北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
イゾルテの家には居候が居る。
名をアルフレッド・カールマン・ライバック。
不死魔族の王と、北神という英雄の血を引く……朴念仁である。
一度助けて貰ってから、イゾルテは彼と仲良くする事に決めた。
というか、仲良くしたいと思っていた。
その一環で、今日は二人で買い物に出掛けていた。
デートだ。
若い男女が並んで出掛ければデートなのだ。
……正確には、アルフレッドは長命種族なので若くは無いが。
王都アルス。
そこはアスラ王国の首都である。
巨大な闘技場、華麗なる神殿、栄えある商店が立ち並び、劇場も立ち並ぶ。
日中の大通りは、人で埋め尽くされている。
流れに沿って歩かなければ、人混みに流されてしまうだろう。
「アルフレッドさん、はぐれないようしっかり付いてきて下さい」
「はいはい」
イゾルテはアルフレッドの手を握った。
硬い手だ。
どんなに剣を磨いても、自分の手ではこうはならない。
男と女の違いをイゾルテは感じ取り、少し顔を赤くした。
イゾルテは、レイダから金を貰っている。
それは祖母からの小遣いでもあり、水神流道場にて下位の剣士に対する指導の対価でもある。
そんな金を財布に詰め込み、今日はアルフレッドと買い物に来ていた。
「まずは雑貨を見ましょう」
そう口にして、イゾルテは雑貨店に入った。
王都アルスには大規模な商業組合がある。
品揃えもよく、王国中から様々な物が集まる。
それはつまり、良い物から、それなりの物まで集まるということ。
王都アルスにて、良い買い物をするには目利きが必要である。
イゾルテは腕を組みながら、真剣な表情で売り場を見ていた。
「どれが良いと思います?」
「……どれも同じじゃないか?」
「でしたら悩んでいません」
魔除けの効果があるというネックレス。
それをアルフレッドに見せる。
「どうですか?」
「う、うむ……うん?」
しかし、彼は興味がない……という訳でもなく、本当に違いが分からないようで困った顔をしていた。
ほんの少しの装飾の違いは、どうでも良い事だと目が滑るのかもしれない。
「では、こちらと。こちらでは?」
二つのネックレスを手に取った。
赤い石のついた金の首飾りと、青い石のついた銀の首飾り。
それなりの値段はするが、イゾルテの懐には余裕があった。
これだけ見た目が違えば、選ぶだろう。
イゾルテはそう考えて、この二つを選んだ。
しかし、不安もあった。
これだけ分かりやすくても、どちらでもいい……と答えるかも知れない。
アルフレッドは自分に関心がないかも知れない。
そう考えていたのだが。
「その二つなら……右の、青と銀のが良いと思うな」
即答だったのだ。
これにはイゾルテも目を丸くした。
「ちなみに、何故ですか?」
適当に答えたのではないか、そう疑った。
「イゾルテはお淑やかだからね。金より、銀の装飾の方が落ち着いているし似合うだろう」
「そ、そうですか」
お淑やか、と言われて嫌な気持ちはしない。
イゾルテは普段、剣術道場の汗臭さの中、必死に鍛錬している。
世間一般でいえば、女っぽくないと言われても仕方がないと……そう自覚している。
だからこそ、嬉しい。
「それに青はイゾルテの髪色と合っているからね」
イゾルテは顔を赤くした。
この男は朴念仁である。
自分が他人にどう思われているか、気にしていない。
人の気持ちに疎い所がある。
だが、誠実だ。
イゾルテは思い出していた。
以前、彼が買い出しに出掛けた時、中々帰って来ない日があった。
後でレイダに聞いてみれば、人助けをしていたらしい。
風俗街の若い女性が暴漢に絡まれていたそうだ。
それを、アルフレッドは助けたらしい。
そして、若い風俗嬢はアルフレッドに、恩返しがしたいと迫ったらしい。
身体が商売道具である彼女達にとって、身体を無料で許すというのは、それなりの意味があるのだろう。
……アルフレッドが美男子だということもあるだろうが。
しかし、アルフレッドは断って帰って来た。
両手に夕食の食材を抱えて、帰って来たのだ。
「では、これを買いましょう。せっかく、選んで貰いましたからね」
イゾルテは、そういった自制できる点を評価していた。
「うん、それがいい。けれど、少しそれを貸してくれるかな」
「え?はい、構いませんが……」
困惑しながら、イゾルテはアルフレッドにネックレスを渡した。
すると彼は、そのまま店員の所まで持って行ってしまった。
「すみません、会計をお願いできますか?」
アルフレッドが店員に話しかけてしまったので、止める事もできない。
そうして会計を終えたアルフレッドは、小さな紙袋に入ったネックレスを持っていた。
「あ、あの、アルフレッドさん?」
「普段、世話になっているからね。これぐらいの贈り物はさせて欲しいな」
