北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
赤竜の下顎は、ただ一本のまっすぐな道が続く渓谷である。
うねりうねった道で、聳え立った崖が続く。
厳しい道だ。
大事を取って、アルフレッドは麓で一夜を過ごした。
朝、焚き火を消化して、そしてアルフレッド達は渓谷に足を踏み入れた。
頭上を赤竜が飛んでいく。
警戒しながらも、渓谷を進む。
高度が高いからか、息も白くなる。
赤竜の下顎には、国境など存在しない。
そもそも、どこの国の領地でもない。
誰も管理できない。
そんな赤竜の下顎を抜ければ、アスラ王国だ。
フィリップとヒルダは疲弊感を感じながらも、どこか期待に満ちていた。
アルフレッドは疲弊感など感じていないが……期待に満ちているのは確かだ。
そんな中、ギレーヌが口を開いた。
「……何か、おかしくないか?」
反応したのはフィリップだ。
「どうかしたかい、ギレーヌ」
「いや……気配が少な過ぎる……と、思いまして。鳥も虫も、小動物も居ません」
「……赤竜山脈が過酷だからじゃないかな。これが普通かも知れないし……アルフレッド殿はどう思いますか?」
フィリップは、そのままアルフレッドに視線を向けた。
分からないことを、そのまま質問へと受け流したのだ。
「まぁ、確かに……赤竜山脈はフィリップ殿の言うとおり、生物が住むには過酷です。前に来た時も、殆ど生き物は居ませんでした」
「…………」
アルフレッドは周りを見渡した。
「それを加味しても、気配が少な過ぎますけどね。虫や小動物が居ない。まるで何かに怯えているようです」
自我の少ない生物ですら感じられる緊迫感。
何からか。
何かからだ。
渓谷を歩き始めた頃は、小動物や虫が居た。
だというのに、足を進めるたびに減っている。
「……アルフレッド殿。ギレーヌの勘はよく当たります」
「ええ、はい。警戒していきましょう。杞憂なら……いいんですけどね」
警戒しつつも足は進める。
ここで引き返せば、食料や準備が無駄になる。
無駄になれば、アスラ王国への帰還が遅くなる。
そうアルフレッドは思った。
最悪の場合、この事態の元凶を倒せば良いと。
楽観的に考えてしまったのだ。
そして、出会ってしまった。
最初にギレーヌが硬直した。
「……っ!?」
次に荷物を載せた牛が。
そして、フィリップとヒルダが。
同時に、アルフレッドも。
「……あれは」
銀髪。
金色の眼。
白いコートを着た、三白眼の目付きの悪い男。
隣には仮面を付けた少女が居る。
しかし、後者に意識を割く余裕はアルフレッドに無かった。
強い。
父アレックスを。
祖母アトーフェを。
二人を目にした時よりも感じる、威圧感。
人の身が発せられるものではない。
それこそ、龍でも無ければ発せられない威圧感。
少し感動を覚えていたアルフレッドに対して、ギレーヌは警戒心をむき出しにしてフィリップとヒルダに目線を向けた。
「……フィリップ様、ヒルダ様。決して動かないでください……!」
言われずとも、フィリップもヒルダも動くつもりなどなかった。
彼等は恐怖していた。
理屈のある恐怖ではない。
大きいものを、凶暴なものを見た時のような、根源的な恐怖だ。
風が靡く。
荷物を載せた牛が……泡を吹いて倒れた。
その音で、その白いコートの男と視線がこちらへ向いた。
「お前は……剣王ギレーヌか」
旧知を懐かしむような声色で、さらに見渡した。
「そこに居るのは、フィリップ・ボレアス・グレイラットと……その妻、ヒルダか。奇妙な所で会ったな」
そして、名前を呼んだ。
アルフレッド以外の、だ。
「……ギレーヌ殿、お知り合いですか?」
「…………」
小声で問い掛けたが、返事はない。
顔を見れば、怯えているのが分かった。
ギレーヌがここまで恐怖を感じている姿を、アルフレッドは見た事がなかった。
「それで、もう一人は……誰だ?」
白いコートの男が、視線をアルフレッドに向けた。
そこには疑念が混じっていた。
しかし、アルフレッドは思った。
この男、見た目は怖いが、声色などから察するに悪い奴ではなさそうだ。
