北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
褐色で灰色の髪を持つ、獣族の女剣士とアルフレッドは向き合っていた。
間違いなく正気を失っているその様子に、驚きつつも抜いた剣で向き合う。
「ガアアァァッ!!」
刹那、女剣士が雄叫びを上げた。
その咆哮には人を萎縮させる力がある。
しかし、アルフレッドには効かなかった。
ああいった技能を使う獣族と、アルフレッドは何度も戦っていた。
単純な慣れだ。
アルフレッドは怯まなかった。
それでも、女剣士は止まらない。
「ん……?」
闘気、というものが存在する。
一流の剣士であれば身に纏える力の流れだ。
身体の肉片全てに魔力を纏うことで、身体能力を強化する。
魔力を使うが、魔術とは違う技術体系に存在する。
そんな闘気を、女剣士は足へ、腰へ、腕に。
正気を失っているにも関わらず、極めて合理的な流れで剣先の一点へと力の流れを集中させたのだ。
一切のブレがなく放たれた、光速の刃がアルフレッドへと迫った。
これこそ剣神流を奥義、『光の太刀』である。
回避不能、防御不能の一撃だ。
その、瞬間。
金属音が鳴り響いた。
「グゥッ!?」
アルフレッドは『光の太刀』を防いでいた。
本来ならば、剣王クラスの『光の太刀』を正面から受け止めることは難しい。
難しいだけで不可能ではないが、それでも余裕を持って防ぐ事は出来ないだろう。
しかし、使い手は正気を失っている。
消耗もしているように見えた。
技と速さに、衰えが見えた。
「落ち着いてくれます?」
声を掛けるが、返事はない。
「グルルルルルル!」
それどころか、先程の攻防で警戒心を強めただけだった。
「……うーん、手加減は得意じゃないんだけどなぁ」
アルフレッドはそう口にする。
手加減とは高等技術である。
相手の力量を見極めて、無力化できる程度に痛めつける……言うは簡単だが、行うのは難しい。
そして、アルフレッドは器用ではない。
そう自覚していた。
「ガアアァァッ!!」
アルフレッドが侮っている事に気付き、女剣士が再び飛び掛かった。
(こういう時は、アレかな)
女剣士は、再び『光の太刀』を放とうと剣を振り上げた。
剣神流『光の太刀』だ。
そんな女剣士に対して、アルフレッドは剣を構えて、腰を落とした。
凄まじい速度で剣が迫る中、アルフレッドは構えた剣で受け止めた。
しかし、先程のようなただの防御ではない。
水神流『流』。
受け止めた『光の太刀』を、そのまま受け流したのだ。
「ッ!?」
女剣士の剣は勢いが一切落ちぬまま、地面へと突き刺さった。
対して、アルフレッドの剣はまだ健在だった。
反撃すべきか?
しかし、剣を返せば致命傷となる。
水神流の道場のように、治癒魔術の備えがあるなら別だが……こんな場所で怪我をすれば治療は難しい。
アルフレッドは腰を落としたまま、剣を引き──
「グギャッ!?」
女剣士の顎を蹴り抜いた。
闘気を纏った不死魔族の肉体から放たれた正確な一撃は、女剣士の顎を打ち抜き、脳を揺らした。
そして、一瞬で意識を奪ったのだ。
泡を吹きながら、白目を剥き、女剣士は地面に倒れた。
「ふぅ……いや、こんな場所で、このレベルの剣神流の剣客がいるとは。驚いたな」
疲労から息を吐き、アルフレッドは剣を鞘に収めた。
そして、視線を女剣士に向けた。
(てか、露出度高いな、この人……)
半裸と言ってもいいほど、布面積が少ない。
そこから褐色の艶めかし……くない、筋肉質で硬そうな身体が見えている。
(……でも、やっぱり見覚えある気がするんだよなぁ)
なんとなく罪悪感を感じたアルフレッドは、目を逸らして後頭部を掻いた。
(取り敢えず、フィリップ殿とヒルダ殿を呼ぶか。この人をどうするかは、それからだな)
そうして、アルフレッドは待たせていた二人を呼ぶべく、女剣士を放置して踵を返した。
★
「ギレーヌじゃないか!」
戦いが終わったとアルフレッドに呼び出されたフィリップは、倒れた女剣士に覚えがあった。
ボレアス家に仕える剣王、ギレーヌ・デドルディアだったのだ。
「あれ?お知り合いですか?」
そんな事も知らず、アルフレッドは目を瞬いた。
「え、ええ、はい……先日話していた、ボレアス家に仕えて貰っている剣王です」
