北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
目が覚めれば、白い空間にいた。
真っ白な空間だ。
アルフレッドは自分の手足を見た。
年老いた老人か、死にかけの病人のようだと思った。
「やあやあやあ、久しぶりだね。アルフレッドくん」
現れたのは白いモヤのような、不明瞭な人の形。
人神だった。
「ボクの助言を聞かないから、こんな事になるんだ……なんてね。こんなのは僕も想定外だよ、いやーびっくり」
人神は未来が見えると言っていた。
だというのに、オルステッドと接敵することに気付いていなかったのだろうか。
「そうなんだよねぇ。実はね、ボクは『龍神』の未来を見れないんだ。現在もね。だから、君と彼が出会ったのは偶然の事故さ」
アルフレッドは疑念を感じながらも、納得した。
「君“は”物分かりが良くて助かるよ。世の中にはね、どれだけボクが助言してあげても、ぐちぐちと物申す奴がいるんだ。困っちゃうよね」
そんな愚痴を言われても、とアルフレッドは顔を顰めた。
「いやいや、冗談だよ。ちょっとした世間話さ。でも、これで分かっただろ?ボクの言う事は素直に聞いた方が良いってさ」
アルフレッドは再び首を傾げた。
龍神の姿を人神は見れない。
だというのに、出会ったのは助言を聞かなかったからだ、なんて言う。
それはおかしな事じゃなかろうか。
「細かい事は気にするなよぉ。実際、君がボクの助言に従って、ちゃーんと待っていればさ。父親と合流出来たし、龍神とも会わずに済んだんだ」
そうなのだろうか?
アルフレッドは耳を傾けた。
「そうさ。それにさぁ、フィリップの娘も近くに来てたんだ。合流出来ていれば、その娘さんと同行している家庭教師くんは、夫婦になり、フィリップとヒルダ、ギレーヌを含めた五人でフィットア領の復興に注力できた……だけど、君がボクを信用しない所為で、まだまだ会えない。復興も遅れちゃうねぇ」
それは悪いことをした。
アルフレッドは後ろ手で、自分の後頭部を掻いた。
「責任を感じてるなら、ちゃんと助言は聞くべきだね。良い教訓になったろう?」
それとこれは話が違う、とアルフレッドは思った。
龍神との遭遇は事故だ。
人神の言っていることは結果論でしかない。
「ふーん?そんなこと、言っちゃうんだ?あーあ、新しい助言を持って来たのに」
新しい助言。
アルフレッドはまた、顔を顰めた。
顰めつつも、何を口にするかは気になった。
「……君って結構失礼だよね。死にかけてる癖に」
死にかけてる?
アルフレッドは自分の体を見た。
痩せ細った体の胸には穴が空いていた。
肩から腹にかけて、大きな切れ込みがあった。
どこで落っことしたか、右足もない。
「鈍感だね。自分がどうかってるか、気付いてなかったのかい?」
アルフレッドは思い出した。
龍神に胸を貫かれ、手刀で真っ二つにされかけた事を。
そして、渓谷の底に転がり落ちたことを。
「やっと思い出したかい?君は今、地の底に居る。助けも来ないだろうねぇ……顔面は潰れて前も見えない。不死魔族とはいえ、放っておけば衰弱死だ」
途端に危機感が湧いてくる。
アルフレッドは死にたくなかった。
弟、父、イゾルテ、レイダ、タントリス……フィリップ、ヒルダ、ギレーヌ。
ここで死ねば、彼らに顔向けできない。
迷惑も掛かってしまう。
「そうそう、その調子だ。さ、それで?助言を聞くかい?聞けば長生きできるけど」
アルフレッドは迷った。
人神はあまり信用できない。
そして、どこかで誰かに、信用するなと言われていた気がする。
しかし、現状。
放っておけば死ぬのであれば、今回ぐらいは助言を聞いても良いだろう。
「じゃあ、教えてあげるよ。まずはね──
人神の語る言葉を聞き入れて、何をすべきか確認する。
幾つかの提案と、推奨。
そして、話が終わった。
