北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
目が覚めれば、白い空間にいた。
真っ白な空間だ。
これはおかしい、とアルフレッドは思った。
自分は先程まで、シーローン王国の西にある小国に居た筈だ。
はぐれ赤竜を討伐して、素材を換金するために戻って来て……宿を借りて寝ていた筈だ。
だというのに、見えるのは白い空間。
自分の手足を見れば、痩せ細った病人のような手足。
なるほど、夢か。
二度寝をするべく、何もない空間で寝転がろうとして──
「ちょっとちょっと、夢の中で寝ようだなんて、おかしくない?」
男か女か分からない声に、アルフレッドは顔を上げた。
そこに居たのは、のっぺりとした白い顔をした人型の何かだった。
「初めまして、こんにちは、かな?アルフレッド君」
まるで全身モザイクがかかったように見えた。
何者なのか分からず、アルフレッドは警戒した。
「おっとっと、そんなに警戒しなくていいじゃないか?ボクは神様なんだよ、
ヒトガミ、という単語にアルフレッドは覚えがなかった。
神様というのは、聖ミリスのことじゃないか、なんて思ったほどだ。
「ああ、それは聖人だね。人さ。神様なんかじゃないよ。でも、君はアレだね。宗教の話とか、話半分に聞いてるだろ?」
図星だった。
だが、アルフレッドは警戒を強めた。
口に言葉を発していないにも関わらず、思考を読み取られたからだ。
「まぁ、ボクって神様だからね。君の思うことも、大体分かるってワケ」
なるほど、とアルフレッドは思った。
しかし、それと同時にやはり胡散臭いと思った。
人に無条件で優しくする奴は疑った方がいい……そう父は言っていたからだ。
「酷いなぁ。ボク、君に良い話を持って来たのに」
アルフレッドは首を傾げた。
「そう、良い話だよ。ボクはある程度、未来が見えるんだ……君の望み、叶えてあげてもいいんだけど」
望み、と言われても、アルフレッドには何も思い付かなかった。
無欲だと自認している訳ではないが、特に欲しいものなど今は無かったからだ。
「君のお父さん。北神二世アレックス・カールマン・ライバックの居場所について、知りたくないかい?」
瞬間、アルフレッドは膝を立てた。
「どうどうどう、落ち着きなよ。いやぁ、これだけ食い付きがいいと助言しがいがあるね」
助言、という言葉にアルフレッドは首を傾げた。
急に胡散臭くなったからだ。
初回無料と聞いて登録したら、有料分を支払うまで解約できない契約みたいだ。
「君の例え話はよく分からないけど、助言は聞いた方がいいよ?これからボクが語る話を、君は信用しても良いし、しなくてもいい。自分で判断すれば、ボクに騙される筈もないよねぇ?」
それは確かにそうだ。
人神の言葉に、アルフレッドは頷いた。
「では、ごほん。ではまず、君の父親、アレックスは今……シャンドルって偽名を名乗ってるね」
偽名を名乗っているのか。
どうりで見つからない訳だ。
「今は紛争地帯に居る。元々、北神流を広めるために、教えて回っていたようだね。いやぁ、熱心だ」
アルフレッドは目を瞬いた。
自分達の転移先も紛争地帯だった。
入れ替わりで来たのか、それとも、そもそも同じ場所に居たが合わなかったのか。
「いいや、入れ替わりだよ。君が去ってから、アレックスは来たんだ」
それは何故だろうか。
「簡単な話さ。君は結構、有名人なんだよ。紛争地帯で暴れ回っただろ?アルフレッドって名前の北神流使い……そこまで聞けば、分かる人には分かる。だから、アレックスが追って来たんだよ」
何故、父親が追いかけて来るのだろうか。
「そりゃあ君が心配だからさ」
アルフレッドは首を傾げた。
何故、心配されているのだろうか。
「アレックスは、北神流道場から逃げ出した奴らが作った盗賊団に、胸を痛めていた。捕えようとした矢先、君が動き出した……だから、アレックスはあえてフィットア領に行かなかった。分かるかい?」
アルフレッドは首を横に振った。
分からなかったからだ。
