北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
イゾルテが剣の聖地に来てから、一年程経ったある日。
剣神流、道場にて。
「だああぁぁああッ!!」
獣の声かと疑うほどの怒声と共に、エリスが木剣を振るった。
「…………」
既に予測していたイゾルテは、その剣の向かう先に木剣を構えた。
そして、『光の太刀』を受け止めた。
「ッ!」
水神流奥義『流』。
初めて手合わせをしてから、エリスはその技に辛酸を舐めさせられていた。
故に、剣が打ち合った瞬間に悟った。
このままでは拙いと。
「が、あッ!」
瞬間、エリスはその獣のような反射神経で剣を浮かせて、受け流しから逃れようとした。
(……甘いですね)
だが、イゾルテはその引いた一歩に対して、一歩踏み込んだ。
吸い付くように剣は触れ合ったままで、逃れられない。
「ッ!」
直後、エリスの握っていた木剣が宙に舞った。
からからと音を経てて、床に木剣が転がった。
「これで私の勝ちですね」
勝利を宣言するイゾルテに対して、エリスは胡座をかいて床にドスンと座った。
「納得行かないわ!なんで私の攻撃が分かるの!?」
「反省会の中でお話ししましょうか。ニナさんも、もう大丈夫ですか?」
ちら、とイゾルテはニナを見た。
エリスより前に手合わせしており、床に転がされていたのだ。
「うーん……大丈夫……」
「では、お茶でもしながら休憩致しましょうか」
エリスとニナに対する指導を始めて、一年が経過している。
見下すような気持ちも既に霧散し、今は友人と呼べる程度にイゾルテは気を許していた。
「なら……街の人から貰った芋があるわ。お茶請けにしましょ」
「いいですね」
元々、イゾルテにとってニナは、素直で礼儀正しく良い子……という印象があった。
仲も良くなり、年齢が近しいのもあって敬語は抜けたが、それでも心地よい距離感を保ってくれている。
「はやくしましょ!それで、反省会!」
「はいはい」
対して、エリスは元々感じていた粗暴な印象は変わらず。
それでも、向上心があり、指導した内容を聞き入れる素直さから、イゾルテは気を許していた。
道場の外。
日も暮れつつある。
住み込みでもない門下生達は帰路に就いている。
庭先の砂利の上で枯れ木を組んで、そこに紙を何重にも巻いた芋を置いた。
その前でニナは火打石を打ち合わせていた。
「あれ?……おかしいわね」
上手く火が付かず困っている様子をイゾルテが見ていると、エリスが大股で近付いて来た。
「退きなさい」
押し除けてくるエリスに、ニナはむっとしたが何をするか訝しんだ。
直後、エリスが口を開いた。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、勇猛なる灯火の熱さを今ここに『
エリスは魔術を行使して、枯れ木に火を付けたのだ。
その状況に、ニナはあんぐりと口を開けてしまった。
「あんた、魔術なんて使えたの?何で言わないのよ!?」
野生児に近いエリスが魔術を行使したことに、ニナは驚いていた。
表情は変えていなかったが、イゾルテも驚いていた。
「聞かれなかったからよ」
「あんたが使えると思える訳ないじゃない……!」
あまりな言い草ではあるが、イゾルテも無言で同意した。
そして、イゾルテは口を開いた。
「どなたに習ったのですか?」
「ルーデウスよ。魔術だけじゃなく、読み書きも教えてくれたんだから!」
「読み書きもですか?それは凄いですね」
エリスの言葉に、イゾルテは目を瞬いた。
こんな粗暴で野蛮な野生児に、魔術と読み書きを教えた教師が居る。
それは途轍もない偉業ではないだろうか。
恐れ慄いていると、ニナが呆れた顔をしていた。
「またルーデウスの話?」
「またって何よ。ルーデウスは凄いんだから!」
そこから、聞かれてもいないのにエリスはルーデウスについて話し始めた。
ニナはうんざりした顔をしていたが、イゾルテには興味深い話だった。
曰く、魔大陸を彼のお陰で突破できたこと。
曰く、エリスに魔神語を教えたこと。
曰く、獣族の言葉を話せること。
しかも、エリスより歳下だという。
勤勉な魔術師なのだろう。
そして何より、エリスはそのルーデウスを尊敬しており……恐らくは好意すら抱いているのだろう。
「…………」
イゾルテは僅かに嫉妬していた。
そうやって昔話を楽しそうに話せるのは、少し羨ましいと。
「って、もう焼けてるじゃないの!エリス、はやく火を止めて!」
「何言ってるの?できないわよ?」
「あーもう!」
ニナは慌てて、金属の串で黒焦げの塊を取り出した。
表面に巻いていた紙が焦げていたのだ。
そして、三つ串に刺したものを手に取り、イゾルテとエリスにも受け渡した。
その黒焦げの表面、紙を取れば……よく焼けた芋が出てきた。
中心で折れば黄金色に輝いている。
その芋を持って、道場の縁側に三人で座った。
