霊能力女体化男子と言霊男体化女子 -亡霊より怖い生身の人間の言葉の呪い- 作:卯月らいな
<織田>
職場のチャイムが鳴る。もう12時か。
打ち合わせが多い日は時間が経つのが早い。昼飯何にしようかな。
「織田せんぱーい。先週の魔法少女プリンマリン2見ました?」
先日の社内飲み会で意気投合した後輩が話しかけてくる。
「あー、見てないなあ。全然見てない」
「残念。先輩、あのシリーズ好きだって噂に聞いたのに」
「そういえば、あの頃、ブルーレイ集めてたなあ」
「そんなに好きだったのなら、来週こそ見なきゃダメですよ! 黒幕の正体がわかるって次回予告やってたんですから!」
「わかった。わかった。見る。見るよ。はぁ⋯⋯」
俺の名前は織田。システムエンジニア。
パソコンも大好きだし、アニメも大好き。
若い頃は、プレイ時間が長い美少女ノベルゲームを徹夜してクリアしていた。
だが、今、気分が乗らない。オタク系コンテンツを新しく試す気が起きないのだ。
家に帰って飯を食う。一通り家事を済ませると、スマートテレビでサブスクを開く。
どの番組を見ようかな⋯⋯やっぱりいいや。
タブを閉じて、SNSやショート動画など、消費の手間がかからないものを眺めて寝てしまう。
あっという間に時間が過ぎる。もう11時半か。夜ふかしは体に悪いな。さっさと寝よう。
そして、次の日も仕事へ行く。
空虚な日々を送っていた。結婚しないならしないなりに、せめて趣味くらいは満喫したかった。こんなつまらない仕事人間になるつもりじゃなかった。
俺の人生に何が起きてるんだ。見当もつかない。きっと、呪われているのか? そうに違いない。
電車でスマホを触り、Webニュースを眺めていた俺は一つの広告に目を留める。
『女体化霊媒師と言霊少年! キャンペーン中!』
呼んでみるか。飲み会の話の種くらいにはなるだろう。
「こんにちは! お邪魔します!」
本当に来たよ。中学生くらいじゃないか? こんな商売していいのかな。ま、いいや。
「お祓い頼むよ。オタク活動が気乗りしなくて」
ざっくりと悩みごとを話すと、巫女は押し入れの方に向いて祓い棒を振るった。
「祓い給え! 清め給え!」
巫女衣装が揺れ、何か空気が軽くなった気がする。あくまで、気分の問題だけど。
それにしても、なかなかよくできた衣装だ。巫女衣装の布の質がいい。コスプレイヤーの友人に見せたら驚くかもしれない。
パシャっとスマホで撮影、SNSに共有する。さっそくいいねがつく。やっぱり映えるよね。
それはそうと⋯⋯。
「幽霊いたの?」と聞く。
「居ましたけど、無害な霊ですね。それより⋯⋯言霊は?」
霊能少女は隣に座る言霊少年に話を振る。普通の私服だなあ。
「憑いてますね。人間関係と数字が悪魔合体している。業界用語で他者評価型言霊って言います」
「他者評価式言霊?」
よくわからん言葉を振りかざしてくる。オカルトグッズでも買わされるのかと身構える。
「人間が数字を使うのは何かを管理するときなんです。数字で管理しないと仕事も回らないし、筋トレも習慣化できないし、勉強の進度もわからない。毎日何かをコツコツ進めるには便利な道具です。でも、それは人間の心を硬直化して考えるのをやめるのと表裏一体。あなたは、数字に憑かれている」
「はあ。よくわからんこと言うな。ま、いいや、報酬払うよ」
帰ってもらうことにした。安アパートに俺一人残された。追加料金請求とかされなくてよかった。とりあえず、悪質な業者ではないようだ。
数字。数字ねえ。学生時代、俺は数学が得意だった。周囲の勉強嫌いの不良たちの姿を思い出す。もともと、学ぶことは楽しかったはずなのに彼らがなぜ嫌気が差して勉強しなくなったかを思い描いた。テストの点数や時間割に追われて疲れ果てたからではないか。
