北神三世の兄-弟に勝つため本気出す-   作:ドゥンピドゥンピ

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#18 地の底

目が覚めれば、白い空間にいた。

真っ白な空間だ。

 

アルフレッドは自分の手足を見た。

年老いた老人か、死にかけの病人のようだと思った。

 

 

「やあやあやあ、久しぶりだね。アルフレッドくん」

 

 

現れたのは白いモヤのような、不明瞭な人の形。

人神だった。

 

 

「ボクの助言を聞かないから、こんな事になるんだ……なんてね。こんなのは僕も想定外だよ、いやーびっくり」

 

 

人神は未来が見えると言っていた。

だというのに、オルステッドと接敵することに気付いていなかったのだろうか。

 

 

「そうなんだよねぇ。実はね、ボクは『龍神』の未来を見れないんだ。現在もね。だから、君と彼が出会ったのは偶然の事故さ」

 

 

アルフレッドは疑念を感じながらも、納得した。

 

 

「君“は”物分かりが良くて助かるよ。世の中にはね、どれだけボクが助言してあげても、ぐちぐちと物申す奴がいるんだ。困っちゃうよね」

 

 

そんな愚痴を言われても、とアルフレッドは顔を顰めた。

 

 

「いやいや、冗談だよ。ちょっとした世間話さ。でも、これで分かっただろ?ボクの言う事は素直に聞いた方が良いってさ」

 

 

アルフレッドは再び首を傾げた。

龍神の姿を人神は見れない。

だというのに、出会ったのは助言を聞かなかったからだ、なんて言う。

それはおかしな事じゃなかろうか。

 

 

「細かい事は気にするなよぉ。実際、君がボクの助言に従って、ちゃーんと待っていればさ。父親と合流出来たし、龍神とも会わずに済んだんだ」

 

 

そうなのだろうか?

アルフレッドは耳を傾けた。

 

 

「そうさ。それにさぁ、フィリップの娘も近くに来てたんだ。合流出来ていれば、その娘さんと同行している家庭教師くんは、夫婦になり、フィリップとヒルダ、ギレーヌを含めた五人でフィットア領の復興に注力できた……だけど、君がボクを信用しない所為で、まだまだ会えない。復興も遅れちゃうねぇ」

 

 

それは悪いことをした。

アルフレッドは後ろ手で、自分の後頭部を掻いた。

 

 

「責任を感じてるなら、ちゃんと助言は聞くべきだね。良い教訓になったろう?」

 

 

それとこれは話が違う、とアルフレッドは思った。

龍神との遭遇は事故だ。

人神の言っていることは結果論でしかない。

 

 

「ふーん?そんなこと、言っちゃうんだ?あーあ、新しい助言を持って来たのに」

 

 

新しい助言。

アルフレッドはまた、顔を顰めた。

 

顰めつつも、何を口にするかは気になった。

 

 

「……君って結構失礼だよね。死にかけてる癖に」

 

 

死にかけてる?

アルフレッドは自分の体を見た。

 

痩せ細った体の胸には穴が空いていた。

肩から腹にかけて、大きな切れ込みがあった。

どこで落っことしたか、右足もない。

 

 

「鈍感だね。自分がどうかってるか、気付いてなかったのかい?」

 

 

アルフレッドは思い出した。

龍神に胸を貫かれ、手刀で真っ二つにされかけた事を。

そして、渓谷の底に転がり落ちたことを。

 

 

「やっと思い出したかい?君は今、地の底に居る。助けも来ないだろうねぇ……顔面は潰れて前も見えない。不死魔族とはいえ、放っておけば衰弱死だ」

 

 

途端に危機感が湧いてくる。

アルフレッドは死にたくなかった。

 

弟、父、イゾルテ、レイダ、タントリス……フィリップ、ヒルダ、ギレーヌ。

 

ここで死ねば、彼らに顔向けできない。

迷惑も掛かってしまう。

 

 

「そうそう、その調子だ。さ、それで?助言を聞くかい?聞けば長生きできるけど」

 

 

アルフレッドは迷った。

人神はあまり信用できない。

そして、どこかで誰かに、信用するなと言われていた気がする。

 

しかし、現状。

放っておけば死ぬのであれば、今回ぐらいは助言を聞いても良いだろう。

 

 

「じゃあ、教えてあげるよ。まずはね──

 

 

人神の語る言葉を聞き入れて、何をすべきか確認する。

幾つかの提案と、推奨。

そして、話が終わった。

 

