北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
甲竜歴424年▲月◇日
フィリップにペンを貰ったので、ようやく日記を書けるようになった。
イゾルテ宛に書いた手紙を、フィットア領の難民キャンプにある臨時の冒険者ギルドに預け、父とフィリップ、ヒルダに別れを告げて王都アルスへ向かう事とした。
王都アルスはフィットア領から南西にある。
馬車を借りる余裕もないので、今回も徒歩で向かう事とする。
これじゃ手紙より早く着きそうだ。
歩いていれば見覚えのある風景も増えてきた。
フィットア領は魔力災害の所為で、風景がガラリと変わっている。
アスラ王領に近づくにつれて、こうして記憶にある景色も増えるのだろう。
しかし、長い時間が経ったものだ。
元々、フィットア領には北神流の盗賊狩りに行ったというのに。
紛争地帯に飛ばされるわ、護衛の真似事をする羽目になるわ、龍神『オルステッド』に殺されそうになるわ、渓谷の底でサバイバルする羽目になるわ……散々だった。
軽い気持ちで旅に出たのに8年だ。
8年も経ったのだ。
イゾルテもさぞ、大きくなっているだろう。
タントリスも良い大人だろう。
レイダは……なんだか変わってなさそうだな。
老いぼれてたら、どうしよう。
まぁ、久々の再会だ。
龍神に殺されるようなトラブルも、そうそう起こらないだろう。
はやく、帰ろう。
甲竜歴424年▲月◇日
王都アルスへ到着した。
俺は意気揚々と水神道場へ向かった。
感動の再会を演出するために、王都でケーキまで買った。
これでイゾルテに許しを乞おうという訳だ。
いや、もう8年も会ってないから、俺に対して無関心になってるんじゃないか?
なんだか胃が痛くなってきたな。
一旦、どっか宿で休んでから、明日帰ろうかな。
いや、俺も男だ。
水神流の道場へ直行した。
水神流宗家の道場は、今日も繁盛している。
貴族の習い事として人気があるらしいし、アスラの騎士を目指す剣士にとって必須流派らしいし。
こそっと覗き込んだら、不審者扱いされた。
『水王』アルフレッドですーと言っても、代替わりしていたのか誰も分かってくれなかった。
水神レイダか、イゾルテに聞けば分かるはず!
と言ったんだが、彼女達は現在留守にしているらしい。
そんなバカな。
帰って来るまで待つか。
なんてしていたのだが、一向に帰って来ない。
道場前で呆けていたら、タントリスが帰ってきた。
「何してるんですか」と呆れられた。
久々に会ったというのに、第一声がそれとは。
というかデカくなってた。
少年らしさが残っていたのに、今では立派な大人だ。
結婚して子供も居るとか。
時間の流れとは恐ろしい。
既に道場横にあるレイダの実家からは離れており、元・貴族令嬢の妻と暮らしているとか。
じゃあ、何で道場まで来たのかと思えば、道場に居た門下生が呼んできたらしい。
レイダの弟子を名乗る不審者が来たと。
え?
これ俺が悪いの?
とにかく、タントリスから事情を伺う事は出来た。
現在、レイダとイゾルテは中央大陸の北西端にある『剣の聖地』に居るらしい。
剣神ガル・ファリオンの願いで呼び出され、水神流と剣神流で共同訓練しているとか。
しかも、当分帰って来ないらしい。
うーん、帰って来るまで待つか?
取り敢えず、今日はもう遅いからと、タントリスからレイダの家の鍵を渡された。
家主が不在の家を好き勝手にしていいのか?と聞いたら「貴方も家族でしょう?」なんて言われた。
ご厚意に甘えて、泊まる事にする。
水神流の門下生が定期的に掃除をしているらしく、人が住んでいないとは思えないほど綺麗だ。
自室に向かったら、あの頃から何も変わっていなかった。
いや、俺は私物少ないタイプなんだけどね。
ケーキは一人で食べた。
美味しかった。
甲竜歴424年▲月◇日
イゾルテとレイダは、あと数ヶ月ほどで帰って来るらしい。
であれば、俺が『剣の聖地』に向かうべきではない。
今から行けば、いれ違いになってしまうからだ。
王都アルスで待ちつつ、『剣の聖地』に手紙を出そう。
フィットア領で書いたものと内容は一緒で……いや、加筆しとくか。
王都アルスに居て、待っている旨。
遅れて反省している旨を書いた。
冒険者ギルドで送ったが、イゾルテ達が『剣の聖地』へ居る間に届くだろうか?
とにかく、やるべき事をするべきだ。
今現在、俺は水神流の道場に居座っている。
タントリスが身分を保守してくれたお陰で、水王として聖級以下の指導をしている。
こそっと北神流を広めてもバレなさそうだが……いや、不義理なのでしないけどね。
何とか金銭にも余裕が出てきたので、生活水準も上がっている。
ここ最近、森の中で野草を齧り、獣を狩って生きてたからな。
香辛料を用意できるって、素晴らしい。
健康的な飯を食えるというのは良い事だ。
これで誰かと一緒に食べられたら最高なんだが。
タントリスは嫁の家で食ってるし、そもそもこっちの家にあまり来ないし。
孤独だ。
レイダとイゾルテ、早く帰って来ないかな。
甲竜歴425年▲月◇日
年が明けた。
思ったより、レイダとイゾルテは帰って来ない。
手紙の返事も返って来ない。
ちゃんと手紙は届いたのだろうか?
まさか、どこかで紛失されたのだろうか?
