北神三世の兄-弟に勝つため本気出す-   作:ドゥンピドゥンピ

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#14 間話・イゾルテと手紙

アルフレッドがアスラ王国を出て、一年。

二ヶ月に一度やって来る手紙を、イゾルテは楽しみにしていた。

 

毎朝、道場にて手紙が来ていないかを確認する。

朝から居る門下生が郵便の配達員から受け取った手紙を、イゾルテにと渡してくれるのだ。

 

毎朝確認するので、イゾルテが聞かずとも、門下生は「今日は来ていません」と答えるようになってしまったほどだ。

 

 

「ふふ……」

 

 

手紙を受け取れた日のイゾルテは気分が良い。

修行が身に入っていないので、レイダは少し呆れているが。

 

 

「……やれやれ」

 

 

孫娘が恋愛にうつつを抜かしている現状について、自分も過去に同様だった事もあり強く言えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日のことだ。

 

 

「……え?今、なんと言いましたか……?」

 

 

耳にした言葉の意味が理解できず、イゾルテは立ち尽くしていた。

 

 

「あ、イゾルテさん……フィットア領で大規模な魔力災害があったんですって。そこにいた人は全員、消えてしまったとか」

 

 

門下生の一人が話していた内容が気になり、問い掛けてみれば……帰ってきた答えにイゾルテは立ち尽くしてしまった。

 

消えた?

誰が?

全員?

フィットア領で?

 

……アルフレッドは?

 

 

「…………あ」

 

 

呆然とするイゾルテに対して、レイダが肩を叩いた。

 

 

「大丈夫かい」

 

「だ、大丈夫では……アルフレッドさんは、フィットア領に居るんですよ……?なのに……」

 

「落ち着きな」

 

 

落ち着いていられる訳がない。

それでも、レイダの言葉を飲み込んだ。

 

 

「……はい」

 

 

イゾルテは努めて冷静で居ようとした。

袴を強く握りしめて、息を呑んで、身体を震わせて……下唇を噛んだ。

それでも、声を荒げなかった。

 

そんなイゾルテを見て、レイダは門下生達へ目を向けた。

 

 

「あんたたち、今日は好き勝手に訓練しな。あたしとイゾルテはちょっと、やる事があるさね」

 

 

そうして、震えるイゾルテを連れて、レイダは隣の家にまで戻った。

 

タントリスは仕事があり、家を留守にしている。

レイダはイゾルテを席につかせて、向き合った。

 

 

「……お師匠様」

 

「もう我慢しなくていいよ」

 

 

そうレイダに言われて、イゾルテは困惑した。

何を我慢しなくていいのか。

自分は何か我慢しているのだろうか。

 

分からなかった。

それでも目から涙が零れ落ちた。

 

そして、イゾルテは祖母であるレイダに抱き着いた。

 

 

「……お、お婆ちゃん……アルフレッドさんは、その、無事、なのでしょうか……?」

 

 

イゾルテは吃りながらも、レイダに質問を投げた。

レイダに分かる訳がないし、答えられる訳がない。

そんな事は少し考えれば分かるだろう。

それでも、その「少し考える」事が今、イゾルテには出来なかった。

 

 

「大丈夫さね。あたしが殺そうと思っても殺せない相手なんて、この世界にそうは居ないよ。そんな奴がどっかで勝手にくたばると思うかい?」

 

 

しかし、レイダははっきりと保証した。

明確な事実より、必要な言葉を優先したのだ。

 

イゾルテも、その言葉が気休めだとは理解できていた。

それでも、そうであったらいい……と少しだけ安心した。

 

 

「……ま、あんたはどっしり構えときな。あいつは人の気持ちに疎い朴念仁だが、不義理じゃあない。帰るって言ったんだから、帰って来るさ」

 

 

レイダに頭を撫でられ、イゾルテは頷いた。

歳は15を過ぎたとはいえ、レイダにとってイゾルテは、まだまだ小娘だった。

そして、期待している弟子であり、可愛い孫でもある。

 

少しぐらい優しい言葉をかけてやっても良い。

そうレイダは思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、数ヶ月が経過した。

イゾルテの日常は殆ど変わらなかった。

 

道場で稽古をして、祖母と鍛錬をし、若い水神流の門下生を指導する。

家事をして、兄と食事を取り、眠る。

 

アルフレッドがフィットア領に出てからと、何も変わらない。

ただ、心の内は変わっている。

 

今ここに居ないだけならば、心配など無かった。

 

