覚悟ガンギマリ系一逸転生者による幻想郷破壊録 作:フリッツⅩ
父と母を失ってから何日が過ぎたのか、俊宏には分からなくなっていた。
人里へ戻った彼は親類の家で保護され、食事や寝床を与えられ、傷の手当ても受けていた。
それでも、夜に目を閉じれば川辺で起きた惨劇がよみがえり、眠りにつくことさえ難しかった。
あのとき、もし自分がもっと早く動けていたら、父親の手から小刀を受け取っていたら、母親の言葉に逆らって一緒に戦っていたら、何かが変わったのだろうか。
何度考えても答えは出なかった。
前世の知識を取り戻した今なら、相手がどのような妖怪であれ、七歳の子供が小刀一本で立ち向かえる相手ではなかったと理解できる。
それでも、何もできずに両親を失った事実は、彼の心から離れなかった。
親類の家へ引き取られることが決まったのは、両親の葬儀を終えてしばらくしたころだった。
母方の伯母と伯父は、以前から俊宏の家族と付き合いがあり、彼も幼いころから二人の顔を知っていた。
彼らには俊宏を養い育てる余裕があり、両親を失った子供を一人きりにしておくわけにはいかないと考えていたのである。
「これからは、うちで暮らしなさい。部屋もあるし、食事の心配もしなくていいから、遠慮する必要はないんだよ」
伯母は俊宏の目線に合わせて腰をかがめ、できるだけ穏やかな声で告げた。
顔には疲れがにじんでいたが、彼を厄介者として扱う気配はなかった。
そばにいた伯父も、これからのことは大人が考えるから、今は無理をせず休めばいいと話してくれた。
俊宏は小さくうなずいたものの、二人の言葉を聞いても、これからの暮らしを具体的に思い描くことはできなかった。
ただ、もう自分一人では生きていけないという現実だけは理解していた。
数日後、俊宏は伯父と伯母に連れられ、これから暮らす家へ向かった。
人里の中に建つその家は、以前住んでいた河ぶき屋根の一軒家とは大きく違っていた。
隣家との距離が近く、通りからは人々の話し声が聞こえてくる。
屋根や壁には手入れが行き届き、玄関をくぐれば掃除された土間があり、その奥には畳敷きの部屋が続いていた。
伯母は、俊宏が使うことになる部屋を案内した。
広さはさほどなかったが、布団を敷いて荷物を置くには十分で、窓からは隣家の屋根と、その向こうを行き交う人々の姿が見えた。
「ここなら夜に物音がしても、前の家ほど心細くはないだろう。困ったことがあれば、すぐに私たちを呼ぶんだよ」
伯母の気遣いに礼を返しながら、俊宏は自分が本当にこの家で暮らし始めるのだと実感した。
以前の家にあったものは、ほとんど何も手元に残っていない。
家族と一緒に使っていた道具も、見慣れた家具も失われてしまったが、今の彼には布団と着替えがあり、雨風をしのげる部屋もある。
以前の暮らしには戻れなくても、ここで生活を続けることはできそうだった。
夕食の支度が始まるころ、俊宏は台所の近くで見知らぬ少女と顔を合わせた。
年齢は自分とそれほど変わらないように見える。
黒髪を肩のあたりで切りそろえ、地味な着物を着た少女は、手にした盆を食卓へ運ぶ途中で彼に気づき、足を止めた。
「あなたが今日からここで暮らす子なのね。私はこの家に住んでいるから、困ったことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」
穏やかな口調で話しかけられ、俊宏は返事をしようとした。
しかし、少女の顔を見た瞬間、頭の奥に何かが引っかかった。
以前どこかで会ったわけではない。
それなのに、彼女の存在について、自分が何かを知っているような感覚があった。
少女は俊宏が黙り込んだことを気にする様子もなく、盆を食卓に置くと、もうすぐ夕食だから座って待っているようにと告げた。
初対面の相手にしては親しげだったが、家族を迎えるときの自然な態度にも見えた。
伯母も少女がそこにいることを当然のように受け入れており、彼女は以前からこの家で家族の一員のように暮らしているらしかった。
俊宏はその場を離れ、自分の部屋へ戻った。
ようやく一人になってから、先ほどの違和感を記憶の中から探り始める。
両親を失った夜、つながり始めた前世の記憶には、幻想郷に住む妖怪たちについての知識も含まれていた。
その中から、ひとつの名前が浮かび上がる。
人間の家に住み着き、幸運をもたらす存在として知られる妖怪、座敷童子だった。
しかし、俊宏が思い出したのは、幸福をもたらすという話だけではない。
彼の知識では、座敷童子は人里の人間たちの動向を探り、八雲紫の監視網に情報を伝える役割も担っていた。
『東方茨歌仙』で示された設定を思い出した彼にとって、その知識は目の前の少女を考えるうえで無視できないものだった。
