北神三世の兄-弟に勝つため本気出す-   作:ドゥンピドゥンピ

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#32 対決『龍神』

白い場所、無の世界の中心。

そこにルーデウスは居た。

 

 

「いやぁ、思ったより順調だね……良い傾向だ」

 

 

未来から来た日記を読み、ルーデウスはヒトガミが裏切っていることを知った。

だが、それでも反抗する事ができなかった。

 

ヒトガミは神である。

自分の関与していないところで、人を操って家族を傷付ける……なんてことも容易だ。

 

家族を守るために。

ルーデウスは未だに、ヒトガミに従っていた。

 

 

「何が起こるか分からないってのは初めてだ。いやぁ、ワクワクするねぇ」

 

 

ルーデウスは顔を顰めた。

確かに、ヒトガミからのアドバイスで魔導鎧(マジックアーマー)は完成の目処が立った。

オルステッドを呼び出す方法も思い付いた。

全ては順調だ。

だが、不安は残る。

 

 

「なんだい?不安かい?」

 

 

ルーデウスは思った。

 

負けるかも知れない。

負けたらどうする?

ヒトガミは何をする?

 

……オルステッドと自分が戦うんだ。

殺されたら、家族はきっとオルステッドを恨むだろう。

 

だから、自分の家族には手を出さないでほしい、と。

 

 

「それは無理な相談だよ。その程度じゃ運命は変わらない。君とロキシーの子供は、オルステッドと協力してボクを殺すだろうね」

 

 

ルーデウスは頭を下げた。

 

 

「そんな格好されてもね。ちゃんとオルステッドを殺せば良い話だ。じゃなきゃ、君の子供を消すよ?年々掛かってもね。それだけだよ」

 

 

不安は残る。

魔導鎧(マジックアーマー)、罠、奇襲作戦……全てが上手くいっても、勝てるかは分からない。

 

 

「そうかい?なら、君に少しだけ嬉しい情報をあげようかな?」

 

 

嬉しい情報?

サプライズってやつか、とルーデウスは思った。

 

 

「そうそう。ボクがね、君のために助っ人を呼んであるんだ」

 

 

助っ人、という言葉に顔を顰めた。

人神が呼べる助っ人、それは即ち自分と同じ騙されている奴に違いない。

 

 

「酷いこと言うなよぉ。騙されてるって言ってもさ、君がボクの不利益にならない限りは敵じゃなかっただろ?ボクの助言でイイ思いをしてた筈だ」

 

 

ルーデウスは目を細めた。

ならその助言でオルステッドに勝たせて欲しい、出来るものなら。

 

 

「ボクだってさ、オルステッドには死んで欲しいんだ。でも、未来が見えないからね。どうすれば勝てるか、なんて分からない。ボクに出来るのは『保険』を用意することだけさ」

 

 

保険?

何の保険なのだろうか?

 

 

「……まぁ、その話は良いじゃないか。君は、頑張るしかないよ」

 

 

ルーデウスは顔を顰めた。

やはり、ヒトガミは胡散臭い。

オルステッドを殺せば家族には手を出さないと言う約束だって、反故にするんじゃないだろうか。

 

 

「君さ、ボクのことを疑い過ぎじゃないか?」

 

 

ルーデウスは首を縦に振った。

家族を殺そうと脅す相手をどうやって信用しろというのか。

それなら、オルステッドに服従してヒトガミと敵対した方がマシなんじゃないか。

 

 

「……そう思うなら、しなよ。そうやってボクのことを過小評価して、死んだ家族の前で泣き喚けばいいんだ。それじゃ、さよなら。精々、後悔しなよ?」

 

 

ルーデウスは慌てて、頭を下げた。

どうしても、家族の命の保証が欲しかっただけだ。

全部を為した後に、人神が裏切らない約束が欲しかったのだ。

 

 

「……ふぅ、そうだね。なら、いいよ。約束しよう……人神(ヒトガミ)の名において、約束するよ。君がオルステッドを殺したのなら、君と君の妻、親、妹、子供、ペットまで……ボクは干渉しないと約束しよう」

 

 

ルーデウスは頷いた。

何としてもオルステッドは殺す、だから家族は助けて欲しいと。

 

 

「なら、いいよ。それじゃあ、頑張ってね。期待してるよ」

 

 

エコーが響く中、ルーデウスは急激に夢から覚めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトガミとの会合から、一ヶ月後。

魔法都市シャリーアの北北東に存在する森の中で、ルーデウスはオルステッドと相対していた。

 