既に用意していた茶を、イゾルテは湯呑みにいれて配った。
各々、熱々の芋を少しずつ食べながら茶を飲む。
「では、反省会でもしましょうか」
そして、イゾルテが反省会を促した。
「それで?なんで、私の攻撃があんたに当たらないのよ。前に言われてから、ちゃんと殺気は抑えてるでしょ」
待ってましたと言わんばかりに、エリスが口を開いた。
イゾルテは口に入れた芋を飲み込んで、エリスに向き直った。
「いいえ、抑えきれていません。押さえ込んではいるように見えますが、漏れてますよ」
「……そう言われても、分からないわ」
腕を組んで、首を傾げるエリスに対して、イゾルテは笑みを浮かべた。
「では、こうしましょう。ルーデウスさんの事を考えて下さい」
「……なんでよ?ルーデウスは関係ないわ」
「そうですね。でも……ニナさんは分かりますよね?」
「えっ、私?」
イゾルテに言われて、ニナは慌てた。
エリスも釣られてニナを見ている。
二人に見られて気まずそうにしながら、ニナはため息を吐いた。
「はぁ……エリス……あんた、ルーデウスとやらの事を考えてる時、殺気がないのよ」
「そうなの?」
ニナの答えが正解かどうか、エリスはイゾルテに目を向けた。
「正解です。なので、ルーデウスさんのことを考えてみましょう」
「……でも、そんな事で殺気って消えるのかしら」
「勿論、それだけではありませんよ。日頃の生活も見直しましょう。ね?」
イゾルテが再び、ニナへ目を向けた。
ニナは「言い難いこと、全部私に言わせるつもりじゃないかしら」なんて思いつつ、ため息を吐いた。
「そうね。訓練が終わったら、お風呂に入って、身体を洗って、ご飯を食べて、暖かい布団で、ルーデウスの事でも考えながら、ぐっすり寝れば?」
「……そんなのでいいの?」
「いいの。日常が野生だから、殺気がずっと出ちゃうんだって」
「……分かったわ」
イゾルテも頷きつつ、ニナの話を聞いていた。
自分もエリスと同じような生活をしていれば、殺気が漏れてしまうだろうとも考えていた。
健全な生活による健全な肉体でなければ、剣は磨けないのだ。
「大体、あんた。今みたいに臭かったら、彼にも嫌われるわよ」
「それは無いわ!ルーデウスはいつも私の汗でびっしょりになった服とか、嬉しそうに嗅いでたんだから!」
「なにそれ、きっ……」
「き?」
「……何でもないわ」
ニナが何を言おうとしていたのか、イゾルテは察した。
そして、言ったらエリスに殴られてしまうのも理解した。
「でも、エリスみたいなのを好む男がいるなんてね。世界は広いわ」
「うっさいわね」
「ニナさん、言い過ぎですよ」
これ以上罵倒すればエリスがキレる。
キレると面倒だからと、イゾルテはやんわりと嗜めた。
そんなイゾルテに対して、ニナが顔を向けた。
「イゾルテはどうなの?」
「はい?」
「あなた、モテるでしょ。男の人とか、居ないの?」
ニナも年頃である。
人の恋話に興味津々なのだ。
しかし、その話題はイゾルテにとって地雷である。
「居ましたが……」
「居たの!?どんな人?」
負の感情を上手く隠してしまうイゾルテに対して、ニナは踏み込んだ。
だが、踏み込まれたからといって、イゾルテは不快に感じていなかった。
ニナに悪意が無いからだ。
「アルフレッドさんは……私の家で居候をしていました」
「アルフレッド?」
「『北帝』アルフレッド、お師匠様の弟子ですよ」
名前を聞いて、エリスが少し興味深そうに近寄って来た。
ギレーヌから両親を助けた恩人と言われていたからだ。
しかし、『龍神』オルステッドに殺されてしまったとも聞いていた。
ただ、ニナも一度名前は聞いていたが、失念していた。
他人事だと思って、話をちゃんと聞いていなかったのだ。
「へぇ……北帝、って凄いわね?同年代よね?」
「いえ、歳上でした」
イゾルテは思い出していた。
アルフレッドは歳上である。
それも凄く、歳上である。
祖母であるレイダより歳上である。
ただ態々、言う必要はない。
それに精神年齢は、明らかにレイダより若かった。
子供っぽい一面があったのだ。
「歳上の彼、ね。それで?どんな人なの?」
「あの人は……そうですね。一言で言うなら、朴念仁でした」
「……それって褒め言葉じゃないわよ?」
「はい、褒めてませんから。アルフレッドさんは女心が分かりませんし、配慮のない人でした」
「……なんでそんな人、好きになるの?」
ニナは腕を組んで、首を傾げた。
「良い人だからですよ。困ってる人が居たら放っておけない。感謝を目的とせず、黙って人助けをしていました。剣に直向きで、真面目で……優しかったんです」
「……そ、そう」
急に早口になったイゾルテに対して、ニナはちょっと引いていた。
そういう惚れ気で、我を忘れるタイプだと思っていなかったからだ。
そんなニナに対して、エリスは鼻を鳴らした。
「それで、アルフレッドは強かったの?」
