北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
結論から言えば、勝負になっていなかった。
木剣での手合わせの結果、エリスは何度も食い下がったが……一太刀も入れられず気を失った。
ニナも最初の一太刀を『流』によって受け流され、返す一撃で意識を刈り取られた。
数分足らずで、エリスとニナは道場の床に転がされていたのだ。
「……これでいいですか?」
次はせめて、剣王の相手をさせて欲しい。
そう内心で思いながら、イゾルテは師匠であるレイダに目を向けた。
対して、レイダは頷きつつ頭を掻いた。
(こりゃダメだね)
ダメなのは、イゾルテに負けたエリスや、ニナではない。
イゾルテである。
イゾルテは今、強くなることに焦っている。
欲望、衝動、殺意、気迫……そういったものが不要だと、レイダは思わない。
だが、それが表に滲んでいるのならば別だ。
水神流は、相手の剣気を水のように受け流す術理だ。
強迫観念にも近い『強さへの欲求』は逆に足枷となる。
(立ち直らせるための荒療治だったけど、これじゃここで頭打ちになっちまうね)
どうすべきか、レイダが悩む中、口を開いたのは剣神ガル・ファリオンだった。
「おい、イゾルテっつったか」
「……ええ、はい。剣神様」
「剣を抜け、ちょっと相手してやる」
瞬間、イゾルテは剣を抜いた。
いや、抜かされたのだ。
剣神ガル・ファリオンの気迫に飲まれたのだ。
「ガル!」
「良いだろ。それに、こいつはそれを望んでるようだぜ」
ガル・ファリオンは剣を抜いた。
刀身が金色に輝く剣……剣神七本剣の一つ。
魔界の名工ユリアン・ハリスコが、王竜王カジャクトの骨より作り上げた48の魔剣の一つ。
魔剣『喉笛』である。
「よし、行くぜ」
瞬間、イゾルテは見た。
光の如き、剣を。
その『光の太刀』を受け流すべく、イゾルテは『流』そうとした。
だが、自身の剣よりも速く、鋭く、守りを擦り抜けて──
「かひゅ……っ!」
イゾルテは意識を刈り取られた。
峰打ちだった。
しかし、前から攻撃をされたにも関わらず、イゾルテが受けたのは首の裏であった。
それだけの力量差が、剣神との間にあったのだ。
ごとん、と音がしたイゾルテが当座の間に転がった。
そうして、当座の間には三人の女が転がっていた。
イゾルテ、エリス、ニナの三人だ。
「ほら、これでいいだろ」
「……よくないね。何考えてんだい」
「婆さんには分かるだろ」
レイダはため息を吐いた。
イゾルテのこの、強迫観念に近い力への欲求を断つ。
強くなりたいというのは良い。
だが、こうも殺気染みたものは不要なのだ。
鼻っ柱をへし折って、それこそ……同年代の女友達でも作り、心に平穏を作らなければならない。
剣だけではなく、復讐だけではなく、自身の生を考えられるような……。
「……そういうことかい」
「な?こいつらが起きてたら話し辛い内容だ」
レイダはようやく、ガル・ファリオンが何を望んで、何を企んでいるか理解した。
「そうさね……イゾルテには、この二人の面倒を見て貰おうかね」
「そりゃいい。午前はいつも通りの師に付き、日が下がり始めたら集めさせるか」
三人が眠る中、教育方針が勝手に固められていった。
★
結局、イゾルテはニナとエリスに水神流視線の指導を行うことになった。
師匠からの厳命である。
従うしかなかったのだ。
場所はニナの部屋だ。
剣神の娘という事もあり、部屋が広い。
「お師匠様に言われたので、今日から貴女達の面倒を見る事になりました。よろしくお願い致します」
イゾルテは不服に思いながらも、ニナとエリスを見た。
「よろしくお願いします!」
「……よろしく」
ニナの方はいい。
礼儀正しく、教わるものとしての振る舞いをしている。
対して、エリスは駄目だ。
教わる側だというのに、反骨心を感じる。
そもそも、イゾルテはエリスに対して嫌悪感を持っていた。
『龍神』オルステッドを倒す……なんてことを、口にするからだ。
自分がそのために、どれだけの努力をしていると思っているのか。
対してエリスはどうだ?
