霊能力女体化男子と言霊男体化女子 -亡霊より怖い生身の人間の言葉の呪い- 作:卯月らいな
<面食>
「お願いします! 僕をイケメンに整形してください!」
「今の君は、十分すぎるほどイケメンだよ? 自信持ちなよ」
「お世辞はいいんです。もっと、目を大きく! 切れ長に!」
「困ったなあ⋯⋯」
私は、整形外科医の面食(めんくい)香苗(かなえ)、美男子の高校生患者、池田活輝(いけてる)くんから整形の依頼を受けていた。
醜形恐怖症。自分のことを醜い肉体だと思い込む思春期によくある心の病だ。
朝から晩まで鏡とにらめっこするようになり、そして、人によっては、たとえ、美男美女であっても整形を望むようになる。
池田くんがイケメンなのはお世辞ではない。
そりゃあ、女の子が「きゃー!」って黄色い声援をかけ、「彼女にしてください!」とラブレターが靴箱の中にあふれるような有名人のようなわかりやすいモテ方はしないだろうけどさ。女子会とかで噂話出そうな感じではあるよ。
ここまで変な思い詰め方していると、メンタルクリニックに誘導したくなるけど、この調子だと余計、本人が心を閉ざしてしまう。弱ったなあ。
説得は長丁場になった。他の患者さんを待たせているしどうしたものか⋯⋯。
「もういいです! きっと、僕は呪われているんだ! よその病院に行く!」と飛び出す。
「あ! こら!」
「大丈夫かなああの子」と私の横の看護師の南さんも不安顔。
「まいったなあ。未成年は親の同意が必要だから、普通の医者はあの手術、断るんだけど⋯⋯。今の時代、どんな脱法手術があるかわかんないから。あの子の親、お金持ちだしなあ。もし、外国にでも行かれたら防ぎようがない⋯⋯」
「心配だよ。親に言ったほうが⋯⋯」
「だめだよ。印鑑付きの親の同意書持参してるから⋯⋯。どう見ても、三文判ではなかったから、子どもの浅知恵で偽造書類作ったわけではなさそう。どういう教育方針の親なのかはわかんないけど、あまり、うまく説得する自身ないなあ⋯⋯」
「どこに相談すればいい? 学校?」
「今の教育の現場、めちゃくちゃ先生の負担大きいから。昔の教師ドラマみたいにきめ細やかに一人の子どもと家庭の問題につきっきりになるのは時間の制約的に現実的ではない⋯⋯」
「児童相談所は? 市役所の福祉窓口? 生活相談員? 警察? 行政サービスはたくさんあるよ」
「うーん⋯⋯」
どこも、そんなにうまくやれないように思えた。
そういうところで、働いている人たちが悪いというわけではない。制度の中で動ける範囲は限られているのだ。助けたくても助けられない。
人手も不足している。
少子化で子どもの人数は減っているはずなのに。昔のようには、子どものために、地域社会が踏ん張ることはできない。
国全体が力を失っている。今の日本の限界を感じるなあ。
GDPという指標に踊らされ、企業社会に富を集めすぎた社会は、家庭や地域を経済から切り離してしまった。そのツケが、今、子どもに回ってきている。その結果、企業社会を支える屋台骨すらも崩れ去ろうとしている。
旧約聖書に出てくるバベルの塔のように。
大きな経済の話はいいとして、目の前の問題の方が重要だ。
誰ならば、彼を救うことができるだろう。
今の行政には子どもたちを助ける力は持てない。
でも、もし、社会の制度に組み込まれていないアウトローであれば⋯⋯。
こういう問題は、老朽化した社会の歯車として、決して組み込まれることがなかった人間の視野の広さが必要なのかもしれない。
<霊子>
隣町の住宅街、スマホの地図アプリを頼りに右往左往。
土地勘はあるんだけど、住所地と場所がうまく紐づいてくれない。
「今日の依頼は何?」と魂太が聞く。
「整形外科医に頼まれて家庭訪問。醜形恐怖の霊が取り憑いていないかってさ。そんなのが幽霊の仕業なんて聞いたことがないけど」
「ふーん。なるほどねえ。ちょっとだけカルテと問診票のコピー見せて」
