北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
甲龍歴424年。
アルフレッドはフィットア領への旅を続けていた。
ウィシル領を越えて、北へ。
路銀がないので、冒険者ギルドにて稼ごうと思ったが……冒険者カードは赤竜の下顎で紛失してしまった。
再発行すればFランクからであり、罰金も掛かる。
手元に金がないのに、小銭を得るために罰金を払える訳もない。
アルフレッドは身体に『維持』を掛けて、フィットア領へ徒歩で向かう事にした。
(せめて手紙ぐらい、送りたいんだけどなぁ)
5年もイゾルテに手紙を送っていない。
確実に怒っているだろう。
考えるだけで胃が痛む事態だ。
木々に生えている硬い果実や、獣の肉、野草を食べつつ先へ進む。
幸い、村人から貰った道具の中に火付ける道具も、鍋もあった。
最低限の人間的な生活は送れている……つもりだった。
(このキノコ美味いな……毒あるっぽいけど)
実際は不死魔族の肉体と、魔剣の効果による力技であった。
まともに睡眠は取っていないし、食事もメチャクチャ。
普通の人間なら数日で限界が来る旅路だった。
そんな旅を続ける中、二ヶ月ほど。
道中で道草を食いながらも、アルフレッドはついにフィットア領に到着した。
正確には跡地、だったのだが。
(……何もないな)
元の姿は見る影もない。
殆どが草原だ。
その間に、踏み締められた細い獣道が続く。
そして、獣道を歩くこと、数日。
フィットア領の中心へ向かえば、僅かに農地が増えてきた。
復興が始まっているのだろう。
簡易的ではあるが家も幾つかあった。
人も増えてくる。
村人達はアルフレッドの顔を見て不思議がってはいたが、道を聞けば素直に答えてくれた。
彼もまた転移事件の被害者なのだろう、と考えていたのだ。
更に歩いて、数日。
アルフレッドは共同墓地を見つけた。
「……こんなに亡くなった人が居るんだ」
墓石に名前だけ刻まれている。
ただ、この墓石以上に亡くなった人は居るだろう。
でなければ数が合わない。
ここにあるのは遺体が帰ってきた人の墓だけ。
墓守りから、アルフレッドはそう聞いた。
どうせ、難民キャンプの本部はこの先だ。
冥福を祈りつつ、アルフレッドは墓の間を歩いていく。
知人の名がないことを祈りながら、墓石に刻まれた名前を見る。
そんな中、ついに見知った名前を見つけてしまった。
『アルフレッド』という名前だ。
「……俺と同じ名前か」
腰を下ろし、墓石に刻まれた名前をよく見る。
名前の下に、家名が小さく刻まれていた。
『カールマン・ライバック』と。
「……うん?同姓同名……?」
アルフレッドは顎に手を当てて、悩み込んだ。
アルフレッド・カールマン・ライバック。
ありきたりな名前ではない。
同名の男と会った事はあるが、家名まで同じ人は見た事がない。
そもそも、カールマン・ライバックは北神の名だ。
アスラ王国では英雄とされている。
英雄の名を、家名にするような恥晒しが居るのだろうか。
「……え?俺の墓なのか……!?」
そこでようやくアルフレッドは気付いた。
これが自分の墓だという事に。
(なんで俺の墓が……?まさか死んだと思われているのか……?)
アルフレッドは失念していた。
龍神と戦った後、5年も失踪していたのだ。
死んだと思われて当然であることに。
(いや、そもそも、ここの墓は遺体があるものだけな筈……ここに五体満足あるんだけど?どういうことだ?)
