北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
紛争地帯と呼ばれる場所がある。
アスラ王国から東、山を越えて更に北東。
そこは多数の小国が建国と滅亡を繰り返す、無法地帯。
人々は地位や権力、金や女を求めて争い続ける。
そこにある、とある国。
「話を、話を聞いてくれないか!?」
ロアの町長、フィリップ・ボレアス・グレイラットは弁明をしようとしていた。
相手は国の兵士であり、ここは紛争地帯の森の中。
天幕がいくつか張られている程度の小さな拠点に、フィリップは居た。
そのフィリップの背後には妻、ヒルダ・ボレアス・グレイラットが恐怖で怯えていた。
「身分を証明できるものはない癖に、格好だけは一丁前。挙げ句の果てに、気付けば突然ここにいたさと?マルキエンの奴らも、諜報を雇うんなら、まともな奴を選べってのに」
彼等は冒険者上がりの兵士だった。
兵長ですら、高度な学習を受けていない。
荒くれ者、と呼ぶに相応しい。
そんな彼等にとって、突然現れた貴族然とした姿の二人の姿は胡散臭く見えた。
「こ、これには訳があるんだ!聞いてくれ、私達はスパイなどではない……!」
「疑わしい奴こそ、疑わないでくれって言うもんだぜ」
兵長は貴族が嫌いだった。
前線で戦う兵士を、安全な場所でこき使う。
そんな奴らの格好をしているだけで、この目の前にいる男女に対しての印象は最悪だ。
「頼む……せめて、妻だけは……」
震える妻を前にして、フィリップは庇うように前へ出た。
そんなフィリップの後ろを覗くように兵長は見た。
胸の大きな赤髪の女性……ヒルダを見て、舌舐めずりをした。
そして、背後で待つ兵士達に振り向いた。
「男は殺せ!女は“使って”からだ」
その言葉の意味を察して、フィリップは顔を青ざめた。
ヒルダは身を震わせた。
ここには仲間がいない。
家臣も護衛も居ない。
身分を証明できるものも、ない。
所謂、詰みであった。
知恵の回るフィリップだからこそ、現状を突破する術がないことを自覚していた。
どうしたこんな事になったのか。
何が起こったのかフィリップには分からなかった。
途轍もない光が落ちてきて、咄嗟にヒルダの手を握ったのは覚えている。
次に目が覚めた時は、ここにいた。
そして既に捕えられていたのだ。
如何に知恵が回ろうと、既に詰まされていた状況を変える事はできない。
兵士に抑えつけられながら、フィリップは妻と……娘のことを思い出して──
「あのー」
声が響いた。
咄嗟に全ての兵士が振り返った。
兵長も含めて、振り返った。
「……あ、取り込み中でしたか?」
そこに居たのは黒髪、赤目の青年だった。
緊迫した状況に相応しくない愛想笑いを浮かべた青年だ。
腰の左右に剣を差している事から、戦える人間……剣士である事が分かった。
「お前、何者だ?」
それは当然、兵長や兵士達にも分かる事だ。
戦えないであろう、フィリップとヒルダより、その男の方が重要だ。
自然と警戒心を向けた。
「アルフレッドです。それで……ここは何処ですか?」
「はぁ?何言ってんだ?」
「いえ、気付いたらここに居たので……」
「ああ……?」
フィリップは察した。
この男も自分や妻と同じ被害者なのだと。
そんな男が、ちらとフィリップを見た。
「ん?あれ?フィリップ様ではないですか?」
「……なんだ、お前もこいつの仲間か?」
「あ、いえ?私は一度、ロアの街に行きましてね。彼はそこの町長なのですよ。何故、こんな事に?」
フィリップは、目の前に糸が垂らされたかのように幻視した。
救いの糸が見えた。
それを手繰り寄せならなければならない、と。
「ア、アルフレッド殿!助けて頂けませんか!?彼等に私の身分を証明して頂きたい!」
「え?ああ、はい。聞きましたか?彼はアスラ王国のフィットア領ロアの町長ですよ。私が保証します」
