霊能力女体化男子と言霊男体化女子 -亡霊より怖い生身の人間の言葉の呪い- 作:卯月らいな
<木村>
練習前の野球部の部室前の草むらで僕は着替えていた。
部室の中で着替えられるのは3年生だけ。このご時世だが、昔ながらの上下関係が保たれている学校だ。
僕は2年生。同級生のお調子者が僕を指さして嘲笑う。
「お前みたいなキャラ見たことがないよ。普通、変わり者といっても、たとえば、オタクならオタクらしいキャラがあるだろ? お前はノンカテゴリーだ。珍獣だよ珍獣」
こんなことを言われてしまったのは、エッチな本に興味を示さなかったからだ。
まあ、女性の裸は、未知のものだから、好奇心としては興味がある。でも、他の同級生みたいにがっつくようなわけではない。
そんな僕は、いつも宇宙人であるかのようにいじられていた。なんだか、一人でいるよりもさみしいな。
それにしても、僕、そんなにこの世にいないタイプかな……。
子どもの頃から孤独だった。男友達ができなかった。このままでは大人になっても社会になじめない。
心が弱くて泣かされるものだから、体だけでも強くなるために野球部で頑張ってきたけど……。
「はいはい。どいたどいた。除霊がはじまるよーん」
「こら! ショーみたいに言わない! 一応、神聖な儀式なんだから」
「へいへい」
巫女衣装の女の子と他校の制服の男の子だ。そうか。部室に動物霊が取り憑いたって言ってたな。
「祓い給え! 清め給え!」
よくわからないが、除霊は完了したらしい。
後で聞くと、イタチの霊だとか。
先輩が部室でこっくりさんをしてたせいでやってきたなんて言うけど、うさんくさい話だなあ。
部活終わり、最寄りの駅で待っていると、除霊に来た男の子と遭遇した。
「あ、言霊の……」
「ども」
こちらが野球部なのを意識してか、帽子を取って頭を下げる。
「どうも」
会釈をすると、僕の方をじっと見る。
「な、なんですか?」
「友達に言われたことに呪われてるみたいだね」
そういえば、言霊が見えるという話だったっけ。珍獣って言われたことを気にしてることもお見通しというわけか。
「ほっといてよ」
だが、しつこく言霊少年は食い下がる。
「まあ、君みたいな男の子ほとんどいないかもね」
「ぐさっ。遠慮がないなあ」
「でも、君みたいな女の子だったら、実はそんなに珍しくないんだよね。変わり者枠ではあるけど、女の子にはよくいるタイプ。この少女漫画読んでみな?」
パステルカラーの表紙の本を渡される。
「じゃあな! 無理するなよ!」
言霊少年は、階段を降りて向かいのホームに向かった。
「うるさい! 人を馬鹿にして!」
少女漫画を持ってるだなんて、同級生に見られたらなんと思われるだろう。あわてて、ナップサックの中にしまった。
家に帰り、ベッドに寝転がる。
女の子なら、珍しくないねぇ。
少女漫画を眺める。
しわしわネームの内気な女の子が孤独を抱えていたが、少しずつ女友達や男子と打ち解ける。少女漫画としては王道の一種らしい。
男子社会では、少女漫画といえば、ギャルが出てくるようなものしか話題にのぼることがないから、こういうのは珍しいかも。
確かにこの漫画のヒロイン、ちょっと僕と似ている。
で、でも、僕は女の子じゃないし! ただの宇宙人なんだ!
それにしても、少女漫画に限らず、漫画って久々に読むかも。部活と勉強に忙しかったから⋯⋯。
よし、久々に何か描いてみるか。毎月高額の料金を払うサブスクアプリは無理だけど、今の時代、なんとでもなる。
中学生の頃、なけなしのお小遣いをはたいて買った買い切りお絵かきソフト。
少女漫画のような絵柄は無理だけど、少年漫画のトレースならしたことがある。
少年漫画風の絵柄で男キャラと女の子が手を繋ぎおしゃべりする絵。ふふっ。いい出来かも。
ひとりで楽しむのもなんだし、みんなに見てもらいたいな。
SNSのアカウント。前から持ってたけど、特にテーマ性のないアカウントなんだよねぇ。
投稿してみるか。思いのほか、いいねをたくさんもらった。楽しい!