自分の腕だけ埋まっているとはつゆ知らず、アルフレッドは首を傾げた。
失った腕は再度生やしたものであることなど、当に記憶から消え失せていたのだ。
そうしてうんうんと唸っていると──
「……アル君?」
名前、というよりは愛称を呼ばれた。
距離感を間違えた気色悪い呼び方に、アルフレッドは顔を顰めた。
そんな呼び方で自分を呼ぶのは一人しか居ない。
「……こんな所で何やってるんですか、父さん」
振り返れば、そこにはアルフレッドとよく似た男が居た。
黒髪、赤目……ただし、アルフレッドより幾分か歳上である。
北神二世、アレックス・カールマン・ライバックである。
「ああ、可愛い息子の墓参りをね……って、君の方こそ何をしてたんだい?生きているなら、連絡すればいいのに」
じりじりとにじり寄ってくるアレックス。
ハグを狙っているのだとアルフレッドは察して、僅かに距離を取った。
「私は赤竜の下顎の地底に居ました。脱出手段が整うまで、遭難してたんですよ」
「地底……ああ、なるほど。龍神に敗北し、突き落とされたと」
「……落ちたのは足を滑らせたからですけど」
「しかし、それで龍神の追撃から逃れたのだから、良いじゃないか。とにかく無事を祝わせて欲しいね」
距離を取ったが虚しく、アルフレッドの頭にアレックスの手が乗った。
「うげっ」
撫でられたのだ、と気づいた時にはもう遅かった。
「よく帰って来たね。無事で何よりだよ」
「……それは、どうも」
自分を子供扱いしてくるのは、このアレックスだけである。
子供扱い、とは言うが、実際に子供なのだが。
「しかし、父さん。父さんは今まで何を?というより、この墓は?」
「一度に多くの質問はよしてください。先に後者から、墓について答えましょうかね。ギレーヌ殿が君の腕を持ち帰っていてね。死んだと思って墓を立てたんだよ」
それは確かに納得である。
『龍神』オルステッドに切断された腕をギレーヌが回収したのだ。
腕しか残っていなければ、死んだと思われても仕方がない。
「それで、何故ここに?」
「フィットア領の転移事件の被害者に、アル君の名前があったからね。ちょっとぐらい父親らしく助けてあげようと追いかけてた訳だ。実際は追い付かなくて、龍神に殺されてたんだけどね」
「……別に死んでないですけど」
「当時は死んだと思ってたんだよ。だから、アル君の仕事を引き継ぐ事にしたんだ。君、フィリップ殿とヒルダ殿を守るために頑張ってたよね?だから、その仕事を引き継ぐのが父である私の使命だと感じた訳さ」
相変わらず、お喋りである。
アルフレッドは納得しつつ、フィリップとヒルダが無事であることを知り、安堵した。
「それは、ありがとうございます……でも、そもそも何故、北神道場から離れたんです?それも、ややこしい置き手紙と剣だけ残して」
「それを聞くかい?それには語るに長い話があってね」
「長いならいいです」
「まぁ、聞きたまえ。アル君、自分から聞いて来たんでしょうに」
それからアレックスが語ったのは、何とも言えない話だった。
王竜剣カジャクト。
アレクに託したそれは、あまりに強大な剣だった。
強過ぎる余り、アレックスは己の強さに疑問を持ってしまった。
この剣ならば、誰でも英雄になれるのではないか。
強くなったと思っていたが、剣の力だけではないか。
英雄『北神カールマン二世』という現実に対して懐疑的になったアレックスは、息子であるアレクに北神の座と、英雄としての剣を託した。
そして、己を見つめ直すために、弟子を取りながら気ままに旅をしていたそうだ。
そんな話を聞いたアルフレッドは顔を顰めた。
「父さん……父さんがアレクを育児放棄した所為で、北神道場は大変だったんですよ……?」
「アレク君ももう大人だし、アル君も居るから大丈夫かなって思ってたんだけど……それは、言い訳だね。申し訳ない」
謝られたら、強くは言えない。
それに責任の十割が、父であるアレックスにある訳ではないと、アルフレッドは思っていた。
未熟なアレクにも、それを戒められなかった兄である自分にも責任があるのだ。
「まぁ、過ぎた事ですし、いいですけど……今もフィリップ殿と、ヒルダ殿の護衛を?」
「それは勿論。死んだ息子の引き継ぎってのもあったけど、楽しかったからね。ここ、フィットア領難民にも筋が良い若者が居てね。北神流を教えつつ、護衛をしていたんだよ」
「あ、そう……」
アルフレッドは思った。
何だか思ったよりエンジョイしてるな、と。
これなら自分が護衛などしなくても良いか、と。
「まぁ、積もる話もあるだろう。墓場で立ち話ってのも何だし、難民キャンプの本部へ行こうか」
父、アレックスの言葉に従い、二人で墓場を後にする事にした。
「しかし、私の墓はどうなるんですか?本人が生きてますけど」
「残すんじゃないかな。壊すのも勿体無いし」
「勿体無いで生者の墓を残さないでください」
「じゃあ取り壊すかい?」
「……取り壊して、資材にでもすればいいじゃないですか」
「墓石を?罰当たりじゃないかなぁ」
「当人が死んでないんですから、罰当たりもクソもないですって」
呆れながらも、アルフレッドは少し笑みを浮かべた。
何十年振り、久々の父との会話だ。
内容がどうであれ、嬉しくない訳がなかった。
★
そして、難民キャンプ本部。
