北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
ありがとうございます
天幕に置かれていた地図から、ここが中央大陸の東……紛争地帯であることをフィリップは知った。
どうしてこんなことになったのか。
父や娘、ルーデウスは無事なのか。
ロアの町民はどうなったのか。
心配しながらも、今は前に進むしかない。
慣れない森を歩くのは、時間が掛かる。
それが先の見えない旅だとしたら、尚更。
フィリップとヒルダは共に貴族であり、森を歩くような真似はしてこなかった。
歩き慣れているであろうアルフレッドに比べて、足取りは重い。
「ふむ、ではこの辺りで今晩は休息を取りましょうか」
自分達を脅した兵達から拝借した荷物。
それは組み立て式の天幕と、食料と水、地図と灯りだ。
食料と水をフィリップが持ち、比較的軽い地図と灯りなどをヒルダが背負っている。
対してアルフレッドは重い荷物である、組み立て式の天幕を背負っていた。
木々が切り開けた中、アルフレッドが天幕を手早く組み立てた。
旅慣れをしていると、フィリップは思った。
少しすれば、空も暗くなっていくだろう。
早めに野営の準備をするのが、森を行軍するコツだとアルフレッドは語っていた。
天幕は組み立てると、人が二人は寝れる場所が作れる。
それをフィリップとヒルダに預けて、アルフレッドは火の番をしつつ、魔物の警戒をするそうだ。
それを、朝まで。
寝る時間が無いのではないか?
見張りを変わろうかとフィリップは口にしたが、アルフレッドは断った。
「いえ、あまり寝なくても何とかなるタイプなので」
そんな訳がないと思ったが、自分が見張りをしたとして魔物の対処が出来るとは思えなかった。
申し訳ないと思いながらも、フィリップは天幕で寝ることにした。
だが、その前に話がしたかった。
月が上る中、焚き火を見守るアルフレッドの横へ座った。
「少しいいですか?」
「どうかしましたか?フィリップ殿」
様付けは不要だと、前に話した。
助けて貰っている立場だからだ。
貴族の位など、この地では何の意味も持たない。
「話がしたかったのです。構いませんか?」
「え?ええ、まぁ、構いませんけど……寝ないと身体に毒ですよ」
フィリップは苦笑した。
寝ない予定の男に、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
「フッ……」
話していて度々思う。
この男は少し……変人だ。
常識人ではないと思う。
「…………?」
今も何故、フィリップが笑ったのか分かっていない。
だが、善人である。
心を許せる相手だと、フィリップは思っていた。
人を見る目には自信があるのだ。
「私はアルフレッド殿のことを知りたいのです」
「え?私のことを?……ああ。確かに、知らない相手が護衛だと、気も休まりませんからね」
アルフレッドが焚き火に、枯れ木を投げ込んだ。
フィリップは既に、アルフレッドを信頼していた。
命の危機を助けて貰ったからだ。
そして、短い会話でも信用に値すると思ったからだ。
これからの会話はただ、興味本位のものでしかない。
必要はない、だが、したいと思った会話だ。
「ではアルフレッド殿。まず名前を……家名などはお持ちでしょうか?」
「ええ、ありますよ。アルフレッド・カールマン・ライバック、これが本名です」
カールマン、という名前にフィリップは覚えがあった。
北神カールマンの伝説……それはアスラ王国では有名な話だからだ。
魔神殺しの三英雄、北神カールマン。
そして、その息子であり数々の偉業を成し遂げた英雄、北神カールマン二世。
「カールマン……北神の子孫である、と?」
「ええ、まぁ、はい。祖父と父が北神ですね」
それらの血族だと、アルフレッドは語った。
祖父、父……であるならば、北神カールマン二世の息子という事になる。
「では……アルフレッド殿は北神カールマン三世なのですね」
「あ、いえ……三世はその……弟でして」
「アルフレッド殿は違うと?」
「まぁ、そうですね。違います」
アルフレッドは気まずそうな顔を浮かべていた。
その様子に、フィリップは何となく察した。
貴族家でも、長男ではなく次男が継ぐ事もある。
何か事情があるだと。
これ以上は聞かない方がいい。
フィリップは小さく手を叩き、話題を変える事にした。
「いやはや、まさかそんな著名人だったとは。これからはアルフレッド様とお呼びしますか?それともカールマン様と?」
「あ、あー……その、やめてください。私はただのアルフレッドです。祖父や父、弟とは違い、私は大した人間ではないですからね。様付けなんて必要ありませんよ……何なら、呼び捨てでいいですよ?」
