霊能力女体化男子と言霊男体化女子 -亡霊より怖い生身の人間の言葉の呪い- 作:卯月らいな
<同級生視点>
俺は錨沢(いかりさわ)。同級生を久々に集めて相談をする。目的は地縛霊の除霊だ。旧友たちが好き好きに発言する。
「今度、雇おうと思ってる中学生霊媒師、女体化男子らしいが⋯⋯」
「多様性の時代だし、仕事ができれば何でもいいんだが⋯⋯。それより、セットでついてくる言霊男子っていうのは誰だ? 霊媒師単品で雇えないのか?」
「それが、アフターサービスのためだと言い張るんだよ」となだめる。
だが、「はあ⋯⋯」と気のない返事が返ってくる。
「それはそうと、勝田(かつた)のやつも呼ぶ?」
懐かしい名前だ。そういえば、今日は来ていないが一応、呼ぶリストに名前は、一応、乗せているので質問返しする。
「なんで、そこ悩むんだ?」
「だって、犬島(いぬしま)が過労死して地縛霊になったの、ある意味、勝田のせいみたいなもんじゃん。勝田がしつこくニートは情けないから家を出ろって煽るもんだから」
クラスメイトの犬島は、自死したとだけ聞いていたが、そんなひねくれた見方をしているやつもいるんだな。驚いた。
「いや、そこはさすがに本人の自己責任だろ」と冷たく言い返す。
<勝田視点>
俺の名前は勝田。
新卒の頃は就職氷河期だった。
だが、弱音は吐いていられなかった。
勝ち組の人生を歩むためにできることはなんでもした。
ボランティア、インターン、バイト、サークル、エピソード作りのためになんでも。
面接のためのエピソードを山盛りにした。
もちろん、大学の就職科のイベントにも参加する。
学校の1000人は入る大会議室で各校を渡り歩くというアドバイザーは語った。
「就職を勝ち取るには、お笑い芸人を見習ってネタ帳を作ってください。彼らはコントや漫才だけでなく、フリートークのネタも紙に書き溜めているのです。この時代、普通に真面目にやってるだけでは、競争率の高さに埋もれてしまう。個性のある面白い人間だと思われないといけません」
俺はネタ帳を作り、男芸者に徹することにした。本音を心の奥底に隠して、当時の年長者が好きそうなちょっと生意気だけど空気を読める、そんな、当時の若手お笑い芸人をモデルにしたキャラの仮面を被ることにした。
お酒の席ではひょうきんそうな顔をして、本音ではそこまで大して興味もない、女性の胸部の大きさの話題に熱心に食いつく演技をする。すると、年長者たちは、馬鹿なやつだなと大笑いをして喜んでくれる。
当時の大人たちには、自分たちの若い頃と似たようなわかりやすいキャラがウケた。
『人間はキャラじゃない』
と、思いつつも、処世術として軽薄のキャラクターの仮面を被ることはやめられなかった。
演技ができないやつらが怒鳴り散らされ、都落ちしていったのを横目で見ていると余計に。
こうして俺は、次の時代を切り開いてくれるホープとなった。
東証一部、現在のプライム企業に入社し、俺は順調に出世コースに乗った。
組織の潤滑油を目指した。芸人の仮面はパワハラから身を守ってくれたし、女性にももてた。
あれから25年か。同窓会もなかなか開かれない。負け組になった連中がそれだけ多いってことか。
と、思っていたら、同級生の錨沢から除霊カンパの呼びかけがSMSで来た。
なんでも、クラスメイトの犬島が過労死して以来、地縛霊となって除霊をしたいという。
あいつら心霊なんて信じてるんだねぇ。
ノストラダムスが終わってからもそんなの信じているやつは時代遅れだよ、なんて横槍入れたくなる。
ちょっとからかい半分に参加してやるか。
「勝田課長。ちょっと話がある」
「なんです?部長?」
部長から珍しく呼び出された。なんだろう?