銀髪、金色の瞳……そこには殺気が滲んでいる。

羽織っていたマントは焼け焦げて、捨て置かれている。

上半身は裸で、所々、口元から血が出ている。

そして、その手には刀のような剣。

 

対して、ルーデウスはどうか。

身に付けていた魔導鎧(マジックアーマー)は破壊された。

残骸となって辺りに散らばっている。

 

 

「がはっ、げほっ……お、え……っ」

 

 

血と吐瀉物が混ざったものを吐き出しながら、地面に転がっている。

手も足も、骨も折れている。

満身創痍だった。

 

 

「お前だったか。ルーデウス・グレイラット。家族と幸せに暮らしていると聞いたが……何故、俺の命を狙う──

 

 

そこまで口にした瞬間、オルステッドの頭上から剣が振り下ろされた。

 

 

「むっ」

 

 

焦ることなく、オルステッドはルーデウスから距離を取った。

 

そして、ルーデウスとオルステッドの間に、女が一人降りて来た。

剣士の服、黒い上着、燃えるような真紅の髪。

手には剣が握られている。

 

 

「待たせたわね、ルーデウス!」

 

 

そこにはエリス・グレイラットが立っていた。

剣神七本剣『鳳雅龍剣』を手に、油断なくオルステッドと向き合っていた。

 

 

「エリス・ボレアス・グレイラットか。何故、ここに居る」

 

 

そう呟いたオルステッドの前に、もう一人女が割り込んできた。

それはルーデウスの知らない女だった。

青い髪に袴、その上に鎧を纏った剣士だ。

 

 

「……イゾルテ・クルーエルもか」

 

 

イゾルテと言うらしい。

ルーデウスは困惑しつつも、周りを見た。

 

 

「立てるか、ルーデウス」

 

 

褐色肌の獣族の女……ギレーヌが居た。

 

 

「う、あ……は、はい」

 

 

ルーデウスはボロボロになりながら、全身に痛みを感じながらも……自身の体に治癒魔術をかけて、ギレーヌの手を借りて、ようやく立ち上がった。

 

 

「…………」

 

 

 

その様子をオルステッドは黙って見ていた。

そしてまた、オルステッドはイゾルテと呼ばれた女へ視線を戻した。

 

 

「イゾルテ・クルーエル。何の用だ?お前とルーデウス・グレイラットには、何の縁も無い筈だが」

 

「私怨です」

 

「私怨だと?」

 

「……貴方に殺された家族の恨みを、果たします」

 

 

イゾルテの目には怒りが満ちていた。

それと同時に怯えもあった。

 

 

「家族だと?何の話だ」

 

 

イゾルテは恐怖を感じていた。

あれだけ怒りを募らせた相手だというのに、今は怯えていたのだ。

寧ろ、怒りを募らせていたかたこそ、逃げずに済んでいるのだが。

 

そんな中、エリスが一歩踏み込んだ。

 

 

「ルーデウス!背中は任せたわ!」

 

「……エリス・ボレアス・グレイラット。それほどルーデウスが大事か?ルークではなく」

 

「知らないわ、そんな奴」

 

「だろうな」

 

 

オルステッドの話す言葉にルーデウスは困惑していた。

ルーク、というのは妻であるシルフィの同僚の名だ。

同一人物であるとしても、エリスに縁など無い筈だ。

 

魔術用の杖を、それこそ杖のようにしてルーデウスは立ち上がり、オルステッドを見た。

 

そして、四人で、オルステッドと向き合った。

そう、向き合った。

殺気が渦巻く中、誰も手出しはしなかった。

 

静寂の中、オルステッドは怪訝そうな顔をした。

 

 

「どうした?来ないのか?」

 

 

その言葉に、エリスは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「攻める必要なんて無いわ。待ってれば、ルーデウスが魔術で攻撃するだけだもの」

 

 

そうエリスが口にしたのを聞き、ルーデウスは魔術を発動すべく魔力を練り始めた。

だが、満身創痍であることに加えて、魔力も枯渇気味だ。

いつもより、精度が甘い。

 

 

「驚いたな。エリス・ボレアス・グレイラットが仲間と共に戦おうとするとはな。これも変化か?」

 

「私はもうボレアスじゃないわ」

 

「そうか。俺の知っているエリスと別人ということか……」

 

 

そう言いつつ、オルステッドはイゾルテも見た。

 

 

「お前もだ。イゾルテ・クルーエル……勝てぬ戦いをする女ではないと思っていたが」

 

 

挑発混じりの言葉に、イゾルテは笑みを浮かべた。

 

 