危機感のなさそうな顔に、フィリップは少し不信感を抱きながらも、この場で仲間になってくれるのなら……と全てを賭けた。
どうせ足掻かなければ死ぬ命だ。
これ以上、悪い方向には進まないだろうと、そう思ったのだ。
「お前ら何を言ってやがる。よく知らねぇ奴が、よく知らねぇ奴の知り合いだからって、なんの証明にもなりゃしねぇよ!」
兵長が剣で地面を叩いた。
「そうですか、それは残念です。ですが、見捨てても目覚めが悪いので、そこのお二人の身を私に預けてくれませんか?」
「だから馬鹿言うんじゃねぇよ!そもそも、お前も逃がすつもりはねぇ……どうせ、どっかの諜報仲間なんだろうが!」
「諜報……ふむ?」
首を傾げるアルフレッドを見て、兵長の怒りは限界に達した。
惚けたような顔と仕草に、腹が立ったのだ。
こちらは真剣に話しているというのに、脅しているというのに、危機感が全くないからだ。
「こいつも殺せ!」
紛争地帯に法は存在しない。
小国がひしめき合い、騙し騙され合う中、独自の裁量を持って殺し合いを続けている。
兵長の選択は、何もおかしいものではなかった。
「なるほど」
アルフレッドへ向けて、兵士が殺到した。
殺してやると、剣を振り上げて。
「では、これは正当防衛ということで」
囲んでいた兵士の全員。
その腕から血が吹き上がった。
「あ……?」
兵長は剣神流の上級剣士だった。
だから、理解してしまった。
取り囲んだ兵が襲おうとした一瞬。
その一瞬で、アルフレッドは兵の腕にある筋肉の筋を、撫でるように切り裂いたのだ。
それも一人ではなく、四人……全員が剣を持てぬように、腕の筋だけを斬ったのだ。
正直に言えば、見えなかった。
結果から推測することしか出来なかった。
だが、力量の差は分かった。
「ひっ」
くぐもった声が響いた。
それは兵が怯えた声か。
いいや、兵長自身の声だった。
「無駄な殺生をするつもりはありません。そこのお二人の身を、私が預かっても?」
全く危機感もなく、敵意もない。
町の商人のような態度で、アルフレッドはそんなことを口にした。
その様子に、兵長の誇りは強く傷つけられた。
彼は兵士である前に、剣士でもあった。
その力と技で、ここまで登り詰めたのだ。
我慢ならぬ事であった。
「っ、動くな!抵抗するな!抵抗したら、お前の仲間を殺す!」
兵長はフィリップの首元に剣をおいた。
薄皮が切れて、血が垂れた。
「まぁ、待ってください。仲間ではないと言ってるじゃないですか。人質にしても無駄ですよ」
アルフレッドに焦る様子はない。
「はぁ……!?お、お前!」
「何ですか?」
その様子に兵長は迷った。
ここでこの男を人質にしても……殺しても、意味がないのではないか。
殺した後に、皆殺しにされてしまうのではないか。
兵長が剣を緩めた、その瞬間。
「アルフレッド殿!私の身はどうなっても構いません!私が死んだとしても、妻だけは助けて頂けないか!」
抑えていたフィリップが、そんな事を口にした。
思わず、兵長はフィリップを抑えつけようとした。
「うるさい!今、交渉してるのは俺だ!お前は黙って──
そう、抑えつけようとした。
だが、出来なかった。
両腕が既に、その場に無かったからだ。
「あ」
冷たい感触がした。
熱が消えていく感覚……そして、兵長は尻餅をついた。
腕は地面に転がっていた。
だが、アルフレッドは一歩も動いていないように見えた。
何が起こったのか。
見えない、分からない、知らない。
怖い。
恐怖が脳内を締め付ける中、アルフレッドを見た。
ただ、恐怖に怯える兵長を無視して、フィリップを見ていた。
「……いいですね。そういう人は嫌いじゃないですよ。肩入れしましょうか」
瞬間、アルフレッドが剣を構えた。
分厚い剣と、細い剣。
それらが何をもたらすのか、兵士達は察した。
「さ、降伏するなら命までは──
「うわああ!」
「あ、あああ!」