正体を知られず純粋な漫画の面白さだけで評価される世界。それは夢にまで見た空間だった。
まさか、誰も僕のことを野球部の高校生だなんて思うまい。
不思議な事が起こった。
僕は、男性向けラブコメとして投稿していたのが、心の機微の書き方が女の子に刺さったのだ。
女性が女性に向けて描いたものだと思われたらしい。うーん。少年漫画絵なんだけどなあ。気がついたら女子社会に組み込まれた。
女の子社会はちょっとギスギスすることもあるし、気も使うこともあるけど、野球部よりも少し居場所がある気がした。
繊細な心の揺れやちょっと依存性のある恋愛を描くと、その尊さを理解してもらえる。ちょっとした隠れ家のようだった。
だけど、性別を明かしたとき関係は終わる。女の子同士でも縄張り争いや細かいルールがあるんだ。
幾多の男が過去に女社会を壊してきた前科があると聞く。だから、警戒するのは当たり前。僕の本当の居場所はここではない。そんな後ろめたさもあった。心が重たくなってきたし、いつか去ろう。そう考えていた。
ある日、地元の名所の写真を投稿したら返信がついた。
『ほっかいどうだしこんぶさん。高校生で地元同じじゃないですか? 今度女子会しようよ! 御手洗あずさ』
わああああっ。ど、どうしよう。性別ぼかすために台所にある食べ物のハンドルにしてみたけど、いざ、ネット慣れしてみると、それが却って女子っぽくみえるようだ。
こういうのって早く返事した方がいいよね。でも⋯⋯断るにもどうやって断れば。
アカウント消そうかな。そ、そうだよ。僕の本来の居場所は男社会のはず。
悩んでいたら、ついつい授業中も先生に怒られるかもと思いながらも不安でスマホを取り出してしまう。
そうすると、後ろから大きな声が聞こえた。
「ああっ! ほっかいどうだしこんぶさんって木村くんだったの!?」
その声に見上げると、クラスでメガネを掛けたおとなしめの女の子、えっと、確か、島波さんだったっけか。
「御手洗……さん?」
「そっか。こんな近くに居たんだね。気づかなかったよ。あはは」
「ご、ごめんなさいっ!」
心がきゅうっと縮む。僕なんて僕なんて⋯⋯。
「なんで謝るの? 君の漫画いつも楽しませてもらってるよ。そうだ! 合同同人誌作ろう! 女子の友達たくさんいるけど、君なら大歓迎だよ」
美術部の部室に誘われる。島波さんは僕の漫画を熱心に売り込んでくれている。はじめは渋い顔をしていた部長さんも折れて、僕の漫画を部の同人誌に乗せてくれることになった。
僕は野球部をやめた。漫画を描くのが楽しくなったのもあるけど、もともと、受験が気になってたんだよね。スポーツ推薦もらえるほどの選手じゃないから。
美術部であれば、そこまで学業の負担にならないし、塾と両立できるしで充実した日を送っている。
さすがにオフで女子に囲まれるのは恥ずかしいので美術部にそんなに顔は出さなかったけど、オンラインで、部やクラスの女子と交流を深めていった。
「珍獣っていってごめんよ。なんつーか。お前、乙女だったんだな」
なんか、むずがゆい謝り方をされてしまった。
「結構、売れたよ20冊完売!」
島波さんは、同級生に僕の漫画をうまく売り込んでくれていた。
僕達が大人になったとき、僕達が夫婦漫画家として、名を馳せるのは、また別の話である。
<心霊女子>
木村くんの話を魂太から、聞かされる。
「羨ましいな」
「なんか言った?」
「な、なんでもない」
「素直じゃないんだから」
僕達の旅はまだまだ続く。