな神社もあると聞く。
佐伯は、帰宅したあとに撮影した場所を調べてみようと考え、何枚か静止画も撮ってからカメラを下ろした。
そのときは、それ以上の異変に気づかなかった。
彼は踏み跡の先へ深入りせず、来た道へ戻って予定していた登山道を歩き続けた。
途中で何度か休憩を取り、夕方になる前に下山したが、石段のことは頭の片隅に残っていた。普段の山歩きでは見かけない風景だったため、地元の歴史や古い神社について調べる材料になるかもしれないと思ったのである。
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帰宅した佐伯は、撮影した映像をパソコンへ移し、使えそうな写真を選び始めた。
大半は予想どおりの景色だったが、問題の石段を映した動画を再生したところで、彼はマウスを動かす手を止めた。
木々の間を、一人の女性が横切っていたのである。
赤と白を基調とした装束は、神社の巫女を思わせるものだった。
遠目には若い女性に見えたが、木の幹や枝が重なっていて、顔立ちまでははっきり分からない。
撮影中に人が通ったのなら気づいていてもよさそうなものだが、そのような記憶はなかった。佐伯は動画を少し戻し、女性が画面に現れる直前から再生し直した。
彼女は、石段の奥にある木々の間から現れ、鳥居のほうへ向かっていた。
動きは自然で、映像の中だけに合成された人物のようには見えない。
それなのに、足元には奇妙な違和感があった。
地面を歩いているように見えず、女性の身体は地表からわずかに浮いているようだった。
周辺を拡大してみても、足場となりそうな岩や枝は見当たらなかった。
佐伯は動画を何度も再生し、映像が乱れている可能性を考えた。
撮影時には手ぶれがあったし、木々の間を撮った映像は、光の加減によって輪郭が不自然に見えることもある。
デジタルカメラの圧縮処理や、ズームによる画質の劣化が影響しているのかもしれない。
彼は画面の明るさや再生速度を変えながら確認したが、女性の姿そのものに、単純な映像の乱れとは異なる不自然さが残っていた。
さらに数秒進めると、女性の周囲に淡い光がいくつも浮かび上がった。
光は画面の一部に張りついたままではなく、互いに一定の距離を保ちながら、女性の周囲を弧を描くように移動している。佐伯は一瞬、木漏れ日が水滴やレンズに反射したのではないかと考えた。
けれども、光の動きを確かめるために映像を繰り返し見ても、反射や手ぶれだけで説明するには、奇妙な動きが多すぎるように思えた。
決定的に見えたのは、映像の終わり際だった。
女性が木々の向こうへ進んだ直後、背景の景色が一瞬だけ歪んだのである。
画面が揺れたわけではなく、木々の輪郭や石段の奥にある風景が、水面を通して眺めたようにねじれていた。
その向こうには、古い屋根の並ぶ集落らしきものが映り込んでいた。
次の瞬間には元の山林の風景へ戻っていたが、佐伯は再生を止めたまま画面を見つめていた。
何が映っているのか、自分には分からなかった。
撮影したときには、あの場所に誰かがいることさえ意識していなかったのだ。
女性が本当に浮いていたのか、光は何だったのか、最後に見えた集落はどうして現れたのか。どれも説明できない一方で、映像を加工した覚えもなかった。
佐伯はカメラの設定を確認し、記録媒体に保存されている元のファイルを開き直した。問題の箇所は同じように映っていた。別の再生ソフトでも試し、パソコンを再起動してから見直しても結果は変わらない。
少なくとも、今使っている機器で再生するかぎり、あの光景は確かに記録されていた。
現地で祭礼か何かが行われていたのだろうか。撮影のために衣装を着た人が山へ入っていた可能性もある。
近くに映画や映像作品の撮影現場があったのなら、浮いて見える足元や淡い光にも、何らかの仕掛けがあったのかもしれない。
佐伯は考えられる説明を一つずつ挙げてみたが、いずれも最後に映った集落の風景まで説明するには足りなかった。
そこで彼は、映像をインターネットに公開してみることにした。
自分一人で考えていても分からないのなら、ほかの人間に見てもらえばよい。
撮影場所はおおよその地域だけを記し、動画には余計な編集を加えず、現地で撮影したままの状態で投稿した。
説明文には、地図に載っていない石段の先で奇妙な人物が映り込んでいたこと、撮影時には何も気づかなかったこと、祭礼や撮影企画があったのか知りたいことを書き添えた。
投稿した直後、佐伯は特別な反応を期待していなかった。
少し珍しい映像だと感じた人が数人コメントを残してくれれば、それで十分だった。
彼はパソコンを閉じて夕食を取り、翌日の仕事の準備を済ませると、そのまま眠りについた。自分が投稿した動画が、思いがけない方向へ広がっていくとは考えていなかった。
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翌朝、通勤電車の中で投稿ページを開いた佐伯は、思わず画面を見直した。
