北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
水神レイダ・リィアは目の前の青年……アルフレッドについて冷静に観察していた。
優男のような容姿に似合わぬ、型にはまらない剣術。
恐らくは、北神流だろう。
北神流は自分より体格が上の相手や、力が上回る相手に勝つための剣術だと言われている。
勝つためならどんな事でもする……剣術というより兵法だとも言われている。
そんな北神流を習得しているのだと、レイダは判断した。
その上で、剣術に対する高い理解と、練度を合わせ持つ相手だと理解していた。
目の前の、隙の無さ。
(あたしの知っている北神流とはえらい違いさね)
警戒しつつ、アルフレッドの持つ剣を見る。
アスラ王国では珍しい片刃の剣。
右の方がやや長く、左の方がやや分厚い。
同じ意匠を持っていることから、対となる剣なのだろう。
恐らく、何かしらの魔剣。
だが、その能力は分からない。
そんな剣を持つ男、アルフレッドは一切の油断がないように見えた。
そうして向き合い、互いに微動だにしない。
孫娘であるイゾルテが息を呑む音すら聞こえる。
「見てるだけで良いのかい?打ち合いに来たんだろう?」
「それもそうですね……では、失礼して──
瞬間、アルフレッドの姿が消えた。
直後、金属が爆ぜる音がした。
「っと!」
「おや?」
レイダの剣が、アルフレッドの一撃を弾いた音だ。
そのまま、レイダは受けた勢いを活かして、アルフレッドへと反撃した。
「……むっ」
狙いはそのまま、アルフレッドの首元へ……辿り着かず、空を切った。
「チッ、随分と身軽だね」
「レイダ殿、今、私のこと殺そうとしませんでした?」
「気のせいさね。これぐらいで死ぬとは思ってないだけさ」
「……なら、いいのですが」
アルフレッドが不服そうな顔をしている。
手合わせと口にしたにも関わらず、真剣で首元を狙われたからだろう。
しかし、この一撃で殺せるとはレイダも思っていなかった。
故に加減なく剣を振るったのだ。
「しかし、あんた北神流だろう?」
「え?ああ、はい。そうですが、分かります?」
「あたしを馬鹿にしてんのかい?分かるさ」
「それは光栄だ」
北神流と見破られて、アルフレッドは嬉しそうにしている。
その様子にレイダは片眉を上げた。
そして一つ、鎌をかける事にした。
「にしても、北神流っぽくない戦い方をするね」
「そうですか?」
「北神流ってのは、もっと汚い戦い方をするもんだろう?」
「……そんな事はありませんよ」
その様子を見ていたイゾルテの背筋に、少し冷たいものが走った。
常に穏やかな空気を醸し出していたアルフレッドから、苛立ちを感じ取ったのだ。
そして、イゾルテは理解した。
レイダがアルフレッドの攻撃を誘うべく、挑発しているのだと。
「おっと図星かい?」
「……いえ」
「違うと言うなら、証明すりゃいいさね」
そう誘うように口にした瞬間、破裂音が響いた。
稽古場を構成する木の板が砕けた音だ。
それほど強い踏み込みで、アルフレッドはレイダの元へ迫ったのだ。
(さっきより速いね……でも)
水神流『流』、それは水神流の基本であり奥義である。
水聖であるイゾルテと、水神レイダが同様に技を扱ったとしても、練度に差がある。
全く違う技として昇華されるだろう。
事実、レイダの『流』はアルフレッドの剣を受け流した。
右の長剣による一撃だ。
そして、衝撃を受け流し、それを勢いに変えて反撃した。
だが、その反撃をアルフレッドはもう片方の左の短剣で防いでいた。
「っと……!」
それはレイダにも想定外だった。
攻撃時に発生する確実な隙を狙った一撃だった筈だ。
それを受け止められたのは……人生で二度目の経験だった。
一度目は龍神……二度目はこの男。
しかし、二度目だ。
狼狽える事なく、レイダは剣を引いた。
そして距離を置くべく交代して……アルフレッドの攻撃を誘った。
「……っ!」
その隙をアルフレッドは見逃さなかった。
いいや、見逃さなかったのではない。
誘われてしまったのだ。
レイダの思惑通りにアルフレッドは剣を振るい、それは受け流された。
「……むっ」
アルフレッドが声を上げるより早く、レイダは再び反撃した。
そしてまた、その反撃をアルフレッドは受け止めた。
攻撃、反撃、防御。
そしてまた、攻撃、反撃、防御。
レイダとアルフレッドは幾度か打ち合った。
「そ、そんな……」
その様子をイゾルテは驚愕しながら見ていた。
水神レイダは、水神流の頂点に立つ剣士である。
ただ一撃を受け、返す剣で敵を屠る。
真剣を抜いて何度も打ち合う相手など、レイダには居ない筈だ。
だというのに、アルフレッドという男は打ち合っている。
(まいったね……このままじゃ埒が明かないよ)
レイダはそう判断して、アルフレッドに強く反撃を加えた。
当然、それをアルフレッドは受け止めたが……レイダは反動で距離を取っていた。
「ここまでさね」
そして、剣を鞘に収めた。
戦いは終わったのか。
いいや、それは構えであった。
水神レイダは、水神流の頂点に座す剣士である。
紛う事なき天才である。
