北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
甲竜歴334年◎月△日
今日から日記を付けようと思う。
理由は単純だ。
過去の記憶が摩耗しないように。
それだけである。
記憶というものは、摩耗していくものである。
それは不要なものから先に消えていくものだ。
日常生活で使わない記憶。
もう会えない人との記憶。
戻れない場所への記憶。
忘れたくとも、忘れたくないとしても消えていくものだ。
転生して10年。
前世の記憶が抜け落ちていく。
殆ど、思い出す事が出来ない。
それを悲しいと思えない。
悲しいと思えるほど、覚えていないからだ。
しかし、悲しいと思えないことが俺は悲しい。
これから先、長い人生……俺は失っていくのだろう。
失ったことすら思い出せずに、それを悲しいとも思えずに。
それだがただ、悲しい。
前世の話はやめよう。
この世界は、剣と魔法の世界である。
竜は空飛び火を吹くし、人は魔法で炎を出す。
魔族もいる……というか俺の祖母は魔族だ。
心が躍るかと言われれば、多少なりとも同意できる。
そんな世界で、俺の父は英雄だった。
英雄譚に語られる父だった。
母もその英雄譚に登場する女性だった。
父の名はアレックス・カールマン・ライバック。
北神カールマン二世と呼ばれる剣士である。
その父……祖父は北神カールマン・ライバック。
祖母は不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック。
即ち、父は不死魔族の血を引く男である。
不死魔族は身体が欠損しても再生する生命力と、膨大な寿命を持つ。
母に比べて父は遥か歳上であるにも関わらず、青年ほどの見た目でしかない。
俺も不死魔族の血を引いている。
母は普通の人間だった故に、その不死魔族の血は四分の一。
それでも多少の傷は瞬時に治り、寿命も常人の何十倍もあるという。
しかし、母は人間だ。
母の寿命は短い。
俺に長い人生において、母はほんの少しの間しか一緒に居られない。
それが悲しい。
父にそう打ち開ければ、「君は悲観的過ぎる」と苦言を呈された。
父は俺の気持ちを分かってくれない。
父にとって寿命での別れとは、よくある話なのだろう。
人間の価値観を持っている俺の方がおかしいのだ。
仕方あるまい。
父は俺に剣術を教えた。
北神流という流派がある。
俺の祖父、北神カールマン・ライバックが開祖となる剣術だ。
父アレックスは祖父を崇拝しており、北神流を広めるための活動を行なっている。
今日も今日とて道場にて、門下生に教えを説いている。
その一環で、息子である俺にも伝授していた。
剣術が上達すれば、父は褒めてくれる。
母も嬉しそうに喜んでくれる。
ならば、鍛錬に迷いはなかった。
俺は北神流を極めるべく、父の元で鍛錬を続ける事とした。
甲竜歴344年◇月×日
弟が産まれた。
名をアレクサンダー。
アレクサンダー・カールマン・ライバックである。
歳の離れた弟だ。
可愛い弟だ。
彼の模範となるべく、俺は強くなろうと思う。
剣士として、人として。
父のように……いや、やめておこう。
父はなんというか、尊敬できない。
確かに英雄で、慈悲に溢れ、強い男である。
だが、なんというか……鬱陶しい一面もある。
息子である俺にサプライズと称して、贈り物を送ってくる。
しかし、それが絶妙に鬱陶しい。
「竜討伐の機会をあげよう!」とか言って、無理やり山に連れて来られたり。
「砂漠で生き残る術を教えよう!」とか言って、砂漠で虫を食う羽目になったり。
「良い酒を呑ませてあげよう!」とか言って、俺の口にあり得ないぐらい度数の高い酒を流し込んだり。
「祖母に会わせてあげよう!」とか言って、魔大陸を横断する羽目になったり。
本当に碌でもない。
剣士として、英雄としての父は尊敬できる。
だが、父親としては尊敬できない。
嫌いではない。
だが、尊敬はできない。
それだけだ。
そんな父を持つ子供同士、弟とは仲良くしたい。
弟の目標になれるよう、頑張りたい。
そう俺は思った。
甲竜歴354年⭐︎月◆日
弟、アレクサンダー……アレクはすくすくと成長している。
気付けば10歳となっており……俺の見た目の年齢に追い付きそうになっている。
俺は既に30を越えている……にも関わらず、まだ15歳程度の見た目で止まっている。
