北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
夜、フィットア領にて。
フィリップとヒルダに引き留められ、アルフレッドは難民キャンプへ留まる事となった。
割与えられた寝室は──
「なんで父さんと同室なんですか」
「さあ、どうだろうね。フィリップ殿とヒルダ殿が、気を利かせてくれたんじゃないかな?」
父、北神二世アレックスと同室であった。
部屋の場所は、フィリップとヒルダの隣室。
彼等には他の人が護衛についているが、何かあればとアレックスの寝室は隣になっているのだ。
その事実にアルフレッドは顔を顰めた。
(護衛対象が居るのに寝るなんて、父さんは不真面目だなぁ)
とか何とか。
アルフレッドは魔剣の効果で寝なくても活動できる。
身体を休めれば魔力も回復し、その魔力で魔剣『カジャ』を半永久的に運用できる。
だが、アレックスは違う。
そんな魔剣を持っていない。
不死魔族にも睡眠は必要である。
「さて、アル君。寝る前に私と話をしよう」
「え?何でですか?」
「それは私が、君と話をしたいからだよ」
「はぁ……?」
アルフレッドは首を傾げつつ、アレックスと向き合った。
真面目そうな顔をする父を見て、アルフレッドは観念したのだ。
「それで、何ですか?」
「王都アルスに残して来たという、女性についてだ」
アルフレッドは露骨に顔を歪めた。
「え、父さんには関係ないじゃないですか」
「家族との会話というのは、往々にして当事者ではないものだよ」
「屁理屈ですよ、それ」
「話したくないのかい?」
「……別に良いですけど」
アルフレッドは頭を掻きながら、考えた。
どうにも自分は父親に弱いらしい。
昔からそうだったが、久々に会って思い出した。
「それで、まず名前は?」
「イゾルテ殿です。イゾルテ・クルーエル……水神レイダ・リィアの孫娘です」
「ほう!水神様の!む?であれば、北神の孫であるアル君とは近い関係になりますね」
「いや、うちは父さんも北神じゃないですか」
アルフレッドはどうにも、父が楽しそうに話しているように見えた。
揶揄われている、という訳ではなさそうだが。
「それで、どういう関係なのかな?」
「……武者修行の旅をしていたんですよ。それで機会があって、水神殿に剣を教えてもらう事になって。イゾルテ殿は孫弟子でもあったので、同じ家に暮らしていて──
「同棲していた、と」
「いえ別に、レイダ殿も、兄のタントリス殿も居ましたから。同棲とか、いや同棲ですけど、父さんが考えるような関係ではありません」
アルフレッドは顔を顰めた。
何でもかんでも色恋に結び付けたがる父親だ。
(まったく、そういう邪推はイゾルテにも失礼なんだぞ。年頃の女の子に対して、好きでもない男との恋愛を邪推するのは、それだけでセクハラなのにさ)
アルフレッドは内心で、コンプライアンスについて考えていた。
こんなことを考えていると知られたら、イゾルテに嫌われてしまう。
「ふむ……そう言うのであれば。でも、アル君ですからね……怪しい」
「怪しくないです。私は潔白ですよ」
アレックスの訝しむ顔に対して、アルフレッドはため息を吐いた。
父の邪推がウザいのだ。
そんなアルフレッドに対して、アレックスは真面目な表情に変わった。
「しかし、アル君。君は昔、短命である人間とは距離を置いているように見えましたが……どういう心境の変化で?」
「……気付いていたんですか?」
「分かりますよ。あの子が亡くなってから、君は露骨に人と関わるのを避け始めていたからね」
あの子、というのはアルフレッドの母の事だろう。
気付かれていた事実に気恥ずかしくなって、アルフレッドは額を揉んだ。
「なし崩しです。レイダ殿の家に住まわせて貰って、生活していく内に情が湧いたんです」
「それでも、昔の君なら、こそっと消えていたでしょう」
「……イゾルテ殿に叱られたんですよ。いつか別れるとしても、納得のいく別れ方をするべきだと」
「ほう、それで。アル君は、納得したと」
「……まぁ、はい。人を遠ざけようとするのは、自分の弱さから逃げるためだったので。人を傷付けたい訳ではないですから」
「なるほど、なるほど」
アルフレッドが一瞥すると、アレックスは満面の笑みを浮かべていた。
何故そんなに笑っているのか、少し不快だった。
そんなアルフレッドの肩に、アレックスが手を置いた。
「アル君」
「……何ですか」
「君、その子を娶りなさい」
「はぁ?」
思わず、声が漏れた。
