北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
その日もイゾルテは日常を過ごしていた。
朝起きて、水神流の道場に出て鍛錬をして、昼食を食べて。
将来、王宮剣士として働くために、アスラ王国の礼儀作法を学ぶ。
水神流とはただの剣術ではない。
話術と立ち振る舞い、処世術を含めて水神流である。
よく鍛え、よく学ぶ。
アルフレッドがフィットア領へ向かってから、数年が経過した。
イゾルテも綺麗になり、社会的には大人して見られるようになった。
剣術だけでは、人は生きてはいけない。
「……ふぅ」
イゾルテも歳を重ねて、自分なりの将来について考えるようになった。
将来。
若い間はアスラ王国の見習い騎士として働く。
下積みである。
そこから王宮で剣術指南役を目指す。
技術を磨きつつ、王宮内で箔を付ける。
最終的には、水神を襲名する。
そうして、王宮での剣術指南役を引退し、水神流道場を切り盛りをする。
という、人生設計だ。
無理難題ではなく、高望みでもない。
現実的な将来であり、レイダもそれを望んでいる。
しかし、それは仕事と剣術だけの将来だ。
そこにまだ、イゾルテにとってプライベートな将来設計もある。
アルフレッドが帰還した後の話だ。
まず、恋人としての関係を始める。
最初は友人の延長線として、深く踏み込み過ぎないよう節度のある付き合いをする。
数年付き合って、それこそ剣術指南役になる頃には籍を入れる。
晴れて夫婦となり、愛し合う仲へ。
子も欲しい。
男と女、二人は欲しい。
アルフレッドが望むのなら、もっと居てもいい。
そんな子達を、道場を二人で切り盛りしつつ成長を見守るのだ。
それがイゾルテの考える、将来的な人生設計の全てである。
「ふふ……」
レイダが聞けば、甘っちょろい理想主義だと呆れるような人生設計。
しかし、イゾルテにとっては現実的な未来なのだ。
そして、そんな未来のためにも、アルフレッドの存在は必要不可欠である。
「……さて」
日もまだ沈みきって居ない頃、イゾルテは冒険者ギルドへと向かった。
アルフレッドから手紙が来ていないか、確認するためだ。
そうして、冒険者ギルドに到着したイゾルテは、カウンターで自分宛の手紙の有無を確認した。
今日は幸い、手紙があった。
(やった……!)
イゾルテは抑えきれぬ笑みを浮かべながら、手紙の封を備え付けのペーパーナイフで開けて、ラウンジの椅子に座った。
「…………」
そこに書いてあったのは、やや事務的に思える現状報告の手紙だ。
まず、現在、赤竜の下顎、その手前まで来ていること。
はぐれ赤竜を倒したことで、手紙を送る金銭的な余裕ができたこと。
もうすぐ、帰れそうなこと。
「……ふふ」
そして、今、獣人族の女性剣士と一緒に旅をしていること。
「…………」
その女性剣士、ギレーヌは剣王であり、学ぶべき所があること。
など、など。
褒めるような、好意的な表現ばかりだ。
(まさか……)
イゾルテは顔を顰めた。
二人旅、男女……何か、起こるかも知れない。
そう考えつつも、イゾルテはため息を吐いた。
(いえ、いえ……アルフレッドさんに限って、そんな事はないでしょう。ええ、そうです。そうに違いありません)
アルフレッドは朴念仁である。
そして、女性に対して紳士的である。
旅の中、そういった行きずりの仲にはならないだろう。
イゾルテは自分に言い聞かせるように頷いた。
しかし、不安なのは確かだ。
「……大丈夫なはず」
イゾルテは不安を拭うべく、自己評価する。
あの頃から変わらず、水王であるが、水帝になる日も近いだろう。
レイダからもそう評価されている。
見た目にも気を遣っている。
街で流行している美容については耳聡く調べているし、実践している。
肌や髪の艶にも自信がある。
身体も、綺麗な形をしていると思っている。
胸も大きくなってきて、女性らしい体型になっている。
礼儀作法も出来ている。
道場内で、若い男の門下生からアプローチを掛けられる事も多い。
自分の容姿は美しい方だと、そう自覚している。
(……でも、アルフレッドさんも、異性からの人気はありますからね)
かつて王都アルスに居た頃。
アルフレッドに恋心を抱く女は多かった。
街に繰り出す度、人助けなどをする所為で年端も行かない少女達の初恋を破壊し続けていた。
重い荷物を嫌な顔せず持ってあげたり、困っている所を助けてあげたり、暴漢から救ってあげたり。
本人に自覚がない所為で、大抵は破綻していたのだが。
(それでも、同行人は同じ剣士……剣王。吊り橋効果という言葉を聞いた事がありますし。恋に発展する可能性も……いえ、そんな訳がありません。あのアルフレッドさんですし)
イゾルテは悶々としながら、腕を組んで頷いた。
アルフレッドは言ったのだ。
「時が二人を別つまで、一緒に居るよ」と。
彼は朴念仁であるが、誠実である。
あのような言葉を口にして、他の女に手を出すとは思えない。
その辺りをイゾルテは信じていた。
自分の魅力ではなく、アルフレッドの誠実さを、だ。
(……でも、愛してるの一言ぐらい、あってもいいのに)
手紙を読み終えたイゾルテは、少し不服に感じながら封筒に戻した。
そして、懐に入れて冒険者ギルドを後にすることにして……取り敢えず、掲示板だけ見た。
フィットア領の行方不明者リストだ。
転移事件の被害者、その名前が書かれている。
そこには前回来た時よりも、多くの……死亡確認者が増えている。
「…………」
痛ましい話だ。
突如、なんの脈絡もなく発生した魔力災害。