だが、老い衰えているのは事実。
だというのに何故、代替わりもせず水神のままなのか。
答えは、その奥義にあった。
水神流奥義『剥奪剣界』……レイダのみが有する奥義である。
レイダはこの体勢から、前後左右上下、四方八方三百六十度、如何なる相手をも斬る事が出来る。
一歩でも、一寸でも動いたら即座に斬る。
宙を舞う木の葉だろうと、一枚残さず斬る事ができる。
そんな構えだ。
「……っ、お師匠様」
「動くんじゃないよ」
イゾルテも硬直した。
見境がない訳ではないだろう。
だが、目の前のアルフレッドという強敵と向き合う中、孫娘に気をかけている余裕はない。
殺気が稽古場に充満し、不可視の重みがイゾルテを襲う。
「…………」
その重みを、アルフレッドも感じているのだろう。
硬直したまま、レイダを見ていた。
そして。
「……素晴らしい」
アルフレッドが言葉を漏らした。
「ん?」
レイダは困惑した。
そこにあったのは敵意ではなく、純粋な賞賛だったからだ。
「水神レイダ殿、その技の名はなんというのですか?」
「……戦いの中、手の内を明かすように見えるかい?」
「それもそうだ……では……」
アルフレッドは剣を握ったまま、笑みを浮かべて──
「降参です」
白旗を上げた。
「は?」
「え?」
驚いたのはレイダと、イゾルテであった。
そして、衝撃から一足先に戻ってきたのはレイダであった。
「何を言ってるんだい。勝負はまだ決まってないだろう?」
「いえ、決まっていますよ。剣術において、私の完敗です。この技を打ち破る術を、私は知りませんから」
その言葉にレイダは違和感を感じた。
「……剣術では、という事かい。剣術でなければ、打ち破る術があるように聞こえるね」
「ええ、はい。剣術でなければ、打ち破る可能性はあります。可能性、ですがね」
鎌をかけたが、即答されるとは思ってもいなかった。
その様子を、イゾルテは面白くないと思った。
対して、レイダは納得した。
「そうかい……参考までに、どうやって破るつもりだい?」
「ごり押しですよ。レイダ殿の剣を受けつつ、そのまま突き進ませて頂きます」
「ほう……あたしの剣では死なないって言うのかい?」
レイダが目を細めた。
侮りから……だとは思えなかった。
確実な自信から発せられた言葉だと思った。
事実、アルフレッドは悪びれる様子もなく頷いた。
「お気を悪くされたのなら申し訳ありません。ですが私、不死魔族の血を引く者でして。多少の負傷では死ねないのですよ」
「不死魔族かい……驚いたね。そりゃ納得だが……あんた、何者だい?」
レイダは構えを解いた。
敵意もなく、白旗を上げた相手に対して剣を構える趣味はなかったからだ。
勝敗は決した。
ならば、ここから先に戦いはない。
レイダの興味は、アルフレッドという存在へ向けられていた。
「私の名前はアルフレッド……アルフレッド・カールマン・ライバックです。分かりますか?」
その名前にレイダは覚えがあった。
アルフレッドという名前ではない。
カールマンという名前に対してだ。
一方でイゾルテにも覚えがあった。
アスラ王国でも語り継がれている逸話……魔神殺しの三英雄。
龍神ウルペン、甲龍王ペルギウス……そして、北神カールマン。
その名を持つ、北神流の剣士であるならば──
「北神カールマンの血筋かい?」
北神カールマンは不死魔族の王と結婚したと言い伝えられている。
かなり昔の話だ。
そんなカールマンの血筋なのだろう。
子孫か、遠い親戚なのだろうと、レイダは考えた。
だが。
「はい、北神カールマン一世は、私の祖父になりますね」
想像以上に、血の繋がりが濃かった。
「……驚いたね。随分な大物だ」
レイダは警戒を強めた。
北神カールマンは英雄である。
だが、そんなカールマンの孫だからといって、まともな人間である保証はない。
「いえいえ、大物なんて……祖父も父も英雄でしたが、私は大した人間ではありませんよ」
「謙遜かい?」
「違いますよ。事実です。私は弟に勝てず、北神を継承出来ませんでしたから」
アルフレッドは少し落ち込んだような顔をした。
その言葉に嘘は無さそうだと、レイダは思った。
何よりその、自信なさげな情けなさそうな顔に毒気が抜かれた。
ため息を吐いて、警戒を解いた。
「そうかい……で?そんな英雄の孫が、うちに何のようだい?手合わせと言ったが、それが目的じゃないんだろう?」
レイダの言葉に、イゾルテは警戒を強めた。
この得体の知れない、英雄の孫を名乗る剣士は何者なのか。
何が目的なのか。
自分では力不足だとしても、それでも警戒は続けていた。
何より……祖母のような強者であるにも関わらず、自信なさげで卑屈な顔をするこの男が……どこか信用できなかったのだ。
そんなイゾルテの視線を感じてか、アルフレッドは身をすくめた。
「いえ、単純な話ですよ。水神流を習いたいと思いまして」
「はぁ?」
「え?」
北神流の開祖の血筋。
そんな男が口にした発言に、レイダとイゾルテは面を喰らった。
「私は弟に勝たねばならないんです。そのために、ご協力頂けたら、と」
屈託なく笑う男を見て、レイダは……呆れてため息を吐いた。