×の紋章
深く暗い場所に、ソレはいた。
『憎い』
『憎い』
『憎い』
何故憎い?───分からない。
ただただ、壊したい、消し去りたい、殺したい。
『ニンゲンを殺したい』
それだけが、確かだった。
古びた本が読みっぱなしのまま雑に放置され、ホコリが舞っている、日当たりの悪い狭い部屋。
その部屋の隅にある薄汚れたボロボロのベッドに、黒髪の青年が足をほっぽり出し、腹を出しながら眠っている。
寝返りを打とうとした足が、雑に積まれた本に当たり崩れた。
「うぇ...!?」
その音に驚き、飛び起きる青年。
音の原因を目で確認すると、眉をひそめ呟いた。
「んだよ...」
頭を掻きながら時計を見ると、短針が六時を指していた。
「ってもうこんな時間かよ!」
すると青年は慌てたようにベッドから降りて、ベッドの足側にあるクローゼットを開いた。中には茶色の作業着と、無地のシャツが無造作に置かれていた。
茶色の作業着をすぐに手に取り、着替え始める青年。
ズボンを履き、チャックをあげた所で、ドンドンと扉を叩く音が鳴った。
「おーい、クライー!行くぞー!」
扉の向かうから快活な声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
上着を着てすぐに玄関に向かい扉を開けた。そこに立っていたのは燃えるような赤髪を逆立てた、元気そうな青年だった。
「よっ!クライ、遅せぇよお前!」
「ようヒロ、わりぃわりぃ」
ヒロがクライの肩を叩き、それにクライは笑いながら返す。
「まっ、別にいいけどよ!」
ヒロもクライと同じような作業着に身を包んでいる。
二人は錆びている階段を下って仕・事・場・に向かう。
周りをぐるっと鉄の壁で囲まれた、通称『帝国』。
そしてここは、その帝国の中でも、下流階層の人間が住んでいる集合住宅、通称『ゴミ溜め』。
ゴミ溜めのように、歪な形に建てられた巨大建造物は帝国の至る所にあった。
大抵どこも大差なく、近くには多くの物乞いや、犯罪者、生ゴミを狙った鳥が多くいた。
「はぁ〜、今日も仕事かよ〜、だるいよ〜」
ヒロが肩を落としながら言う。
「元気出せって、今日乗り越えたら明日は久々の休みだ。存分に休めるぞ」
クライは励ますようにヒロの肩をぼんぽんと叩く。
「しっかしよぉ、まじで下らねぇよな。こんな紋章ひとつで人生が決まっちまうなんて」
ヒロはそう言いながら、上着をめくって腹の横に刻まれたものを見る。
そこには、✕が刻まれていた。
クライは、左手の甲を見た。
ヒロと同じような×が刻まれている。
「まぁ、しゃあねぇ。俺たち×紋は、他の紋章と違ってアーティファクトを使えないからな」
「俺はよ、思うわけよ。アーティファクトが全てじゃない!って」
「それは間違ってないと思うぞ。
でも実際、日常生活でアーティファクトを使えないってだけでも、かなり不利だ。
仕事で使うとこもあるって聞くぞ。
俺たち×紋にゃ、まともな就職先なんて無いんだよ」
「はぁあ....クライ、お前さ、生まれ変わったら、なんの紋章がいい?」
ヒロは大きなため息を吐き、クライに尋ねた。
「生まれ変わりは信じてねぇって何回も言ってんだろ」
「そうじゃなくてよぉ....もしも!もしもの話だから」
「あぁ....?....もし、か....」
「そうそう!何がいい?」
「うーん....そうだな、翼紋だな。覚醒型と相性がいい」
「まじ!?俺は星紋!かっけぇやつ装備してみてぇから!」
会話をしながら歩き、ようやく階段が終わる時、クライとヒロは同じ場所を見た。
それは、帝国の都市『ホープ』に建てられた巨大ビルの、大型ビジョンが、放送を開始したからだった。
遠くにいても、あまりに巨大な大型ビジョンは、視界に入ってしまう。
クライはよく目を凝らし、ヒロは目の上に手で傘を作りながら見た。
そこには、
ニュースアナウンサーの下に、
帝衛3番隊が新たなアーティファクトの入手に成功!