「君が使命感に燃えてたから、だよ。アレックスは自主性を重んじるんだ。君が自力で何とかしようとしてるなら、見守ってやろうって親心だね」
アルフレッドは首を傾げた。
自分の父親にそんな甲斐性があるとは思えなかったからだ。
「酷いこと言うね、君……親の心、子知らずって事かな?まぁ、いいや。魔力災害による転移で、フィットア領は消滅した。アレックスは心配してたみたいでね。君の名前を聞いて、紛争地帯まで追って来たのさ」
辻妻は合う。
アルフレッドは頷いた。
「そんな訳でアレックスは今、紛争地帯に居る。そして、君のはぐれ赤竜討伐の話は、紛争地帯まで広がる。そうすれば、アレックスの耳にまで届くだろうね」
アルフレッドは理解した。
「そう。だから、待ってるだけでいい。アレックスと会いたいなら、その国を出なければいい。赤竜の下顎を通って、アスラ王国に帰るな……って、言ってる訳じゃないんだ。ちょっと待つだけでいいんだ。分かるかい?」
しかし、アルフレッドは悩んだ。
父と会いたいというのは、自分の都合だ。
フィリップやヒルダ、ギレーヌはフィットア領に帰りたがっている。
自分の都合を押し通して良いのだろうか。
「君が言えば、彼等は納得するよ。何なら、北神二世であるアレックスも、護衛に加えられるって力説すればいい」
アルフレッドは悩んでいた。
道草を食って良いのだろうか。
自分の都合で彼等を納得させて良いのだろうか。
「とにかく、アレックスと会いたいなら、その国で待っておけばいい。それだけで会えるからね。命令じゃないよ、助言だから……最後は君が選ぶといい」
言葉が反射して、反芻するように何度も響いた。
そして、アルフレッドは目を覚ました。
「……大丈夫か?うなされているように見えたが」
声を掛けてきたのは、ギレーヌだった。
ここは宿屋。
部屋がなかったので大部屋を借りており、フィリップヒルダ、ギレーヌを含めて四人で一部屋となっている。
フィリップとヒルダはまだ眠っている。
ギレーヌは警戒していたようで、浅い眠りから目を覚ましたようだ。
「大丈夫ですけど……何かご心配を?」
「……お前が深く眠っているのは珍しい。心配ぐらいするだろう。それで?流石に、赤竜討伐は疲れたか?」
「まぁ、疲れたとは思いますよ。でも、それほどですかね」
確かに、アルフレッドは疲労を感じていた。
それでも、気を失うような眠りにつくほど疲れてはいなかった。
先程の夢、人神と名乗る何者か。
それらが原因だと、アルフレッドは思った。
「悩みがあるなら話せ。聞くぐらいなら出来る」
ギレーヌの言葉に、アルフレッドは目を瞬いた。
自分の悩みを見破られるほど、ギレーヌとの関係は深まっていたのか。
随分と気安い関係になった。
何度か肩を並べて戦った事で、信頼されているのだ。
同様に、アルフレッドもギレーヌを信用していた。
「私の父が、この近くまで来ているそうで。近くといっても、紛争地帯らしいですが」
「お前の父親……北神二世か」
「そうです。何でも、転移災害に巻き込まれた私を追っていると」
「……それのどこが悩みなんだ?良い話だろ」
ギレーヌの言葉に、アルフレッドは苦笑した。
「赤竜の下顎は危険ですし、同行して貰えれば楽ですから、居て損はありません。北神二世ですし……問題は合流するまで居座るか、どうか」
「そうだな。それで、居座るとしたら、どれぐらいになる?」
「……分かりませんね。はぐれ赤竜討伐情報が父の耳に入って、ここに戻って来るまで。一年か、それ以上か……」
「長いな」
「ええ、長いですね」
ギレーヌは少し考え込むような顔をした。
「……フィリップ様とヒルダ様に話してみろ。私はあまり賢くないからな、判断できん」
そして、悩みは明後日に投げられた。
悩みを聞くとは言ったが、解決するとは言ってない……という事だろう。
それでも相談して良かった、とアルフレッドは思った。
悩みというのは大抵、話した方が楽になるものだ。
たとえ、解決しなくとも。
「では、待てばアルフレッド殿の父上……北神カールマン様と合流できると?」
「恐らく。いや、まぁ、確信は持てませんけど……あ、あと北神“二世”です」
「ああ、すみません」
