北神三世の兄-弟に勝つため本気出す-   作:ドゥンピドゥンピ

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#21 地底からの脱出

アルフレッドは現在進行形で暇だった。

寝ても覚めても、渓谷の底である。

赤竜の下顎には、赤竜が徘徊して居ないとはいえ縄張りが近い。

まともな生物は寄り付かない。

 

数ヶ月に一度、小動物が足を挫いて落下する程度。

 

アルフレッドはそれを生で食うしかなかった。

 

 

(せめて火起こし出来れば……調味料さえあれば……)

 

 

荷物を背負わせていた牛は、渓谷の底へ落ちてこなかった。

火起こしの道具もなければ、こそこそと買い集めた調味料もない。

 

生の肉をそのまま、いただくことしか出来ない。

 

 

(こんなことなら、火と水の魔術ぐらい勉強しておくべきだったかな……)

 

 

自分は剣士だからとサボっていたツケが来たのだ。

この底から脱出できたら、勉強ぐらいしよう。

なんて、アルフレッドは考えて居た。

 

今現在、何日経ったかも分からない。

何ヶ月どころか、何年経っているかもしれない。

 

アルフレッドの時間感覚は、あやふやなものになっていた。

 

 

(せめて鍛錬したい……)

 

 

しかし、今、自分には片足がない。

その治癒をするために、『維持』を掛けながら、死骸や残飯を漁って治癒のためのリソースを集めているのだ。

 

 

(『バクラ』が、手に届く位置にあればなぁ……)

 

 

落下してから数ヶ月で、『活性』の魔剣『バクラ』を発見することはできた。

だが、今よりも低い位置にあった。

下に向かって500メートルほどだ。

 

足もない今、そこへ降るのは難しい。

無理矢理飛べば何とかなるかも知れないが、失敗すれば更に底へ落ちる。

そしたら、詰むかもしれない。

 

アルフレッドにそんな勇気はなかった。

それに、人神からの助言もあった。

『この場で耐えて、回復を待て』と。

 

この状況では、その助言を信じることしか出来ない。

 

 

(まぁ、いいや。気長に待とう……いや、気長に待ち過ぎてもよくないけど)

 

 

人間は短命だ。

あまり帰りが遅くなると、イゾルテが怒る。

レイダも老衰でポックリ逝くかもしれない。

 

アルフレッドはそう考えて、小さく頷いた。

 

 

(しかし、『龍神』オルステッド……か。強かったな)

 

 

時間が経てば余裕も出てくる。

暇なので考え事も無限に出来る。

 

アルフレッドは自分を倒した男のことを思い出した。

 

 

(素手で俺の剣を全て防ぐなんて。世の中、上には上がいるもんだ……もう二度と、会いたくない)

 

 

強者と戦わないこと、これも実力である。

そうアルフレッドは確信して居た。

 

明らかに実力差がある相手とは、戦わないようにする。

真の無敵とは、敵を作らないことなのだ。

 

 

(しかし、暇だな……瞑想でもするか)

 

 

アルフレッドは座禅を組み……身体が欠損していて組めなかったので、寝転がったまま集中した。

 

 

(…………)

 

 

無言でただ、脳内で剣を振り回すイメージをした。

だが、数時間が限界だった。

 

 

(……暇だな)

 

 

アルフレッドは、脳内で一人しりとりを始めた。

何十、何百、何千周と一人で回して……定期的にリセットする。

だが、それで孤独が癒える訳じゃない。

 

 

(イマジナリーフレンドを作るか……よし、君の名前は今日からホッシーだ。北神流のホッシー)

 

 

落ちていた石に名前を付けてみた。

だが、喋る訳でもなければ、個性的な訳でもない。

すぐに飽きた。

 

 

(いっそ、人神が出てこないかな……話し相手が欲しい……)

 

 

信用ならない神様でも良いから、話し相手が欲しい。

アルフレッドは内心で悪態を吐きながら、身動き一つ取れなかった。

 

 

孤独な日々が続く。

 

 

 

 

そうして、日が暮れて。

 

 

 

日が登って、日が暮れて。

 

 

日が登って、日が暮れて。

 

日が登って、日が暮れて。

 

日が登って、日が暮れて、日が登って、日が暮れて。

日が登って、日が暮れて、日が登って、日が暮れて。

日が登って、日が暮れて、日が登って、日が暮れて、日が登って、日が暮れて、日が登って、日が暮れて。

 