再生回数は、昨夜の時点から何倍にも増えていた。
コメント欄には、映像の真偽をめぐる意見が次々と書き込まれ、別の利用者が動画の一部を切り出して検証用の画像を投稿している。
夜のうちに誰かが別の掲示板へ紹介し、そこからさらに広がったらしい。
最初の反応は、撮影場所にある神社を知っている人がいないかというものだった。
古い鳥居が映っているのだから、地元の人なら分かるのではないか。山仕事をしている者なら、あの石段に心当たりがあるかもしれない。
そうした書き込みが続いたが、同じ地域に住んでいると名乗る人々からも、はっきりした情報は出てこなかった。
似たような社を見たことがあるという証言はあったものの、動画の場所と一致するとは言い切れないようだった。
次に目立ち始めたのは、映像そのものを分析しようとする人々だった。
女性の姿が現れる前後で画面の明るさがどう変化しているか、光の動きに規則性があるか、背景の歪みが編集によって加えられたものなのか。
動画編集の経験があるという利用者は、映像の一部を拡大し、圧縮によるノイズの可能性を指摘した。
別の利用者は、光が女性の動きに合わせて移動しているように見えることから、単なるレンズの反射では説明できないのではないかと反論した。
佐伯は電車を降りてからも、駅のホームでコメントを読み続けていた。
自分では気づかなかった映像の細部について、見知らぬ人々が次々と意見を述べている。
彼らの指摘を読むうちに、たしかに自分だけでは判断できない点が多いのだと改めて感じた。
けれども、詳しい分析が行われているからといって、正しい答えが出ているわけではない。
映像を加工できる人間がいる一方で、加工されていない映像にも機材や環境による不自然な現象が起きることはあるのだから、慎重に考える必要があった。
昼休みには、動画の女性がどこかの作品に登場するキャラクターではないかという話まで出ていた。
赤と白の衣装、神社、浮遊しているような姿、周囲に現れる光。
それらの特徴が、近年人気を集めている作品『東方Project』の博麗霊夢に似ているというのだ。
佐伯も名前だけは知っていた。
ゲームや音楽、漫画などに展開している作品で、巫女の姿をした人物が登場することくらいは聞いたことがある。
コメントの中には、コスプレをした人物を撮影しただけだという意見もあった。
山の中で作品の撮影や個人的な動画企画をしていたのなら、珍しい衣装を着た人物が映っていてもおかしくはない。
ただ、そうした説明では、足元が地面から離れて見えることや、周囲の光の動き、背景に一瞬だけ現れた集落についても説明しなければならなかった。
映像を見た人々は、それぞれの知識を持ち寄って仮説を立てていたが、どの説にも決定的な裏付けはなかった。
佐伯は、投稿した本人として、分かっている範囲の情報をコメント欄へ書き込んだ。
撮影時に女性の存在には気づかなかったこと、映像の編集はしていないこと、石段の正確な位置は把握できていないことを説明した。
すぐに信じる人もいれば、動画を公開した本人が隠していることがあるのではないかと疑う人もいた。
加工していないという主張を、ネット上の誰かがそのまま信用する義務はない。
佐伯にもそれは分かっていたので、感情的な反論はせず、質問されたことに答えるだけにとどめた。
夕方になる頃には、動画を専門的に分析しているという利用者からも連絡が届いていた。
元の動画ファイルを確認できれば、圧縮や編集の痕跡をより詳しく調べられるという。
佐伯は少し迷ったものの、撮影したカメラに保存されている元の記録は残してあることを伝えた。
ただし、個人情報や位置情報が含まれている可能性もあるため、ファイルを渡す前に内容を確認したいと付け加えた。
その対応を終えたあと、佐伯は仕事へ戻った。
周囲からは普段どおりの業務を求められ、彼自身もいつもと変わらず仕事をこなしたが、頭の片隅には自分の投稿ページが残っていた。
山中で撮影した何気ない映像が、これほど多くの人間に見られ、話題にされるとは思っていなかった。
まして、そこに映っていたものについて、自分以上に詳しく調べようとする人々が現れるとは想像していなかったのである。
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数日後、佐伯は仕事から帰ると、問題の映像がどのように扱われているのかを確認した。最初に投稿したページには、さらに多くのコメントが加わっていた。
映像を検証するための専用のスレッドが立ち、撮影場所の候補を挙げる人や、似たような目撃談を紹介する人が現れている。
なかには、過去に山中で見かけたという不思議な光景について、自分の体験を語る人もいた。
ただし、そのすべてが同じ現象を指しているとは限らなかった。