それによって命が奪われてしまったのだから。
聖ミリスに祈りつつ、心を痛めながら行方不明者のリストを眺めて──
「……え?」
そこに刻まれている『アルフレッド・C・ライバック』という名前に……斜線が引かれていた。
名前の右に、手紙により生存確認と書かれている。
それにも関わらず、死亡を意味する斜線が引かれていた。
「……な、なんで?」
困惑しつつ、詳細を探す。
何がどうして斜線が引かれたのか。
どうして生存報告の後に、死亡確認がされたのか。
そもそも、アルフレッドは死んでいない筈だ。
これは何かの間違いだ。
掲示板を眺めていたが、詳細はない。
慌てて、掲示板を管理しているギルド職員の元へ向かった。
「あら、イゾルテさん。今日は──
「すみません!あの、ええと……掲示板に書かれている『アルフレッド・C・ライバック』という名前に斜線があったのですが、何かの間違いですよね?」
笑みは崩れていなかったと、イゾルテは思う。
努めて冷静に、落ち着いて、余裕を持っていたと思う。
冒険者ギルドの職員が、斜線を引かれた経緯を確認すべく、書類を出した。
「ああ、これですよ」
「貸してください……っ」
その書類をイゾルテは手に取った。
ギルド職員はそれが職員用の資料であり、イゾルテに読む権利がないことは知っていたが……切羽詰まった様子に何も言えなかった。
そして、イゾルテは見た。
「あ……」
アルフレッド・C・ライバック。
甲竜歴419年。
赤竜の下顎にて、龍神オルステッドと戦闘。
死亡を確認。
確認者……ギレーヌ・デドルディア。
短い文章だった。
それでも、ただ現実を書いているように見えた。
ギレーヌ、という名前に覚えがあった。
アルフレッドが手紙に書いていた獣族の女剣士のことだ。
だからこそ、この死亡報告に現実味があった。
何故、どうして。
そんな事が。
イゾルテの頭の中でぐるぐると、思考が混ざった。
そして……ぽっきりと、心が折れる音がした。
★
夜。
水神流道場の横にある、レイダの家。
「イゾルテ、起きてるかい?」
扉の前で、レイダは声を掛けた。
そこはイゾルテの部屋だった。
「…………」
返事は無かった。
二日前、アルフレッドが死んだと、イゾルテから聞いた。
それも、『龍神』オルステッドと戦ったらしい。
レイダは、アルフレッドが死ぬとは思えなかった。
剣の腕もある。
不死魔族の身体もある。
そして何より、帰ってくるとイゾルテと約束した。
ならば、帰ってくると思っていた。
だが、何事にも例外はある。
『龍神』オルステッド。
若い頃、向上心と野心に満ちていたレイダはオルステッドと戦った事がある。
結果は惨敗……『ヒトガミの使徒ではない』からと見逃された。
戦いにすらなっていなかった。
そう、レイダは自覚している。
世の中には手を出してはならない相手がいる。
それが龍神『オルステッド』だ。
そんな相手と戦ったのだ。
恐らく、いや確実に、アルフレッドは死んでいる。
「……偶には顔を出しな。一人で抱えず、ちゃんと話すべきだよ」
どう声を掛けるべきか、レイダにも分からなかった。
イゾルテには輝かしい未来がある。
自分の技を受け継ぎ、水神へと至るだろう。
だが、まだ若い。
大切な人が亡くなってしまうことに、慣れていない。
剣士であれば、少なからず皆、経験することだ。
だというのに、慣れていない。
(……どうするべきかね)
励まして、何とかなるとレイダは思えなかった。
より親身に語りかけられるタントリスですら、無駄だったからだ。
今、イゾルテは引きこもっていた。
最低限の食事しかせず、鍛錬もしない。
悲しみを紛らわせる事もせず、ただ打ちひしがれていた。
このままでは腐ってしまう。
どうすればいいのか。
レイダは考えた。
自分が同じ状況なら、どうすれば腐らずにいられるのか。
そして、一つの名案を思い付いた。
傷に塩を塗るような、劇薬のような名案だ。
「明日、道場に来な。そんな所でぐずっても、何の解決にもなりゃしない」
大切なものを失った人間を立ち直らせるには、簡単な方法がある。
「『龍神』を斬りたくないのかい?」
目的を与える事だ。
仇を討つという目標を与える事だ。
ただ、イゾルテを『龍神』と戦わせるつもりはない。
越えるべき相手、恨むべく敵とするが、戦わせたくはなかった。
『龍神』オルステッドを恨め。
そして、鍛えろ。
ただし、戦うな。
矛盾しているが、レイダはそれでいいと思った。
どうせ『龍神』が何処に居るかなんて、分かりはしない。
自分が出会えたのも時の巡り合わせが良かっただけだ。
立ち直るまで剣に集中させて、戦うまでは補助しない。
見つからない相手を恨んで、生きる活力を得る。
そんなことを考えていると、扉が開いた。
「……お婆ちゃん」
髪はボサボサで、目の下に隈が出来ている。
そんなイゾルテを見て、レイダは頷いた。
「なんだい」
「……明日、道場に行きます」
「そうかい」
必要な言葉を、全て口にするつもりはない。
言葉にしなくても、言葉にしない方が伝わる事がある。
話術に優れた水神流だからこそ、本音は口にしなかった。
翌日、イゾルテは道場に来ていた。
身嗜みを整えて、以前と変わらぬ姿に戻っていた。
だがそれでも、レイダは気付いていた。
目的を持った、鬼気迫る剣に。
(……皮肉なもんだね。こんなのが成長の機会になるなんて)
剣を振るう目的は必要だと、レイダは考えている。
誰かのために、何かのために、誰かを斬るために。
目的を持った剣士の上達は早い。
それが例え、大切な人を失った反動だとしても。