「時として、どうしても許せない事がありますから」

 

「……何をそう恨んでいるのか分からないな。お前とはまだ会った事もない筈だ」

 

「貴方には分からないでしょうね。これからも、ずっと」

 

 

挑発を受けて、怒りはしている。

それでも、構えは揺らがない。

無理な攻撃もしない。

 

イゾルテは思い出していた。

昨晩、エリスとギレーヌの三人で作戦会議をしたのだ。

ルーデウス・グレイラットは魔術師として優れている。

彼を援護し、オルステッドから守る事で勝ち目があると。

 

その話を正直、眉唾物だとイゾルテは思っていたが。

実際、ルーデウスの魔術の影響を遠目ではあるが見た。

巨大な落雷を、星と見紛う落石を。

 

ならば、勝ち目はあると。

 

 

「……っ!」

 

 

直後、イゾルテの背後……エリスとイゾルテの間を抜けるように、弾丸が射出された。

『岩砲弾(ストーンキャノン)』、ルーデウスの魔術である。

 

 

「ふん」

 

 

オルステッドはそれを片手で弾いた。

刀を持っていない方の腕で、だ。

 

瞬間、エリスが走った。

 

 

「だあああぁぁああッ!!」

 

 

隙が見えたのだ。

攻撃するのは刀を握っていない方、岩砲弾を弾いた右手だ。

そこへ走った。

 

剣神流奥義『光の太刀』が放たれた。

しかし、それを放ったのはエリスではない。

オルステッドが先に放ったのだ。

それも刀ではなく、手刀でだ。

 

刹那、エリスは反応した。

剣神流奥義『光返し』だ。

 

負傷した腕で、それも手刀で放ったオルステッドの『光の太刀』。

それよりも早く、エリスの放った『光の太刀』がオルステッドの手首を叩き落とした。

 

 

「……っ」

 

 

攻撃をすると見せかけての、後の先。

しかし、手首を切断されたオルステッドは即座に反応した。

 

刀を捨て、オルステッドは宙を舞う右手首を、左手で掴み、即座に傷口へと押し当てたのだ。

瞬間、治癒魔術により傷を繋ぎつつ、回し蹴りを放った。

 

回避不能とも言えるその攻撃に、エリスは防御すらしなかった。

 

 

「はっ!」

 

 

それをイゾルテがカバーしてくれると知っていたからだ。

水神流奥義『流』により、回し蹴りは防がれ、更にその威力のままイゾルテが斬撃を放った。

 

 

「……なるほどな」

 

 

それを繋いだばかりの手で受け流した。

イゾルテは驚愕した。

これは水神流奥義『流』である。

 

オルステッドが全ての流派を高い精度で扱えることを、レイダから聞いてはいた。

だが、現水神である祖母よりも精度も練度も高いとは知らなかったのだ。

 

 

「くっ」

 

 

イゾルテは返す手刀を避けて、後退した。

エリスも既に後退している。

 

距離は離れた。

 

 

「…………」

 

 

ギレーヌはルーデウスの前に立っていた。

魔術師であるルーデウスを守り、魔術発動の時間稼ぎをする。

それがギレーヌの役割だからだ。

 

だから、離れた位置からオルステッドと二人の攻防を見た。

そして、オルステッドの剣術……武術は文字通り格が違うのだと悟った。

 

剣では、エリスとイゾルテ、ギレーヌが合わさっても勝てないだろう。

今はまだ、手を抜いているだけなのだ。

 

 

「チッ!」

 

 

エリスが舌打ちをする中、オルステッドは表情も変えず二人を見た。

 

 

「そこの二人が、ここまでの連携をするとはな。驚いた……剣神の入れ知恵か?」

 

「ふん……っ」

 

 

エリスは剣を構え直し、オルステッドの攻め手を伺う。

イゾルテも同様に剣を構えた。

剣神流の構えと、水神流の構え。

異なる構えだが、互いを補うように構えた。

 

そんな二人に対して、オルステッドは攻撃を放たなかった。

代わりに、口を開いた。

 

 

「ガル・ファリオンの寝床にて、仲良く抱かれたか?」

 

 

見え透いた挑発だった。

それでも、怒りを買うには十分な筈だった。

 

エリスは何だかんだ言って、剣神ガル・ファリオンを尊敬していた。

自分に足りぬものを鍛えて、オルステッドに勝つという夢を笑わなかった。

 

イゾルテは貞淑であることを善とするミリス教徒である。

愛する人を殺した相手から、そのような侮辱を受けることを許せる訳がなかった。

 