 

「分かったかい?分かったのなら、早く目を覚ました方がいいよ」

 

 

それは何故か。

アルフレッドが首を傾げた。

 

 

「死にかけだからだよ。じゃあ……頑張ってね、アルフレッド君。“期待している”よ」

 

 

目が覚める瞬間、人神の顔が歪んだ。

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁ……っ」

 

 

目を覚ました時、アルフレッドは暗闇の中にいた。

人神の言葉が正しいのならば、顔面が潰れて前が見えないのだ。

 

確かに、顔が焼けるように熱かった。

 

 

「は、ぁ……」

 

 

血の味がするが、呼吸はできる。

不死魔族の再生能力で顔面を再生する……ことは出来るが、ただでさえ消耗している現状。

心臓の近くまで切断されているというのに、顔の再生を優先できない。

 

 

「ぐ……」

 

 

手に剣の感触がない。

『維持』か『活性』の能力を持つ魔剣『カジャバクラ』。

それらがあれば死にはしない。

だが、手になければ……今すぐ死ぬ訳ではない。

それでも、ひっくり返された砂時計のように、生命力が失われていく。

 

 

(まずは……)

 

 

アルフレッドは左手を奥へと突き出した。

そして、もはや力の入らない右手と、感覚のない左足で身体を動かした。

何も見えない。

だが、そこにあるのだと人神に教えてもらった。

 

魔剣『カジャバクラ』。

それは谷への落下で、再び二つの魔剣になっていた。

 

その片方に指で触れた。

 

 

「く、ゔ……」

 

 

アルフレッドは手伸ばして、それを手にした。

そして、魔力を通した。

 

 

「…………」

 

 

魔力を通された魔剣『カジャ』は『維持』の力を発動させた。

アルフレッドの損傷した肉体を包み込み、負傷による流血を止める事に成功したのだ。

 

 

(これで、死の危険はない……)

 

 

不死魔族の生命力と、魔剣『カジャ』による『維持』。

二つを合わされば、死ぬ事はない。

例えどれだけ怪我していようが……飲まず食わずでも生きられる。

 

 

(で、次は……)

 

 

しかし、『維持』というのは前進も後退もしないことだ。

死なない、しかし、生きているとも言えない。

不死魔族の再生能力も働かない。

 

よって、アルフレッドが行ったのは『維持』の範囲を限定させる事だった。

 

 

(……なかなか、難しいな。俺は器用な方じゃないってのにさ……人神も、良い加減なことを言う)

 

 

魔剣『カジャ』による『維持』範囲の限定。

損傷した顔のみ『維持』を取り除く。

それによって、目を再生し……視界を取り戻す。

 

言うのは容易い。

しかし、本来『カジャ』に範囲の限定などという器用な能力はない。

アルフレッドは魔力を通して、魔剣『カジャ』を媒介に、その能力を制御する必要があった。

 

一朝一夕で出来る訳がない。

 

顔面の損傷によって、視界はない。

魔剣の力によって、空腹も渇きもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時間、何日、何週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が過ぎていく中、アルフレッドはようやくコツを掴んだ。

 

 

(…………)

 

 

治癒能力が発揮している間、顔の特定部位を除く場所は『維持』を使用する。

繊細な魔力制御を要求されている。

そうでもしなければ、アルフレッドは損耗し、餓死してしまうからだ。

 

そしてまた、数日後。

 

アルフレッドは目を開いた。

 

 

(……見える)

 

 

数日ぶりの光。

だが、楽観視はできない。

 

アルフレッドの目に入ったのは、自分の右足だ。

千切れて、腐敗している己の右足だった。

 

 

(うわ……グロ……)

 

 

想定外の物体に顔を顰めつつ、身体を捻ろうとして……動かない。

諦めて、頭だけを動かし、周りを確認した。

 

そこは、赤竜の下顎……渓谷の底。

草木も生えず、剥き出しとなった岩肌にアルフレッドは転がっていた。

 

 

(……人神の言う通りか)

 

 

獣は来ないだろう。

だが、助けも来ないだろう。

 

そのまま視線を動かして、人神の言っていたものを探す。

 

治癒力を『活性』させられる魔剣『バクラ』は、見つからなかった。

どこに転げ落ちたのか見当も付かない。

 

だが、それが目的ではない。

 

 

(……あった。アレか)

 

 