と書かれていた。
「帝衛隊かぁ....すげぇよな。俺も入ってみてぇよ」
「×紋じゃ無理だろ」
「知ってるわ!....はぁ」
クライの取り付く島もない言葉に、またもやヒロは大きくため息を吐いた。
階段を降りると、すぐ右には道路があり、その横では、やせ細り、死んでいるのか眠っているのか分からないような人や、拾ったであろう缶で、物乞いをしているボロい服を着た子供などがいた。
二人は、暗い顔になりながら、それを横目に進んでいく。
「....まじで、いつ変わるんだろうな」
ヒロが呟く。
「変わんねぇだろ」
クライが返す。
そのまま、無言の時間が続き、二人の仕事場へとついた。
トタンで作られた壁で囲われた中に、二人と同じような格好をした、様々な年代の人達が、皆一様に暗い顔をしながら立っている。
上から見て中心には、広い穴が掘られている。
白い台が、穴から離れた場所に置かれ、その周りには、黒いスーツを着た、ガタイのいい男達が、背筋を伸ばして立っていた。
白い台の上に、やけに豪華な服をきた、小太りの男が立ち、メガホンを口の前に持ってきた。
禿げた頭のてっぺんには、星のような紋章が刻まれている。
『あ、あ、あ
聞こえますかー。はい、聞こえますね
皆さんおはようございまーす!』
男が挨拶をすると、作業着を着たもの達が、元気なく挨拶を返した。ヒロは大きく言い、クライは他のものと同じ程度の声だった。
男は、耳に手をあてる。
『んんー?
聞こえないなぁ。
おはようございまーす!』
作業着を着たもの達が、さっきよりも大きく挨拶をした。ヒロはもはやほぼ叫び声で、クライは他のものと同じような声量で言った。
『はい、ありがとうございます。
最初からやってくださいね。では!今日の作業説明をしまーす。
昨日と同じ。
以上!
作業開始してくださーい』
男が言い終わり、作業着を着たもの達が、一箇所に集まる。そこには、作業に必要なツルハシ、軍手があった。
一人、見慣れない顔の男が、何をすればいいのか分からないと言った様子でオドオドしていた。
新人なのだろう。
男は、この場で一番偉そうな、朝礼が終わり、台から降りた男に近づいた。
「あ、あの、すみません....何をすればいいんでしょうか」
「....?」
小太りの男が振り向く。
「あ、え、えっと、新人の、チュウと言います、へへ」
チュウは、放置した髭に、黄ばんだすきっ歯の、あまりにみすぼらしい男だった。
豪華な服を着た小太りの男は、不快そうな顔を隠そうともせず、無視してまた歩き出した。
「あ、あの!」
ぽん、と、チュウの肩に手が置かれた。振り返ると、クライが首を横に振っていた。
「やめとけ、おっさん」
「え....」
「そうやって、クビにされたやつがいるんだ」
ヒロが隣に立ち、腕を頭の後ろで組みながら言う。
「何やればいいかは教えてやるから、あいつに話しかけるのは辞めとけ」
クライの言葉に、ヒロはうんうんと頷いた。
「あ、ありがとう」
チュウは、自分が仕事を失うところだった事を自覚し、背筋が冷えた。
作業とは、簡単に言えばこの穴を更に深く掘り下げる事だ。
そうチュウに説明し、自分の作業を進めるクライとヒロ。
そうして数時間が経った時、大きく鐘の音が鳴り響く。
「よし....休憩だ。おっさん」
クライの言葉に、チュウはツルハシを手放しつつ前に手をつく。
「はぁ、はぁ、んぐっ、はぁ」
大量の汗をかき、息が荒いチュウ。
対してクライとヒロは、多少の汗はかいているが、特に疲労した様子は無い。
