霊能力女体化男子と言霊男体化女子 -亡霊より怖い生身の人間の言葉の呪い- 作:卯月らいな
<紐手視点>
「祓い給え!鎮め給え!」
駅前を歩いていると、セーラー服を着た女が仰々しく祓い棒を振るっていた。
そうか。あれから5年になるか。ここは、通り魔事件の現場だ。魔がさした男の手によって、多くの人がここで亡くなったらしい。
犯人の気持ちはわからなくもない。
今の世の中は、恋愛することを難しくする一方、パートナーを作らないことに対しての厳しい世間体を緩めようとしない。
右の頬を殴ることによって突き出た左の頬を、さらに追い打ちで殴られている気分になる。
一方的に、殴ってもいい木偶人形にでもなった気分だ。
霊媒師の女の横には、メガネをかけた男が立っていた。なんでも、言霊少年とかいうボーイフレンドらしい。
ちっ。オカルト界隈の連中までリア充かよ! 二人は、性転換しているとか言う話もあるが、いずれにせよ恋人持ちだ。許すまじ。
裏路地に視線を投げるといちゃいちゃしたカップルがキスを見せびらかしながらちらちらと視線を投げかけてくる。
中学時代のいじめっ子とその姿がオーバーラップする。実に腹が立つ。
俺の名前は、
過酷な肉体労働と生活の苦しさを抱えた人間同士が怒りと憤りをぶつけ合う。弱者を集めて、社会から隔絶され、互いを罵り、消耗し合うだけの感情労働。それが現代社会のリアルだ。
さながら、映画のファイトクラブだ。心の闇をひたすらぶつけ合う世界。
世の中、狂っている。
空虚な心を抱えたまま自宅に着くと、スマホを開き、SNSを眺める。
「害悪世界」というアカウントがいつものようにアホ女のツイートを引用して語る。
「な? 女は頭悪いだろ? アホな男を選ぶからそんな目に遭うのだ」
俺は深く頷く。全く正しい。
俺⋯⋯どうすれば社会に苦しさを見てもらえるんだろうか。どうやら、真面目に働くだけでは、それは無理らしい。いっそのこと俺も⋯⋯。
決意を固めた俺は、ホームセンターに向かうことにした。ここなら、色んなものが売っている。
俺も大きな事件を⋯⋯。
そう思ったとき、見覚えのある男がジャージ姿でうろついていた。
言霊少年⋯⋯! 知っている。見たことがある。
人が囚われている呪いの言葉とやらを見透かし、偉そうな説教をするという。
やつは、俺の方をじっと見つめて腕組みをする。何を言うつもりだ?
どうせ、『辛いのはあなただけじゃない』とか陳腐なセリフだろう。
『世の中、そんな綺麗事出回っていないんだよぉ!』とでも言い返してやろうか。
そんな風に考えていた。
その時、言霊少年は意外なことを語り始めた。
「あなた。悩みごとを他人に乗っ取られてませんか?」
意外なことを言いだす。心でも読めるのか? 探りを入れよう。
「お前、俺の悩みを知っているのか?」
「あなたの悩みや怒りは、女性にモテないことや労働環境に対しての個人的なものだったはず。社会に対しての憤りだったはず。だけど、あなたが今、凶行に及ぼうとしている本当の理由はそれじゃない」
言霊少年は、スマホを取り出す。
SNSの画面が映っていた。俺がいつも見ている「害悪世界」のアカウントだ。
「僕、言霊が見えるんです。どんな人がどんな思いを込めて呪いの言葉をかけたかが見える。それが僕の特殊能力。あなたに取り憑いている言霊の原因になっているアカウントの投稿主。彼がSNSの投稿に込めた真の狙いを教えてくれる」
彼は僕の周囲をゆっくりと歩く。
「そのアカウント、害悪世界がなんだってんだよ⋯⋯」
「この害悪世界さん。実は、妻子持ちのお金持ちだよ。不倫ばかりするから奥さんに愛想をつかされて慰謝料や養育費を多額請求されて、首が回らなくなり始めてるだけの。非モテで悩んでいるあなたとは女性を憎む背景が全然違う。あなたなんかよりずっと自業自得。こんな、到底、感情移入できないつまらない男に突き動かされて、人生を棒に振って、他人を傷つけたとしたら⋯⋯。罪を贖う最後の朝、悔やんでも悔やみきれない人生になると思うよ。本当にそれでいいの?」
頭の中にショックが走った。俺はただのアジテーター、煽動者の操り人形だったっていうのか。
そんなのあまりに惨めすぎる。人生のすべてが、無意味化する!
