EXCEED VENOM:リーサルプロテクター 作:嫉妬憤怒強欲
スパイダーマンやアイアンマン、デッドプール、スパイダーグウェン、さらにはヴェノムの作品まで連載開始とはかなりの大盤振る舞いですよね。
潮の香りと、のどかな空気が漂う浜辺に二人の少女がいた。
極東の島国「瑞穂」の東部に浮かぶ小さな離島、『海女取島』。
侵略種の脅威をひととき忘れさせるような澄んだ青空の下、二人は引き潮の砂浜にしゃがみ込み、熱心に地面を突っついている。
「しーちゃん、こっちのポイント、大物がいっぱいだよ!」
小さなプラスチックのバケツを片手に、妹のセツナが弾んだ声を上げた。
小さな熊手を動かす彼女のバケツには、すでに丸々と太ったアサリやハマグリがいくつも転がっている。
「おっ、やるねセツナ。さっすが、美味しいものを見つける天才だ」
隣で同じように腰を下ろしていた姉のシイナが、形の良い眉を下げて、愛おしそうに妹の頭を撫でた。
普段ハンターとして侵略種と対峙しているときの鋭さは完全に消え去り、その瞳には年の離れた血の繋がらない妹への温かい光だけが宿っている。
「えへへ、今夜はこれで美味しいお味噌汁にしようね。あと、酒蒸しもたくさん作るから!」
「それ楽しみ!セツナの料理は世界一だから、いくらでも食べられちゃうよ」
「もう、大げさだよしーちゃん」
白砂がキュッと鳴るのどかな浜辺に、姉妹の睦まじい笑い声が溶けていく。
侵略種の脅威をひととき忘れさせるような、どこまでも広がる青い海と、優しく寄せては返す白い波。
それは、この世界において奇跡のようにも思える、平和で穏やかな休日のひとコマだった。
──だが、そんな二人の時間は、唐突に終わりを告げる。
「じゃあ次の場所を探して……あれ?」
立ち上がり、さらに貝が採れそうな波打ち際へ視線を向けたセツナが、ぴたりと動きを止めた。
「どうしたの、セツナ?」
「しーちゃん、あそこ……何かない?」
セツナが指差した先には、波打ち際に横たわる何かがあった。
流木か、海から流れ着いた漂着物、あるいは侵略種かと思った。
警戒しつつ遠目に観察する。波が引いた瞬間、シイナの表情が変わった。
「セツナ、行くよ!」
「う、うん!」
二人は慌てて駆け出した。
そこに倒れていたのは、シイナたちとそう年齢の変わらない少年だった。
砂浜に突っ伏したまま動かないその身体は、波が寄せるたびに弱々しく揺れていた。
身につけているのは、白い病衣らしき服。しかし、それはあちこちが裂け、海水と砂にまみれていた。
布地はひどく傷んでおり、身体を覆うことさえ満足にできていない。
「この人……死んでるの?」
セツナが困惑した声を漏らす。
「セツナ、救急に連絡して!」
「う、うん……っ!わかった!」
シイナの鋭い指示に、セツナは震える手で携帯を取り出し、すぐに119番へ電話をかけた。
その間にシイナは周囲の気配を警戒しつつ、少年の傍らに膝をついて、肩にそっと手を添える。
「ねえ、聞こえる?大丈夫!?」
返事はない。
少年の顔は青白く、意識がある様子もなかった。
体温はあるが、胸の上下動がまったくない。
少年の胸元に耳を近づけたシイナの顔から血の気が引いた。
「しーちゃん、救急車、来てくれるって……!」
「わかった!セツナ、こっちを手伝って!指示を聞きながら、あたしの言うとおりにして!」
「わかった!」
セツナは恐怖を押し殺し、姉のそばに膝をついた。
ライフセーバーの資格を取得するために学んだ知識が、シイナの頭の中を駆け巡る。
落ち着いて。まずは、この人を助ける。
それだけを考える。
(お願い、死なないでよ……!)