「分かったかい?分かったのなら、早く目を覚ました方がいいよ」
それは何故か。
アルフレッドが首を傾げた。
「死にかけだからだよ。じゃあ……頑張ってね、アルフレッド君。“期待している”よ」
目が覚める瞬間、人神の顔が歪んだ。
そんな気がした。
★
「はぁっ、はぁ……っ」
目を覚ました時、アルフレッドは暗闇の中にいた。
人神の言葉が正しいのならば、顔面が潰れて前が見えないのだ。
確かに、顔が焼けるように熱かった。
「は、ぁ……」
血の味がするが、呼吸はできる。
不死魔族の再生能力で顔面を再生する……ことは出来るが、ただでさえ消耗している現状。
心臓の近くまで切断されているというのに、顔の再生を優先できない。
「ぐ……」
手に剣の感触がない。
『維持』か『活性』の能力を持つ魔剣『カジャバクラ』。
それらがあれば死にはしない。
だが、手になければ……今すぐ死ぬ訳ではない。
それでも、ひっくり返された砂時計のように、生命力が失われていく。
(まずは……)
アルフレッドは左手を奥へと突き出した。
そして、もはや力の入らない右手と、感覚のない左足で身体を動かした。
何も見えない。
だが、そこにあるのだと人神に教えてもらった。
魔剣『カジャバクラ』。
それは谷への落下で、再び二つの魔剣になっていた。
その片方に指で触れた。
「く、ゔ……」
アルフレッドは手伸ばして、それを手にした。
そして、魔力を通した。
「…………」
魔力を通された魔剣『カジャ』は『維持』の力を発動させた。
アルフレッドの損傷した肉体を包み込み、負傷による流血を止める事に成功したのだ。
(これで、死の危険はない……)
不死魔族の生命力と、魔剣『カジャ』による『維持』。
二つを合わされば、死ぬ事はない。
例えどれだけ怪我していようが……飲まず食わずでも生きられる。
(で、次は……)
しかし、『維持』というのは前進も後退もしないことだ。
死なない、しかし、生きているとも言えない。
不死魔族の再生能力も働かない。
よって、アルフレッドが行ったのは『維持』の範囲を限定させる事だった。
(……なかなか、難しいな。俺は器用な方じゃないってのにさ……人神も、良い加減なことを言う)
魔剣『カジャ』による『維持』範囲の限定。
損傷した顔のみ『維持』を取り除く。
それによって、目を再生し……視界を取り戻す。
言うのは容易い。
しかし、本来『カジャ』に範囲の限定などという器用な能力はない。
アルフレッドは魔力を通して、魔剣『カジャ』を媒介に、その能力を制御する必要があった。
一朝一夕で出来る訳がない。
顔面の損傷によって、視界はない。
魔剣の力によって、空腹も渇きもない。
何時間、何日、何週間。
時間が過ぎていく中、アルフレッドはようやくコツを掴んだ。
(…………)
治癒能力が発揮している間、顔の特定部位を除く場所は『維持』を使用する。
繊細な魔力制御を要求されている。
そうでもしなければ、アルフレッドは損耗し、餓死してしまうからだ。
そしてまた、数日後。
アルフレッドは目を開いた。
(……見える)
数日ぶりの光。
だが、楽観視はできない。
アルフレッドの目に入ったのは、自分の右足だ。
千切れて、腐敗している己の右足だった。
(うわ……グロ……)
想定外の物体に顔を顰めつつ、身体を捻ろうとして……動かない。
諦めて、頭だけを動かし、周りを確認した。
そこは、赤竜の下顎……渓谷の底。
草木も生えず、剥き出しとなった岩肌にアルフレッドは転がっていた。
(……人神の言う通りか)
獣は来ないだろう。
だが、助けも来ないだろう。
そのまま視線を動かして、人神の言っていたものを探す。
治癒力を『活性』させられる魔剣『バクラ』は、見つからなかった。
どこに転げ落ちたのか見当も付かない。
だが、それが目的ではない。
(……あった。アレか)
そこにあったのは牛の死体だ。