 

 

 

数え切れないほどの日が登って。

 

 

 

日が暮れた頃に。

 

 

 

アルフレッドの元へまた、貨物が落ちてきた。

それには血がべっとりと付いていた。

 

上で何か揉め事があったのだろう。

 

そう考えつつ、アルフレッドは貨物の梱包を剥いた。

そこには水と食料があった。

 

 

(お、ラッキー……神様に祈る奴の気持ちが分かった気がするよ)

 

 

久方ぶりの水を飲んだ。

久方ぶりにまともな食事を口にした。

 

栄養がアルフレッドの身体に満ちていく。

 

 

(よし、これならいける)

 

 

魔剣『カジャ』の『維持』を解いた。

そして、体の栄養を治癒能力へと回した。

 

まず、喉が治った。

傷口も塞がった。

そして、足が生えた。

 

怪我が完治した。

 

 

「よし……よし!完全復活だ」

 

 

思わず声を出して確かめてみた。

長い時間をかけたが、怪我を治せた。

 

そしてまた、空腹にならないよう『維持』を掛け直して、アルフレッドは飛び降りた。

そして、魔剣『バクラ』も手に入れた。

 

そして、あとは。

 

 

「この断崖絶壁を登るだけだね」

 

 

ここは赤竜の下顎、その最下層。

地上までの道のりは果てしない。

 

 

「まぁ、何とかなるだろ」

 

 

自分が落ちてきた方向の崖に対して、アルフレッドは向き合った。

そして、魔剣『カジャ』と魔剣『バクラ』を突き刺した。

 

ロッククライミングの要領だ。

交互に剣を突き刺して、登っていく。

剣を作ったユリアン・ハリスコが見たら絶句するような使い方だが、生きるためならば仕方がない。

 

壁へ這うように、少しずつアルフレッドは登っていく。

本当に少しずつだが、確実に。

 

足を踏み外して落下すれば、今度こそバラバラになって詰みになってしまうかも知れない。

ここは丁寧に、確実に。

 

 

(山登り、得意じゃないんだけどなぁ……もっと何でも熟せる器用さが欲しいよ)

 

 

悪態を吐きながら、何日も何週間もぶっ通しで崖を登り続けた。

 

 

……そして。

 

 

アルフレッドはついに、地表へ戻ってくる事に成功したのだ。

 

 

「おお……」

 

 

外は暗い。

夜だ。

月明かりだけが見える。

 

 

(……オルステッドは居ないよな?)

 

 

そして、辺りを確認した。

万全とも言い難い今、『龍神』オルステッドと遭遇すれば命はない。

今度こそ、トドメを刺されてしまうだろう。

 

だが、オルステッドの姿はなかった。

 

地底の底で、相当の時間が経過していたので……当然である。

 

 

「フィリップ、ヒルダ、ギレーヌ……は、もうとっくにフィットア領へ行ったかな」

 

 

フィリップ達は既に先へ行っただろう。

『龍神』オルステッドの敵意はアルフレッドへ向けられていた。

彼らには向いていない。

 

 

「なら……取り敢えず、アスラ王国側へ行こう」

 

 

アルフレッドは記憶を頼りに、赤竜の下顎を抜けるべく歩き出した。

魔剣『カジャ』の『維持』さえあれば、空腹にも睡眠不足にもならない。

 

行きはフィリップやヒルダ、ギレーヌが居たので加減していたが、今は一人である。

日が落ちていようが、登っていようが歩き続ける事が出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、丸二日ほど歩き続けて……アルフレッドはついに、人里へと到着した。

 

 

「……人だ」

 

 

思わず、感激してしまった。

長い間、一人だったからだ。

本当に暇だったのだ。

 

考え得る一人遊びは全部試したほどだ。

 

 

「どうも、少しよろしいですか?」

 

 

久々の会話に胸を高鳴らせながら、アルフレッドは農作業している男性に話し掛けた。

だが、帰って来たのは訝しむような視線だった。

 

 

「なんだい、あんた……随分とボロボロだな」

 

「え?ああ、そうですね?」

 

 

アルフレッドは自分の服を見た。

長い間、渓谷の下にいた。

服を変える余裕もなかった。

血は乾いて、乾涸びている。

 

ボロ切れを身に纏っていると言っても、過言ではない。

 

 

「怪しい奴だな……」

 

「いえいえ、怪しいものでは……赤竜の下顎を抜けて来たんですけど、野盗に追い剥ぎされまして」

 