シイナは救命処置を開始した。セツナも指示に従い、必要な補助をする。
彼の胸元に手を置き、力強く、かつ正確なリズムで
三十回、胸を圧迫したところでシイナは動きを止め、彼の鼻を指でつまんだ。
そしてシイナは大きく息を吸い込み、彼の青白い唇に自分の唇を重ねた。
「…!」
その光景を間近で目撃したセツナは顔を赤くしたが、状況を考えてすぐさま切り替える。
シイナの方は異性と唇を重ねることへのためらいなど、考えている余裕はなかった。
目の前にいるのは、助けを必要としている一人の人間なのだから。
一度、二度。
膨らむ胸の動きを確認し、シイナは再び心臓マッサージへと戻った。
「しーちゃん……っ!」
「大丈夫、まだ諦めない……っ!」
静かな浜辺に、波の音と、シイナの荒い息遣いだけが響く。
生と死の境界線で、姉妹は必死に彼の命をこの世界に繋ぎ止めようと救命措置を繰り返した。
「お願いだから……目を覚ましてよ!」
何度も声をかけるが、少年は動かない。
それでも、シイナは諦めなかった。
目の前にある消えかけの命を捨てる選択肢は、彼女の中には存在しなかった。
額に汗がにじみ、指先が震えそうになる。
それでも、覚えた手順を実行していく。
──そして、三回目の人工呼吸を終えた、その時だった。
「ッ……ごほっ!!」
少年の胸が大きく波打ち、激しく堰き切ったような呼吸と共に、口から大量の海水を吐き出した。
「っ、ごほっ……! げほっ、ごほっ……!」
少年が激しく咳き込み、苦しそうに息を吸い込む。
「しーちゃん……!」
「うん!……はぁ、よかった」
張り詰めていた緊張が一気にほどけ、シイナは思わずその場にへたり込みそうになった。
額の汗を拭い、荒くなった息を整えながら、ようやく安堵の笑みを浮かべた。
けれど、まだ意識は戻っていない。
しばらくして、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
救急隊員が到着すると、シイナは自分が確認した状態と、行った処置を正確に伝える。
少年は救急隊員に引き継がれ、すぐに病院へと搬送されていった。
救急車が走り去った後、二人は海岸に取り残されたように立ち尽くしていた。
「しーちゃん…あの人大丈夫かな?」
セツナの問いに、シイナはすぐには答えられなかった。
助かってほしい。
そう願うことしかできなかった。
「……うん。きっと大丈夫」
シイナはそう答え、救急車が消えていった方向をしばらく見つめていた。
♢
誰かの声が聞こえる。
遠くから話しかけられているような、ぼんやりとした声。
意識がゆっくりと浮かび上がってくる。
身体が重い。頭もぼんやりとしていて、何も考えられない。
俺は一体、どうしたんだろう。
そんな疑問が浮かんだものの、その答えを探す気力はなかった。
「……う、ん……」
とにかく、目を開けよう。
そう思い、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
最初に視界に飛び込んできたのは、見慣れない白い天井だった。
……ここは、どこだ?俺は…どうして…
「しーちゃん!この人、目を覚ましたよ!」
「えっ、本当!?」
不意に、すぐ傍らから鈴を転がすような愛らしい声が聞こえた。
声を追って、ぎこちなく首を横に傾ける。
そこには、心配そうにこちらを覗き込んでいる二人の美少女がいた。
「…天使が………見える」
「はい?」
「ここは…天国か?」
「いやいやいやいや。あたし達人間だし、君死んでないから!」
「しーちゃん、しー!そんな大きな声を出したら駄目だよ。まだ具合が悪いのかもしれないんだから」
「そ、そうだね……ごめん」
小学生くらいの小柄な少女にたしなめられ、声を張り上げていた高校生くらいの茶髪の少女は少し気まずそうに口を閉じた。
……ぼうっとしているからか、思ったことをつい口走ってしまったようだ。
「えっと……気分はどう?どこか痛いところとかある?」
茶髪の少女が改めて心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
美人と言っていいほど整った顔が近くまできたことで、少し心臓の鼓動が早くなった気がする。
しかし誰だろう。知り合いなのだろうか?
そう思って二人の顔を見比べてみたが、やはり心当たりはなかった。
「ここ、は………君…達は…?」
「え?あ、あたしは久瀬シイナ、こっちの可愛い女の子は妹のセツナだよ」
「しーちゃん、可愛いは余計だよ。初めまして。しーちゃんの妹のセツナです」
小柄の少女が、礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
シイナと名乗った少女は明るい雰囲気で、セツナは少し控えめな印象を受けた。二人に共通しているのは、俺に対して心配そうな視線を向けていることだった。
「ここは海女取島にある病院なんだけど……覚えてる?君、浜辺で倒れてたんだよ?見つけた時は息してなくて………」
島?浜辺で倒れてた?
「でも気がついてよかった。もう一週間も目を覚まさなくて、心配したんだから」
一週間?
頭がぼんやりしているなか、自分の状況を確認してみる。俺はベッドに寝かされているようだった。
身体には布団が掛けられ、腕には点滴の管が繋がっている。
それにツンと鼻を突く消毒液の匂いと、規則的に聞こえる電子音。
どうやら本当に病院にいるみたいだが………。
「それで、君の名前は?」
「名前?」
「うん、名前。君、この島の人じゃないよね」
シイナの言葉に、ようやく肝心なことを思い出した。
「そうだ、俺は―――」
俺は?