今どこにいるのかも分からない。

生きているかも分からない。

だから、心配だった。

不安だった。

 

 

 

日常は殆ど変わらない。

それでも少しだけ、変えた事があった。

 

休みの日、イゾルテは時折り、冒険者ギルドへ足を運んだ。

 

 

(……今日も、変わりはない)

 

 

そして、掲示板に貼ってあるフィットア領の行方不明者リストを確認する。

そこに刻まれている『アルフレッド・C・ライバック』という名前。

それは、『フィットア領捜索団』に依頼して追記して貰った名前だ。

存在が確認できれば、追記される。

また死亡が確認されれば、斜線が引かれる。

 

王都アルスの冒険者ギルドにも、写しが記載されているのだ。

そんな行方不明者リストを、イゾルテは定期的に見ていた。

 

斜線が引かれていく、行方不明者の名前。

それがイゾルテの不安を掻き立てた。

 

きっと無事に違いない。

そう思っていても、不安は消えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒険者ギルドへ向かった日、イゾルテは必ず、教会へ向かう事にしていた。

そして、祈っていた。

 

 

「……偉大なる聖ミリス様。どうか我が祈りを聞き届けてください……どうか、アルフレッドさんが無事に帰ってきますように」

 

 

聖堂には人が多く居た。

ミリス教のシンボルの前で、皆が祈っている。

 

祈る事で何かが変わるのか。

そう問いかける人もいる。

 

それでも、イゾルテは祈っていた。

気休めかもしれない。

何かをした、という事実が欲しいだけかも知れない。

 

それでも、祈る。

 

イゾルテは考えた。

フィットア領の捜索に手を貸すべきか。

今すぐにでも王都アルスを発ち、大陸中を探すべきか。

 

それは現実的に不可能な話だ。

イゾルテは水神レイダの孫である。

将来を約束された剣士である。

やらねばならぬ事が、ここにはある。

 

であれば、自分のやるべき事はここに残る事だ。

残って、アルフレッドが帰ってきた時に出迎える事である。

 

だから、何も出来ない。

だからこそ、祈っている。

 

自分に出来ることは、祈ることぐらいだ。

その祈りが届いて、もしかしたら助けになるかも知れない。

 

 

「…………」

 

 

イゾルテは僅かに後悔をしていた。

 

 

(……あの時、引き留めていたら)

 

 

アルフレッドは北神流の盗賊を狩るため……フィットア領に向かった。

 

イゾルテは思う。

強く引き留めていれば、きっと彼は行かなかった。

ここに留まっていてくれたに違いない。

そうすれば、魔力災害に巻き込まれる事はなかっただろう。

 

それでも、思う。

彼は彼の信念のために、フィットア領へ向かった。

引き留める事は出来なかっただろうとも。

 

それでも、あの時、ああすれば良かった……こうすれば良かった……なんて、後悔は尽きない。

 

決して短くない時間、教会で祈り、イゾルテはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日々が続いた。

 

自分に出来ることをして、出来ないことを祈り、ただ待つ。

そんな日々の中。

 

 

「イゾルテさん、手紙ですって」

 

「手紙……?」

 

 

受け取ったのは冒険者ギルドが使うような、飾りっ気のない安価で無地の封筒だった。

その、送り主を確認すべく、封筒をひっくり返すと。

 

 

「アルフレッドさん……!」

 

 

アルフレッドと、名前のみ書かれていた。

イゾルテは朝の稽古を無視して、封筒を持ち出して自分の部屋へと戻った。

そして、ペーパーナイフで封筒を開ければ……ただただ短い文字の羅列が書いてあった。

 

イゾルテは察した。

これは冒険者ギルド間で使われる速達便だった。

短い文字数のみしか送れないが、魔術を使って素早く送れる手紙。

 

その手紙の文面を、イゾルテは読んだ。

 

 

『我、無事。必ず帰る』

 

 

本当にただ、短い文章だった。

今何処にいるかも、どうしているかも分からない。

内容が殆ど存在しない、手紙と呼ぶにも短すぎる紙切れ。

 

それでも。

 

 

「……よかった」

 

 

そんな紙切れに、イゾルテの涙が落ちた。

 

アルフレッドが生きていた。

そして、必ず帰ると約束してくれた。

 

それだけで充分だった。

 

不安が和らいだ。

心に光が差した。

 

 

「……本当に、よかった」

 

 

嬉しい気持ちと、安心感で涙が溢れたのだ。

胸元から銀のネックレスを取り出し、握りしめた。

 