そこにあったのは牛の死体だ。

落下したのか、身体がバラバラになっており、腐敗もしている。

辛うじて牛だと分かる死体。

 

だが、必要なのは死体ではない。

そこにある牛が背負っていた荷物だ。

 

 

(アレは……俺達が用意した牛じゃない。別の旅人のものだな)

 

 

アルフレッドは『維持』を使用したまま、手足を動かして……牛の死骸へと這いずった。

そして、荷物の一つへと辿り着いた。

 

それを手で引き寄せ……紐を歯で噛みちぎった。

中にあったのは、保存食だ。

 

これがいつ落ちてきたかは分からない。

保存食とはいえ、傷んでいる。

 

 

(……あー、くそ。どうにでもなれ)

 

 

それにアルフレッドは噛みついた。

 

 

(っ……まず……)

 

 

魔剣『カジャ』の『維持』能力によって、空腹はない。

それでも、不死魔族の自己治癒能力を扱う間は、その肉体部位は『維持』の対象外となる。

少しでも栄養を摂取しなければならない。

 

そして、アルフレッドの肉体は強固である。

例え腐敗したものであろうと、腹を下さず、病気にもならず、栄養として摂取できる。

 

 

(なんか酸っぱいぞこれ……元から、じゃないよな……)

 

 

味は、どうしようもないが。

 

そうして食べ終えたアルフレッドは、全身を『維持』で包んだまま、現状を確認した。

 

地面に、アルフレッドの手荷物が転がっていた。

落ちた拍子に落ちたのだろう。

 

日記は血塗れだ。

 

 

(……あーあ汚れちゃって)

 

 

あの日記はマジックアイテムだ。

父が手に入れたもののお下がりで、どれだけ文字を書いてもページが減らない手帳。

古いページを破けば消えて、新しく捲ればページが増える。

 

容量に限度がない、文書ファイル……のようなもの。

貴重品である。

 

 

(まぁ、こんな場所で日記を書く余裕がある訳ないか)

 

 

アルフレッドはため息を吐こうとして、喉に激痛が走った。

というか、全身が痛んでいた。

『維持』の力に鎮痛作用はないからだ。

 

 

(……死にはしない。後回しだ)

 

 

アルフレッドは自分の今の状況を思考する。

 

片足がない。

胸に穴が空いている。

肩から腰にかけて切られている。

全身が損傷している。

 

まともに動けない。

かといって何も考えず『維持』を解除して、自己治癒をしようとすれば……再生しきる前に、餓死するだろう。

 

助けは来ない。

渓谷の底に落ちたのだ。

死んだと思われているに違いない。

 

そもそも、落下した所をフィリップやヒルダ、ギレーヌは確認していない。

探しには来ない。

 

この状況を打破できるのは、魔剣『バクラ』の『活性』能力ぐらいだ。

だが、その魔剣『バクラ』が今、何処にあるかも分からない

 

 

(詰んでるだろ、これ)

 

 

魔剣『カジャ』の『維持』により、死なない。

だが、治癒も止まってしまう。

 

かといって治癒を優先すると消耗して、餓死する。

 

 

(必要なのは外部リソース。もしくは、『バクラ』だな)

 

 

そこでアルフレッドは、人神の助言を思い出した。

 

 

(焦らず、誰かが食料を落とすのを待つ。治癒は使わず、『維持』を使ったままリソースを溜め込む)

 

 

つまり、このまま、激痛に耐えながら芋虫のように這いずるしかない。

そして、ここに食料が落ちてくるのを祈りつつ、魔剣『バクラ』を探す。

 

それが最適解だという。

 

 

「……はぁ」

 

 

アルフレッドはため息を吐いた。

リソースを溜め込み、身体を再生させてこの渓谷を脱出するまで……何日掛かるだろうか?

何日、何週間、何ヶ月……いや、何年かも知れない。

 

絶望的だ。

 

 

(でも……)

 

 

アルフレッドは諦めていなかった。

 

自分が死ねば、人に迷惑がかかるからだ。

 

フィリップとヒルダ、ギレーヌは優しい。

自分が死ねば罪悪感に苛まれるだろう。

 

イゾルテとレイダ、タントリスはどうだ?

きっと、悲しむに違いない。

 

父と弟とも、まだ話したいことが山程ある。

 

だから、死ねない。

 

 

(……そのためなら)

 

 

泥水を啜っても、腐った保存食を食らっても……生きなければならない。

 

アルフレッドは渓谷の底でそう決心した。

 

 

 

 

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