「あなたの悩みや怒りを否定するつもりはない。女性関係はどうにもならないかもしれないけど、あなたの働いている職場の話であれば、今の時代なら、普通に労基署に訴えれば動いてもらえる。時代は少しずつ変化している。労働環境の不満であれば、解決する方法はいくらでもあるよ。あなたの怒りや憤りはあなただけの大事なもの。無責任な他人の扇動に利用されていいものではない」
その言葉によって、今ある現実は変わらないが、少し肩の荷が下りた気分になった。
そっか。怒りを訴える場所がわからなくて感情迷子になっていただけで、意外とやりようによっては、救いはあるのかもしれない。
言霊少年は続ける。
「まあ、現代社会が厳しいのはどうしようもないよ。それこそみんなそれぞれの理由で苦しいんだから。それぞれが孤立を深めて、それぞれが他人を憎んでいる。そんな時代に自分の身で守れる部分は自分で守るしかないよ」
スマホを見せようとする。
「最近のSNSは3点リーダから『興味ない』を選んで嫌なカテゴリの投稿を減らすことができる。海外政治の話なら海外政治の話。恋愛の話なら恋愛の話。ブロックやミュートなんかよりも揉めないし、健全な投稿が目に入るようになるしで、効果的なんだよ。好みの投稿を増やす『いいね』と両方とも駆使してタイムラインの言霊を除霊したほうがいい。最近はスマホに取り憑いている言霊も多いから⋯⋯」
そんな言葉を浴びているうちにふわふわと現実感覚がなくなっていく。ただ、ふらふらと夜の街を歩いていた。
その日、どうやって家にたどり着いたかは、覚えていない。
ただ、後日、「害悪世界」のアカウントについてのネットニュースが目に入った。女性関係の混線の末に、事件の加害者として逮捕されたというのだ。
言霊少年の言う通り、やつは想像を絶するレベルのつまらない人間だった。
こんなやつにそそのかされて人生を終えたとしたら、きっと、後悔してもしきれなかっただろうと身震いをする。
猫の写真投稿でまみれたタイムラインを眺める。
辛い現実は少しずつしか変わらない。一気に好転することはないだろう。
だけど、腐った世界で自分なりにマシな人間になるよう足掻くしかなかった。
今日もリモート面接。なけなしのバイト代で買ったスーツとネクタイを閉め、パソコンを開く。
☆ ☆ ☆
<心霊少女視点>
夕暮れの校舎の屋上。
「その男、逮捕できないの?」と私は言霊少年、魂太に聞く。
「日本国憲法19条、思想・良心の自由。いくら、邪悪なことを企んでいたとしても、考えるだけで逮捕してはいけない。一応、まだ、ナイフとかも買ってなかったから、未遂の要件にもならないからね」
法律の話をするなんて真面目だなあ。
「それでも悪いやつなんだから⋯⋯」と私は食い下がることにした。
「ふふっ。女になって男性といちゃいちゃしたいあなたが言う?」
「そ、それは⋯⋯」
そんなとこ突っ込んでくるか! いつも元男ってところいじってきてずるいっ!
「そういうことだよ。いくら、悪いことでも考えることまで罰したら、世の中、息苦しくなるから。悪いことなら考えて良い。たとえば、実行するんじゃなく、物語として発表するとかね」
「え? 作家って思いの外ヤバい人だらけなの?」
「さ、さあ⋯⋯」
私たちの冒険は続く。