「俺………は………」
「?どうしたの?」
「大丈夫?」
言葉が続かない俺を見て、姉妹は心配そうに顔を見合わせた。
ちょっと待て。待てよ。
顔を押さえて、あるはずの記憶を掘り返す。
「ゥ…ヤ……」
「え?」
「キョ……ウ…ヤ……キョウヤ」
「キョウヤ?それが君の名前?」
「………たぶん」
とりあえずそう答えたものの、これでいいのかはわからない。
「じゃ、じゃあ、どこから来たのかな?今まで何をしていたのかとか」
「どこ………から?」
どこから………どこから………どこから………
頭の中で呪文のように繰り返すが、まるで雲を掬っているようにモヤモヤするだけで、何の手ごたえも感じない。
「………しーちゃん、この人……」
「うん。先生を呼ぼう」
シイナがナースコールを押してしばらくして、病室に白衣を着た医師が入ってきて診察が始まった。
医師から同じような質問がされたが、さっきと同じで何も答えられなかった。
そして診察が終わり、医師から逆行性健忘……つまり記憶喪失と診断された。
「…記憶喪失」
「今のところ、目立った外傷や明らかな異常は確認されていません」
「それじゃあ……どうして、何も思い出せないんでしょうか?」
「断定はできませんが、君は浜辺で発見された際、心停止の状態だったと聞いています」
そういえば、さっきシイナが息をしていなかったって……
「心停止によって脳への血流や酸素の供給が途絶えていた可能性があります。脳に十分な酸素が行き渡らない状態が続くと、記憶に関わる機能に影響が出ることも」
「脳に……?」
「ええ。ただし、現時点でそれが記憶喪失の原因だと断定することはできません。ほかの要因も考えられますからね」
自分が記憶を失っていることは理解できても、どうしてそうなったのかはわからない。
「記憶については、時間の経過とともに自然に戻る可能性もあります。焦らず、まずは体を休めてください」
医師はそう告げると、最後に念を押した。
「しばらくは安静に。何か気になる症状があれば、すぐに看護師を呼んでくださいね」
「……わかりました」
「では、私はこれで。失礼します」
医師は軽く会釈し、病室を後にした。
医師が病室を出ていくと、室内は急に静かになった。
窓の外から、かすかに波の音が聞こえてくる。
「俺はいったい………誰なんだ?」
自分の手を見つめる。
名前だけは頭に浮かんだが、それが本当に自分の名前なのか、裏付けるものは何もない。
自分がどこから来たのか。何をしていたのか。家族や友人がいるのか。
考えてみても、頭の中には何も浮かんでこなかった。
「あの……」
沈黙を破ったのは、先ほどから不安そうな表情でこちらを見ていた小柄な少女、セツナだった。
「っと…ごめん。心配させたよな」
と、そうだ。
「二人が俺を助けてくれたんだって…」
俺は改めて二人に向き直った。
「助けてくれて、ありがとう。二人がいなかったら、俺は……」
その先は言葉にならなかった。
医師の話では、俺は浜辺で発見されたとき、心停止していたらしい。
つまり、二人が見つけてくれなければ、本当に死んでいた可能性がある。
「なにかお返しできたら良かったんだけどな……」
「そんなの良いよ。気にしなくて」
「わたしは救急車を呼んだり、しーちゃんのお手伝いしかしてないから」
「それに、ライフセーバーの資格で覚えた救命処置法がたまたま役に立った……わけ……で……」
?後半あたりからシイナの様子がおかしい。
「大丈夫か?」
「い、いや。なんでもない、なんでもないからね!」
いや、顔が少し赤い気がするが。
「と、とにかく!困った時はお互い様ってことで、貸し借りとか考えなくていいから。遠慮せずに頼って良いよ。わかった?」
「わ、わかった」
なんというか、しっかりしているな。
女性相手にかっこいいと思ってしまう自分がいる。
どうやら俺は良い人達に助けられたようだ。
だけど、それでも不安が消えるわけではなかった。
「……あのさ」
「ん?どうしたの?」
「俺って、本当にキョウヤって名前なんだろうか」
口にしてから、自分でも妙な質問だと思った。
頭に浮かんだのがこれだけで、確証がない。
「えっと……」
シイナは少し考えてから、穏やかな声で答えた。
「少なくとも、今のキョウヤが覚えているのは、その名前なんだよね?」
「……ああ」
「だったら、今はそれでいいんじゃないかな。いつか記憶が戻ったら、ほかのこともわかるかもしれないし」
「わたしもそう思う。だから、そんなに不安そうな顔をしないで?」
「お医者さんが記憶が自然に戻る可能性があるって言ってたし。今はまだ何も思い出せないかもしれないけど、焦らなくていいと思うよ」
「……そうだな」
俺は小さくうなずいた。
今は何もわからないのだから、わからないなりに過ごすしかないのだろう。
窓の外から、再び波の音が聞こえてきた。
自分がどこから来たのかも、何を失ったのかもわからない。
それでも、こうして話を聞いてくれる人がいる。
今の俺にとって、それは確かな事実だった。
セツナ「しーちゃん、さっき人工呼吸のこと思い出したでしょ?」
シイナ「ぶふう!?」
セツナ「あ、やっぱりなんだ」
シイナ「ち、ちが……だいたい、あれは非常事態だったわけで…粘膜接触はあっただろうけどキスに含まれないから……」
セツナ「しーちゃん、顔真っ赤~」