どうせ大した事のない理由だろう、と見下していたのだ。
「ではまず、先日の手合わせから所感ですけど……ニナさんは単純に速さが足りませんね」
「速さが?」
「はい。確かに水神流の受け流しに、速さをもって相手するのは正しい選択です。実際、私がもう少し未熟でしたら負けていたでしょう」
「……つまり、もっと鍛錬しろってこと?」
「まぁ、そうなりますね。身も蓋もない話になりますけど」
イゾルテの言葉に、ニナは納得したように頷いた。
「対して、エリスさんはそれ以前の問題です」
「はぁ?」
「貴女は殺気を出し過ぎです。私達、水神流は殺気に敏感ですから……エリスさんの攻撃は手に取るように分かります。何処から来るかも」
「……そんなこと言われても、どうすればいいか分からないわ。それに、そう言うなら、あんたも殺気出してるじゃない」
ああいえばこういう。
イゾルテは顔を顰めた。
剣呑な雰囲気になりつつある場を察して、ニナがエリスの肩を叩いた。
「エリスはそういう言い方をするから……殺気が出過ぎって言うなら、日頃から抑えてみれば?」
「……してるわよ」
「出来てないから言ってるんでしょ。はぁ……なんで私、こんなのに勝てないのかしら。自信無くすわ」
ニナの口調から、エリスとは気安い関係なのだとイゾルテは悟った。
所謂、友人……または、
そんな人が自分にも居た、とイゾルテは目を細めた。
水神流の道場で、剣を交えて鍛錬を続けていた頃を思い出していた。
「……ちょっと、イゾルテさん?」
「え?はい?」
ニナの声に、イゾルテは顔を上げた。
何処か訝しむような顔をしている。
「ニナさん、どうかしましたか?」
「いや、その……返事がないから」
「すみません、考え事をしていました」
あの日々は帰って来ない。
失ったものは取り戻せない。
できることは、その元凶を討つ事だけだ。
「ならいいけど……」
ニナが視線を戻すと、エリスは部屋の壁に掛けられたコートを見ていた。
「どうかしたの?エリス」
「あの服、何であんたが持ってるのよ」
「あの服って……うちじゃ剣聖になる時に作らされるの。私は趣味じゃないから、あんまり着ないけど」
「私は持ってないわ」
「欲しいんだったら、素材になる魔物を狩りに行けば?私も剣聖の試験で取りに行ったし」
「……ギレーヌも同じ事してたのかしら」
「多分ね」
そんな会話の中、イゾルテにはどうしても気になる単語が一つあった。
「……ギレーヌ?」
その名前には聞き覚えがあったのだ。
イゾルテの言葉に反応したのは、エリスだった。
「なに?ギレーヌがどうかしたの?」
「……聞き覚えのある名前だったので。ギレーヌさんは、エリスさんと関係が?」
「私の師匠よ」
その言葉に、イゾルテは目を細めた。
アルフレッドが共に旅をしていたのはギレーヌという剣士だった。
そして、『龍神』オルステッドに殺された……と死亡報告をギルドにしたのもギレーヌだ。
どうしても聞きたい事が、幾つもあった。
「剣の聖地に居るのですか?」
「そうだけど……何なの?」
「少しお聞きしたい事がありまして」
「……よく分からないわ。何が聞きたいのよ」
事情も知らずに会わせてくれ、というのをエリスは不審に思っていた。
ニナも会話の状況に首を傾げていた。
イゾルテは少し悩んで……隠すような事でもないので、話す事にした。
「私の家族が、フィットア領の転移事件に巻き込まれていまして。そのギレーヌさんと共に、アスラ王国まで旅をしていたのですよ」
「そうなの?ギレーヌと?誰?」
突然、エリスは興味が湧いたような顔をした。
イゾルテは思った。
エリスはギレーヌのことが好きなのだろう。
だから、彼女の知らない話に興味津々なのだと。
「……北帝アルフレッド。我が家の居候でした」
「北帝……オーベールと一緒ね」
エリスの言葉にイゾルテは片眉を上げた。
剣の聖地には、北帝も居るらしい。
オーベール、という剣士が気になりつつも、話が脱線しないようエリスの言葉は無視する事にした。
「アルフレッドはギレーヌさんと旅をしていたのですが、その道中で死亡しました。ギレーヌさんはその死亡報告をギルドにしてくれたのです」
「……そう、そういえば聞いた事があるわ」
「ギレーヌさんは何か言っていましたか?」
「……オルステッドに殺されたって」
そう、そこがイゾルテは気になっていた。
何故、アルフレッドは殺されたのか。
何故、アルフレッドは殺されたのに、ギレーヌは生きて帰って来れたのか。
『龍神』オルステッドが最強ならば、どちらも生きて帰れない筈だ。
何故、どうして。
邪推してしまうのも、仕方がない事だ。
「その時のことを、私は聞きたいんです」
「……そう。なら、会わせてあげても良いわよ」
「では、お願いします」
何故か上から目線のエリスに対して、僅かに苛立ちつつもイゾルテは頷いた。