山で見慣れないものを見たという証言の中には、夜間の照明や遠くの建物を見間違えたと思われるものもあれば、話の細部が曖昧で検証しようのないものもある。
佐伯の映像と似ている点を持つ話も、確認できる日時や場所が一致しているわけではなかった。
目撃談が増えるほど、情報が増えたという実感と、何を信じればよいのか分からなくなる感覚が同時に強まっていった。
ある利用者は、山岳地帯の地形を研究しているという人物の発言を紹介していた。
その人物は動画を見たうえで、背景に映り込んだ集落の景観が、現代の山間部で一般的に見られるものとは異なっていると指摘したらしい。
古い建物が残る地域は実際に存在するものの、映像に見える屋根の配置や周囲の地形が、撮影場所の候補とどうつながるのかは分からないという。
投稿者たちはその情報を手掛かりに地図を調べ始めたが、明確に一致する場所は見つからなかった。
佐伯自身も、休日を利用して撮影地点を確かめに行くことを考えた。
だが、当時の行程を振り返っても、石段へ続く踏み跡の正確な位置は記録していなかった。
カメラの位置情報も、樹木が密集していたためか、細かな地点を特定できるほど正確ではない。おおよその地域までは絞れても、そこから先へ進む手段がなかったのである。
地図上で似た地形を探してみても、同じ鳥居や石段を確認することはできなかった。
彼は動画を見返し、女性の姿が映っている場面を静止させた。画面の中の人物は、赤と白の衣装をまとい、木々の間を進んでいる。
拡大すればするほど、映像の粗さが目につき、顔の細部を確かめることは難しくなった。
光の正体も、背景が歪んだ理由も分からない。
見れば見るほど、何かを理解できたというより、分からないことの形がはっきりしてくるようだった。
インターネット上では、少しずつ異なる解釈が形作られていった。
映像を加工した創作だと考える人々は、意図的に不自然な箇所を残すことで注目を集めようとしているのではないかと主張した。
一方、加工されていない可能性を重視する人々は、撮影機材の異常や、まだ調べられていない地形の特性を考えるべきだと述べていた。
さらに、過去の怪談や失踪記録との類似点を探す者まで現れ、議論は撮影された一つの映像だけでは収まらなくなっていた。
佐伯は、そのやり取りを見て複雑な気持ちになった。
自分が知りたいのは、あの日に何を撮影したのかという単純な疑問だった。
けれども、ネット上の人々は、それぞれが関心を持つ分野から映像を捉えており、そこには撮影者の想像を超えるほど多様な考えがあった。
誰かが真相に近づいているようにも見えたが、別の誰かの意見を読めば、そちらにももっともらしい根拠があるように感じられた。
結局、佐伯にはどの説明が正しいのか判断できなかった。
自分の目で確認したのは、山の中にある石段を撮影したことと、帰宅してから奇妙な映像に気づいたことだけである。
女性が実際に浮いていたのか、画面の向こうに集落が存在していたのか、それとも撮影機器の異常によってそう見えただけなのか。
どれか一つを事実として選べるだけの根拠はなかった。
その週末、佐伯は撮影に使用したカメラと記録媒体を整理し、元の動画を複数の場所に保存した。
データが失われれば、後から確認することもできなくなる。
自分が何か特別な発見をしたのだと考えているわけではなかったが、映像が存在していることまで曖昧にしたくはなかった。
いつか正体が分かるかもしれないし、結局は機材の異常だったと判明するかもしれない。
どちらにしても、実際に撮影した記録は残しておくべきだと思った。
保存を終えると、佐伯は動画の投稿ページを開いた。
再生回数は今なお増えており、新しいコメントも寄せられている。
誰かがその映像を見て驚き、別の誰かが疑い、また別の誰かが過去の記録を調べている。
画面の向こうでは、見知らぬ人々がそれぞれの考えを重ねていたが、そこから生まれた結論はまだ一つも確かなものになっていなかった。
佐伯はパソコンを閉じ、部屋の明かりを落とした。
あの日、山の石段を見つけたときには、珍しい景色を撮影できたという程度にしか考えていなかった。
帰宅後に映像を見直したときも、少し変わった出来事として誰かに尋ねてみようと思っただけだった。
それが今では、多くの人々が現実と創作の境目を議論する題材になっている。
翌日になれば、動画にはさらに新しい反応が寄せられるだろう。
別の人間が新たな目撃談を投稿し、研究者が地形や映像の分析結果を公開する可能性もある。
あるいは、誰かが明確な加工の痕跡を見つけ、騒ぎはそこで終わるのかもしれない。佐伯には、そのどれも予測できなかった。
ただ、カメラに残された映像を見たときの違和感だけは、今も記憶に残っていた。
見知らぬ女性の姿と、周囲に浮かんでいた淡い光、そして背景の向こうに現れた古い集落。
それらが何を意味するのか、彼はまだ知らない。
画面の向こう側に何があったのかを知るためには、もう少し多くの情報が必要だった。