霊能力女体化男子と言霊男体化女子 -亡霊より怖い生身の人間の言葉の呪い- 作:卯月らいな
「払え給え! 清め給え!」
いつものように除霊の言葉を私は投げかけた。しかし⋯⋯
「⋯⋯おかしい!除霊できない? こんなことはじめて!」
私は霊媒女子中学生の霊子。こう見えても実は女体化男子。
今日は、郊外のアパート
大家さんはがっかりした表情を浮かべる。
なんでも、がんで死んだ男が地縛霊として取り憑いているらしい。
深く考えず、いつものように除霊を試みたが、失敗してしまった。
霊力が足りないってこと?
まずは、自分の能力を疑い、サイコキネシスで眼の前にある座布団を浮かべて見せる。
ちゃんと、ふわふわと浮かび上がる。絶好調のはずだ。
それか平安時代の崇徳上皇のように手のつけられない呪いなのか。
そこまでの怨念は感じないんだけどねぇ。
「となりの男の子は何かできないの?」と大家さんは隣の言霊少年こと魂太に話しかける。
「僕は霊能力ないんですよ。言霊が見えるだけで」
「役に立たないねぇ⋯⋯」
私たちは申し訳なさそうに部屋を出ると、錆びた鉄骨階段を金属音を立てながら降りていく。
すると、2人の主婦と思しき女性が、マイバッグを片手に息子と娘について噂話をしているのを見かけた。
「うちの娘ったら、念願の看護師になったのはいいけど、働きすぎでそのうち過労死しないかしら⋯⋯」
「うちの息子は正反対で働きもせずごろごろしてばかり⋯⋯」
気になる会話だ。もしかしたら、霊と関係あるかもしれない。
ちょうど、たまたまだが、2人とも家にいるらしく、会わせてもらえることになった。
まずは娘さんから。目に隈ができていて不健康そうな顔。医者の不養生ならぬ看護師の不養生だ。まばたきをなかなかしないので、心配になる。
「どうして、そこまでして働くんですか?」
「なんでって言われても⋯⋯」
言い淀む彼女を尻目に魂太は本棚を凝視する。漫画本が陳列されている。
少女漫画とスポーツ系の少年漫画、女性向けアニメの深夜枠で放送された青年漫画原作なんかが混在している。
とりたてて、一般的な女性が読む漫画のラインナップとして、違和感のあるものではない。
特徴があるとしたら、オタク女子ならば、少しは並べそうな、サブカルっぽいテイストがする作品群が一切並んでいない。それくらいだ。
そんな本棚を見て、魂太は、何か言霊を見つけたらしい。一冊の少年漫画を手に取る。
「諦めたら試合終了⋯⋯」
「お、バスケ漫画のセリフよく知ってるね」
「あなたの言霊が宿ってるからね」
その漫画は私は読んだことがあった。と、いうかインターネットでもミーム化している有名なセリフだ。
「うん。あの漫画を聖典にして私は自分を奮い立たせてるんだよ。よくわかったね」
強烈な違和感を覚えた。漫画のそのセリフが出てきた文脈を思い出す。
本来、頑張るべき時期に頑張れなかったことで、後悔しているキャラクターがいた。彼が自分を奮い立たせるために、過去を回想する。挫折してめげそうな不利な試合で、未来の恩師となる人物に、その名言を語りかけられる。多くの人に勇気を与えた名場面だけど⋯⋯。
すでに、十分すぎるほど頑張りすぎている人が自己暗示のために使い始めると呪いになってしまう。善な言葉が常に善とは限らないのだ。
瞳孔を開き、震えながら、娘は私の肩を掴む。
「ひいっ!」
な、なんか男なのに女みたいな悲鳴あげちゃった。はずかしい。
「あんたの霊媒師としての栄光時代はいつ?」と睨まれる。
どう答えてあげたら良いんだろうか。窮していると彼女は続ける。
「私は今なんだよぉぉぉ!」
大声で叫びながら、バッグを揃えて、パンプスを履き、外に出かけてしまった。
どうやら仕事に向かったらしい。
「なにこれ?」と魂太に聞かれる。
