北神三世の兄-弟に勝つため本気出す- 作:ドゥンピドゥンピ
甲竜歴416年▲月◇日
イゾルテとは和解した。
いや、そもそも喧嘩ではなかった。
俺の至らぬ点に、彼女が怒っていただけだ。
反省して、誠心誠意謝って、許してもらった。
それだけだ。
フィットア領に出るまでの準備を、イゾルテは手伝ってくれた。
食料品の買い出し、非常食への加工。
野宿道具の用意、移動経路の確認。
別れを惜しみながら、彼女は用意をしてくれた。
それでも悲しそうにしなかったのは、俺が戻ってくると口にしたからか。
そう、戻ってくる。
彼女に帰って来てほしいと言われたからだ。
元々、長命種ではない人間と関わる気はなかった。
別れが辛くなるからだ。
だけど、関わってしまった。
そして、愛着を感じてしまった。
この家での生活は、心地良かった。
母が居た頃の家を思い出していた。
ただ、安心して……ただ、健やかに。
穏やかな時間だった。
帰りたくなってしまった。
俺の決心は、弱い。
彼女が死に別れるまで。
せめて、側に居たい。
……まぁ、生死とは関係なく、別れる時が来るかもしれない。
例えば、彼女に夫が出来て俺が邪魔になったり、とか。
イゾルテは出会った頃より背が伸びた。
もうすぐ、大人の女性になるだろう。
その片鱗が彼女から見て取れる。
イゾルテは綺麗だ。
美人だ。
性格も良い。
もう少し歳を取れば、男達も黙っていられなくなるだろう。
引く手あまただ。
だから、結婚も秒読みに違いない。
その時は祝福しよう。
……しかし、碌でもない男なら、俺が斬ろう。
イゾルテは俺にとって、妹みたいなものだ。
彼女の未来を守る義務が、俺にはあるのだ。
うむ。
甲竜歴416年▲月◇日
王都アルスを発った。
今日からまた、一人旅だ。
誰とも話さず、山を歩く日々。
獣を狩り、木の上や洞窟で寝る。
寂しい。
旅をしていたあの頃に比べて、強くなった筈なのに。
心は弱くなってしまったようだ。
目的地はフィットア領。
そこに北神流を扱う盗賊達が居るらしい。
甲竜歴416年▲月◇日
鬱蒼とした森を抜ければ、麦畑が見えて来た。
穏やかな風景だ。
ここがフィットア領らしい。
中々に穏やかな景色だ。
しかし、少し離れれば、また鬱蒼とした森が見えた。
森の奥には山も見える。
盗賊が隠れるにはうってつけだ。
しかしまぁ、とにかく、勝手が分からない。
現地の情報が欲しい。
人の多い街へ行こう。
甲竜歴416年▲月◇日
城塞都市ロアへ到着した。
領主も住んでいる都市で、フィットア領にて一番大きな都市らしい。
まぁ、王都アルスに比べれば規模は小さいが。
冒険者が多いらしい。
レイダが言っていた。
あそこは粗暴な奴らが集まる田舎で、どちらかというと俺達向けの街だと。
言いたかった事は、確かに分かった。
街には、剣や杖を持った奴が沢山いたのだ。
城壁を守る衛兵に止められたが、冒険者だとすぐに通して貰えたぐらいだ。
それだけ、荒くれ者が多いのだろう。
治安も悪そうだ。
気を付けよう。
……それにしても、上空にある赤い球体はなんだ?
誰も気にしていないように見えるが、どう考えても異常事態だと思う。
甲竜歴416年▲月◇日
食料品の買い出しに出掛けると、ロアの町長が演説をしているのを見かけた。
線が細く、貴族らしい貴族という見た目の男だった。
だが、信念はありそうだ。
そんな事より、男の横に立っていた獣族の剣士が気になった。
褐色の肌を持つ筋肉質な女剣士だ。
半裸か、ってぐらい布面積が少ない。
凄い格好してるな。
この辺りの剣士の質は高いらしい。
盗賊団に対する警戒度を引き上げなければならない。
甲竜歴416年▲月◇日
城塞都市ロアを発った。
冒険者ギルドでの情報収集が終わったからだ。
盗賊達の討伐依頼が出ていた。
元々、旅をしていた間の小銭稼ぎに冒険者をしていた。
盗賊狩りを継続するには資金も必要だと、依頼を受けていく事にした。
ロアを経つ前に、イゾルテに手紙を送った。
定期的に手紙を送って欲しいと言われていたからだ。
フィットア領に到着した旨、これから本格的に盗賊狩りをする旨……あとは近況か。
それらを書いて、送った。
一方通行の手紙だ。
こちらは住所不定だから、仕方がない。
さて、次の目的地はフィットア領の端にある山脈だ。
そこを盗賊達は拠点にしているらしい。
甲竜歴416年▲月◇日
山にある自然な洞窟を改装して、盗賊団の拠点となっていた。
自然の城塞と言った所か。
北神流の剣士が用心棒として雇われていた。
しかも、北聖だ。
戦う術を持たない農民や、一般的な冒険者には荷が重いだろう。
他に、上級程度の北神流を扱う盗賊も居たし。
まぁ、大した事はない。
全員、斬り殺した。
改心を促したのだが、無意味だった。
俺の見た目が若く、威厳が無いからだろうか?