学校のビデオ授業で取り上げられた後進国に学校ができた日に密着したドキュメンタリー映像を思い出す。子どもたちの目はキラキラと輝き、熱心に先生に対して挙手していた。
彼ら彼女らにとって、学校で学ぶのは自由を得ることなのだ。村で川から家に水を運び続ける人生から抜け出し、より良い社会の基盤を作り、自由と豊かさを得るための夢へのチケットを手に入れられる場所こそが学校なのだ。
数字で管理する日本の学校は、勝ち馬に乗ってる優等生のモチベーションを上げるものではあるが、そうでない人間にとっては、夢で彩られているはずの校舎をただの灰色の箱に変えてしまうものでもある。
学校は、勉強を人生の選択肢を広げるためのもののようには見せてくれない。大人になったら、本当に役に立つ知識であったとしても、模擬試験と正規分布曲線を通して、学生に対しては人間を格付けするための空虚なデータであるかのように見せつけてくる。
なるほど。彼らの言うことは一理あるかもしれない。しかし、俺は、彼らと違って勉強はできたほうだ。数字に追われて疲れることなんてあるはずがない。
次の日、後輩から話しかけられた。
「先輩、今期アニメ、何本見ました? やっぱ、5本は見ないとオタクとは言えないですよね。にわかですよにわか」
「それだ!!」
俺は思わず立ち上がった。
しまった! 周囲から白い目で見られている。恥ずかしい。
「どうしたんです? 先輩」
こんなつまらないことだったんだ。
当たり前だが、何本アニメ見ようとオタクとして偉くなったわけでもなんでもない。
見なければ馬鹿にはされるものの、見たからと言ってオタクとして一目が置かれるわけではない。
誰かが作った手前勝手な自分本位の尺度に振り回されて、疲れたときに人間は趣味のことが嫌になるんだ。
そして、その尺度は、人間が気分で雑に他人を振り回すためのもの。決して真剣に追うべき数字ではない。
学生時代の悪友の姿が脳裏に浮かんだ。
「お前、どうせまだ童貞なんでしょ? 俺なんて30人斬りだぜ。すごいだろ。風俗とか行った方がいいよ。やるだけで世界が広がるから」
肉体関係の経験人数を自慢してくる悪友。
嫌なやつだと思った彼もきっと自分を呪っているのだ。
他者評価式言霊ねえ。今の時代、色んなところに居そう。
家に帰った俺は、久々に漫画本を手にする。
古き良き少年漫画の18巻だ。物語の転機になる重要エピソードが掲載されている。
子どもの頃って、お小遣いがそんなに充実していたわけじゃないから、好きな漫画も飛び石で買ってたんだよね。
100巻全部買うなんて、富豪の道楽という感覚だった。
だから、重要イベントがある巻やたまたま誰かに譲り受けた巻だけをあり余る時間を使って読み倒していた。
当時は、物語の全体像を把握しているわけではなかったが、それでも、まっさらな白雪に足跡をつけるかのような贅沢感を味わっていた。
スタンプラリーのためにチェックポイントを回るような感覚。
こういう楽しみ方を今の俺は失ってしまったのかもしれないな。
なんだか、心が軽くなったような気がした。
サブスクアプリを起動する。とりあえず、ネットミームになっているエピソードだけつまみ食いしてみるか。
それで、心にひっかかるようであれば、他のエピソードも⋯⋯。
たくさんありすぎるコンテンツは、体系的に見れればそれにこしたことはない。量を見ないと得られない知見はあるだろう。でも、少しづつマイペースに守備範囲を広げるプロセスを楽しめるようになったらいいのかもしれない。
オープンワールドの世界をRTA攻略などせず、まるで、未踏の地を冒険するときのようなワクワク感を得るときのように。
<霊子>
「あんたちょっと体重増えた?」
「むむっ!」
魂太にこんな言霊投げられてムッとするなんて!
乙女心が芽生えているのかもしれない。
私たちの冒険は続く。