北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
『龍神』オルステッドから逃走したギレーヌと、フィリップ、ヒルダは何とかアスラ王国まで到着した。
そして、赤竜の下顎の前にある小さな村で待ち続けた。
だが、アルフレッドは帰って来なかった。
ヒルダはいつまでも待つつもりだった。
フィリップももう少し待つつもりだった。
だが、ギレーヌは……アルフレッドは龍神『オルステッド』に殺されてしまったのだと確信した。
ギレーヌは師匠、剣神ガル・ファリオンから『龍神』オルステッドについて聞いていた。
曰く、最強であると。
自らの力に絶対的な自信を持つガル・ファリオンが断定する『最強』。
そんな相手と戦って、生き残れるわけが無い。
ギレーヌは確信していた。
故に、三人は小さな村を後にした。
もしかしたら、フィットア領へ先に到着しているかもしれないと。
一縷の望みを抱きながら。
フィットア領には、何も無かった。
かつてそこにあった村も、街も、畑も、何も。
ただ広い草原があった。
その光景にフィリップもヒルダも絶句していた。
ギレーヌはただ、目を瞑っていた。
分かっていたことだ。
転移事件の被害規模は、耳にしていた。
それでも、自らの目で見るまで実感がなかったのだ。
三人は難民キャンプへと向かった。
だが、フィリップとヒルダは外套で顔を隠し、キャンプの外れにある小さな天幕に姿を隠した。
実際に足を踏み入れたのはギレーヌのみだ。
どこにサウロスを処刑に追いやった者の目があるか分からないからだ。
だから、安全が確保できるまで、フィリップとヒルダが生きている事は秘密だ。
ギレーヌは難民キャンプ中央にある本部へ向かった。
キャンプの中央にある掲示板には、行方不明者のリストがあった。
ロアの街でルーデウスから文字を学んだことで、ギレーヌにはその行方不明者のリストが読めた。
その中に、見覚えのある名前があった。
『アルフレッド・C・ライバック』という名前だ。
(そういえば奴は、アルスの方に手紙を出していたな……)
ギレーヌは受付の女性に言って、アルフレッドの死亡報告を行った。
『龍神』オルステッドと戦って亡くなったのだと、そう書いて貰った。
戦った相手を書く必要は無かった。
だが、ギレーヌは書いて貰うことにした。
敗北は油断などではなく、難敵と逃げずに戦った結果であると……剣士の誇りを重んじたのだ。
そうして更に、フィリップとヒルダの名簿を確認した。
そこには死亡報告がされていた。
シーローン王国で、死を偽装すべく報告したのがここまで届いていたのだ。
それを確認していると、白い髭を蓄えた見覚えのある男……ボレアス家の執事、アルフォンスがやって来た。
ギレーヌという名前を聞いて、来たのだという。
ギレーヌはアルフォンスに問い掛けられた。
「本当にフィリップ様とヒルダ様は亡くなられたのですか?」と。
ギレーヌは少し悩んだ末、秘密を打ち明けるべきか分からなかった為、取り敢えず黙っておく事にした。
結果、アルフォンスは勝手に納得して「そうですか……」と涙を流していた。
(まぁ、いいか)
よく分からんがこれでよし。
嘘は吐いてないし不義理ではないだろう、とギレーヌは考えつつ、アルフォンスに連れられ中へ入った。
そこに居たのは、一人の少女と少年だった。
「エリス!」
赤髪の少女、名をエリス・ボレアス・グレイラット……つまり、フィリップの娘だった。
「ギレーヌ!」
抱きついて来たエリスを抱きしめ返し、抱き上げた。
「エリス……いや、エリス様。よくご無事で」
「もう、ギレーヌ……エリスでいいのに」
「そうか……エリス、よく頑張ったな」
彼等はギレーヌより先にキャンプまで到着していたのだ。
そんなエリスを抱き締めながら、ギレーヌは考えた。
フィリップとヒルダのことだ。
彼らも喜ぶだろう、とギレーヌは考えていた。
そして、視線を隣で気まずそうにしている少年へ向けた。
「ルーデウスも……よく、エリスお嬢様を無事に連れて帰った」
「はは、それはその……どうも」
気まずそうな顔だ。
何がそんなに気まずそうなのか、ギレーヌには分からなかった。
そんな三人を見て、アルフォンスが口を開いた。
「奥でお話しましょう」
そうして、ギレーヌ、アルフォンス、ルーデウス、エリスの四人で奥の部屋に入った。
そして、アルフォンスが現状を語った。
まず、亡くなった人達のことだ。
領主のサウロス、ロアの町長フィリップ、その妻ヒルダ。
名前を呼び上げる度に、エリスは顔を歪めた。
(今すぐにでも、エリスに……フィリップ様とヒルダ様が生きていることを伝えたい)
だが、ここにはアルフォンスが居る。
信用できるかは別として、あまり言いふらすつもりもない。