「あぁ……なるほど、剣王ですか。どうりで強い訳ですね」
あっけらかんと口にするアルフレッドに対して、フィリップは苦笑した。
正気を失った獣族の女剣士に襲われた……と語るアルフレッドの言葉を聞いて、ギレーヌかと期待していたが……まさか、無傷で制圧されているとは思ってもいなかった。
ギレーヌは極限状態に陥ると正気を失う。
敵味方関係なく暴れ続けて、甚大な被害をもたらす。
フィリップは実際に目撃した事はないが、そう聞いていた。
そんなギレーヌを怪我すらさせずに、制圧した。
それ程までに、この男は強いのか。
フィリップは内心で、アルフレッドの評価を更に上げた。
そして、ギレーヌの前に座り込んだ。
「ギレーヌ、起きてくれ」
「……む、ぅ」
声を掛けながら揺すると、ギレーヌはすぐに目を覚ました。
幸い、目には理性の色が見えた。
「起きたかい?ギレーヌ」
「……フィリップ様か!?」
瞬間、素早くギレーヌは姿勢を正した起き上がった。
しかし、顎を揺らされて脳にダメージが入っているのか、少しおぼつかない仕草だった。
「ヒルダ様も……」
そんなギレーヌは周りを警戒して……ヒルダを見付けて安堵した。
しかし、アルフレッドと目が合い、再び警戒心をあらわにした。
「お前は……!」
「あー……先程はすみません?正気を失っていたようなので」
アルフレッドにそう言われて、ギレーヌは硬直した。
先程までの記憶は曖昧である。
自分の悪癖により、正気を失っていたのだと……ギレーヌは察した。
しかし、警戒は辞めない。
この男が本気になれば、フィリップとヒルダを即座に殺害できる。
そう考えて、腰の剣に手を伸ばして。
「ギレーヌ、彼は仲間だ。名前をアルフレッド殿だね」
「……フィリップ様がそう言うのであれば。信用できるのですか?」
「命を助けて貰ったんだ。危害を加えるぐらいなら、そもそも私達を助けないだろう?」
フィリップにそう言われて、ギレーヌは「確かに」と頷いた。
難しいことは分からないが、単純な理屈は理解できた。
そう考えると、自身が居ない中、フィリップとヒルダを助けてくれた恩人となる。
「……フィリップ様とヒルダ様を助けて頂き、感謝する」
「いえ、成り行きだったので。感謝されるほどの事じゃないですよ」
ギレーヌは片眉を上げた。
強い剣士とは、強い自我を持っているものである。
強さに貪欲である人間は、勝利に執着するものだ。
こういった物腰の柔らかい……と言えば聞こえは良いが、悪く言えば『卑屈』な剣士は珍しいのである。
「ギレーヌ、ここに来てから何をしていたんだ?」
不審がるギレーヌに対して、フィリップが声をかけた。
「私は──
そこで語られたのは、ここに来るまでの経緯だ。
まず、フィットア領にてペルギウスの部下に襲われたこと。
エリスとルーデウスを守ろうとしたが、謎の光によって転移させられたこと。
見知らぬ場所で兵士や野盗、魔物に襲われ、戦い続けたこと。
空腹で意識が朦朧としていたこと。
などなど。
「なるほど……」
そこまで話を聞いたフィリップは、取り敢えずギレーヌに食料である干し肉と乾かした麦を渡した。
「はぐっ、ふぐっ」
脇目も降らず食べているギレーヌを横目に、フィリップはアルフレッドに目線を戻した。
「ギレーヌは剣王です。アルフレッド殿さえ良ければ、彼女も護衛に加わって貰いましょう」
「勿論、構いませんよ。しかし、元々の護衛の方が戻ってきたとなれば、私もお役ごめんですかね?」
冗談か本気か分からない事を言うアルフレッドに対して、フィリップは真顔になった。
「いえ、必要です」
「え?」
「ギレーヌはその、剣を振るうのは得意なのですが……旅などはその、致命的でして」
「……致命的ですか?」
「元々、行き倒れていたのをエリスが拾いまして。それ程です」
「……あ、そうなんですか」
フィリップとアルフレッドは、ギレーヌを一瞥した。
無心で食料を貪っており、こちらを気にする素振りすら見せなかった。
「とにかく、フィットア領のロアまでは護衛をお願いします……報酬は可能な限り用意致しますので」
「それは、まぁ……分かりました」
ここでアルフレッドを失いたくはない。
彼の存在はフィリップにとって、一種の安心材料となっていたからだ。