北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
甲竜歴417年▲月◇日
ここは通称『紛争地帯』と呼ばれる場所らしい。
兵士達から回収した地図を見て、フィリップがそう呼んでいたからだ。
何故ここに居るのかは分からない。
手荷物と剣、この身体のみで突然、転移させられた……のだろうか?
ロアの街、フィットア領か、それともアスラ王国全体か。
何らかの事件に巻き込まれて、住人が転移させられたと考えて良いだろう。
……イゾルテや、タントリスは無事だろうか。
心配だ。
レイダは心配していない。
大丈夫だろう、水神だし。
とにかく、情報が欲しい。
紛争地帯を抜けて、シーローン王国を目指さなければ。
甲竜歴417年▲月◇日
転移直後に殺した兵士達はブローズ帝国の兵士だったらしい。
何とか逃げ出した兵の一人により、指名手配を受ける羽目になっていた。
その所為で最近、襲撃の頻度が上がっている。
ミスった。
口止めしておくべきだった。
襲撃した時の対応としては、俺がフィリップとヒルダを守っている間に、ギレーヌが敵将を討ち取る事にしている。
ギレーヌは守るより、殺す方が得意だそうで。
そうして抵抗を続けていれば、襲撃も過激になっていく。
大変、面倒である。
毎回、敵対する意思はないと弁明しているのだが、紛争地帯は兵も指揮官も苛烈だ。
至る所で戦争が起こっており、彼等からすれば俺達は敵国の刺客にしか見えないのだろう。
というわけで、問答無用!と襲われている。
まぁでも、俺とギレーヌからすれば、襲撃は大した事のないイベントだ。
さくっと迎撃して終わり。
だが、フィリップとヒルダは心身ともに疲弊している。
彼等に無理はさせられない。
早くシーローン王国に行きたいのだが、中々、時間が掛かりそうだ。
襲撃は、ぶっちゃけだるい。
なんとかならないものか。
甲竜歴417年▲月◇日
ギレーヌがブローズ帝国の皇帝を討ち取った。
逃走中、ディクト王国とブローズ帝国の戦争に巻き込まれてしまったのだ。
その際、敵味方乱れる乱戦となり、俺達も囲まれる事となった。
そこでギレーヌがいつも通り暴れて、暴れ過ぎて、ブローズ帝国の皇帝を殺害したのだ。
まぁ、不可抗力だろう。
こちらの弁明も聞かず、一方的に襲撃を続けていたのだ。
彼等にも事情があるだろうが、俺達も死ぬ訳にはいかない。
うんうん。
そうして戦争を切り抜けて、何とか紛争地帯を抜ける目処が立った。
帝国が崩壊したからか、襲撃も減った。
何とか、シーローン王国に辿り着けそうだ。
はやく、イゾルテ達の安否を知りたい。
甲竜歴418年▲月◇日
何とか、シーローン王国に到着した。
だが、街らしい街はない。
田舎って感じだ。
シーローン王国はアスラ王国に比べて、歴史が浅い。
建国200年の小国である。
首都に行かねば、物資の補給も難しそうだ。
取り敢えず寄った町……というか村に滞在させて貰う。
費用は、フィリップが身に付けていた指輪で支払った。
こういう時、換金できるものを持ち歩くのは重要だろう。
俺は……うん、腰に刺した魔剣『カジャ』と『バクラ』ぐらいしか貴重品を持っていない。
そもそも、この二振りは父から貰った名工ユリアン作の魔剣だ。
金を幾ら積まれようが譲るつもりはない。
ので、結局、俺は換金できるものを、殆ど持ち合わせていない。
戦場では俺とギレーヌが活躍していたが、街や村ではフィリップとヒルダの方が有能だ。
とにかく、指輪を渡した対価として、空き家を借り、十日分の食料を貰った。
数日ほど村に滞在して、首都ラタキアへ向かう事にした。
その間、フィリップとヒルダは情報収集をしつつ、旅の疲れを癒すようだ。
まぁ俺とギレーヌはやる事もないので、模擬戦を何度かした。
剣神流は非常に攻撃的な流派のようだ。
いや、ギレーヌ個人の傾向かも知れないが。
とにかく、攻撃的な技が多い、
色々と技を見て覚えつつ、活かしていく事にする。
うん、落ち着いたら剣神流を習っても良いかも知れないな。
とにかく、アスラ王国に帰る事が優先だが。
早く帰りたい。
夜中、隣の部屋から喘ぎ声が聞こえる。
フィリップとヒルダがお盛んなのだ。
……まぁ、つい最近まで極限状態だったし?
命の危機が過ぎ去った安堵と、現状に対する不安を和らげるためだろう。
発散するのは良い事だし、止める必要はない。
うん。
眠れない。
甲竜歴418年▲月◇日
村を経った。
といっても紛争地帯と違って、ここはシーローン王国の領土の中。
敵襲がある訳でもなく、舗装された道を歩くだけだ。
村で馬車か牛車を譲って貰えれば、楽に首都まで向かえただろうが……フィリップやヒルダの持っている装飾品の数にも限りがある。
これから、金が必要になる場面も多いだろう。
節約だ。
ヒルダはフィリップとよく、親しそうに会話をしている。
ギレーヌとも、だ。
対して、俺には距離感がある。
彼女は人見知りなのか?