敵意もない。
フィリップやヒルダ、ギレーヌは何故か恐怖しているが……そういった感情は、アルフレッドには無かった。
そんな男に誰だと問われれば、答えざるを得ない。
「私の名はアルフレッドです。アルフレッド・カールマン・ライバック……北神二世、アレックスの息子です」
過去にヒルダから指摘され、改善した自己紹介を口にした。
普段から、「アルフレッドです」としか言っていなかった。
だがそれだと、人によっては不快に感じるそうだ。
名を名乗るというのは身分を明かす事だ。
家名も語らず、名前だけ名乗るのであれば、口にしない方がマシらしい。
そう考えているアルフレッドに対して、白いコートを着た男は自分の顎を撫でた。
「北神の息子か……妙だな。奴の息子に『アルフレッド』など居ない筈だ」
その言葉に、アルフレッドは固まった。
世の中では確かに、アレクの方が著名であった。
片や、北神の名を継ぐ英雄の卵。
片や、ただの北帝剣士。
居ない扱いされるのも、初めてではない。
だがこうして面と向かって言われるのは、流石に初めてだった。
そうして、硬直するアルフレッドに対して、白いコートの男が目線を戻した。
「それで。そのアルフレッドとやらが何故……いや、読めた。フィリップ達の護衛か。例の転移に巻き込まれた二人の護衛をしていたか?」
訳知り顔で白いコートの男が頷いた。
「そうですが……何故そこまで事情を?」
「さてな。お前が知る必要はない」
フィリップやヒルダ、ギレーヌに対しては心を開いているように見える。
だというのに、アルフレッドに対しては猜疑心を持っている。
それを不思議に思い、アルフレッドは首を傾げた。
「まぁ、そう言わず……まずは名前を教えて頂いても?」
「……まぁ、構わんか。俺はオルステッドだ」
その名前に、アルフレッドは覚えがあった。
「それはつまり、貴方は……『龍神』オルステッド殿という事ですか?」
「なんだ、知っているのか」
アルフレッドは、父から聞いた事があった。
七大列強の二位、『龍神』オルステッド。
北神である父ですら戦うことを避ける相手……それが『龍神』オルステッドである。
そんな強者が目の前にいる。
アルフレッドの中に場違いな欲が湧いて出る。
少し手合わせをしたい、指導して欲しい。
しかし、すぐに、周りが怯えているのを察して、欲求は飲み込んだ。
だが、オルステッドはその内心に気付いていた。
「お前、目を逸らさないな」
「貴方のような強者を前にして、目を逸らすような剣士は居ませんよ」
「……そういう意味じゃない。俺を前にして、逃げることを第一に考えていない。何故だ?」
オルステッドは腕を組んで、首を傾げた。
対して、アルフレッドも目を瞬いた。
「私達に危害を加えるつもりなのですか?」
「そのつもりはない。だが……お前、恐怖を感じないのか?」
「ええ、まぁ……」
アルフレッドの言葉に、オルステッドは目を細めた。
「お前、何者だ?」
「ですから、ただのアルフレッドですよ。北帝剣士、アルフレッド・カールマン・ライバックです」
「そういう事が聞きたいんじゃない……疲れるな」
何故、何が疲れるのか。
アルフレッドには分からなかった。
アルフレッドの後ろで、フィリップとヒルダが息を呑んだ。
ギレーヌは……少し顔を顰めていた。
そんな三人を対照に、まるで察しの悪い子供を相手するような顔で、オルステッドは再びアルフレッドへ視線を戻した。
「アルフレッド。お前は『人神』という単語に聞き覚えがあるか?」
アルフレッドは察しが悪かった。
普段から察しの良い方では無かった。
だからこそ、この質問に対して、何の躊躇いもなく答えてしまった。
「え?ええ、ありますよ。最近、夢で見まして──
瞬間、アルフレッドは剣を抜いた。
それは完全に反射だった。
水神流によって、殺意を感じ取り、即座に防御姿勢を取った。
その瞬間。
金属が爆ぜるような音が響いた。
オルステッドの貫手が、アルフレッドの持つ剣にぶつかっていたのだ。
「何をっ──
「そうか。お前は……人神の使徒だったか」