アルフレッドに贈って貰ったネックレスだ。

そんな銀のネックレスがどこか暖かく感じた。

 

瞬間、ドアが開いた。

 

 

「サボりとは感心しないねぇ」

 

「お、おば……お師匠様っ」

 

 

慌てて、イゾルテは立ち上がり、師匠であるレイダへ向き直った。

慌てていたので、手紙は持ったままだ。

 

 

「ん?……ああ、そうかい」

 

 

イゾルテが握る手紙を見てレイダは片眉を上げて……そして、得心して頷いた。

 

 

「お師匠様、アルフレッドさんが……」

 

「ちょっと、あたしにも見せな」

 

 

イゾルテはレイダに手紙を受け渡した。

 

 

「ふぅん……こんだけかい?」

 

「え?ええ、はい」

 

 

レイダはすぐに読み終えて、イゾルテに返した。

 

 

「ま、帰ってくるって言ってんなら、帰ってくるだろうよ。で?イゾルテ……あんたがやるべき事は分かるかい?」

 

 

レイダの言葉に、イゾルテは少し悩んだ。

いつか、アルフレッドは帰ってくる。

そして、その上で、イゾルテがやらねばならぬ事は。

 

 

「……この道場で、彼を待つ事ですか?」

 

 

そう、答えたのだが。

 

 

「違うよ。朝の鍛錬さ」

 

「あっ」

 

「こんな手紙を貰ったらサボりたくなるのも分かるけど、やるべき事はしっかりしな。そうじゃなきゃ、あいつも呆れちまうだろうさね」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

祖母に叱られ、イゾルテは手紙を机の上に……引き出しに入れた。

短い文章だ。

何度も読み直すものではない。

それでも、きっと何度も読み直すだろう。

 

イゾルテはそう確信して、机に手紙をしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シーローン王国、首都ラタキア。

そのとある宿屋の一室。

 

 

「……何をそう不安そうな顔をしているのですか?アルフレッド殿」

 

 

アルフレッドの顔を見て、フィリップは質問を投げた。

 

紛争地帯を歩いていても、野盗と戦っていても、魔物に囲まれても、へらへらと笑っていたアルフレッド。

そんな彼が目に見えて不安そうな顔をしていた。

 

側にいるヒルダも、そんな彼を見て不安そうな顔をしていた。

自分も同様である。

 

この旅を引っ張る男が不安そうな顔をしている。

船頭が不安であれば、船員も不安になるものだ。

 

 

「いえ、フィリップ殿……別に不安という訳ではないんですよ」

 

「そうですか?そうは見えませんが……」

 

 

付き合いも長くなってきた。

当初は警戒していたフィリップも、心を許せるようになってきた。

ヒルダも距離感を測りかねてはいるが、信頼はしているだろう。

 

だからこそ、こうして気軽に会話が出来る。

 

 

「……そんなに、顔に出ていますかね?」

 

「ええ、出てますよ。私達に、話してみては?」

 

 

フィリップの言葉で、アルフレッドは観念したように頷いた。

 

 

「……王都アルスにですね、残してきた妹のような子が居るのですが」

 

「ほう」

 

 

妹のような子、という言葉にフィリップは邪推した。

 

アルフレッドは美男子である。

プレイボーイだった北神二世の血を引いているだけあり、顔はいい。

 

しかし、アルフレッドに自覚はない。

そして彼は、とても鈍感である。

 

そんな男が口にする妹のような子。

あまり、アルフレッドの言う言葉は信用できない。

 

 

「いや、先日、彼女に手紙を送ったのですがね。大陸の東西を跨ぐ手紙というのは金がかかるもので……短い文章しか送れなかったんですよ」

 

「なるほど」

 

「無事に帰るという言葉だけしか送れず、謝罪も送れなかったんです」

 

 

アルフレッドの言葉に、フィリップは首を傾げた。

 

 

「謝罪ですか?何か謝る事が?」

 

「帰りが遅れるからですよ。もっと早く帰ると約束していたので」

 

「……魔力災害で転移させられたのですよ?その女性も、納得している事でしょう」

 

「だとしても、ですよ。怒ってるかもしれませんから」

 

 

アルフレッドの言葉に、フィリップは片眉を上げた。

 

 

「怒るのですか?その、アルフレッド殿を待つ女性は。無事を知らせたのですよ?」

 

「まぁ……どうにも私は女性の気持ちに疎くて、ですね。アルスに居た頃も、よく怒らせていまして」

 