不死魔族は一定の年齢になると成長が非常に緩やかになるらしい。
父が言っていた。
父も歳の離れた兄ほどの見た目をしていたのだから、説得力があった。
弟には、天賦の才があった。
剣術の才能だ。
すくすくと育ち、技術を磨き、俺へと迫ってくる。
気付けば、弟は王級となっていた。
末恐ろしい話である。
北神流、というか世の中の剣士や魔術師には階位が存在する。
上から、
神級
帝級
王級
聖級
上級
中級
初級
である。
弟は、その上から三つ目、王級だ。
対して、俺は帝級である。
一つだけの差しかない。
弟の目標になるべく鍛えていたが、すぐにでも追い抜かされそうだ。
そんな弟は、父に憧れていた。
北神カールマン二世としての英雄譚を読み、聞き、憧れていた。
いつか父のような英雄になりたいと語っていた。
英雄願望……そんなものは俺にはなかった。
ただ穏やかに暮らせたら良いと思っていた。
向上心がなかった。
そんな俺に対して、弟は成長が早い。
心持ちの所為かもしれない。
しかし、まだまだ兄の面子がある。
追い付かれまいと修練に励む事にした。
甲竜歴359年○月▽日
親戚……というべきか。
腹違いの兄弟の息子……どう言うべきか。
とにかく父と、その親戚が仲違いした。
そして、道場を去った。
よく一緒に訓練していたから、俺は悲しい。
最近はこういう事が多い。
北神の座を目指そうとしている兄弟弟子達が、北神流の道場を去る。
父が弟を贔屓するからか。
弟の才に敗れてか。
とにかく、去っていく。
それはとても、悲しいことだ。
まぁ、彼は……ランドルフは何処へ行ってもやっていけるだろう。
死にはしない……と思う。
不死魔族の血を引いているし。
多分ね。
甲竜歴369年○月▽日
母が死んだ。
父は悲しそうな顔をしていた。
弟も悲しそうな顔をしていた。
俺は、どうだったか。
自分でも分からない。
ただ、体の一部を失ったかのような痛みを感じていた。
不死魔族としての血を引く俺の寿命は長い。
長過ぎる程だ。
北神流の兄弟子が、それどころか弟弟子すらも先に死んでいった。
取り残されていく感覚だ。
俺は彼等が死んで悲しかった。
母が死んで悲しかった。
とても、とても悲しかった。
こんな気持ちには、もう二度となりたくない。
そう思った。
俺は父や弟以外の、寿命の異なる彼等と距離を置く事にした。
物理的に、ではない。
同じ道場で暮らし、飯も共にする。
悩み事にも応えるし、剣術も教える。
だが、必要以上には交流を持たない事にした。
心の奥に壁を作った。
一線を引いた。
心を許せば、死に際に俺の心の一部を盗んでいくからだ。
心を許せるのは、父と弟だけとなった。
甲竜歴384年×月◇日
弟、アレクが神級へと至った。
父が今日から北神三世と名乗っていい、と口にした。
俺には、剣の才能が無かったのか。
いや、弟に剣の才能があったのだろう。
それとも、俺に向上心がなかったのか。
頭がぐちゃぐちゃだ。
分からない。
それでもアレクは北神三世となった。
そして、父から王竜剣カジャクトを授かっていた。
北神としての証らしい。
王竜剣カジャクトは凄まじい魔剣である。
重力を操る剣であり、重さを活かした攻撃と防御、軽さを活かした機動性を両立させる。
まぁ、つまりだ。
自分にバフを、相手にデバフを与える事が出来る。
聞こえは弱いが、そのバフは一端の剣士を超一流に変え、そのデバフは空飛ぶ飛竜を血を這う鈍重な獣へと貶める。
そんな剣を北神とも呼ばれる剣士が持てばどうなるか。
即ち、無敵である。
そして更に、その剣を持った弟は父に打ち勝った。
七大列強の七位、北神二世アレックス・C・ライバックを打ち破った者として、北神三世アレクサンダー・C・ライバックは石碑に刻まれる事となった。
俺は、素直に賞賛した。
賞賛したのだが、弟はどこか不服そうだった。
それは現状に満足していない様子に見えた。
そして、俺に対する侮りも感じた。
甲竜歴384年▶︎月*日
父が失踪した。
急に、である。
弟、アレクに称号と剣、地位を預けて失踪したのだ。
慌てて俺は探したのだが、見つからなかった。
アレクは「父さんがそう簡単に死ぬかな?まぁ、死んだら死んだで、仕方ないけど」なんて言っていた。
なんとも薄情なものだ。
だが、それが強がりだと俺は知っていた。
アレクは北神カールマン二世に憧れていた。
そんな父が失踪したのだ。