チュウを見て、ヒロは笑った。
「ハハ!懐かしいな、俺達も最初はそうだったよ。
ずっと休憩無しでこんなもん振り回してんだから、それが普通だけどな」
そう言いながらツルハシを見るヒロ。
「こ、これ....はぁ、なんの意味があるんだ....!?....はぁ」
チュウは地面を見ながら、息を荒くして言う。
「さぁな、あのデブがなにを考えて俺たちに穴を掘らせてんのか。誰も知らねぇ」
クライは周りを見ながら言った。
トタンの壁に張り付くように、黒いスーツの男達が間隔を置いて立っている。
監視だということは、作業をしているもの達の目には明らかだった。
三人は、穴から這い上がり、支給されたボサボサのパンと、コップ一杯の水を手に、トタン壁の隅へと座った。
「いやぁ....ほんとにありがとうよ。あんたらが助けてくんなきゃ、俺は今頃クビになってたんだろうな。
×紋の俺を助けてくれるなんて」
呼吸を取り戻したチュウ。
腕をまくり、細い二の腕に刻まれた×の紋章を見せると、パンに勢いよくかじりつき、水を流し込む。
「いいよ別に。ここにいる奴らはみんな×紋だ。
....それとあんた、もうちょっと考えた方がいいぞ」
クライも、パンをちぎって口に放り込んだ。
「はは....そうか、みんな×紋か....。
いやすまねぇ....俺は昔から、頭が悪くってよ....」
「俺もよくクライに馬鹿って言われんぜ、おっさん」
ヒロはもうパンを食べ終わり、コップの中に残った僅かな水滴を眺めていた。
「馬鹿だからな」
「んだと!?」
「はっはっは!
....お前ら面白いな。ヒロと、クライだったか。
これからよろしくな」
チュウは、二人に片手ずつ差し出し、二人はそれに応じた。
「おう....しっかし、この穴は、まじでなんで掘ってんだろうな」
握手がおわり、チュウが穴を見ながら言う。
何の変哲もない、ただの穴だ。
地面は、ツルハシで掘っていたので、凹凸があった。
「クライとヒロは、この仕事いつからやってんだ?」
「一か月前くらいだな」
クライが答える。
「最初はスコップだったけど、穴がある程度進んだらすぐツルハシが支給された」
「....そういえば俺この前、やべぇこと聞いたかもしんねぇ」
ヒロが小声になり、辺りを警戒しつつ、ちょいちょいと、耳を貸すようにジェスチャーをする。
「デブが言ってたのがちょっとだけ聞こえたんだよ。
『アーティファクト』がどうのこうのって」
その言葉に、クライとチュウは驚いて、目を見開いた。
「おい....それまじか?
てことは、アーティファクトを探してんのか....?」
クライが顎に手を当て、考え込む。
「でもよ....アーティファクトっつっても、こんだけの人数使って探す必要あんのかよ?」
チュウが、眉を寄せながら言う。
「そんだけの価値があるって事だろ。
少なくともデブはそう思ってる」
クライが確信めいたように言い、更に深く考え込んだ。
「うーん....でもなんか、危険な匂いがすんな」
「そうか?俺は金の匂いがするぜ」
眉を顰めながら言うクライに対し、ヒロは得意気に鼻を鳴らして言う。
「だってよ、デブが探してるアーティファクトを、俺達が見つけて、それを持ってどっかに売りつければ、俺達にどかっと金が入ってくるだろ?」
「でも、デブが探してんのが危険なアーティファクトだったら、帝犯(反帝法所持犯罪者)になる可能性だってあるぞ。
それに金になるとは限んないだろ」
「なんないとも限んないだろ?