それでも、堪えた。

オルステッドは水神流をも使い熟す。

挑発をすることは予測していたのだ。

 

 

「……なるほど。やはり、俺の知る二人では無いということか。強くなったな」

 

 

そう口にしたオルステッドに対して、エリスとイゾルテは少し不可解に思った。

だが、ルーデウスには、どうにも寂しそうに呟いたように聞こえた。

 

それでも、加減をする気などなかった。

 

 

「『泥沼』っ!」

 

 

直後、ルーデウスは構成していた魔力を魔術へと変換させた。

水と土の混合魔術、『泥沼』である。

 

 

「むっ」

 

 

オルステッドに乱魔(ディスタブ・マジック)を発動する余裕は無かった。

足元が泥になった瞬間、オルステッドは別の魔術を行使しようとした。

土魔術で硬化させようとしたのだ。

 

だが、ルーデウスは魔力を振り絞った。

それを乱魔(ディスタブ・マジック)で妨害したのだ。

 

結果、オルステッドの足首まで泥に沈み、身動きを取れなくした。

 

 

「やるわね!ルーデウス!」

 

 

即座に、エリスが地面を蹴った。

身動きの取れないオルステッドに一撃を加えるべく、剣を振り上げた。

 

剣神流奥義『光の太刀』。

それがオルステッドに迫る。

 

 

「……仕方ない、か」

 

 

だが、今度は逆となった。

先程との攻防の、逆だ。

 

オルステッドは足元を泥で取られながら、放ったのだ。

剣神流奥義『光返し』を。

 

 

「っ、ぐ……!?」

 

 

手首は切断されなかった。

だが、腕の骨はへし折れた。

 

勢いを殺せず、エリスは宙を舞った。

 

 

「エリスさん!」

 

 

地面から足が離れたエリスに対して、オルステッドは貫手を放とうとした。

それを見て、イゾルテは間に割り込んだ。

 

水神流奥義『流』で、その貫手を防ごうとした。

だが、オルステッドの貫手は滑るように、『流』を貫いた。

 

 

「かは……っ!?」

 

 

イゾルテには何が起こったのか分からなかった。

自分の『流』は完璧だった。

 

だが、それでも無意味だった。

オルステッドの貫手は、イゾルテの右胸を打ち抜き、肋骨を破壊したのだ。

 

直後、エリスとイゾルテは地面に転がった。

 

 

「エリス!イゾルテ!」

 

 

ギレーヌが声を出したと同時に、オルステッドが地面を殴った。

大地が砕けて、泥沼も霧散した。

 

 

「くっ!?」

 

 

その衝撃をギレーヌは感じつつ、オルステッドへと剣を構えた。

だが、既にオルステッドは肉薄していた。

 

 

「邪魔だ」

 

 

受けるべく剣を構えたが、その上からギレーヌは蹴り飛ばされた。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

空中で回転し、木々を薙ぎ倒し、ギレーヌは森林へと消えていった。

 

 

「次はお前だ。ルーデウス・グレイラット」

 

「う、あ……ああっ!?」

 

 

そうして残ったのはルーデウスだけだった。

即座に、魔術で迎撃しようと、右手を構えたが。

 

 

「やめろ」

 

 

ルーデウスの右腕は、そこにはなかった。

オルステッドの手刀に切断され、既に宙を飛んでいたのだ。

左腕の義手も破壊されていた。

 

腕が無ければ魔術は使えない。

出血と魔力枯渇により、ルーデウスの意識は朦朧としていた。

 

それでも、何か出来ることがある筈だ、と。

ルーデウスは魔力を練って。

 

 

「が、は……ぁっ!」

 

 

ルーデウスは蹴り飛ばされていた。

地面を転がり、木にぶつかっていた。

身体がバラバラになるような痛みに、悶絶していた。

 

 

「終わりだ」

 

 

オルステッドがそう呟いて、ルーデウスにトドメを刺すべく足を進めて。

 

 

「……むっ」

 

 

瞬間、オルステッドは振り返り、剣を防いだ。

 

 

「イゾルテ・クルーエルか。しぶといな。まだ動けるか」

 

 

そう言われても仕方のない有様だった。

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 

肋が折れて、内臓は負傷している。

口からも血が出ていて、呼吸も怪しい。

視界はボヤけているし、手足は重い。

 

それでも、剣を構えた。

 

 

「水神流は受けの技術だ。そうやって攻めてくるものではない」

 

「……わ、かって、ますよ……それぐらい……っ!」

 

 

息は荒い。

言葉を話すことすら辛い。

 