目標としていた男が……王竜剣なしで勝てなかった男が失踪した。
それは、アレクが北神二世を超える機会を失ったことを意味する。
アレクは目に見えて、焦るようになった。
甲竜歴402年×月+日
北神流の道場から、門下生が減っていく。
弟であるアレクに誰もついて来れなくなったからだ。
アレクは父とは違う。
まだ未熟だった。
剣の腕が神級であろうと、その精神は幼い。
父が失踪した事実、北神二世を越える機会を失った状況、それらに対する焦り。
八つ当たりのような鍛錬に、父の頃にいた門下生達は去っていった。
「誰も、誰も分かっちゃいない!僕がどれだけ頑張っているのか!」
根は悪人ではない。
だが、北神三世を継承した結果、目立ちたがり屋で傲慢な一面が出てきてしまった。
それは北神の振る舞いではないだろうに。
俺はアレクを諭すべく、言葉を交わした。
その結果は、散々だった。
「兄さんは僕より弱い癖に、説教をするのか!?北神の重みも分からない癖に!」
初めて、弟と喧嘩した。
不死魔族同士の喧嘩で、北神と北帝の喧嘩だ。
真剣を抜いて、アレクと争った。
結果は……俺の敗北だった。
血塗れになりながらも、俺を見下すアレクの顔を今も覚えている。
「二度と僕に意見するな!兄さんは黙って、僕に従っていればいいんだ!」
何とも傲慢で、それでいて焦燥感に満ちた顔だった。
アレクは悪い奴ではない。
ただ、自分の身に合わない重責に耐えられないだけだ。
だから、兄である俺が正さなければならない。
それには力が必要だ。
アレクに勝つ、力が。
しかし、それは何処で手に入る?
アレクの下で手に入るのか?
いや、無理だろう。
勝たねばならぬ相手の下で、勝たねばならぬ相手を超えることなど出来ないだろう。
どうすればいいのだろうか。
どうすればいい。
どうすれば。
甲竜歴403年◇月◆日
俺は、アレクの元を去った。
こっそりと、消えるように。
アレクの下に居ては、アレクには勝てない。
ならば、アレクの下を離れて、鍛えるしかないだろう。
この日記と、僅かな食糧……父から貰った二本の剣を手に、俺は旅立つ事にした。
旅先は決めていない。
ただ、強い者と戦えばいいと、旅に出たのだ。
戦って、戦って、戦って、強くなる。
そして、兄になるため弟に勝つ。
それが目標だ。
甲竜歴413年◀︎月▶︎日
旅に出て、10年。
様々な人、魔物と出会って戦った。
道場に居た頃は知らなかったが、世には三大流派というものが存在するらしい。
剣神流、水神流、北神流の三つだ。
北神流が三大流派に置かれているのは嬉しかったが……出会う北神流の剣士達は、俺の知る北神流と微妙に違っていた。
香辛料を混ぜた爆弾を投げてきたり、まきびしを投げて来たり……鏡の反射で目潰ししてくる奴もいた。
何とも奇抜な奴等だ。
それを不快には思わないが、なんともまぁ珍妙だなぁと思っていた。
戦いとは命の奪い合いであり、どんな手段を使おうと汚くはないのだと……俺はそう思っていたからだ。
北神流は弱者が強者に勝つための剣だ。
人間が自分より遥かに優れた種族に勝つための剣だ。
大切な人を守るため、自分の思いを貫くため……それが北神流だ。
心の持ち方さえ正しければ、戦い方は何でもいい。
魔物を狩り、野党を狩り、俺は旅を続けた。
しかし、強くなっている実感が湧かない。
格下を殺し続けても、得るものは少ない。
かといって強力な魔物と戦っても、剣術が磨かれる訳でもない。
知恵と技術なき獣から学ぶことなど、何も無いのだ。
俺は気付いた。
北神流を極めた所で、アレクに勝てるとは思えない。
アレクの方が北神流の才能に満ちているからだ。
であれば、どうするべきか。
……他流派を習得すべきだろう。
剣神流と水神流。
その二つに関して、俺は素人だ。
つまり、伸び代がある。
二つの流派を修めれば、アレクに勝てるかも知れない。
北神流だけではなく、水神流も、剣神流も修めれば……勝てるかも知れない。
そう考えた俺は、その流派を極めた人間……剣神と水神に会う事にした。
剣を交えて、剣を教わる。
それが目標である。
ならまずは、どちらと会うべきか。
今、ここは中央大陸に南東である。
剣神は剣の聖地に居る。
中央大陸の北西、つまり今いる位置から遠い。
対して、水神はアスラ王国に居る。
中央大陸のど真ん中だ。
近い方から会うべきだ。
次の目標地はアスラ王国だ。
水神レイダ……どんな人間か、会うのが楽しみだ。