「私は大真面目ですよ。昔からあった君の欠点を叱責し、矯正してくれる女性……まさしく、運命の相手じゃないかな?」
「そう易々と運命とか言わないで下さい。それに、イゾルテ殿にとって私は兄のような存在ですよ」
「それはどうかな?」
「年齢もかなり離れているんですから、まったく。馬鹿馬鹿しい」
「そんな事を言えば、アル君の母さんと、私の年齢も掛け離れていると思うけどね?」
そう言われて、アルフレッドは顔を顰めた。
確かに、不死魔族の寿命は長い。
長過ぎる。
別種族の夫婦間に、年齢差があるのは珍しい事ではないのだ。
「はぁ……イゾルテ殿が私に恋心を抱く訳ないでしょう。よく叱られていましたし」
「そうかな?叱る、怒るというのも、愛情の裏返しかもしれないですよ?」
「いや、だから。それはないですって」
アルフレッドは、イゾルテによく叱られていたのを思い出していた。
『アルフレッドさんは乙女心が分かっていません!』
『少し考えたら分かりますよね?なら、しないで下さい』
『そういうの、誰にでもやってるんじゃないですか?無自覚に人を誑かすのはやめて下さい』
『水神流の居候をしているのですから、節度を持って人付き合いをして下さいね』
そう、よく叱られていたのだ。
「では、アル君はどうなのかな?」
「え?」
「君からイゾルテ殿に対する、恋愛感情は無いのかな?」
ない、と即答しようとアルフレッドは思ったが……父から言われたので一旦、考える事にした。
イゾルテのことを、思い出す。
青く長い綺麗な長髪。
容姿は淡麗。
剣の才覚は自分以上。
可憐で、優しく、常識人。
気軽に話しかけてくれる。
確かに、恋愛感情が湧いてもおかしくはない。
だが、イゾルテは歳若い少女だった。
自分より遥かに歳下で、まだまだ子供だとアルフレッドは思った。
良い歳した自分が、女子高校生ぐらいの女の子に惚れる訳がない。
とも考えていた。
「いや、無いですね。イゾルテ殿は若いんですよ。私なんかより良い人がいっぱい居ます」
故にアルフレッドはそう返答した。
対して、アレックスは初めて顔を顰めた。
「でも、それは5年前の話だよね?」
「ええ、だからこそですよ。5年もあれば、イゾルテ殿も可憐な美女。良い人が出来ているでしょう。男なんて選び放題に違いありません。わざわざ、私を選ぶ必要などありませんよ」
「ほらまた、自分のことではなく、彼女の視点になっている。そういうとこ、直した方がいいんじゃないかな?」
うざい。
アルフレッドは顔を顰めて、ため息を吐いた。
「とにかく、イゾルテ殿と私はそういう関係じゃありません。良い加減に揶揄うのを辞めないと、私も怒りますよ」
「揶揄ってるつもりは無いんだけどなぁ」
頭を掻くアレックスを見て、アルフレッドを眉を顰めた。
「もういいです」
しかし、怒ってても仕方がない。
アルフレッドは鞄から紙と封筒を取り出し、机に置いた。
「む?なにかな、それは」
「……手紙です。フィリップ殿から金銭も貰ったので、アスラ王国に居るイゾルテ殿に手紙を送ろうと思いまして」
これまでの護衛の報酬として、幾らか金銭を貰った。
しかし、それほど多くはなかった。
フィットア領は復興中であり、金銭的余裕は全く無いのだ。
「ほう、
「父さん」
「はいはい、もう言いませんから」
手紙に顔を覗き込ませようとするアレックスを、アルフレッドは押し除けた。
手紙には自分の無事を知らせる内容を書いた。
墓がある事からも、自分が死んでいると思われているかもしれない……とアルフレッドは考えたのだ。
後は、これから王都アルスに戻る旨を書いた。
「む、愛の言葉の一言ぐらいは書くべきでは?」
うるさい。
さっき『言わない』と言ったのに、すぐに口出しをしてくる。
手紙を封に入れて、サインを書く。
後は金銭と共に冒険者ギルドに提出すれば完了である。
だが、手紙を出した所で、アルフレッドが王都アルスに到着するのと時間的には同じぐらいになるだろう。
それでも、行き違いや、トラブルがあれば先に手紙が届く。
この手紙は念のため、というアルフレッドの気持ちだった。
「では、私は寝ますから」
「え?もう寝るのかい?」
「父さんがうるさいので」
文句を口にしつつ、ベッドに転がった。
そして、アレックスから顔を逸らしたが。
「アル君」
寝る体勢になってから、アレックスが改めて名前を呼んできた。
「……なんですか?」
「人の寿命とは短いものです。後悔はしないように」
真面目な声色でそんな事を口にした。
だが、アルフレッドは首を傾げた。
(いや、俺達は不死魔族で長寿なんだけど……何が言いたいんだ?)
