北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
甲竜歴425年。
中央大陸北部に存在する魔法都市シャリーアに存在するグレイラット邸の書斎にて、ルーデウスは古ぼけた日記を手に持っていた。
「…………」
昨夜のこと。
未来から老いたルーデウスが置いていった日記だ。
ヒトガミに裏切られ、全てを失った未来の自分が残した日記。
そんな日記を開くのは、気が重かった。
それでも、傷だらけの表紙を眺めていても進展はない。
「……ええい、ままよ」
意を決して、ルーデウスは日記のページを捲った。
そこに書いてあったのは、失敗談だ。
ヒトガミに諭され、地下の扉を開いた。
そこから逃げ出したネズミの所為で、ロキシーが魔石病になった。
治療法を得るためにミリス神聖国の、神級治癒魔術の詠唱書を盗み出した。
指名手配されて、騎士団に追撃された。
クリフが死んだ。
家に帰ったが、間に合わなかった。
ロキシーも死んだ。
娼婦に手を出して、シルフィに泣かれた。
シルフィが居なくなった。
シルフィはアリエル王女の為に、アスラ王国へ向かったのだ。
王都でのクーデターは失敗した。
シルフィも死んだ。
王都を焼いた。
何もかもが上手く行かなかった。
何も出来なかった。
「うっ」
ルーデウスは吐き気を感じながら、書斎から離れた。
自分の書いた絶望の未来。
それを読めば、実体験として理解してしまった。
トイレへ行き、吐けるだけ吐いた。
水で口をゆすいで、ルーデウスは書斎に戻った。
もう読みたくはない。
だが、読まなければならない。
絶望の未来を変えるには、その未来を知らなければならない。
日記の内容は軽薄なものになっていた。
何処かのどの女の子が可愛いとか。
どの娼館が一番良かったか、とか。
抱いた事もない女のランク付けすらしていた。
全てを失って、自暴自棄になっていたのだろう。
リーリャ、ゼニス、ノルン、アイシャ……ルーシー。
家族の名前は出て来なくなった。
出ていってしまったのだろう。
エリスに追われて、碌でもない日々を送っている。
そしてまた、時代が進んだ。
ヒトガミへの怒りと憎しみを募る文が増えていく。
ヒトガミの使徒を探す旅をしていた。
使徒を思しき人間を尋問するも、手掛かりはない。
そんな日々を続けていく中で。
エリスが死んだ。
ザノバが死んだ。
ジンジャーが死んだ。
ジュリが死んだ。
アイシャも死んだ。
結局、みんな死んでしまった。
「……そうか」
日記を読みながら、ルーデウスは息を深く吐いた。
酸っぱい臭いがした。
これからの後悔が、重くのしかかっている。
誰かの未来じゃない、自分が辿る未来だ。
この道を歩くことになっていたかも知れないと思えば……背筋が凍る。
机に置いてあったコップに、魔術で水を入れて飲み込む。
「……はぁ」
身体中にある疲弊感と、精神的な重みを、吐息に込めて吐き出した。
それでも、体が軽くなる事はなかった。
そして、ページを捲った。
★
俺は、ヒトガミの手掛かりを探っていた。
そして、アスラ王国での捜査中、騎士達に見つかってしまった。
王都アスラを焼いた犯人として、指名手配されていたのだ。
そこでアスラ王国は手持ちで最も協力な駒を使ってきた。
水神流の長、『水神』レイダ・リィアである。
老婆だと聞いていたが、綺麗な女性だった。
聞いた事がある。
水神レイダという名前は襲名性であり、新たに水神となった剣士が名乗るものだと。
つまり、最近、代替わりでもしたのだろう。
『水神』レイダは強敵だった。
一対一ならば、『
だが、味方がいた。
俺ではなく、レイダに。
彼女が水神流を教えた騎士達だ。
俺は徹底的にレイダを無視して、その騎士達を攻撃した。
結果、レイダは庇うために行動して、動きが鈍った。
その隙を突いて、俺は水神レイダを殺害した。
彼女の弟子達でもある騎士達の動きが鈍った。
その隙に、俺は彼等を皆殺しにした。
追手が来ないように、徹底的に戦う必要があった。
事実、アスラ王国は俺のことを諦めた。
手を出さなければ反撃されない。
犯した罪は許せないが、これ以上の被害は看過出来ないという訳だ。
アスラ王国からの追手は来なかった。
だが、無関係なたった一人の男が俺を追ってきた。
『北帝』アルフレッド・カールマン・ライバック。
不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックの孫だ。
★
「クソ、まだ追ってくるのかよ!」
既にアルフレッドとは何十回も戦っている。
ヒトガミについて調べる中、何度も鉢合わせた。
その度に殺し合っている。
老いたルーデウスは確信していた。
この男は、ヒトガミの使徒だ。
「今度は……今度こそ、逃さない」
アルフレッドの表情は怒りに満ちていた。
明確な殺意を抱き、ルーデウスを追いかけていた。
このままなら、何処までも追いかけて来るだろう。
「チッ、しつこいんだよ!」
ルーデウスは『
圧縮され硬度を増し、高速で回転する円錐状の弾丸がアルフレッドへ迫る。
これこそが今代の水神レイダを殺した魔術であった。
水神流の長ですら防げなかった魔術。
アルフレッドが防げる筈もなく、身体を貫いた。
勝った……とは、ルーデウスも思っていなかった。
「……くそッ!」
貫かれた身体の部位は即座に再生し、再びルーデウスへと迫る。
アルフレッドの眼に痛みによる怯えはない。
ただ無心で、ルーデウスを睨み付けていた。
ルーデウスは、その眼に覚えがあった。
鏡で見る自分の目に似ていた。
(くそっ、何でだ!何がコイツをこんなに怒らせている!俺がコイツに何かしたのか!?)