「はい、強かったですよ。水神流だけの試合なら、私が勝ち越していましたが……北神流も有りにすると一本も取れませんでした」
イゾルテの言葉にニナは驚いた。
「あなたが一本も取れないの!?」
「はい……私の目標でもありました」
染み染みと、遠い目をするイゾルテに対して、ニナは不思議がった。
「さっきから過去形なんだけど……」
「ええ、アルフレッドさんはもう居ません。『龍神』オルステッドに……殺されてしまいましたから」
イゾルテの言葉にニナは失言を悟った。
対して、エリスは知っていたので押し黙った。
「ご、ごめんね?イゾルテ。言い辛いこと聞いちゃって……」
「いえ、構いませんよ。私が勝手に話した事ですから」
気にしていなさそうな顔をするイゾルテに対して、ニナは少し気まずくなった。
★
夕方。
剣神流の道場の門を閉めに、イゾルテは向かった。
現在、共同修行をしている身であるが、住まわせて貰っている身である。
雑事は進んで引き受けているのだ。
そうして門を閉めている最中、人の気配がした。
「おおっと、良い所に!」
外からやって来たのは、胡散臭い男だった。
七色に染めた服に、膝までしかない下履き。
顔には孔雀の刺青があり、髪型は上部で開いている。
奇抜な男だ。
だが、その男の腰には四本の剣。
剣士であることは見て取れた。
「あなたは……」
「某は『北帝』、名はオーベールと申す。巷では『孔雀剣』という名でまかり通っております」
「北帝?北神流の方ですか?」
「いかにも」
北帝、という言葉はイゾルテにとって特別である。
嫌でも、アルフレッドのことを思い出してしまう。
見た目は、目の前の男と全く似ても似つかぬが。
「……申し遅れました。私は『水帝』イゾルテと申します」
「ほう、『水帝』とな!歳若いのに、随分と才気に満ちた女子であるな」
お世辞を言われても、あまり嬉しくはない。
イゾルテは警戒しつつ、オーベールと向き合った。
「それで、オーベールさん。何の用ですか?」
「いやなに、雑事がありまして。剣の聖地から、席を外していたのである」
「……そうなのですか?」
「うむ。久方ぶりに戻ってきた次第、エリス殿に剣の指導をと……イゾルテ殿も同じ理由では?」
嘘は吐いてなさそうである。
警戒はしつつも、イゾルテは中に入れる事にした。
「そうですね。では、どうぞ」
「おお、かたじけない。では、失礼して」
正直、この男が敵か味方か分からない。
だが、客人が来たら怪しかろうと中に入れろと、剣神ガル・ファリオンは言っていた。
味方ならば面倒な真似をせずに済み、敵ならば叩き切るだけで済むからだ。
なんとも脳筋である。
「イゾルテ殿も既に、エリス殿へ剣の指導を?」
「それは、はい。指導とは言いますが……こちらも学ぶ事は多いですね」
「ははぁ、水神流らしい勤勉さであるな。某も見習わなければ」
変な喋り方、変な立ち振る舞い、変な格好。
こんなのが『北帝』なのかと、イゾルテは思った。
しかし、北神流らしい癖の強さだと思った。
思えば、アルフレッドは北神流らしからぬ剣士だった。
イゾルテにとって北神流とは、何でも有りな剣術である。
小道具や毒、不意打ちまでする剣術の筈だ。
であれば、目の前にいる『孔雀剣』オーベールの方が北神流らしいといえば、らしいのだ。
「…………」
イゾルテは思った。
この人は、アルフレッドのことを知っているのだろうか。
同じ流派で、同じ『北帝』という地位。
知っていてもおかしくはない。
どうしても気になって、イゾルテは口を開いた。
「ところで。オーベールさんは、アルフレッド、という名前に覚えはありますか?」
「アルフレッドであるか?」
「はい。アルフレッド・カールマン・ライバック、です」
「おお、知っているとも!」
「知っているのですか?」
予想通り、知り合いだったようだ。
どういう関係だったか聞こうとして──
「我が師の息子の名ですな!会った事はござらんが、よく自慢げに語っていましたぞ」
「……そうですか」
関係者ではあったが、知り合いではなかったようだ。
「して、イゾルテ殿はどうして、その名を?」
「私、アルフレッドさんとは知り合いでして。共通の知人ではないかと質問したまでです」
「ああ、それは申し訳ない。某、師匠には勘当されておりまして。息子であるアルフレッド様とお会いした事はないのである」
「そうでしたか」
オーベールの言葉に、イゾルテはガッカリしつつも表情には出さなかった。
そして、自己嫌悪した。
(今更、アルフレッドさんの話を聞いて、どうするつもりだったのでしょうか……)
死んだ人間の過去を聞いて。
未練のある人の話を聞いて。
それが何となるのか。
オルステッドに対する怒りしか湧かないだろう。
だというのに、何故、聞いてしまったのか。
(私もまだ、未練ばかり……という事ですね)
小さくため息を吐いて、イゾルテは足を進めた。
鼻の奥で柑橘系の強い臭いがしていた。