直後、尋常じゃない殺意が迫り来る。
殺す気だ、と察して、即座に距離を取った。
「アルフレッド!」
ギレーヌが剣を抜いた。
加勢しようとしているのだ。
「ギレーヌ殿!加勢は不要です!今すぐ、二人を連れて逃げて下さい!」
アルフレッドは現状が理解出来なかった。
それでも、オルステッドが自分を排除しようとしているのだと理解した。
刹那、アルフレッドは見た。
自分に迫るオルステッドの手刀を。
「……っ!?」
瞬時に選んだのは水神流であった。
水神流奥義『流』。
それはあらゆる力の流れを掌握して受け流す、水神流の奥義だ。
だが、受け流せないものもある。
圧倒的に格上の一撃である。
「くっ!?」
アルフレッドは吹き飛ばされ、ギレーヌやフィリップ、ヒルダの横を通り抜けて壁へ衝突した。
そんなアルフレッドを追うべく、オルステッドも三人の頭上を飛び越えた。
「アルフレッド殿!?」
フィリップの声が、ヒルダの悲鳴がアルフレッドに届いた。
ギレーヌが剣を握りしめる音もだ。
「いいから逃げて下さい!」
アルフレッドの言葉に、まずギレーヌが反応した。
ギレーヌの勘は鋭い。
ここで加勢しても、オルステッドには勝てない。
自分の義務はアルフレッドを助ける事ではなく、恩人であるフィリップ達を無事にフィットア領へ届ける事である。
「チッ!アルフレッド!お前も、無事に戻ってこい!」
ギレーヌはそう言い放ち、腰が抜けたヒルダを担ぎ、フィリップの腕を引っ張った。
無理矢理、この場から逃げる気だった。
そして、オルステッドとの立ち位置の関係上、逃げる先は西側……アスラ王国側となる。
「…………」
そんな三人を仮面を付けた少女は見送った。
そして、この場に残ったのはアルフレッドとオルステッド、仮面の少女……気を失った荷物持ちの牛だけだ。
刹那、金属音が響いた。
「ほう、今のも防ぐか」
「……これを防いだと言って良いのですかね」
アルフレッドの肩は真っ赤に染まっていた。
だが、そこに傷はなかった。
「……随分と治りが早いな」
「治癒能力は祖母譲りでして」
「不死魔王アトーフェラトーフェか……いや、それだけではないな。その二振りの魔剣の力か」
オルステッドはどこか、情報を探るような姿勢を見せながら、一切の油断をしていなかった。
「オルステッド殿……何故、私を殺そうとしているのですか」
「お前が人神の使徒だからだ」
その人神の使徒というのが、アルフレッドには分からなかった。
「違うと言っても?」
「信じられんな。お前は、例外過ぎる」
何の例外なのか。
逆に例外ではないとは、どういうものか。
アルフレッドは少しだけ考えて、思考を放棄した。
今、生き残るためには、オルステッドに勝つしかない。
勝てないにしても、手傷を負わせて逃げるしかない。
ならば、やるべきことは一つだった。
「……右手に剣を」
右手に持った魔剣『カジャ』を頭上へ。
剣先は天を突く。
「左手に剣を」
左手に持った魔剣『バクラ』を頭上へ。
柄を握りしめる。
「両の腕で齎さん」
長剣と短剣。
その二振りの剣の背を、重ねる。
「有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん」
さすれば、二振りの片刃剣が連なり、一振りの両手剣へと姿を変えた。
「我が名は北神流アルフレッド=ライバック!」
これぞ魔剣『カジャバクラ』の真の姿である。
『カジャバクラ』は雌雄一対の剣である。
それと同時に一振りの大剣でもある。
「我が剣の一振りにて、難敵を穿つ!」
剣は一つ。
別れて二つ。
重ねて再び一つ。
「……ふむ」
その様子をオルステッドは、興味深そうに見ていた。
警戒はしつつも、攻撃に対して受けて立つ……という構えだ。
「不治瑕北神流奥義『破断』ッ!」
アルフレッドは剣を振り下ろした。
瞬間、閃光が走った。
空気が爆ぜる音がした。
これぞ、アルフレッドの持つ切り札である。
はぐれ赤竜を『過剰な』力で、即死させた技である。
だが、しかし。
その一撃をオルステッドは受け止めていた。
否、受け流していた。
水神流奥義『流』。