何が虎の尾を踏んだのか。
ルーデウスには覚えがなかった。
「お前だけは、ここで殺す」
アルフレッドが剣を構えた。
その構えに、ルーデウスは覚えがあった。
あれは北神流奥義『飛燕』。
闘気を纏った剣を回転させながら打ち出し、遠くの敵を殺す投擲技だ。
不死魔族の我が身を顧みない全力の闘気による技……『
瞬間、ルーデウスは手を正面へと突き出した。
そして『
「フロストノヴァ!」
直後、手を向けた方向、アルフレッドに向かって全てが凍り付いた。
剣を振るう腕も止まった。
「よし……!」
この程度で戦闘不能になる相手ではない。
なるのであれば、こう何度も戦っていない。
ルーデウスはよく知っていた。
アルフレッドはしつこい。
『しつこい』という一言で表す事も躊躇われるほどに、しつこい。
手をもがれようが、口で剣を握って追いかけて来る。
足をもがれようとも、すぐに再生して追いかけて来る。
そして、同じ手が通用しない。
前々回は電撃で意識を飛ばして、その隙に逃亡した。
だが、前回も同様の手を使った際、剣を地面に突き立てて電撃の威力を受け流された。
戦う度に、ルーデウスの手札に対する対処法を学んでいるのだ。
不死魔族の肉体が可能とする、命を賭けた殺し合いの
それこそがアルフレッドの強みであった。
「っ、ルーデウス……ッ!」
怒りに満ちて名を呼ばれるが、ルーデウスは振り向きもしなかった。
このまま姿を隠して、逃げ切るのだ。
会話が出来るような段階はとうに過ぎ去っていた。
殺そうとすれば、手痛い反撃を貰うことも理解していた。
氷と共に肉体が砕ける音が響く中、ルーデウスはその場を後にした。
★
ルーデウスは日記を閉じた。
そして、こめかみを揉んだ。
(『北帝』アルフレッドって、フィリップとヒルダを助けてくれた人だよな?オルステッドに殺されたんじゃなかったのか?)
フィットア領の難民キャンプで、ルーデウスは聞いていた。
フィリップとヒルダ、ギレーヌを逃すために『龍神』オルステッドと戦い、命を落としたと。
その筈だが、日記の終盤では何度も相手をしている。
(つまりまだ、生きているのか。実は生きていたってことだな)
ルーデウスは思った。
死体が見つからない限りは、死んでいるとも限らない。
らない。
前世でもアニメや特撮でのお約束だったな、と。
(しかし、何で戦ってるんだ?何がアルフレッドを怒らせてるんだ……?)
何処に地雷があるのか分からない。
であれば、気を付けようがない。
(いや、そもそもアルフレッドもオルステッドに殺されていた……未来の俺が言う通り、ヒトガミの手下なんだ。俺と同じで騙されてるのか……分かった上で従ってるのか分からないけど……潜在的な敵、なのか?)
ルーデウスは思う。
今は、ヒトガミと敵対できない。
敵対すれば家族に被害が及ぶ。
決して手を出せない場所から、未来を見て、パズルを解くかのように家族を殺す。
日記で読んだ通りに、ヒトガミへの対策など不可能だ。
ならば、ヒトガミに従うしかない。
そして、ヒトガミと敵対する『龍神』オルステッドを殺さなければならない。
だが、もし、殺せたとしても。
その次、ヒトガミが手を出して来ないとは限らない。
オルステッドを殺せば、家族を見逃してくれるとは言っていた。
しかし、それが真実かは分からない。
それでも、ヒトガミに従うしかない。
それでも、今後敵対するのであれば……このアルフレッドという男が敵となるのだろう。
(そもそも、未来の俺は屑だった。だから、恨まれて当然なんだが……どうして、ちゃんと出来なかったんだろうな……理由なんて分かってる、けど)
人に憎まれるのは怖い。
それが、大切な人の恩人だとしら尚更だ。
「……少し、休憩するか」
悩んでも答えはでない。
ルーデウスは席を立ち、書斎を出た。
「あっ、ルディ……どうしたの?また顔色悪いけど……大丈夫?」
肩まで伸びた白い髪、綺麗な顔。
それが血塗れになって、失われる。
この心配そうな表情も、優しげな声色も……二度と。
「シルフィ……」
思わず、ルーデウスは抱きしめた。
「えっ、ど、どうしたの?」
戸惑うシルフィに対して、それでもルーデウスは抱きしめ続けた。
「もう少しだけ、こうさせてくれないか……」
「……しょうがないなぁ。辛かったら、いつでも頼ってくれて良いんだからね?」
シルフィに抱き締め返されながら、ルーデウスは決意を強めた。
家族を、守らなければならない。
その為に、誰かを殺さなければならないとしても。
家族を、守ると。