タントリスに聞いたら、遠くに手紙を出すときは何通も送るのが常識だ、と言われてしまった。
もうすぐイゾルテ達も帰って来るだろうが……一応、三通ほど同じ内容の手紙を送っておいた。
手紙を送るのも金が掛かるんだ、そう何通も送れない。
三通で限界だ。
さて、最近は一人で修行をしている。
仮想敵は『龍神』オルステッドだ。
……あ、いや、別にもう戦うつもりはないんだけどね。
目標は高ければ、高いほど良い。
そういう意味で、俺が今まで戦った相手の中で一番強いオルステッドを目標としているのだ。
どう戦うべきか。
それは赤竜の下顎の地底で転がっていた頃から、考えていた。
動けなかったし、暇だったからだ。
俺の手札は、北神流は帝級、水神流は王級、剣神流は……聖級ぐらい。
オルステッドは間違いなく、あの時、水神流と剣神流を使っていた。
しかも、素手で。
戦いを思い返してみる。
俺の放った不治瑕北神流の奥義『破断』は、オルステッドの水神流『流』に受け流された。
全力の一撃だったのに。
同格程度の『流』なら、俺の『破断』を受け流し切れないだろう。
だが、オルステッドは格上だ。
力任せでは勝てない。
であれば、どうするか。
格上の『流』に勝つために、どうすべきか。
そういった状況に応じた手を考えるのは、北神流の得意技である。
そして、俺には手札がある。
水神流で隙を作り。
北神流で不意を突き。
剣神流で一撃を叩き込む。
これである。
後はどうすべきか。
手札を組み合わせて戦うしかないだろう。
イメージは出来ている。
物にするには時間がいる。
そして、通用するかも分からない。
それでも俺は鍛錬を始めた。
あの時、オルステッドはフィリップ達を追わなかった。
だから、犠牲が出ずに済んだ。
だが、状況が違えば?
俺が負けた時、誰かを守れなかったとしたら?
後悔したって、しきれないだろう。
日々、鍛錬だ。
己を磨こう。
甲竜歴425年▲月◇日
街の娘に逆ナンされてしまった。
昔、暴漢から助けた娘らしい……すまないが、俺は覚えていないけれど。
申し訳ないが、丁重にお断りさせて貰った。
俺と付き合ったり、結婚したら間違いなく不幸になる。
彼女が老いても、俺は老いない。
一緒に同じ時を生きてあげられない。
それはきっと、不幸の種だ。
そもそも、どこか勘違いしている。
ピンチを助けられたからって、色眼鏡で俺を見ているんだ。
俺に甲斐性はないし。
人を愛せる自信もない。
気は利かないし、乙女心も分からない。
こんな奴より、もっと良い奴がいる。
そう言えば、女の子は泣いてしまった。
どうしたら良いのか分からなくて慌てていると、その子の兄に殴られた。
避けられたが、避けなかった。
彼には殴る資格がある。
痛くなかったが、痛かった。
次から、あの大通りは通らないようにしよう。
甲竜歴425年▲月◇日
先日のことをタントリスに相談した。
喉の奥に魚の小骨が刺さったかのように、気になっていたからだ。
タントリス曰く、俺は女性からの好意に疎いらしい。
そうだったのか。
俺はショックを受けていた。
既婚者のタントリスが言ってるのだから、真実ではあるのだろう。
しかし、俺のことを好きになる女なんて居るのか?
いや、居たんだから、こうして相談したのだが。
俺ってさ。
定職に就いてない穀潰しだぞ。
世界中を徘徊してその場暮らししてる老人だし。
剣術ぐらいしか取り柄はないし、その剣術ですら弟に敵わない。
ダメ人間だ。
うん、やはり俺のことを好きになる女の子なんて居ないだろう。
いや、でも、そうなるとやはり、先日の女の子の件が引っ掛かる。
彼女が特別惚れっぽかったか、悪漢から助けた吊り橋効果か。
なんて考えるのも失礼だろう。
分からない。
剣術なんかより、恋愛ごとの方が難しくないか?
なんて言っていたら、タントリスから本を渡された。
実録を元にした恋愛小説だ。
これでも読んで勉強しろとのこと。
確かにそうだ。
自分に欠点があるのなら、勉強して直していくべきなのだ。
流石はタントリスだ。
明日から読んでいこう。
甲竜歴425年▲月◇日
恋愛小説を読んだ。
タイトルは『英雄と死神と呼ばれた少女』だ。
うん。
あー、うん。
タイトルで気付かなかった。
登場人物の名前も、実在人物から変わってたし。
でも、読んでから気付いた。
これ、ランドルフの祖母の話だ。
死神騎士シャイナ・マリーアンの話なのだ。
つまり、なんだ。
俺の父親、北神カールマン二世の話でもあるのだ。
なーにが楽しくて、父親を元にした恋愛小説を読まなきゃならんのだ。
キレそうだ。
特にこの、「時が二人を別つまで、一緒に居よう」とかいうプロポーズの台詞がヤバい。
父の顔を思い出して悶絶してしまった。
肉親の恋愛話なんて毒だ。
俺はこの恋愛小説を封印する事にした。
タントリスに聞くと、これは以前、イゾルテが読んでいた本らしい。
結構、意外だ。
恋愛小説とか読んでたのか、イゾルテ。
いや、でも、読んでたのか。
うん、読んでたのか。
俺の肉親の恋愛話を。
いや、仕方ないんだ。
分かる。
アスラ王国において、北神とは偉大な英雄だ。
北神カールマン二世の活躍は『北神英雄譚』として広く知られている。
偉人なのだ。
父を題材にした創作は、アスラ王国では王道の創作なのだ。
とにかく、見なかった事にしよう。
うん。
甲竜歴425年▲月◇日
夢に人神が出てきた。
随分と不機嫌そうだった。
何か悪いことでもあったのだろうか。
明日はお休み。
次回はイゾルテの話。