アルフレッドがそう口にして、手渡ししてきた。
思わず、目を丸くして……その紙袋を抱きしめてしまった。
「……ありがとうございます」
「そう喜んでくれると、嬉しいよ」
歯に浮くような軽薄な言葉。
しかし、それが本心であり、それ以上の意味がないことをイゾルテは知っていた。
彼は女を口説かない。
必要以上の世辞は言わない。
相手を憚ることは少ない。
ただ、嬉しいから、嬉しいと言っただけだ。
それはある意味、誠実さなのだ。
イゾルテはそう解釈して、素直に笑みを浮かべた。
★
昼食は、外で食べる事となった。
祖母レイダと兄タントリスが、所用で家に居ない日だったのだ。
そんな日だからこそ、昼は外食となった。
王都アルスの大通りにある、食堂。
そこは大衆食堂というより、宮廷料理と呼ぶ方が近い店だった。
実際、店主は引退した宮廷料理人らしい。
色とりどりな料理と、白いパン。
それなりに値段はするが、偶の外食ぐらい良い物が食べたいというイゾルテの望みだった。
「これ、美味しいですね」
肉団子の入ったスープを口にしながら、笑みを浮かべる。
水神流は宮廷での剣術指南という仕事がある。
イゾルテはテーブルマナーにも長けている。
「確かに、美味しいね。うん……本場の料理人というのは凄いんだな」
アルフレッドは少し頓珍漢なことを言っていた。
なんというか、張り合っていた相手に負けて悔しそうな様子だ。
イゾルテは知っていた。
アルフレッドは料理に凝っている。
一人旅をする時期が長かったからか、それとも食事が好きなのか。
料理に関しては、それなりのこだわりを持っているように見えた。
特に鬼族の作る豆を発酵させた飲み物を、調味料として使っているのには驚いた。
飲み物というには塩っけが強く、飲めたものではないのだが……あれと砂糖を使って煮込んだ芋や魚は絶品である。
アスラ王国にはあまり流通していないが、それでも一部の商人は取り扱っている。
それを定期的に、アルフレッドは買っているらしい。
「ふふ……」
そんなアルフレッドが、料理人を称賛し、敗北感を感じている。
それが少し、イゾルテには面白く感じた。
「イゾルテ殿?何故、笑うんだい?何か変な事を言ったかな」
「いえ、別に……ただ、アルフレッドさんでも敵わない者があるのだなと思いまして」
その言葉に、アルフレッドは顔をきょとんとさせた。
「俺にだって敵わない人ぐらいいるさ。レイダ殿には勝てなかったし、稽古ではイゾルテ殿にも負け続き。そもそも、アスラ王国に来たのは弟に勝ちたいからだし」
そう口にするアルフレッドを見て、イゾルテはふと思った。
彼は自分の話をあまりしたらがない。
だから、気になる。
「その弟さんというのは、強いのですか?」
「ああ、強いよ。凄くね……名前はアレクサンダー、北神カールマン三世だ」
「北神三世……兄であるアルフレッドさんではなく、弟さんが北神三世なのですか?」
「弟の方に、剣の才があったということだよ」
アルフレッドにそう返されて、自分が失言したのをイゾルテは察した。
普段はこんな失敗はしない。
アルフレッドの過去が知りたくて、つい踏み込み過ぎてしまったのだ。
「……すみません。変な事を聞いてしまって」
「いや、いいさ。気にしてない」
「でも……」
「大丈夫、本当に気にしてないんだ。負けを認めている。まぁ、これからも負け続けるつもりはないけどね」
幸い、アルフレッドに気にしている素振りはない。
「勝ちたいのですね、弟さんに……北神の座が欲しいのですか?」
「そうじゃない。弟と対等な立場になりたいんだよ」
「対等な立場、ですか?」
「ああ。そうじゃなければ、アレクが間違った時に正す事もできやしないからね」
言葉の節々から、弟への愛を感じる。
「アルフレッドさんは……弟さんを愛しているのですね」
「……まぁ、嫌いではないさ。大切な家族だからね」
それに嫉妬心は抱かないが……少し、羨ましく思った。
だから、口にした。
「私も……アルフレッドさんのこと、家族だと思っていますよ」
そして、後悔した。
これではまるで、告白しているようなものだ。
恥ずかしくなって、顔を逸らしたくなる。
そんなイゾルテに対して、アルフレッドは口を開いた。
「ありがとう。俺もイゾルテ殿のことは妹のように思っているよ」
その言葉を聞いた瞬間、イゾルテは自分の感情が急激に冷めていくのを感じた。
そして、顔を顰めた。
「そうですか」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「……イゾルテ殿?どうかしたのか?」
「いえ」
「……何が……いや、何か、その、まずかった?」
「別に。構いませんよ、気にしてませんし」
この、朴念仁は。
人の気持ちが分からないのだろうか。
イゾルテは苛立ちながら、スープを口にした。
ほんの少し、先程より塩っぱく感じた。