「いえいえ」
アルフレッドに自信は無かった。
そもそも夢で出て来た神様が情報源という、何とも納得し難いものだからだ。
「ふむ……しかし、フィットア領の難民達も……エリスも探さないと……」
ぽつぽつとフィリップは独り言を話した後、視線をアルフレッドに戻した。
「アルフレッド殿の父上は確か、行方不明だった……ですよね?」
「ええ、はい。結構、前から。書き置きだけ残して行方不明になってまして、私も探していました」
アルフレッドは覚えている。
剣と称号を弟に残して、失踪してしまった父のことを。
そして、父が居なくなり、焦りから手の付けられなくなった弟のことも。
アルフレッドが北神道場を離れて、旅に出た目的は二つある。
大きな目標として、弟に勝ち、対等な存在になるために強くなること。
もう一つの目標が、失踪した父を見つけて、兄弟仲を取り持って貰うことだ。
アレクは父の言う事はある程度聞く。
焦り、自惚れて暴走している弟を咎められるのは、対等な存在だけだ。
自分ではなく、父ならば言う事を聞くだろう。
故に、父を探す事はアルフレッドも目標にしていた。
ただ待つだけで悲願が達成する。
千載一遇の好機なのだ。
「では、待たねばなりませんね」
フィリップはそれを当然のように、肯定してくれるという。
「ヒルダも同意してくれるかい?」
「ええ、構わないわ。家族と会えないというのは悲しい事よ」
ヒルダには息子が居た。
しかし、一緒に暮らせてはいない。
愛していない訳ではない。
寧ろ、愛していた。
ボレアス家の伝統として、権力争いに負けた家が次代の権力争いに参加できぬよう、産まれた男児を全て次期当主の養子としているのだ。
生まれたばかりの子供を、取り上げられた。
その事実は今も、ヒルダの胸に暗いものを落としている。
アルフレッドが見た目上、あまり落ち込んでいないとしても。
見た目が自分達より少し歳下なだけで、実年齢は老人だとしても。
それでも、家族と会える機会を奪える訳がなかった。
「…………」
アルフレッドは察した。
これは自分の我儘であり、彼等は許容してくれているのだと。
本来ならば、彼等もすぐにフィットア領に戻りたいだろう。
行方不明の娘であるエリスを探したいに違いない。
だというのに、自分に配慮してくれている。
普段は鈍いアルフレッドであったが、彼等との付き合いも長くなっていた。
故に、理解できた。
理解できてしまったのだ。
「……いえ、やはり火竜の下顎へ急ぎましょう。そして、フィットア領へ帰りましょう」
故に、甘える事が出来なかった。
「……よろしいのですか?アルフレッド殿」
「ええ、はい。待っていても、合流できるか確証は無いですからね」
待てば会える。
そんな確信は、アルフレッドにはなかった。
それでも、待ちたいと思っていた。
だが、人に迷惑をかけてほど、父と会いたい訳じゃない。
フィリップもヒルダもギレーヌも、フィットア領に帰らねばならない。
イゾルテの為に、自分も帰らねばならない。
そして、長命種でない彼等の時間は貴重だ。
自分の我儘より、彼等の時間を優先する。
それが正しい事だと、アルフレッドは考えていた。
「なら、よいのですが……本当によろしいので?」
「構いませんよ。私も父も長命種ですから。会う機会なんて、何度もありますし。五年後、十年後、二十年後でも構いませんからね」
アルフレッドの言葉に、二人は顔を見合わせた。
長命種の価値観に困惑していたのだ。
そんな中、ギレーヌが口を開いた。
「しかし、アルフレッド。北神二世が居なくとも、フィリップ様達を連れて赤竜の顎を通れるのか?」
「確かに父が居れば楽でしょうが、居なくとも問題ありませんとも。私とギレーヌが居ますし」
「……それもそうだな」
「それこそ、七大列強でもなければ負けませんよ」
アルフレッドの言葉に、ギレーヌは頷いた。
はぐれ赤竜とはいえ、無傷で余裕を持って討伐できたのだ。
余程の敵でも来ない限り、問題はないだろう。
そう楽観視していた。
フィリップも、ヒルダも、ギレーヌも……アルフレッドも。
楽観視していたのだ。