「それで、どうするんだ?」
ギレーヌはアルフォンスへ問い掛けた。
父母の生存を黙っている後ろめたさを誤魔化したかったのだ。
「ピレモン・ノトス・グレイラット様から、エリス様を妾に迎え入れる準備があると……」
「……正気か?」
ギレーヌは顔を顰めた。
政治的な駆け引きなど、ギレーヌには分からない。
だが、エリスはルーデウスのことが好きだった筈だ。
「正気です」
アルフォンスは事もなげに、そう答えた。
その態度が、ギレーヌの逆鱗に触れた。
ピレモンを一度、ギレーヌは見た事がある。
卑屈で小賢しい、小物だ。
「あんな男に嫁いで幸せになると思っているのか!?」
「望まぬ婚姻だろうと、幸せになる事例はあります。それに、ボレアス家の為です」
「家のためならば、エリスを犠牲にするのか!?」
ギレーヌはアルフォンスの胸ぐらを掴もうとして……エリスが俯いている事に気付いた。
この話は既に聞かされていたのだろう。
そして彼女なりに、結論が出ているのだろう。
ギレーヌは察した。
隣にいるルーデウスが気まずそうな顔をしているのは、そういう理由なのだと。
「……っ」
ギレーヌは舌打ちをして、壁へもたれ掛かった。
自分の居ない場所で話が進んでいる。
それは冒険者時代にもよくあったことだ。
だが、やはり気に食わないものだ。
除け者にされているのは、不快だ。
「……今の状況で話し合いはできません。また、夜にでも家臣団の会議を開きます。出席なさってください」
「……ああ」
アルフォンスの言葉に顔を顰めながらも、ギレーヌは頷いた。
そうして、アルフォンスは席を立った。
離れたのを確認して、ギレーヌはエリス……の横に座っているルーデウスへ視線を戻した。
「それで、ルーデウス。お前は納得しているのか?」
「えっ?」
「お前は納得しているのか?エリスお嬢様が辛い道を歩もうとしているのを、黙って見ているつもりか?」
ギレーヌの言葉に、ルーデウスは首を横に振った。
「そんな訳ないじゃないですか……!」
「なら、エリスお嬢様を連れて逃げるなり、何とかすれば良いだろう」
「なんとかって……そう、ですよね」
ルーデウスは顔を歪めて、考え込んでいた。
そうしたい、だが、そうできない。
あの顔をギレーヌは知っていた。
パウロもよくしていた顔だ。
したい事があっても、中途半端な賢さが躊躇わせる。
そんな顔だ。
そんなルーデウスに対して、エリスは少し難しそうな顔をしていた。
ギレーヌは、目線をエリスへと向けた。
「エリス」
「……なによ」
こう見えて領地のことを考えているのだろう。
アルフォンスからあれこれ吹き込まれているのだろう。
ギレーヌは少し後悔した。
もう少し早く、ここに到着していれば……エリスにこんな思いをさせなかっただろうと。
そして、この呪縛を解くには、話すしかないと腹を括った。
気配を探り、この天幕辺りに人が居ない事を確認し……ギレーヌはエリスへと視線を戻した。
「……フィリップ様とヒルダ様は生きている」
「……えっ!?ギレーヌ、何を言って──
あまりに大きな声を出したので、慌てて口を塞いだ。
普段咎める側のルーデウスも、驚いているようで余裕がないように見えた。
「サウロス様の処刑を促した貴族達の目が何処にあるかも分からん。死んだという扱いにしている……今は、キャンプから少し離れた場所に身を潜めている」
「そう……お父様とお母様が……!」
ここで出会ってから初めて、エリスは笑顔を見せた。
ルーデウスも安堵の表情を浮かべて居た。
「家のことはフィリップ様とヒルダ様に任せていい。自分が幸せになる道を探すべきだ」
「……そうね」
エリスはルーデウスに視線を向けて、手を握った。
ルーデウスも照れながら、手を握った。
それをギレーヌは何となく察した。
彼等はそういう関係なのかと。
「後で会いに行こう」
「ええ、分かったわ!」
そうして、天幕での会話を終えた。
その後、ギレーヌは相談すべくフィリップとヒルダの元へ戻った。
エリスも同行し、フィリップとヒルダと会う事が出来た。
ルーデウスは留守番だ。
「お父様!お母様!」
「エリス!」
一人の子供として、父と母の再会を喜んだ。
そして、現状についてフィリップと相談をした。
「……そうか、そんな状況に。アルフォンスにも苦労をかけているようだ」
ボレアス家のために、金も貰わず働いている。
その事実は、今、生存報告も出して居ないフィリップには罪悪感としてのしかかって居た。
「それで、エリスはどうしたいんだい?」
「……私は──
そこでエリスが語ったのは、自分の力不足を嘆く言葉だった。
『龍神』オルステッドに敗北して、ルーデウスを失いかけたこと。
そして、ルーデウスは今も『龍神』オルステッドに勝つための鍛錬をしていること。