それとも、怯えられているのか?
答えは多分、後者である。
村民ともちゃんと会話してたし。
威厳はないのに、怖がられてる。
悲しい。
甲竜歴418年▲月◇日
シーローン王国の首都ラタキアに到着した。
中々、遠い道のりだった。
紛争地帯から半年以上かかっている。
文官を連れて徒歩の旅というのは、中々、骨が折れる。
まずは宿の確保をした。
そして、街での情報収集だ。
結果、俺達が紛争地帯に飛ばされたのは『フィットア領転移事件』というものに巻き込まれたからだとか。
フィットア領の都市ロアを中心に発生した大規模な魔力災害だそうで、そこに居た人や動物、物や魔物まで全てが世界各地に飛ばされたらしい。
フィリップもヒルダも、ギレーヌすらも絶句していた。
相当、ショックを受けたのだろう。
俺もショックを受けている。
ブエナ村には長寿仲間のロールズが居た。
彼が今、何処に居るかは分からない。
範囲はフィットア領が中心で、アスラ王国の首都アルスは無事らしい。
それは俺にとって不幸中の幸いだ。
レイダやタントリス、イゾルテは無事だろう。
内心、少しだけホッとした。
彼等の前で口にすることはないが。
しかし、追加で得た情報としてフィットア領の領主が責任を被せられて処刑されたらしい。
フィリップの父、サウロス・ボレアス・グレイラットだ。
ショックを受けていた所への追い討ちに、フィリップとヒルダは参っていた。
ギレーヌは、凄まじい形相をしていた。
あれはキレてるな……サウロスは彼女の恩人の一人だ。
謂れのない罪で殺されたとなれば、怒りもするだろう。
俺は部外者なので、居心地が悪い。
三人を宿に放置して、外へ逃げた。
数少ない所持金で、イゾルテ達に無事を知らせるべく手紙を送ることにした。
といっても、本当に金はないし、シーローン王国とアスラ王国の間は遠い。
手紙の値段も高い。
文字量によって値段が変わるそうなので、短文しか送れない。
仕方がないので、無事である旨、必ず帰る旨をのせた短文を送ることにした。
しかし、帰りが遅くなることについて、謝罪ぐらいは書きたかったな。
イゾルテ怒りそうだし。
いや、もう怒ってるかもしれない。
帰ったら謝ろう。
甲竜歴418年▲月◇日
フィリップ、ヒルダとの相談の結果、シーローン王国では彼等の身分を明かさない事にした。
身分を明かせば父、サウロスのように処刑される危険性があるからだ。
フィリップ曰く、サウロスの処刑は政治的駆け引きの結果らしい。
サウロスを邪魔に思う貴族が居るらしい。
親族にも居るらしい。
今回の『フィットア領転移事件』をきっかけにして、排除を企てたのだとか。
ならば、フィリップが生きている事が知られれば、殺されるかも知れない。
だから、身分を明かさないのだ。
しかし、それならば、フィットア領に戻るのも危険な筈だ。
戻った先で死ぬのみならば、戻る事に意味はないだろう。
それでも、フィリップはフィットア領に帰るらしい。
裏で復興を手伝い、状況を見て領主に返り咲くとか……ん?返り咲く?
フィリップは町長じゃなかったか?
まぁ、いいけど。
とにかく、町長としての身分は使えない。
しかし、フィットア領に戻るためにも金は必要だ。
だが、手持ちの装飾品を換金するにも、限度がある。
金欠である。
一人旅をしている頃も、金欠になる事があった。
そんな時は、冒険者として活動していた。
今回も同様に、フィリップとヒルダには首都ラタキアに待機して貰い、冒険者ギルドの依頼で金を稼ぐ事にした。
まぁ、これでも、俺はAランクの冒険者だ。
一人旅をしている頃は、ちょこちょこ依頼をこなしていたのだ。
それなりの依頼を幾つか受ければ、金も貯まるだろう。
そう思っていたのだが、ギレーヌもついて来ようとしていた。
臨時パーティって奴だ。
ちなみに、ギレーヌの冒険者ランクはSランクらしい。
俺よりランクが高い。
しかし、俺はギレーヌがパーティに入る事を拒否した。
だって、フィリップとヒルダに護衛を付けた方がいいし。
街中は外より安全とはいえ、何があるかは分からない。
ギレーヌは歯軋りをしながら俺を睨んでいたが、フィリップとヒルダを守って欲しい、とお願いしたら納得したようだ。
冒険者ギルドの掲示板から依頼を引き抜こうとしたのだが、フィットア領で転移した人達の捜索依頼が張り出されていた。
フィットア領捜索団というクラン名が登録されている。
行方不明者が見つかれば、報告して欲しいとのこと。
だが、フィリップとヒルダは身の安全のために身分を隠している状況。
報告する訳にもいかない。
取り敢えず、金払いの良い依頼を受けていこう。
甲竜歴418年▲月◇日
魔物を狩り、依頼をこなし、金を集める。