そこは木で組まれ、天幕の布で壁を造られた建築物だった。
遊牧民の小屋みたいだ、なんてアルフレッドは考えながら、その中に入った訳だが。
「アルフレッド殿!」
「フィリップ殿?」
感極まった様子のフィリップに、手を握られてしまった。
更に直後。
「よく無事で……!」
「あ、ちょっ、待ってくださいヒルダ殿、っ」
ヒルダに抱き締められてしまった。
アルフレッドは、ヒルダの豊満な身体に慌てて逃げようとしたが、無理に逃げれば傷付けてしまうと抵抗出来なかった。
「ふ、ふふ、はは……」
もみくちゃにされているアルフレッドを見て、父であるアレックスは何処か嬉しそうにしていた。
北神道場で共に暮らしている頃のことを思い出していたのだ。
短命種の人間相手には距離を置こうとしていたアルフレッドのことを。
そして今、満更ではなさそうなアルフレッドを見て。
アレックスは生暖かい目を向けていた。
(笑ってないで助けろよ)
そんな父の心を知らず、アルフレッドは内心で悪態を吐いていたのだが。
感極まっていたヒルダをフィリップが剥がして、アルフレッドはようやく椅子に座ることができた。
そして、出された紅茶を飲みながら、赤竜の下顎の地底に落ちてからの話をしたのだが。
「という訳で、私は何とか脱出できた訳です」
「……シャンドル殿、不死魔族というのはこういう人ばかりなのですか?」
フィリップはアルフレッドの父、アレックス……今は偽名でシャンドルと名乗っているのだが。
とにかく、シャンドルに聞き返した。
「いえ、アル君ぐらいですよ。普通は5年も底で負傷したまま、不眠で腐ったものを食べ続ければ、頭おかしくなりますね」
「ですよね」
アルフレッドは顔を顰めた。
何だ随分と酷い言いようだ。
不死魔族の身体は痛みに強いし、魔剣の力があれば不眠で問題ないし、腐ったものを食べても腹を壊さないなら我慢できるし。
しかし、ここで反論しても彼らは納得しなさそうである。
不服そうな顔をしながらも、アルフレッドは話を進めた。
「お二人の方はどうなのですか?」
「ああ、私達の方は──
現在、フィリップとヒルダは名前を隠しながら、フィットア領の跡地にて難民達の指揮をしているらしい。
難民の内、幾人かは二人の正体を察しているらしいが……敢えて名乗らなければ誤魔化せるらしい。
今はボレアス家が返り咲くための、下積み期間だとか何とか。
現状、フィットア領の管理は宙ぶらりんだ。
魔力災害が発生し、何もない土地……誰も管理したがらない。
今後の様子を見て、柔軟な対応が必要だ。
つまり、行き当たりばったりである。
フィリップとヒルダは今、アスラ王国の情勢を読みつつ、ひっそりと活動している訳だ。
「それで、父さんは何を?警護といっても、暗殺者が送られてくる訳じゃないでしょうに」
「いえ、送られて来ますよ」
「え」
難民ですらフィリップの正体に気付いている者が居るのだ。
アスラ王国の貴族にも彼らの正体を知る者がいてもおかしくはない。
ただ表立って正体を暴くことはリスクがあるらしく、放置しようという貴族が多い。
ただ、フィットア領の跡地を狙う中小貴族も居るらしい。
何もない草原に価値を見出す、勘定の出来ない貴族だ。
正当な支配者となり得るフィリップが邪魔だと、暗殺者を送り込んでくる事もあるらしい。
だが、フィリップの護衛はシャンドル。
北神カールマン二世、アレックス・カールマン・ライバックである。
そんじゃそこらの暗殺者が勝てる訳もない。
「フィリップ殿も、ヒルダ殿も苦労しているのですね……」
「あ、いえ、アルフレッド殿に比べれば……」
「そうよね」
互いに同情しあう、変な空気。
アルフレッドは後頭部を掻きながら、二人へ目線を戻した。
「私はこれから、王都アルスに戻ろうと思います。待たせている人が居ますので」
「ほう、アル君。恋人かな?」
「父さんは黙って下さい」
アレックスを黙らせて、アルフレッドはフィリップに目線を戻した。
「本来なら私が護衛をすべきだと思うのですが……」
「それは私、シャンドルにお任せください」
アレックスの言葉にフィリップは苦笑した。
「いえ、アルフレッド殿はよくしてくれました。ここまで妻と帰って来れたのは貴方のお陰ですからね」
感謝を告げられて、アルフレッドは少し照れ臭くなった。
ちらと、父親に目を向けると、生暖かい目を向けて来たのでムカついたが。
「そうよ、はやく王都に残した子に会いに行きなさい。恋人なのよね?」
「いやだから、恋人じゃないですって」
ヒルダの言葉に反応しつつ、アルフレッドはため息を吐いて……それから頭を下げた。
「三人とも、ありがとうございます。では、私は王都アルスへ向かいます」
「……えっ、今からですか?」
「え?はい」
フィリップは外を見た。
既に夜、星が見えていた。
夜間だというに移動するのなら、いつ休むのか。
そんな当然な疑問に対して不思議がるアルフレッドを見て、ヒルダが口を開いた。
「今日はこちらに泊まっていきなさい」
「え、いやしかし、迷惑では?」
「迷惑な訳ありません!泊まっていきなさい!」
「あ、はい……分かり、ました?」
急に叱られたので、アルフレッドは首を傾げていた。
その様子を見てフィリップは『ああ、この人は変わっていないんだなぁ』と考えていた。