良い事を言ってるっぽいので、アルフレッドは聞き直す事が出来なかった。
★
朝、アルフレッドは剣を手に外へ出た。
日課の鍛錬をしようと思ったからだ。
だが、家屋の外には、すでに先客が居た。
「父さん」
「おや、アル君もかい。精が出るね」
アレックスが手に握っているのは金属の棒だった。
魔術が付与された武具でもない、ただの金属の棒だ。
「…………」
王竜剣カジャクトをアレクサンダーに預けてから、アレックスはその棒を武器としていた。
強過ぎない武器だからこそ、己の力を高められる……という信念である。
「どうだい、少し手合わせでも?」
「……それはいいですね。是非、やりましょう」
アルフレッドは思った。
願ったり叶ったりである。
弟である北神三世アレクサンダーに勝つのが、自分の目標である。
北神二世である父との手合わせは、習熟の助けになるだろう。
「では、ごほん……我が名は『北神二世』アレックス・カールマン・ライバック!」
「……我が名は『北帝』アルフレッド・カールマン・ライバック」
互いに礼として名を名乗り、武器を構える。
アレックスは金属の棒を、アルフレッドは魔剣を。
それでも、力量差を考えれば当然のハンデであった。
「いざ、尋常に」
そう口にして、腰を落とす。
「…………」
互いに最初は動かなかった。
最初の一手はアルフレッドに譲る、というアレックスの意思だ。
それを汲んで、アルフレッドは踏み込んだ。
「はぁっ!」
アルフレッドの剣がアレックスへと向かった。
真剣を実の父に振るう。
そのことに全くの遠慮はなかった。
相手は北神二世、格上だからだ。
「ふっ」
アレックスは棒を使い、その剣を受け流した。
そして、そのまま姿勢を崩させるべく足払いを繰り出してきた。
だが、アルフレッドは足払いに反応して後退した。
アレックスが受け流す事を想定していたのだ。
そして、足払いの後に生まれた隙をアルフレッドは見逃すつもりはなかった。
「はッ!」
後退した勢いのまま身体を回転させ、剣をふりあげる。
逆袈裟の一撃がアレックスへ迫る。
「ふん!」
だが、アレックスは仰け反り、その剣を避けた。
そして、棒を地面に立てて、それを軸としてアルフレッドを蹴り上げた。
「ぐっ!」
顎に強烈な一撃。
一瞬、脳が揺れて、アルフレッドの意識が飛びかけた。
だが、それを魔剣『バクラ』の『活性』で即座に治癒する。
「ほう、反応が早いね」
「父さん程ではないですが、これでも修羅場を潜り抜けているので」
軽口を叩きながら、アルフレッドはアレックスの隙を探った。
しかし、隙は見つからない。
完璧な構え、意識配分……それを維持したまま、じりじりと己が有利になるよう位置どりをしている。
北神二世。
その名は伊達ではないということだ。
では、どうするべきか。
「行きます」
隙がないのであれば、こじ開けるしかないのだ。
「ああ、来たまえ……むっ!」
瞬間、アルフレッドは左手の剣を手放した。
何をするのか、アレックスは剣を一瞬だけ見た。
その隙に、アルフレッドは右手の剣でアレックスに襲い掛かった。
「なるほど……っ!」
しかし、その程度のフェイントに、アレックスが気を取られ続ける筈もない。
アルフレッドの剣に反応して、棒を構えた。
直後、アレックスの棒に剣がぶつかった。
……ように、アレックスは見えていた。
「ほう!」
しかし、手応えに違和感。
そこで受け止められていたのは、剣の鞘であった。
アルフレッドはもう片方の手に、剣を構えていた。
「はぁっ!」
鞘で棒を退かし、剣を叩き込む。
そんなアルフレッドの思惑は、宙を切った。
「あまい!」
アレックスは既に棒を手放していた。
そして、横に避けていた。
北神流は剣術であるが、剣がなくとも戦える。
アレックスは、そのまま回し蹴りを放っていた。
「くっ」
それをアルフレッドは鞘で受け止めて、距離を取った。
「うんうん、北神流らしい良い手だ、アル君」
アレックスは笑みを浮かべて、アルフレッドと向き合った。
「北神二世様に褒められるとは、私も中々、捨てたものじゃないらしいですね」