 

アルフレッドの言葉に、フィリップは察した。

 

 

(ああ、なるほど。これはアルフレッド殿が悪いね)

 

 

アスラ王国へ戻るための旅の中、彼が朴念仁であることは察していた。

そして、女性に奥手らしいことも。

デリカシーに欠けるのだ。

 

少しマシにはなったが、アルフレッドはヒルダと話す時、何処か怯えたような卑屈な態度を取っている。

それは、ヒルダが不快にならないよう、嫌われないように配慮しているのだと分かる。

 

しかし、露骨過ぎる。

まるで媚を売る下人のようである。

 

故にヒルダも警戒していたのだ。

今は……フィリップの説得もあり、そういう不器用な男だと納得しているが。

 

そんなアルフレッドが「よく怒られていた」と語る女性。

 

 

「アルフレッド殿。元々、王都アルスに帰ると約束していたのですか?」

 

「ええ、フィットア領に来る前に。帰って来て欲しいと言われましてね。なので約束を」

 

 

フィリップは察した。

 

妹のようだと語るからには、若い女性ぐらいだろう。

その女性が持つ感情が、恋愛感情かは分からない。

だが、アルフレッドのことを好いているのだと分かった。

 

そして、フィリップは考えた。

そんな女性が無事を知らせる手紙を貰って怒っているだろうか。

安心しているに違いない。

 

アルフレッドは信頼出来ない語り部である。

朴念仁で人の気持ちに疎い。

そんな彼が語る内容は、嘘……ではないにしても、勘違いが半分ぐらい存在する。

 

話を聞く時は、彼の所感を聞くより、事実を聴取していくといい。

そうフィリップは思った。

 

少しぐらい誤解を解いてあげようと、フィリップは口を開こうと思い──

 

 

「アルフレッド様」

 

「え?あ、はい?」

 

 

ヒルダが先に口を開いた。

とても、珍しいことだ。

 

 

「その女の子が怒るのは、きっとアルフレッド様を心配するからです」

 

「そ、そうですか?」

 

「そうに違いありません。帰って来て欲しいと、いじらしく願っているのですから……無事を知らせて怒る事はない筈ですよ」

 

「……そうですかね?」

 

「そうです」

 

「……はい」

 

 

ヒルダは気が強い。

入り嫁であるが、フィリップよりもサウロスに似ている。

語気も強い。

 

そんなヒルダの言葉に、いつの間にかフィリップは床へ正座していた。

 

 

「アルフレッド様は、もう少し女性の気持ちを考えてあげるべきです。前に滞在した村でもそうです」

 

「え?」

 

「村長の娘さん……アンジェリカさんと言いましたか?彼女の扱いに関しても、私は物申したかったのです」

 

「え?あ、アンジェリカさんですか?」

 

「はい。彼女が必死に、貴方へアプローチをかけているのに、アルフレッド様は何も返さなかったではありませんか?」

 

「……アプローチ?」

 

「食事の時、何度も貴方の隣に座っていたでしょう?」

 

「……それが何か?」

 

 

アルフレッドが首を傾げた瞬間、ヒルダはフィリップへ目を向けた。

言葉はなかった。

しかし、フィリップには分かる。

これは「信じられない、なんて事を言うの!」って顔だ。

 

 

「彼女の気持ちに向き合えばよかったのです!なのに、無視をするなんて!」

 

「……その、すみません。気付かなかったもので」

 

「そもそもアルフレッド様は、女性の気持ちに疎過ぎます!多少であれば可愛げと言えますが、限度があります!」

 

「そ、そんなに?」

 

「自覚がないのですか!?」

 

 

何故か、説教は始まってしまった。

フィリップは慌てて、ヒルダの肩を叩いた。

 

 

「あの、ヒルダ?少し落ち着いて──

 

「あなたは黙っていて!私はこの女の敵を、ちゃんとした男に育てる義務があります!」

 

 

ヒルダの剣幕に、アルフレッドは姿勢を正した。

 

 

「お、女の敵ですか?私が?」

 

「そうです!ああ、可哀想に!アルスに残した子が怒る理由も分かります!」

 

「……す、すみません」

 

 

故郷から遠く離れた地だというのに、なんとも賑やかな光景だった。

……しかし、どうやってこの事態を収めるべきか。

フィリップは助けを求めて部屋を見渡した。

 

 

「ん?」

 

 

ギレーヌが乾燥肉を齧っていた。

全く、頼りになりそうな気配はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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