昇進試験か? いや、受けるにはTOEICの点数が、前回、少し足りなかったはずだ。
業務に関することであれば、下からの報告があった後、他の役員と相談することが多い。
社内SNSかメールでアポ取ってから来るはずで、直接、呼ばれるものだろうか。
解せない。
☆ ☆ ☆
3ヶ月後、俺は除霊の現場に向かった。
場所は、高校の旧校舎。こんなところに霊として棲み着いたものだから、同窓会メンバーで除霊しようという話になったと聞かされる。
「祓え給え!清め給え!」
女体化心霊少女なる女が祓い棒を振りながら祈る。
よくわからないが、除霊とやらは完了したらしい。
「ふん。地縛霊になるなんて死んだ後も社会性のないやつだった」
足元の小石を蹴飛ばす。
「勝田お前⋯⋯」と錨沢のやつが肩を怒らせるが他の連中に取り押さえられる。
そんな中、立ち去ろうとしたところ、言霊少年とやらが立ちふさがる。
何を言おうとしているんだ?
「な、なんだよ⋯⋯」
「強がらなくて良いんですよ。今日集まったメンバーは、みんなそれぞれの道を進み苦労しながら人生経験を積んだいい大人たち。あなたの本当の今の身分を知っても馬鹿になんかしたりしない」
頭に鉄槌がくだされったようだった。胸が苦しくなり、ひざまずいてしまう。
目から塩水が、涙が止まらない。
おかしい。俺は辛い時も苦しいときも、常に仮面を被って生きてきたはずだ。
ここまで、自分の感情をコントロールできないだなんてはじめてだ。
普段は、極めて理知的で論理的で、それでいて、オフという名の別の仮面をかぶる時には、羽目を外したふりをして馬鹿になれる。そんな自己像が⋯⋯、立派な大人像が、瓦礫のように崩れていく。
こんなところで周囲に弱みなんて見せてはいけない。理性はそう警告しているのに。
あの日、部長に呼び出された俺は部下のいない課長になった。
いわゆるリストラ部屋ってやつに通う事になった。
会社の利益に寄与しているように見えない、ひたすら精神を消耗するような単調作業を強いられる。
経理の書類でも事業の書類でもない、ただの印刷した紙に所定のルールで記号を書き入れ、そして、シュレッダーにかける。
SPIのような知能試験の訓練にすらならない。ただただ、ひたすら無意味な苦行。
そんな作業をこなしながら、肩書は次長だが、実質リストラ執行人な人に連日怒鳴られながら過ごした。
精神の限界を迎えた俺は退職し、転職活動に奔走する。
何十年かけて磨いた社内政治に特化したスキルセット。それは、転職市場では役にたたない。
下請け会社の社員であれば、身についていたであろう現場の叩き上げの泥臭い経験。そんなものもなかった。
資格の数々も20代や30代であれば評価されただろうが、50を超えると厳しくなる。
本当の自分の市場価値を思い知らされた。
ローンは返せなくなり、生活が苦しくなった。家と車は手放しつつも、借金だけが手元に残った。
妻とは離婚。転落人生を歩むことになった。
情けない。こんなの馬鹿にしてきた同級生に話せるはずもない。
だが、事情を話すと周囲は意外にも暖かく受け入れてくれたのだった。
ある男は、優しい目で俺を見つめて言った。
「俺、デイサービスを開いててさ。職員を探していたんだ。ローンの足しになるかはわからないけど働いてみるか? 次の仕事までのつなぎのつもりでいいよ。やりたい仕事はあるだろうから」
「俺はなんて軽薄だったんだ⋯⋯俺は⋯⋯!」
ここまで、感情をむき出しにするなんてどれだけぶりだろうか。
ようやく人間に戻れた。そんな気がした。
☆ ☆ ☆
<心霊少女視点>
いつもの学校の屋上で言霊少年と夕焼けを眺めていた。
「大人って仮面をいくつも持ってるのね」
「そういうあなたも女の仮面、うまく使いこなしてるでしょ?」
そう切り返すか。さすが言葉のプロ。
「あなたが男の仮面被ってくれてるから⋯⋯」
ちょっと、冗談半分でのろけてみる。
「なにそれ?私の正妻役やってくれるの?」
「うるさいなあ」
「ふふっ。かわいいなあ」
私たちの冒険は続く。