「……ちゃんと私にも分かるよう話をしなさいよ。除け者扱いして……ったく」
ニナは不貞腐れながら、窓から外を見ていた。
★
夜、エリスの部屋にて。
そこにはベッドが二つあり、相部屋なのだとイゾルテは理解した。
そして、そこに立っていたのは褐色肌の獣族の女剣士……ギレーヌだ。
「はじめまして、ギレーヌさん。『水帝』イゾルテ・クルーエルです」
手を胸に置いて、水神流の挨拶をした。
「『剣王』ギレーヌ・デドルディアだ。よろしく」
軽く礼をしたが、ギレーヌは警戒心のようなものを抱いていた。
気になって、イゾルテはエリスへ目を向けた。
「あの、エリスさん?」
「なによ」
「私の話、どこまでギレーヌさんにしているのですか?」
「してないわよ。会いたいって言ってたから、会わせただけよ」
イゾルテは自分の手を額に置いた。
根回しだとかそういうのは出来ない子なのだ、とイゾルテは呆れていた。
そうして呆れつつ、ギレーヌへ視線を戻した。
「私は『北帝』アルフレッドの家族です。彼は同居人でして、その最後を看取ったギレーヌさんと話がしたかったのです」
そう口にすれば、どんな反応をするのか。
イゾルテはギレーヌを観察しようと目を向ければ……先程の訝しむような顔から一転して、悲痛な顔を浮かべていた。
表情を繕う事が下手なのだろう。
エリスの師匠なだけ、ある。
「そうか、アルフレッドの……もしや、アルフレッドが手紙を送っていたのは、お前か?」
「え?手紙……ですか?はい、そうですけど」
イゾルテは、アルフレッドから貰った手紙を思い出していた。
短いものを幾つか、長いものも幾つか。
何通か貰った手紙は、今も大事に残している。
「あいつは街につく度、何かと気に掛けていた。手紙を送らねば、故郷に残した女に怒られるとな」
「……そんな事を言っていたのですか。私は怒らないのに……アルフレッドさんらしいですね」
イゾルテは懐かしんでいた。
唐変木の朴念仁。
気が利かないし、女心は分からない。
それでも優しくて、思いやりのある善い人だった。
「あいつは……あいつを死なせてしまったのは、私の責任だ」
ギレーヌはそんな事を口にした。
だが、そうやって自分を卑下する人間に、本当に責任があるとはイゾルテは思えなかった。
責任を感じて、自虐的になっているのだとおもったからだ。
「……何があったのですか?」
「あの頃、私とアルフレッドはある二人の……いや、エリスの父上と母上の護衛をしていたんだ」
イゾルテはエリスを一瞥した。
彼女も椅子に座り込み、真剣な表情で話を聞いていた。
「赤竜の下顎を抜けて、アスラ王国へと向かうとき……私達は『龍神』オルステッドと遭遇した」
「……オルステッド」
声を出したのは、エリスだった。
『龍神』オルステッドに対して、敵意を持っているように見えた。
何かされたのか。
気になってイゾルテは、エリスに質問した。
「……エリスさんも、その場に居たのですか?」
「居ないわよ。でも、オルステッドとは会ったわ」
会った上で、まだ戦おうとしているのか、気になるが、今はそれどころではない。
ギレーヌに続きを促した。
「『龍神』は最初、私達と敵対する気はなかった。だが、何故か……何が奴を怒らせたのかは分からないが、急に襲いかかってきたんだ」
エリスが息を呑んだ。
「アルフレッドは一人で残り……私達を逃して、その場に残った」
「そう、ですか」
アルフレッドなら、そうするだろう。
例え、勝てない相手だとしても、仲間を助けるために自己犠牲を選ぶ。
そんな性格をしていた。
「時間を置いて、私だけが戻った。だが、そこにあったのはアルフレッドの片腕だけだった……フィットア領の難民キャンプに墓がある。腕しかないが、いつか花でも備えてくれると……彼も喜ぶだろう」
そう、話は締め括られた。
そして、イゾルテは実感した。
アルフレッドは死んでしまったのだと。
理解はしていた。
だが、どこかで何事もなかったかのように、いつか、申し訳なさそうに顔を出してくれるのではないかと……僅かに、期待していたのだ。
アルフレッドの死という事実には余白があった。
本当に死んだのか、どうして死んだのか、分からない余白があった。
だが、その余白は語られてしまった。
だから、向き合わなければならなかった。
「そう、ですね……いつか、墓参りに行こうと思います」
泣きそうになる目を堪えて。
震える声を整えて。
イゾルテはそう締め括った。
エリスはその様子をただ、眺めていた。
そして、口を開いた。
「明日からの午後の訓練、頼むわよ」
「え?ええ、はい」
何故、急にそんなことを口にしたのか。
イゾルテは疑問に思いながらも、エリスの言葉に頷いた。
しかし、その言葉からは決意を感じた。
心の中にあった、エリスを侮るような感情は、既に霧散していた。
次回は、朴念仁視点