「ああ……そうかい。そりゃ災難だったな」

 

 

なんとか捻り出した言い訳に、村人は納得してくれたようだ。

アルフレッドは安堵の息を吐いて、周りを見渡した。

 

作物の実り具合から、秋だという事が分かる。

……つまり、自分が赤竜の下顎に入った時期から、季節が巡っているのだ。

 

自分の想像していたより、長い期間、地底に囚われていたらしい。

 

 

(……これではイゾルテに怒られてしまうな)

 

 

アルフレッドは苦笑しつつ、村人へ視線を戻した。

 

 

「今日の日付を教えてくれますか?」

 

「え?なんだい?」

 

「いやぁ、追い剥ぎに物を取られてから、日付も分からなくて。困ってましてね」

 

「変なこと聞く人だなぁ」

 

「すみません」

 

 

アルフレッドが頭を下げると、村人が口を開いた。

 

 

「今日は甲龍歴424年の──

 

「え?」

 

 

耳に入った情報が理解不能で、アルフレッドは固まった。

 

アルフレッドが赤竜の下顎に入ったのは419年である。

だが村人の答えは、424年である。

 

つまり、だ。

5年もの間、地底に居たのだ。

 

 

「……どうしたんだ?黙っちまって」

 

「ああ、いえ……いえいえ?」

 

 

アルフレッドは血の気が引いていた。

冷や汗が濁流のように流れている。

 

5年だ。

5年という時間が過ぎていた。

 

それは、つまり。

 

 

(……イゾルテ)

 

 

アルフレッドは脳内で、帰ると約束した少女の姿を思い出していた。

 

 

(……まずい)

 

 

そして。

 

 

(イゾルテ、絶対に怒ってるだろうな……俺、殺されるんじゃないか?)

 

 

アルフレッドは怯えていた。

 

夏休みの課題をしていなかった事を、夏休み明けに気付いたような感覚だった。

ここから何をしても手遅れで、怒られないという選択肢は取れない。

 

そんな状況だ。

 

 

「おい?」

 

「え?あっ、なんでしょう?」

 

「なんでしょうって……あんたが、何なんだよ。急に怯えちまって」

 

「……はは、妻との結婚記念日が過ぎていましてね」

 

「ああ……そりゃ一大事だな」

 

 

アルフレッドは嘘を吐いた。

真実を口にしてもややこしくなるだけだ。

 

 

「……うん、情報ありがとうございました。私はそろそろ行きます」

 

「おう……って、あんた、その格好まま行くつもりかい?」

 

「え?ええ、替えの服が無いので」

 

 

所々、肌が見えるようなボロ切れだが、全裸よりは遥かにマシだ。

そう思っていたのだが、村人は顔を顰めた。

 

 

「ちょっと待ってな……」

 

 

村人は近くにある民家へ駆け込んだ。

待て、と言われたのでアルフレッドは待ちぼうけしていた。

 

農作物をボーッと眺めていたぐらいだ。

 

 

(……これから、どうすべきかな)

 

 

アルフレッドは自分を振り返った。

 

無一文だ。

服すらボロボロ。

持っているのは剣が二本。

それと日記ぐらいだ。

金目の物はない。

 

それでも、足はある。

 

このままアスラ王国の中心、王都アルスまで向かう。

そして、イゾルテと再会する。

 

会ってどうする?

大変だったのだと弁明して、同情を買おう。

誠心誠意謝って、土下座もしよう。

それで許してもらうのだ。

 

いや、許してもらえるか?

怪しい。

 

何か手土産でも用意すべきだろうか。

だとしても、金はない。

 

ならば一旦、フィットア領へ向かおう。

フィリップやヒルダ、ギレーヌが居る筈である。

 

彼等は報酬を用意してくれると言っていた。

今もその契約が有効なら……護衛は完遂出来なかったが、多少の恩赦は貰えるだろう。

 

それを手土産にしよう。

しかし、現金の贈り物を女は喜ばない……と、父が言っていた。

 

プレゼントを用意するなら物が良いと。

ならば、どこかで物にすべきか。

 

じゃあ、何が良いのか?