「……そう卑屈にならなくとも。自己評価が低いのは、アル君の悪い癖ですよ」
諭すように口にするアレックスには、まだまだ余裕があるように見えた。
アルフレッドは考える。
金属の棒は足元にある。
アレックスは無手だ。
なのに、どうしてこうも余裕があるのか。
「……いきます!」
時間を掛けるのは拙い。
そう決断して、アルフレッドはアレックスへと接近した。
「ふっ」
その刹那、アレックスは間違いなく笑みを浮かべていた。
後退しつつ、踵で何かを蹴り上げた。
それは魔剣『バクラ』であった。
アルフレッドがフェイントのために捨てた剣だ。
金属がぶつかり合う音が響いた。
「く、っ!」
力は互角。
だがしかし、重心がズラされている。
そうアルフレッドは気付いていた。
このまま剣を合わせていれば、奪われる。
剣の柄を軸にして、剣を奪う……北神流の技が来る。
ならば、どうするべきか。
アルフレッドは一歩引きつつ、技を放った。
「むっ!?」
アレックスが違和感に気付いたが、既に遅かった。
水神流奥義『流』。
水神流の奥義によって、アレックスの剣は通り抜けるように虚空を空振った。
そして、隙が出来た。
「はぁっ!」
その隙に、アルフレッドは剣を叩き込み……損ねた。
既に、アレックスの手には金属の棒が握られていたのだ。
(いつの間に……!?)
アレックスの持つ棒に、アルフレッドの剣がぶつかった。
瞬間、滑った。
アルフレッドの足元が滑ったのだ。
「なっ!?」
何をされたのか、一瞬、アルフレッドにも分からなかった。
だが、理解した。
力の掛け方、重心の操作、武器をぶつけた瞬間の押し引き、気迫の操作。
それらを駆使して、アルフレッドは攻めさせられた。
そして、その力を利用して、アレックスが崩したのだ。
「あだっ!?」
金属の棒がアルフレッドの後頭部を強打した。
地面を転がって、即座にアレックスを見返した。
だが、アレックスが持つ棒の先は、アルフレッドの首に当たっていた。
「勝負あり、かな」
「……そうですね。私の負けです」
ため息を吐きつつ、アルフレッドは魔剣『バクラ』を拾った。
「いや、驚いたよ。私の知る頃より、随分と強くなっている。私も、冷や汗もかいたよ」
「はぁ、父さんは褒めて伸ばすタイプでしたね」
「いやいや、本心だからね?修羅場を潜ったというのは事実みたいだからね」
「……そうですか」
アレックスは金属棒を手に、笑みを浮かべた。
「それに先程の技……水神流だね?水神様に習ったのかな?」
「まぁ、はい。一応、水王を名乗ることを許されてますよ」
「ほう!まるでランドルフのようだね」
「やめてくださいよ」
ランドルフ、つまり七大列強五位『死神』ランドルフ・マリーアンのことである。
親戚ではあるが、そんな相手と比べられるのはアルフレッドにとって歯痒いものであった。
なんて話していると──
「こんな朝っぱら何をしてるんですか、二人とも」
フィリップが顔を出してきた。
どこか呆れたような顔に、アルフレッドは目線を逸らした。
「いえ、その……手合わせを」
「真剣で、ですか。シャンドル殿も止めてくださいよ」
その言葉に、アルフレッドは口の中が酸っぱくなった。
(誘ってきたのは父さんなのに。何で俺が始めたみたいになってるんだ?)
答えは単純である。
フィリップにとって、非常識な行動を取るのはアルフレッド……という印象があったのだ。
「ははは、息子の新たな門出です。武人として、別れの前に腕を見たいというのは、避けられぬ“さが”なのですよ」
シャンドルこと、アレックスは笑みを浮かべてそんな事を口にした。
「……まぁ、シャンドル殿が言うならば、仕方ないですが」
フィリップは権威主義者である。
北神二世であるアレックスの言葉に弱いのだ。
そんな二人を見て、アルフレッドは口を開いた。
「しかし、フィリップ殿。朝が早いんですね」
「ええ、はい。外で声がうるさかったのでね」
フィリップの言葉に、アルフレッドとアレックスは顔を合わせた。
「……すみません」
「ははは、申し訳ありません」
何でもないかのように笑う父を見て、アルフレッドは肘を脇腹に入れた。