そして、一目散に逃げ出した。
拠点を捨てて、逃げ出したのだ。
兵長も、遅れて逃げ出した。
切断された腕を捨てて逃げ出した。
だが……その出血では、長くは生きられないだろう。
治癒魔術を扱える魔術師が、兵の中に居る訳もない。
そんなことも頭に回らないほど、恐怖が強かったのだ。
アルフレッドの前に兵士達は居なくなった。
しかし、その表情は……困惑していた。
「え?あれ……?おかしいな、逃げるのか……降伏してくれたらよかったのに」
ぽつぽつと独り言を口にするアルフレッドに対して、フィリップとヒルダは目を合わせた。
一旦、危機は去ったのだ。
安堵の息を吐き、互いに抱きしめ合ってから……フィリップは立ち上がり、アルフレッドへ頭を下げた。
「アルフレッド殿……先程は助けてくださり、ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでです。私にも欲しいものがありますので」
「ほう、欲しいものですか?」
この男は見返りを求めているのだろう。
金か、名誉か、女か。
フィリップが少し緊張していると──
「情報ですよ」
「情報?」
「ここって何処なんですかね?分かります?」
フィリップにも答えようのない質問をしてきたのだ。
「……いえ、分かりませんね。何分、私達も急にここへ連れて来られたので」
「ああ、フィリップ様も私と同じ状況だったのですね。なら、困ったな……王都アルスに帰らなきゃならないのになぁ」
後頭部をがしがしと掻きながら、アルフレッドは顔を顰めていた。
そんなアルフレッドを見て、フィリップは危機感を覚えていた。
恩を売りたい訳ではないらしい。
金が欲しい訳でもないらしい。
町長という地位に対して、何の見返りも求めていない。
ただ、帰るべき場所に帰りたがっている。
それは困るのだ。
「アルフレッド殿、一つ依頼を受けて頂けませんか?」
「え?はい?受けるかどうかは……内容次第ですが」
フィリップは再び、アルフレッドに対して頭を下げた。
「ロアの街まで、護衛をして頂きたい。報酬として、払えるだけの金銭を払う事を保証しますので……どうか」
ここで断られれば、再び危機に陥るだろう。
フィリップもヒルダも貴族だ。
何処か分からないような森の中、二人で生き残る術はない。
そんな二人に対して、アルフレッドは目を瞬いた。
「ええ、はい。それは……勿論。それで、依頼とは何をすれば?」
「え?」
「えっ?何ですか?」
話が噛み合っていない。
フィリップは少し困惑して……察した。
「アルフレッド殿、ロアの街までの護衛が依頼です」
「え?あぁ、そういう事ですか……いや、失敬。すみません。護衛致しますよ」
「……ありがとうございます」
アルフレッドは元から、依頼などなくともロアの街まで護衛してくれるつもりだったのだ。
それはきっと、あの時、「肩入れする」と口にした時から決まっていたことなのだ。
故に、話が噛み合わなかった。
フィリップは少し呆れた。
何の躊躇いもなく、無償で人助けをするアルフレッドに。
そして、そんな男がお人好しは嫌いでは無かった。
対して、アルフレッドは首を捻って天幕を見渡した。
「えーっと、じゃあ、まず、彼等の食料や灯りの燃料を頂きましょうか」
「え、え?」
「迷惑料ですよ。それに、どうせ彼等は帰って来ませんから」
アルフレッドの言葉の意味を、フィリップは少し考えて……理解した。
兵の殆どは剣を握れない。
兵長は恐らく失血死する。
そんな状態で、こんな森の中を行く。
こういった森には魔物がいる。
襲われれば、生きては帰れないだろう。
戦う術が無いのだから。
少し、怖気がした。
「さ、フィリップ様も手伝って下さい。人手が足りないんですから」
お人好しのような顔をしながら、残酷さも持ち合わせているのだと……フィリップは息を呑んだ。
次回は明日7:00