威厳ってどうやって出せば良いんだろう。
分からん。
とにかく、一つ、盗賊団を壊滅させた。
しかし、ここだけではなく幾つか盗賊団があるらしい。
まだまだ、盗賊狩りは続きそうだ。
甲竜歴416年▲月◇日
山の麓にある小さな村へ降りた。
食料を補給したかったからだ。
ブエナ村というらしい。
そこの猟師であるロールズという男の世話になった。
彼はエルフの血を引いており、長命種だった。
なので長命種族同士、話が盛り上がった。
この村にはもう一人、長命種が居たらしい。
なんでも、昔、家庭教師の魔術師としてミグルド族の女性が来ていたとか。
機会があれば会ってみたかったが……まぁ、仕方ない。
しかし、家庭教師で魔術師とは。
この村には相当な魔法の才能を持つ子供が居るのか。
そうロールズに問えば、その子供は数年前にロアへ働きに出たらしい。
娘のシルフィエットとは大層仲が良かったとか。
なんとも悲しい話だ。
そんなロールズの娘、シルフィエットは気が弱いらしい。
俺を見て怯えていた。
……あまりここに長居はしない方がいいだろう。
食料の補給が済み次第、また山に籠るとしよう。
ああ、そうだ。
その前に、イゾルテに手紙を送らねば。
甲竜歴417年▲月◇日
また別の盗賊団を潰した。
今回は生き残りもいる。
前回の盗賊団狩りの結果、俺のことが噂になっているらしい
通称は『盗賊狩り』……なんというか規模の小さい渾名だ。
弟は『北神三世』なのに、俺はただの『盗賊狩り』だ。
しょーもない。
盗賊は抵抗しなかった。
そのままロアまで連れて行って、衛兵に引き渡した。
冒険者ギルドで換金するためだ。
貰った金を食料や消耗品に変えて、また盗賊狩りに出掛けるとしよう。
しかし、久々の街だ。
明日は美味い物でも食べるとしよう。
……あの赤い球体、また大きくなってないか?
甲竜歴417年▲月◇日
町で領主の娘を見つけた。
赤毛の気を強そうな少女だ。
家庭教師である少年を殴っていた。
暴力的な女の子だ。
護衛として、あの獣人族の女剣士がいた。
興味深くてジロジロ見てしまっていたからか、睨まれてしまった。
争うつもりはないので、そそくさと立ち去ったが。
また、イゾルテに手紙を送ろう。
返信が返ってこないのは寂しいが、彼女の頼みだ。
冒険者ギルドに記載されている盗賊団も残り一つ。
それが終われば、王都アルスに帰れる。
そう手紙に書いておいた。
甲竜歴417年▲月◇日
最後の盗賊団を殲滅した。
用心棒をしていた北神流の剣士を討ったら、戦意を喪失していた。
前回と同様、連行してロアで換金しよう。
それが終われば、王都アルスに帰れる。
あんなに離れたがっていたが、いざ離れてみると辛いものだ。
結局のところ、俺は意志が弱い。
傷付きたくないからと、イゾルテ達と離れる決心をしていたのに……離れたら離れたで傷心している。
きっと、あのまま黙ってさよならしたとして、俺は耐えられたのだろうか。
孤独に耐えられず、しれっと戻ってそうだ。
そしてレイダに呆れられ、イゾルテに叱られ、タントリスに嗜められていたんじゃないか?
いや、帰る勇気もなくて、いじけながら旅をしていたかも。
自分に対する信用がない。
ナイーブな気持ちでいっぱいだ。
とにかく、帰ろう。
まずはロアへ。
そしてアルスへ。
甲竜歴417年▲月◇日
ここはどこだ?
何も分からない。
取り敢えず、人を探そう。