落下したのか、身体がバラバラになっており、腐敗もしている。
辛うじて牛だと分かる死体。
だが、必要なのは死体ではない。
そこにある牛が背負っていた荷物だ。
(アレは……俺達が用意した牛じゃない。別の旅人のものだな)
アルフレッドは『維持』を使用したまま、手足を動かして……牛の死骸へと這いずった。
そして、荷物の一つへと辿り着いた。
それを手で引き寄せ……紐を歯で噛みちぎった。
中にあったのは、保存食だ。
これがいつ落ちてきたかは分からない。
保存食とはいえ、傷んでいる。
(……あー、くそ。どうにでもなれ)
それにアルフレッドは噛みついた。
(っ……まず……)
魔剣『カジャ』の『維持』能力によって、空腹はない。
それでも、不死魔族の自己治癒能力を扱う間は、その肉体部位は『維持』の対象外となる。
少しでも栄養を摂取しなければならない。
そして、アルフレッドの肉体は強固である。
例え腐敗したものであろうと、腹を下さず、病気にもならず、栄養として摂取できる。
(なんか酸っぱいぞこれ……元から、じゃないよな……)
味は、どうしようもないが。
そうして食べ終えたアルフレッドは、全身を『維持』で包んだまま、現状を確認した。
地面に、アルフレッドの手荷物が転がっていた。
落ちた拍子に落ちたのだろう。
日記は血塗れだ。
(……あーあ汚れちゃって)
あの日記はマジックアイテムだ。
父が手に入れたもののお下がりで、どれだけ文字を書いてもページが減らない手帳。
古いページを破けば消えて、新しく捲ればページが増える。
容量に限度がない、文書ファイル……のようなもの。
貴重品である。
(まぁ、こんな場所で日記を書く余裕がある訳ないか)
アルフレッドはため息を吐こうとして、喉に激痛が走った。
というか、全身が痛んでいた。
『維持』の力に鎮痛作用はないからだ。
(……死にはしない。後回しだ)
アルフレッドは自分の今の状況を思考する。
片足がない。
胸に穴が空いている。
肩から腰にかけて切られている。
全身が損傷している。
まともに動けない。
かといって何も考えず『維持』を解除して、自己治癒をしようとすれば……再生しきる前に、餓死するだろう。
助けは来ない。
渓谷の底に落ちたのだ。
死んだと思われているに違いない。
そもそも、落下した所をフィリップやヒルダ、ギレーヌは確認していない。
探しには来ない。
この状況を打破できるのは、魔剣『バクラ』の『活性』能力ぐらいだ。
だが、その魔剣『バクラ』が今、何処にあるかも分からない
(詰んでるだろ、これ)
魔剣『カジャ』の『維持』により、死なない。
だが、治癒も止まってしまう。
かといって治癒を優先すると消耗して、餓死する。
(必要なのは外部リソース。もしくは、『バクラ』だな)
そこでアルフレッドは、人神の助言を思い出した。
(焦らず、誰かが食料を落とすのを待つ。治癒は使わず、『維持』を使ったままリソースを溜め込む)
つまり、このまま、激痛に耐えながら芋虫のように這いずるしかない。
そして、ここに食料が落ちてくるのを祈りつつ、魔剣『バクラ』を探す。
それが最適解だという。
「……はぁ」
アルフレッドはため息を吐いた。
リソースを溜め込み、身体を再生させてこの渓谷を脱出するまで……何日掛かるだろうか?
何日、何週間、何ヶ月……いや、何年かも知れない。
絶望的だ。
(でも……)
アルフレッドは諦めていなかった。
自分が死ねば、人に迷惑がかかるからだ。
フィリップとヒルダ、ギレーヌは優しい。
自分が死ねば罪悪感に苛まれるだろう。
イゾルテとレイダ、タントリスはどうだ?
きっと、悲しむに違いない。
父と弟とも、まだ話したいことが山程ある。
だから、死ねない。
(……そのためなら)
泥水を啜っても、腐った保存食を食らっても……生きなければならない。
アルフレッドは渓谷の底でそう決心した。