それを二ヶ月ほど続けていた。
その間、フィリップとヒルダは何もしていなかった……訳でもなく。
フィリップは偽名を使って仕事をしていたようだ。
この辺で多い名前であるレイダルと、シャイナ……その男性名であるレイダルを名乗っていた。
元々存在している著名人由来にしている名前で、この辺では多いらしい。
レイダル……初代水神レイダルは、水神流の開祖であり、男が水神を就任する際はレイダルと名乗る。
当代の水神レイダは、レイダルの女性名ってことだ。
シャイナ……死神騎士シャイナは、北神三剣士であり、父の嫁だ。
だが、俺の母親って訳じゃない。
俺が産まれた頃には亡くなってたし、他人……いや他人というには、関係値が近過ぎるんだが。
まぁつまり……どちらも俺にとっては関係者だってこと。
ちょっと気まずい。
フィリップはレイダルを名乗り、文字の読み書きと計算が出来るのを活かして行商の手伝いをしていた。
行商の仕事は多くの人間と関わるため、噂話など情報を集めるには最適らしい。
ヒルダに関しては、基本的に宿に篭っていたが……シャイナと名乗り、定期的に街の市場と交流して、物流や市場価格の確認をしていた。
旅の必要費用を計算していたらしい。
で、ギレーヌなんだが。
基本的にはフィリップを影から護衛し、ヒルダが市場に出る時はそちらの護衛をしていたとか。
まぁ、各々、自分にできる事をしていたという訳だ。
そんなこんなで二ヶ月。
無駄遣い出来ない程度だが、旅の費用も目標額に届いた。
そして、フィリップが行商と話を付けて、同行させて貰える事となった。
これで馬車や牛車を買わずに済む。
お手柄だ。
行商は『赤竜の下顎』までは行かないらしいが、西には行くそうだ。
途中までだが、足として使わせて貰う。
無論、タダではない。
俺とギレーヌは護衛をやるし、フィリップとヒルダも行商の仕事を手伝う。
まぁ、それで移動費用が抑えられるんだ。
良しとしよう。
甲竜歴418年▲月◇日
旅の道のりは長く険しい。
この辺りは治安が悪いらしく、盗賊がよく出て来る。
魔物が少ないから、人間が好き勝手出来るのだろう。
まぁ、俺やギレーヌからしたら雑魚だ。
適当にボコボコにして送り返している。
次の街についたら、イゾルテに手紙を送らねば。
甲竜歴419年▲月◇日
行商人と別れて、赤竜の下顎へ向かう中。
はぐれ赤竜と遭遇した。
赤竜山脈に生息する赤竜が乱気流やら縄張り争いに負けて、平地に落ちてきた竜だ。
飛行能力が低く、平地から飛び立つ事はない。
赤竜山脈でならSランクの魔物だが、平地ならAランクだ。
そんな、はぐれ赤竜と遭遇したのだ。
元々、別の冒険者チームが対応していたのだが、死人が出そうだったので助太刀した次第だ。
ギレーヌが機動力を奪い、俺が首を刎ねた。
久々に北神流の大技を使ったので、冒険者達に尊敬の目で見られた。
しかし、ギレーヌには「何だその技は?」と言われるし、冒険者には「何処の流派なのですか?」とか言われた。
いや、どこからどう見ても北神流でしょ。
しかも、由緒正しい技なんだけど。
まぁ、北神流は北神流でも、不治瑕北神流だが。
北神流には、源流となる不治瑕北神流というものが存在する。
俺の祖父カールマンが祖母アトーフェラトーフェに教えて、祖母アトーフェが父アレックスに教えた剣技だ。
殺傷能力が高すぎて、使う機会は殆どない。
ギレーヌからは「北神流はもっと細々した技を使うと思っていた」とか言われた。
酷い言われようだが、確かに道場の外で見る北神流使い達は、あの手この手で勝とうとする小手先の技が得意な奴らばかりだ。
俺が異端なのか?
いや、北神三世であるアレクも、大技をバンバン使うタイプだ。
異端ではない、はず……。
取り敢えず、討伐した赤竜の死体を換金すべく、近くの国へ移動する事となった。
路銀も目減りしていたので、急な収入に喜ぶばかりだ。
その間、冒険者の中に北神流の使い手が居たので、指導する事となった。
懐かしい気持ちだ。
北神流の道場では、よく指導をしていた。
……アレクは今、どうしているのだろうか?
あの日、あの時、喧嘩別れとなってしまったが……今も、北神流の道場を切り盛りしているのだろうか。
まだ調子に乗っていて、大きな口を叩き、弟子をボコボコにしているのだろうか。
父も今、何処で何をしているのだろう。
育児放棄……って年齢ではないが、子供をほっぽり出してまで、やるべき事があるのだろうか?
……いかん、ホームシックだ。
だが、俺には今、帰るべき場所がある。
アスラ王国の首都アルスだ。
そちらが優先だ。
父もアレクも、長命種だし、後回しにしたっていい。
とにかく、早く換金して、赤竜の下顎へ向かおう。
そして、アスラ王国に帰らねば。