そんなルーデウスと釣り合わない自分を改めるために、修行の旅に出たいこと。
それを耳にした時、ギレーヌは目を見開いた。
旅に出たいことにも驚いたが、何より。
「エリスもオルステッドと会ったのか」
「ギレーヌも会ったの?」
「ああ……実はもう一人、一緒に旅をした仲間が居たんだが……奴に殺された」
「……強かったの?その人」
「ああ、強かった。北帝アルフレッド……私よりも強い剣士だった」
ギレーヌはアルフレッドのことを思い出して居た。
いじいじと男らしくない奴だった。
他者に甘く、優柔不断な奴だった。
人を殺すのが下手な奴だった。
だが、嫌いではなかった。
悪い奴ではなかった。
仲間で良かった。
今もそう思っている。
「ギレーヌ。私はオルステッドに勝てるぐらい、強くなりたいわ。いえ、強くなるわ」
「エリス……」
エリスの言葉は願望ではなかった。
未来を見据えての、確信だった。
「だから、力を貸して」
その言葉に、ギレーヌは悩んだ。
自分が鍛えた所で、『龍神』オルステッドより強くできるとは思えない。
であれば、エリスを剣の聖地まで引き連れて、自分の師匠である『剣神』ガル・ファリオンに鍛えて貰った方がいい。
「だが……」
フィリップとヒルダの護衛は必要だ。
二人を守る事もギレーヌの使命である。
悩んでいると、フィリップが肩を叩いた。
「ギレーヌ、エリスを頼めるかい?」
「フィリップ様……」
「僕達二人は、二人で何とかするよ。アルフォンスも居るからね。なんとか、ここで頑張ってみる」
「ですが……」
「心配しなくていい。エリスには幸せになって欲しいからね。君に、その手伝いをしてほしいんだ」
フィリップの言葉にエリスが目を瞬いた。
「お父様……」
そうして、ギレーヌは二人の護衛を解任された。
これからは、エリスの付き添いとして……剣の聖地へ向かう事となったのだ。
フィリップとヒルダ。
エリスは二人を抱きしめて……別れを告げた。
強くなって、ルーデウスに相応しい妻になる、と宣言して……エリスはキャンプ地を旅立ったのだ。
「さあ!行くわよ!ギレーヌ!」
たった一つの、置き手紙を残して。
★
「しかし、どうしようかね。ヒルダ」
「どうって?あなた、エリスの門出よ。祝うのでしょう?」
ヒルダの発言に、フィリップは苦笑した。
「それはそうだけどね。これからの話さ。アルフォンスの協力は必要だろうけど……ギレーヌが居なくなれば、私達を守る盾はなくなる。命の危機もあり得る」
「……そうね。でも、エリスにはギレーヌが必要よ」
「分かってるよ。だから、見送ったんだろう?だけど、僕達が道半ばで殺されたら……罪悪感を抱くだろうね」
「そうね」
「悲観的かな」
「ええ。でも、仕方ないと思うわ」
天幕の中、フィリップとヒルダは語り合っていた。
「……少し、頭を冷やしてくるよ。良い考えが浮かぶかも知れないから」
天幕を出てフィリップは、元々フィットア領の街があった筈の草原で、夜風に当たっていた。
月も星も出ている。
人影もない。
「……いい夜だ」
紛争地帯でアルフレッドと夜、焚き火を囲んだ日のことをフィリップは思い出していた。
彼が居たからこそ、ここまで来れた。
そんな彼が今は居ない。
見捨てて逃げてしまった。
それを望まれていたとはいえ、罪悪感は残っている。
「夜分遅くにすみません、少しよろしいですか?」
声を掛けられ、フィリップは身構えた。
身を隠している状況なのに外へ出てしまった、己の不手際をも呪った。
だが、今、正体に気付かれているとは限らない。
であれば、素直に返事をすべきだ。
「……どうかしましたか?」
努めて冷静に言葉を出して、振り返った。
そこに居たのは皮の鎧を身に纏った中年の男だった。
黒髪、赤目……どこか見覚えのある容姿をしていた。
そんな男が口を開いたのだ。
「私、息子を探していまして……」
「息子ですか?」
ここは難民キャンプである。
居なくなった人を探している場所だ。
「ええ、自慢の息子なのですが──
しかし、フィリップはまだ部外者である。
人探しを依頼されても、分からないとしか言えないのだが。
「おっと、申し遅れました。私の名前はシャンドルと言います」
「シャンドル殿、ですか?」
「はい、シャンドルです」
聞き覚えのあるような、無いような。
しかし、もう一つ気になることがあった。
「シャンドル殿。息子さんの名前は……?」
「ああ、アルフレッドと言います」
その名前には、覚えがあった。
そして、アルフレッドの語っていた内容を思い出した。
「まさか……アレックス、様ですか?」
「ええ、はい……やはり、ご存知なのですね。“アル”のことを」
アレックス・カールマン・ライバック。
北神二世が、フィリップの目の前に居た。
その頃、アルフレッドは渓谷の底にて、一人しりとりで白熱していた。