割と本気で嫌そうな顔をするアルフレッドを見て、フィリップは少し笑った。
あんなにも強く、立場もあるのに、見た目相応の反応をしたからだ。
「しかし、北神カールマンですか……遥か昔の偉人の話だと思っていましたが。随分と、アルフレッド殿はお若い」
「いや、私は不死魔族の血を引いていましてね。これでも老人ですよ」
「老人?そうは見えませんが」
「ははは、若作りが得意なんですよ」
アルフレッドが再び、枯れ木を焚き火に入れた。
パチパチと火の音が聞こえる。
「…………」
フィリップは僅かに、視線を感じていた。
背後の天幕から、心配したヒルダが覗いているのだろう。
彼女はまだアルフレッドを信頼出来ていない。
夫を心配しているのだ。
(私でも気付くのだから、アルフレッド殿も気付いているに違いない。その上で黙っているのだから、私の心配は不要か)
フィリップはそう心の中で頷いて、視線をアルフレッドへ戻した。
「そういえば、アルフレッド殿は剣士ですよね?」
「ええ、はい」
「お気に触る質問かも知れませんが……その、どれ程の腕前なのですか?」
よく分からない兵をものの数秒で倒した。
だから、強いのは分かる。
だが、どれほどの強さかは分からない。
フィリップは剣士ではない。
故に、その力量は見て取れない。
どれぐらい強いのか。
どれぐらい無茶が許されるのか。
それを知りたかったのだ。
対して、アルフレッドは少し悩ましげな顔をした。
「うーん……一応、私は北帝ですね」
「北帝ですか……それは、剣王より強いのですか?」
フィリップは脳内に、ボレアス家の剣術指南役兼娘であるエリスの護衛役である剣王ギレーヌを思い出していた。
褐色の肌、灰色の髪、尖った獣の耳を持つ……獣族の女剣士だ。
ギレーヌは強い。
過去に数度、賊が現れた時、目にも見えない速さで賊を始末していた。
フィリップからすれば、ギレーヌとアルフレッド、そのどちらが強いかは分からない。
「ええ、まぁ、一応は……北神流の帝級剣士ですからね。しかし、剣王は剣神流の王級……別の流派です」
「ほう?」
「認定の基準は異なるでしょうし、剣王とはいえ上から下まであります。私の方が位階が上だとしても、一概に私の方が強いとは限りません」
「……つまり?」
「客観的に見れば私の方が強いでしょう。でも、必ずしもという訳ではありません。剣を交えなければ、分かりませんよ」
「……そ、そうですか」
何とも反応に困る返事だ。
そこは自信満々に「私の方が強いです!」と答えて欲しいところだった。
「まぁ、この辺りの剣士に、私は負けません。安心して、大船に乗ったつもりでついて来て下さい」
自信があるのか、ないのか。
曖昧な笑みを浮かべるアルフレッドに対して、フィリップも曖昧な笑みを浮かべた。
そんな二人の様子を、テントからヒルダは覗いていた。
★
太陽が昇り、再び三人は歩き出した。
地図を見ても現在地は分からない。
ただ、それでも大体の位置は分かる。
紛争地帯は中央大陸の東部にある。
そして、アスラ王国は中央大陸の西部。
フィットア領ならば、紛争地帯よりさらに近い。
ならば、西へ向かうべきか?
答えは否。
中央大陸を三つに分割するように、巨大な山脈が聳え立っている。
名を赤竜山脈……険しい道のりである。
そこには赤竜が大量に生息しており、人の身ではまず通る事ができない。
アルフレッド単騎であれば無理矢理突破できる。
だが、フィリップとヒルダという“足手纏い”を連れては難しい。
ならば、どうするか。
中央大陸の南端に、山脈の切れ目が存在する。
名を『赤竜の下顎』。
断崖絶壁の渓谷であり、過酷な道ではあるが……そこには赤竜が生息していない。
そこが、中央大陸の東西を結ぶ、唯一の道となっている。
そこを通る。
しかし、兵士達から奪った食料だけでは、『赤竜の下顎』に辿り着く前に餓死してしまう。
よって、まずは紛争地帯から南東、シーローン王国を目指す。
そこで補給しつつ、安否の報告をし、現状の確認をする。
「では、行きましょうか」
アルフレッドが太陽の位置を確認し、三人は南東へと足を進め始めた。
紛争地帯と呼ばれるだけあって、至る所で争いが起きている。
国と国だけではない。
争いが起きれば、貧窮する者も居る。
野盗が度々、襲撃してくる。
他国の兵士、傭兵、野盗、魔物。
争いは絶えず、三人を襲った。
しかし、アルフレッドからすれば大した事のない相手であった。
最も強かった剣士ですら、聖級だった。
北神流帝級の、更に上澄みであるアルフレッドにとって赤子の手を捻るようなものだった。