「はい。一応、個人情報保護法っていうのがあって、本当は私たちが見ちゃダメなものだから、こっそりとね……」
16時だからそこまで人通りが多くはない。左右を見て、誰も歩いていないところを魂太にチラ見せする。
じーっと睨んでいる。
「なにか言霊が憑いてるの?」
「なるほどなるほど。そういうことか⋯⋯」
独り言を言いながら、魂太はどこかに走る。
「あ、こら! 問診票返しなさい!」と追いつこうと走る。
「後で返す!」
「だめっ! それ、落としたら大問題なんだよ! 依頼人の女医さんが、責任問われるからっ! ちゃんとバインダーに挟んでリュックに入れなさい!」
「わかった!」
リュックの中に紙をしまう様子が見える。
てか、赤信号だ。追跡を断念する。
だめだー。中学生にもなると、元気な男の子に追いつけない。今の私、女の子なんだなあとしみじみする。
もう。勝手なんだから。
仕方ない。一人で行くことにしよう。
大きな屋敷の前に到着。見たことある建物だけど、ここが、池田くんの家だったのね。
ピンポーン。
押すと、高校生の男の子が玄関に。
「お母さんかお父さんいない?」
「共働きだからいない⋯⋯」
「そっか」
「あの? 面食先生が呼んだ霊媒師さん?」
「そうだけど」
なーんだ。話通ってたんだ。どうやって除霊許可取ろうか、色んなパターンを頭の中でシミュレーションしてたんだよね。
良かった。
「じゃあ、中に入れてくれる?」
「う、うん」
照れた顔をしている。面白い反応。私にちょっと惚れてたりして。かわいいな。うふふ。
リビングに入ると、紅茶を出される。
「パック紅茶だけど」
「気を使わなくていいよ」
「あのー。この部屋に悪霊は居るんですか?」
私はあたりを見渡す。霊気を感じた方を向く。壁のシミが人間の顔に見える。
「あ、やっぱり居たんだ。そこ、昔、心霊写真が撮れたことがあるんですよ」
池田くんの声を尻目に祓い帽を取り出す。
「祓い給え! 清め給え!」
「うああああああああ!」
マンドレイクの妖怪のような叫び声が部屋に響き渡る。
除霊完了。
「ほ、本当に悪霊がいたんだ⋯⋯」と池田くん。
「浮遊霊はいたけど、害はないはずなんだよね。どう? 整形したくなくなった?」
鏡を見せる。
「うわああ、僕はなんてキモいんだ。変なところにほくろついてるし、左右対象じゃないし! 整形したいんだあああ!」
私はため息を付く。
「やっぱり幽霊のせいじゃなかったみたい」
そのとき、ピンポーンとインターフォンが鳴る。
「誰かな?」と二人で迎えに行く。
魂太が女の子を連れていた。制服は着てたけど、池田くんとは違う高校だねえ。
カバンにたくさんぬいぐるみがついていてファンシー。ストレートパーマの長髪だったりして、清楚なファッションに、なかなかのお金を注ぎ込んでいるのが逆に中身が不良とまではいかないけど、どちらかというと、やんちゃなタイプであるように見えた。
「ひさしぶり」
「あ、鹿毛口さん⋯⋯」
どうやら、ふたりは中学の頃の同級生らしい。
「なんつーか。ごめん。中学の頃、キモいだなんて言って。そんな心に深傷をおってるなんて知らなかったんだ」
なるほど、彼女に昔、言われたことを気にしてたのか。
「でも、本当に僕がキモいからそんなことを⋯⋯」
「そんなわけない! 掃除サボってるの注意されてむかついて、うまく言葉で言い返せないから、キモいって言葉使っただけなんだよ。女子がキモいって言葉使うときは、だいたいムカつくの意味なんだよ。本当にキモいやつなんて話題にもしたくないよ」
「言霊が消えた」と魂太。
なんだか、些細なすれ違いで人間の心っておかしくなるんだなあ。
後日、面食先生からお礼の手紙が届いた。
池田くんはありのままの自分に自信をつけて、彼女を作ってデートしているとかで。
いつもの学校の屋上に私たち二人が立ち尽くす。
「池田くん、ちょっとあなたに惚れてなかった?」
「嫉妬してたりする?」
「な、なにそれ。霊子のくせに生意気」
ふふっ。たまには言い返してやらないと。
私たちの冒険は続く。