「ああ、同じ漫画の別キャラ、というか主人公が大きな試合で奮い立つときのセリフ」
とりあえずの説明をしてみたけど、ニュアンスは通じたのか彼は肩をすくめる。
まあ、その気持もわかるよ。よっぽど心酔してるんだねぇ。呆れた。
でも、いくら人によっては救いになる言葉でも、処方が間違ったら心に毒だよ。
医療関係者ならわかりそうなものだけどね。
徳川家康なんかも、漢方薬に凝っていたのが長寿の原因だったけど、逆に死因も漢方の間違った処方だったと聞く。
とりあえず、娘さんの方は話は聞けたので、次は息子さんの方に向かうことにした。
来客なのにゴロゴロ寝転がりながらスマホ。
無気力のまま脱力して背中を掻いている。緊張感ないねぇ。
冷たい目線を向けるとこちらが何も言ってないのに弁解をはじめた。
「いいんだよ。この世界は親ガチャ。生まれや育ちで未来は決まってるんだから。こんな安アパートに生まれても金持ちの人間と同じ質の努力できるわけないだろ」
なるほど⋯⋯。こっちは親ガチャという言葉が呪いになっているわけか。
格差社会を巡って、政治批判、社会批判をするには、いくらか使いようのある言葉だけど、親など周囲の大人に対して怠惰の言い訳に使うには、少しみっともない言葉だ。ましてや、自分に言い聞かすという使い方は⋯⋯。
両極端の2人だねえ。
「まあ、でも、ほどほどに、ぬるま湯で働くという選択肢が封じられてる今の時代の被害者的な側面もあるかも」と、大家さんは2人をフォローしつつも、肩をすくめる。
「こんなの見てたら、大人になりたくないなあ」と魂太は苦笑する。
ちょっと、おかしな方向に話題が進みそうだから、矛先変えてみるか。聞きたかったことあるし。
「まあまあ。ところで、がんの治療で亡くなったんなら普通、霊は病院に憑くと思うんですけど、もしかして、アパートで亡くなったんですか?」
大家さんは、その質問待ってましたとばかりに語り始める。
「そうなんだよ。あやしいスピリチュアルを信じて、祈れば治療しなくても治るなんて言って。噂だと現代の医療技術だと完治できるようながんだったって聞くよ?」
なるほど、こだわりの強さがある霊か。私は少し考え込む。
ひょっとしたら、除霊できない原因も、単に悪霊だからというわけでも、霊力が足りないというわけでもなさそうだ。
第三の可能性を探ってみることにした。
「そっか。いつもは神道式の除霊だけど、仏教式にしてみるか」
私は数珠を家に取りに帰った。こんなこともあろうと買っておいたのよ。
ここから徒歩20分だから、そこまで時間はかからない。
そして、悪霊が佇む部屋で念仏を唱えることにした。
「色即是空 空即是色 南無阿弥陀仏」
悪霊は、執着をやめ、成仏した。
タブレットを操作し、仏法説話が書かれているページに手際よくたどり着く。
「今昔物語っていう日本の昔話に 、前世の因果を病の原因とみなし、医療による治療を拒んだ男がいた。だけど、男は、"正しさ"を担保する念仏ばかりを唱えるあまり死んでしまった。今昔物語は仏教の寓話集。それを鎮めるには、執着を捨てることを説いている般若心経が合っている。色即是空空即是色。形あるものこそ実体がなく。実体があるものこそ形がある。あの2人も正しさを説く言葉への執着が捨てられるといいけど⋯⋯」
「なるほどね。じゃあ、あの2人も執着の霊に取り憑かれていたってことか」と大家さんは納得する。
「おそらくは⋯⋯」
後日、娘は今より楽な病院で働き、息子はアルバイトをしながら宅建の資格をとりはじめたと聞く。
いつもの学校の屋上で私たちは語り合う。
「完全に解決とはいかないけど、少しは言葉に縛られず自分らしく生きられてるんじゃないかな」
「性別に執着しているあんたが言う?」
「てへぺろ」