アルフレッドも普段から使用している防御術。
しかし、技量に天と地の差があった。
「っ!?」
アルフレッドの剣は大地を引き裂いた。
しかし、オルステッドに傷一つ与える事が出来なかった。
そして、何より。
「ぐ、あ、ぁ……!?」
アルフレッドの左腕が宙を待っていた。
鮮血を撒き散らしながら、くるくると回転していたのだ。
しかし、断面から血は流れていない。
切断されたにも関わらず、まるで怪我がないように振る舞っている。
「なるほど。それが魔剣の力か」
魔剣『カジャバクラ』。
その力の本質は『維持』と『活性』だ。
『カジャ』は『維持』を司る。
良くもならないが、悪くもならない。
前進も後退もしない。
怪我をしようが、それ以上の悪化はしない。
それが『維持』の力。
『バクラ』は『活性』を司る。
生物の細胞を活性化させることで、治癒力の増強ができる。
同時に、切断したものを老化させることができる。
それが『活性』の力。
この二つだ。
「くっ……」
アルフレッドは今、己の傷を『維持』させた。
失った手足を生やすのは『活性』でも時間がかかる。
切断面を繋げられるのであれば、すぐにでも治せるが……龍神オルステッドが目の前にいる今、そんな余裕はない。
「まだやるつもりか?」
「まだ……だ……!」
アルフレッドは残っている右腕で、剣を握った。
しかし先ほど、両手で握ってでも勝てなかった相手だ。
片腕を失った今、敵う訳がない。
「……いや、終わりだ」
勝負は終わったと告げる言葉。
それと同時に、アルフレッドの胸部に激痛が走った。
「ゔ……っ!?が、あ……っ」
同時に血を吐いた。
胸を貫かれた。
そう理解したのは、貫かれた後だった。
「……人神に伝えるといい。龍神オルステッドが必ず、お前を殺すと」
その言葉を聞きながら、アルフレッドは倒れかけ、それでも堪えた。
今ここで死ねばどうなるのか、アルフレッドは考えていた。
フィリップやヒルダ、ギレーヌは害されるのだろうか。
いや、この男から敵意はなかった。
用があったのは自分だけだ。
人神の使徒、という言葉が敵意の源か。
分からない。
朦朧とする意識のまま、アルフレッドは剣を構えた。
魔剣の力を使い、胸の傷を固定化する。
「………っ」
身体に闘気を纏う。
闘志が満ちる。
「お、お、おお……っ!」
そして、一歩、オルステッドへ向かった。
「……もういい。死ね」
しかし、現実は非情だった。
オルステッドが手刀を放った。
それは閃光に見えた。
剣神流奥義『光の太刀』。
それを手刀で放ったのだ。
「あが……っ」
アルフレッドの肩から、腹まで。
手刀で切断された。
その勢いを逃す力すら、今のアルフレッドにはなかった。
仰け反って、後退して……そして、アルフレッドは足を滑らせた。
自ら流した血で、足を滑らせたのだ。
そして。
アルフレッドは渓谷の下へと、転げ落ちた。
★
「あれ?こんな所に焚き木の跡がありますね」
「……そうだな。先客が居たか」
ルーデウスの言葉に、ルイジェルドが頷いた。
燃えた痕跡、焦げた木片。
その規模から、複数人で囲っていた……そして、まだ残っている僅かな熱から、先客はそう遠くない場所に居るのだとルイジェルドは考えた。
「そんなのどうでもいいわよ!早く行きましょ!」
「……ああ」
エリスの言葉に、ルイジェルドは思考を中断して立ち上がった。
同時に、ルーデウスも立ち上がった。
「ルーデウス。先客とやらは、そう遠くない場所に居るだろう」
「え?そうなんですか?鉢合わせたら喧嘩、とかはないですよね?」
「警戒はしておけ。何やら、不穏な気配がする」
ルイジェルドの返答にルーデウスは、某バトル漫画のアルファベット戦士みたいな事を言うな……なんて呑気に考えていた。
故に、ルーデウスは油断していた。
物事は唐突に起こるものだ。
それが幸福か、不幸かは、出会うまで分からない。
明日、生きている保証もない。
自分の身の回りだけ安全だ、なんてのは楽観的だ。
「……今日はどうやら、奇妙な所で、珍しい奴と会う日らしいな」
そうルーデウスが実感したのは、その数時間後の事だった。