もし彼女が本当に監視役なら、自分が何を知っているのかを悟らせるのは得策ではない。
かといって、親切にしてくれる人々を疑い続ければ、この家で暮らすこと自体が苦痛になってしまう。
伯父と伯母は善意から自分を迎えてくれたのであり、その気持ちまで疑う理由はなかった。
夕食の時間になると、俊宏は伯父と伯母に挟まれるようにして食卓についた。
煮物や焼き魚、漬物に汁物という献立は、以前の家で食べていたものと大きく変わらない。
伯母は俊宏が食べやすいよう魚の骨を取り除き、伯父は明日から何を手伝ってもらおうかと冗談めかして話した。
二人は無理に明るく振る舞わせようとはせず、これまでと同じように暮らしを続けようとしているようだった。
少女も、当たり前のように同じ食卓についていた。
伯父や伯母と自然に会話を交わし、ときには俊宏にも話題を振る。
食事の量は足りているか、部屋は寒くないか、寺子屋へ通うなら道を覚えなければいけない、といった話は、どれも新しく家族に加わった子供を気遣うものだった。
俊宏は尋ねられたことに答えながら、少女の様子をさりげなく観察した。
話し方にも身振りにも、不自然なところは見当たらない。
彼女は伯父や伯母との付き合いにも慣れているらしく、食事の途中で必要なものを取ったり、空いた器をまとめたりしていた。
人里で暮らす普通の少女と考えても、何の不思議もない振る舞いだった。
食事を終えると、伯母は食器を片づけ、伯父は翌日の仕事の支度に取りかかった。
少女が俊宏を手伝いに誘ったため、彼も食卓を拭いたり、使い終わった椀を台所へ運んだりした。
家族と一緒に後片づけをしていると、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだ。
誰かと暮らす日常が、再び自分の手元に戻ってきたように感じられたのである。
片づけが一段落したころ、少女は俊宏の顔を見て、やわらかな声で話しかけた。
「今日は疲れたでしょう。夜中に目が覚めても、誰かを呼んでいいのよ。無理に一人で我慢しなくても、ここには私たちがいるから」
その言葉には、詮索するような響きも、同情を押しつける様子もなかった。
家族を失った子供が夜に目を覚ますことを心配し、困ったときには頼ってほしいと伝えているだけなのだろう。
俊宏は、もし前世の知識がなければ、彼女の言葉を疑わずに受け取っていたに違いないと思った。
彼は少女に礼を言い、明日からもよろしくと返した。
なるべく声に不自然さが出ないよう気をつけたものの、彼女が自分のことをどこまで把握し、何を誰かに伝えるのかまでは分からない。
今すぐ答えを得ようとするより、普段の暮らしの中で彼女の様子を知っていくほうがよいと考えた。
その夜、俊宏は新しい部屋で布団に入った。
窓の外からは、通りを歩く人々の話し声や、夜風に揺れる木々の音が聞こえてくる。
以前の家より人の暮らしが近くに感じられ、そのことは確かに心を落ち着かせた。
人里の内側に住むようになったことで、夜道で妖怪に襲われる危険も減るはずだった。
しかし、家族のように接してくれる少女が監視役かもしれないという疑念は、消えていなかった。
すぐ隣の部屋から物音がすると、俊宏は思わず耳を澄ませた。
少女が何をしているのかまでは分からず、誰かに報告しているのか、寝る支度をしているだけなのかも判断できない。
確かめる手段のない今、疑いだけを膨らませても仕方がなかった。
俊宏は、まずこの家で暮らし続けることを優先しようと考えた。
伯父と伯母の善意を受け取り、少女とも普段どおりに接する。その一方で、自分が知っていることを不用意に口にせず、幻想郷についてさらに理解を深める必要がある。
生き延びるためには、誰かを一方的に信じることも、すべてを敵だと決めつけることもできなかった。
両親を失った悲しみは、まだ癒えていない。
これから先、どのように生きていけばよいのかも、幼い俊宏には分からなかった。
それでも、自分が暮らしている世界について知る手掛かりは、前世の記憶の中に残されている。
今はその知識を胸にしまい、この場所で生きるために必要なことを一つずつ覚えていくしかなかった。
隣の部屋から足音が聞こえたあと、家の中は静けさを取り戻した。
俊宏はそれ以上考えるのをやめ、目を閉じた。
明日も少女と食卓を囲み、同じ家で過ごすことになるだろう。
親切にしてくれる相手を疑いながら暮らす難しさは、まだ十分には分かっていなかったが、彼はすでに、安心して身を寄せられる場所と、誰にも知られずに警戒しなければならない場所が、同じ家の中に重なっていることを感じ始めていた。