「……少し待ってください」
そんなアルフレッドが真剣な表情で、フィリップとヒルダに待つよう伝えた。
不安がるヒルダを見て、フィリップは問い掛けた。
「どうかしたのですか?」
「この先に多数の賊が居ます。このままでは鉢合わせですね……少し、この洞窟に隠れてくれませんか?」
「え?ええ、分かりました」
普段ならば、二人を連れながら制圧していた。
それ程までにアルフレッドは強い。
北帝という称号は、それほどまでに重いのだ。
そんなアルフレッドが、二人を隠れるように言った。
フィリップは少し、不安を感じていた。
「では、失礼します」
アルフレッドは緊迫した感情を抱いていた。
この先に、賊が居る。
それだけならいい。
これまでも野盗達と戦っていた。
だが、今回は規模が違うように思えた。
どこか感じる圧迫感だ。
水神流を身に付けてから気付くようになった、強者特有の威圧感。
それを感じている。
しかし、その威圧感から相手がどれだけ強いかは、アルフレッドには分からなかった。
ただ単に未熟だからだ。
(レイダ殿なら、敵の気配だけで力量を見抜けるんだろうなぁ……でも気配探知ってどうやって鍛えるんだ?さっぱり分からん)
アルフレッドは分からないなりに、大事を取って二人を洞窟に残したのだ。
「……取り敢えず、賊が洞窟に辿り着かぬよう制圧するか」
独り言を口にして、木々の間を走る。
そうして、野盗達を見つけた。
そこに居た野盗は九人だ。
どうして野盗と見極めたのか。
服装が兵士らしくない。
整備の行き届いていない当品だ。
そして、染みついた血も残っている。
立ち振る舞いと服装から、野盗だと判断したのだ。
アルフレッドはそのまま、姿を現した。
「あの、少しよろしいですか?」
「な、なんだ?お前、急にどこから現れた?」
困惑する野盗達の質問を無視して、アルフレッドは口を開いた。
「申し訳ない。道に迷っていまして……マルキエン傭兵国はどちらにありますか?」
気にもしていない、必要のない質問だ。
その質問をした理由は、返答の内容にあった。
ただ、普通に答えるならよし。
彼等を見逃すつもりだった。
「それは……兄ちゃん、いい剣持ってんな。それ、置いていきな」
「いえ、これは父からの贈り物でして、困りますね」
「ごちゃごちゃ言うなよ。俺達はあんまり優しくはないぜ?いいから渡しな」
しかし、装備に目が眩み、強請るようなら許さない。
「……よし、これで正当防衛ですね」
「あ?何を言ってやがんだ?」
アルフレッドは殺生する時、ルールを決めている。
単純に、自分や仲間を脅かそうとする意思があるか……だ。
相手に非がなければ、殺しはしたくない。
人を殺すにも覚悟が必要だ。
そういう我儘だ。
(さっさと殺そう)
アルフレッドは腰から剣を抜いて──
「ゴアアアァァァ!!」
突如、雄叫びが聞こえた。
「な、なんだぁ!?」
「え?」
林から、巨大な獣が姿を現した。
体長が人間の五倍はあるだろう巨体を持つ、オオカミのような魔物だ。
そんなオオカミは手負いだった。
血の泡を吹き出して、充血した目で……何かから逃げていた。
そんなオオカミが野盗を薙ぎ倒しながら、乱入して来た。
その直後。
「ガアアアァァアァッ!!」
甲高い雄叫びと共に、新たに獣が現れた。
その獣は、服を着ていた。
剣を握っていた。
灰色の髪に、ピンと尖った耳が立っている。
褐色の肌をした、女の剣士だ。
獣ではあるが、剣士だったのだ。
そして、この剣士こそが威圧感の正体だとアルフレッドは察した。
「ガアァ!!」
剣士は雄叫びを上げながら、剣をオオカミに突き立てた。
そして、そのまま……首に突き刺し、捻り上げた。
瞬間、猛烈な血の臭いが撒き散らされた。
オオカミの首が宙を舞ったのだ。
「ひ、ひぃっ!?」
「ば、バケモンだ!」
野盗達はその様子に怯えて、逃げ出した。
仕方のない話だ。
突如現れた強大な魔物。
そして、それを狩る剣士。
恐怖を感じても仕方ない。
「えぇ……?」
対して、アルフレッドはその獣のような剣士と、困惑しながら向き合った。
「フーッ!フゥーッ!フウゥゥッ!」
どこか見覚えがある気がして思い出そうとしながら、声を掛けた。
「あ、あのぉ……お取り込み中の所、申し訳ないのですが。何用で、そんな獣を狩っているのですか?」
まずは何が目的なのか問い掛けた。
のだが。
「ガアアアアアアァァァァッ!!!」
アルフレッドと目が合った女剣士は、雄叫びを上げながら歯を剥き出しにした。
明らかに正気を失っている。
「ちょっ、待っ」
そして、女剣士はアルフレッドに対して剣を向けた。