それでも、アルフレッドの仇である。

イゾルテは剣を強く握りしめて、オルステッドに構えた。

 

その様子を見て、エリスも立ち上がった。

 

 

「はぁ、っ……はぁっ!ルーデウスの所には、行かせない……だから!」

 

 

利き腕は折れて、剣は片腕でしか握れない。

それでも、戦わないという選択肢はなかった。

 

 

「……仕方ない。眠ってもらうか」

 

 

オルステッドは瀕死のルーデウスに背を向けて、イゾルテとエリスに向き直った。

 

傷だらけで、万全とは言い難い。

そんな状況の中、エリスが地面を踏み込んだ。

 

 

「がああああああッ!」

 

 

利き腕は折れている。

剣神七本剣『鳳雅龍剣』は地面に転がっている。

故にもう片方の手で、腰の剣に手を伸ばした。

エリスと長い間、苦楽を共にした無銘の剣、その柄に指を掛けた。

 

そして、それを抜剣……と同時に、投擲した。

『追い詰められた北神流は剣を投げる』。

北帝オーベールより習った北神流の技だ。

かつて見たそれを、不完全ながらに再現したのだ。

 

 

「…………」

 

 

だが、それはオルステッドの纏う龍聖闘気によって防がれた。

そして、宙を飛んで転がった。

 

しかし、それはエリスにも織り込み済みである。

既に駆け出しており、地面に落ちていた『鳳雅龍剣』を拾っていた。

 

 

「があッ!!」

 

 

そのまま、その勢いのまま、エリスは大地を踏み砕き、オルステッドへ剣を振りかぶった。

 

 

「ぐ、ううっ!」

 

 

だが、利き腕ではない一撃など、オルステッドに通用する筈がなかった。

両手の平で剣を受け止められていたのだ。

 

 

「ここまでだ」

 

「がはッ!?」

 

 

そして、エリスはオルステッドに蹴り飛ばされた。

地面を転がりそのまま木に激突した。

 

しかし、オルステッドはエリスの剣を握ったかまだ。

確実に隙があった。

 

 

「……っ!」

 

 

イゾルテは既に踏み込んでいた。

満身創痍の身であり、水神流の基礎をかなぐり捨てた構えだった。

かつて戦ったアルフレッドとの手合わせの中、散々に見た構えだった。

身体を負傷して尚、戦うための剣……『北神流』の真似事であった。

 

だが、その一振りは。

 

 

「……終わりだな」

 

 

オルステッドに避けられていた。

手負いの獣の、付け焼き刃の剣では……龍神に敵うはずがないのだ。

 

既にオルステッドは『鳳雅龍剣』を捨てていた。

両手が自由に使える中、追撃して来ないのは情けでしかなかった。

 

 

「……まだ、です……っ!」

 

 

それでも、イゾルテは剣を構えた。

ここで仇を討たねばならない。

勝たねばならない。

 

復讐心はあった。

それと、仲間を守りたいと思った。

 

ルーデウスという人間に好感などない。

それでも、友人であるエリスが守ろうとしているのだ。

ならば、戦わねばならない。

 

ここで負ければ、皆が死ぬのだ。

エリスが、ルーデウスが、ギレーヌが……そして、自分自身も。

 

イゾルテは満身創痍のまま、剣を構えて。

 

 

「いいや、終わりだ」

 

 

オルステッドが貫手を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その貫手はイゾルテに届かなかった。

 

 

「……ふぅ、間に合ったようだね。イゾルテ殿」

 

 

イゾルテは抱き抱えられていた。

オルステッドから離れていた事から、助けられたのだと察した。

そして、ボヤけた視線で見上げた。

 

顔があった。

声が聞こえた。

 

見覚えと、聞き覚えがあった。

 

 

「あ……ぁ……」

 

 

そこに居る筈のない人が居た。

死んだ筈の、失った筈の人が居たのだ。

 

 

「お前は……アルフレッド・カールマン・ライバックか。どうして生きている」

 

 

オルステッドの言葉に、これが夢ではないのだとイゾルテは知った。

苦痛と疲労、それを上回る嬉しさからか……涙が流れた。

 

 

「生憎、約束を守ることだけが私の取り柄でして。死ぬに死ねなかっただけですよ」

 

 

いつもの軽薄な口調で、イゾルテを抱き抱えたまま……アルフレッドはオルステッドと向き合っていた。

北帝アルフレッドが、間に合ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、しかし、その内心は。

 

 

(……どうやって逃げようかな)

 

 

この場からどうやって逃げようか、としか考えていなかった。

 

 

 

 

 

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