宝石、装飾品、マジックアイテム……。

 

アルフレッドが考えていると、民家から村民が出て来た。

 

 

「おい、あんた!これやるよ!」

 

「え?ああ、はい……これは?」

 

 

手渡されたのは大きな背負い鞄だった。

布が入っているのか、詰まっている。

 

 

「服と鞄、旅の道具。ついでに、ちょっとした食料だ」

 

「えっ、ああ、いえ、こんな渡されても……お金、持ってませんよ?」

 

「いいんだよ。それ、うちにあっても使わないもんだ。腐ってんだよ」

 

 

そんな訳がない。

必要ないのであれば、何故、用意したのか。

 

不思議がるアルフレッドに対して、村民は諦めたように笑った。

 

 

「うちの倅がな。旅に出たいって用意してたんだ……けどな、作物をロアの街へ売りに行ったっきり帰って来なかった」

 

「……それって」

 

「ああ、転移事件だよ。だからもう、これは必要ねぇ。でも、あんたには必要だろ?持ってけよ」

 

 

アルフレッドは少し悩んで……受け取った。

返せる物はなくとも、好意を無碍に出来なかった。

 

 

「ありがとうございます」

 

「いいってことよ」

 

 

アルフレッドは鞄を開き、服を手に取った。

ボロ切れの布を脱ぎ捨てて、即座に新たな服を……冒険者が着るような丈夫な服を身に纏った。

 

 

「よし」

 

「お、おおう……あんた着替えるの随分早いんだな……?」

 

「北神流の技ですよ」

 

「北神流……あんたやっぱ、剣士なのか」

 

 

北神流にある変装術の一環である。

早着替えの技術だ。

 

新たな服を身に纏ったアルフレッドは、村民へ視線を戻した。

 

 

「ところで、何か悩みでもありますか?」

 

「え?ああ……最近、森の方で魔物が活性化してるらしくて、その原因が……って、言ってもしょうがないな」

 

「そうですか?」

 

「そうだ。野盗に身包み剥がされるような兄ちゃんに言ったって仕方ねぇよ」

 

「ははは、耳が痛いですね」

 

 

アルフレッドは鞄を背負って、腰に剣を差し直した。

 

 

「……もう行くのかい?」

 

「ええ、待ってる人が居ますから……お世話になりました」

 

「お、おう。何処へ行くんだ?」

 

「知り合いの所に。フィットア領ですかね」

 

「……あそこには何もねぇぞ?」

 

「でも、知り合いが居るんですよ。多分ね」

 

 

アルフレッドは笑みを浮かべて、踵を返した。

そして足を進めた。

 

その背に向かって、村人が手を上げた。

 

 

「……元気でな!達者にやれよ!もう野盗に襲われるなよ!」

 

 

アルフレッドは振り返る事なく、後ろ手に振りながら……先へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあ……」

 

 

村人は目を覚ますと、部屋の隅を占領していた鞄が無くなっていることに気付いた。

昨日、身包みを剥がされた旅人に渡したのだと、そう思い出した。

 

ほんの少しの喪失感と共に、ようやく前に進めるのだという確信。

 

 

「……ふん」

 

 

清々しい気持ちを胸に、村人は家を出た。

 

妻は居ない。

息子が消えた日から、心を病んで亡くなった。

 

ただ一人だ。

家を出て、外を見た。

 

どうやら、騒がしい。

他の村人達が広場に集まっているようだ。

 

何があったのか。

村人は気になって、足を進めた。

 

 

「おい、なんかあったのか?」

 

「ああ、オラフか。見ろよ、これ……」

 

 

広場にあったのは、死体だった。

首を寸断された、はぐれ赤竜の死体だ。

 

 

「……なんだこりゃ」

 

 

他に傷はなく、首を一撃で叩き落とされたのが分かる。

 

はぐれ赤竜の存在を、村人は知っていた。

そもそも最近、森の魔物が活性化していたのはコイツの所為だからだ。

赤竜山脈から逃げ出した、はぐれ赤竜が森へ迷い込み、生態系を歪めていたのだ。

 

目撃情報が出ていたので、村人も知っていた。

 

そんな赤竜が、目の前で死んでいた。

 

 

「誰がやったんだ……?」

 

「知らねぇよ。そもそも、こんな事出来るやつなんて……S級の冒険者でも、できねぇだろ」

 

 

そう口にしつつ、村人は思い出していた。

 

先日出会った旅人。

その腰には二本の剣があった。

素人である村人でも分かる、立派な剣だった。

 

 

「……まさかな」

 

 

信じられない気持ちを口にする。

それでも、目の前にある赤竜の死体は現実だった。

 

 

 

 

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