もしも危険だったら、大人しく、知りませんでしたつって帝衛隊に渡せばいいだろ」
ヒロの楽観的な意見に、クライは大きくため息を吐いた。
「はぁ....まあ、たらればの話をしても意味無いな。
もう休憩も終わるし、そろそろ戻るぞ」
立ち上がり、三人は小走りで穴掘りへと戻って行った。
黒塗りの車の後部座席に、散々クライとヒロにデブと言われていた男が乗っていた。
「どう?あそう、うん、あぁ、わかったわかった」
男は、耳に黒く分厚い機械を当て、誰かと話している。
「マーク様、見つかりましたか?」
「んいや、まだだね」
機械の横についているボタンを押して、運転手からの問いに答えた。
「本当に見つかるんですかね?『死鬼』は」
「うーん、僕の『宝探しくん』が、あそこにあるって言ってるからねぇ。この子は信用できるよ。
それと、あまり外でその名前は出さないでね」
「あぁ、申し訳ありません。
....しかし、やはり使えないですね。×紋は」
「んー、人件費渋って、×紋でも採用しまーすとか、やんない方が良かったのかなぁ。
結局×紋のゴミしか来ないし」
「ですが、その分人数を稼げましたからね....」
「まあ別にー、アーティファクト使って採掘させる訳じゃないしー、変わんないか。
最後はこの、『トレジャーハンターマーク』が手に入れるしねー」
そういうと、マークは、座席に浅く座り、背もたれに首で寄りかかると、ただでさえ二重顎だったのが、更に三重になった。
「んじゃあ、ついたら教えてねー」
目をつぶり、マークはいびきをかき始めた。
作業を再開して数時間、日が赤くなった頃、またもやチュウは大量の汗をかき、かなり息が上がっていた。
昼よりも、それは酷く見えた。
「おい、大丈夫か?」
ヒロが見かねて、話しかける。
ツルハシを支えに、何とか立っているといった様子だ。
目は虚ろで、もはやどこを見つめているか分からない。
「はぁ、はぁ、あぁ、んっ、はぁ、だい、だいじょう」
突如、白目を向いてチュウは倒れた。
「おい!おっさん!」
「ヒロ!戻れ!」
クライがツルハシを地面に叩きつつ叫んだ。
「でもおっさんが....」
ヒロは、クライとチュウを交互に見た。
「いいから早く作業をしろ!」
今度は、それを見ていた黒服の男が怒鳴るように言った。
黒服の男が何人か来て、チュウの力が抜けた身体を引きずって、穴の外に出した。
「おっさん....」
「ヒロ....気にするな。
いちいち他人を気にかけてたら、次はお前だぞ」
ヒロは下を向いて、下唇を、血が滲むほど強く噛んだ。
それに気づいていたクライは、あえて何も言わずに、目の前の作業に集中した。
日が沈みきって、明かりはもはや、上から降り注ぐ電気の光のみになった。
「作業やめ!」
黒服の男が言う。
作業をしていたもの達は、すぐに座り込んだり、寝っ転がったり様々だが、ヒロとクライは、すぐに、穴の横に放置されていたチュウの元へと駆け寄った。
チュウは、唇がかさかさになり、もはや汗も出ないようだった。か細い呼吸を続けている。
「おい、水だ。飲め」
クライが、持っていた水袋からチュウの口へと注ぎ込む。
「あぁ....ありがとう....」
「あんま喋んなって」
掠れた声で感謝を述べるチュウに、ヒロは心配そうに言う。
特段気にした様子も無く、黒服達は揃って出ていく。
「くそっ....」
それをヒロは睨んだ。
「なんなんだよ....あいつら....人を道具みたいに....
何様のつもりだよ....」
「大丈夫か?ヒロ」
肩をわなわなと震わせるヒロに、クライは声をかける。
「なぁクライ、俺許せねぇよ....×紋は生きてちゃいけねぇのかよ」
「....ヒロ、落ち着け。俺達が生きてちゃいけないなんて事はないんだ」
「じゃあ、なんなんだよ....これは、これは!!!
ふざけんなよっ!!!クソッ!クソッ!クソッッ!!!!」
「落ち着け!ヒロ!」
「クソッタレ!!!」
クライの言葉も届かないほどに興奮したヒロは、すぐ近くにあったツルハシを掴んで、穴に向かって力いっぱい投げた。
綺麗に放物線を描き、ちょうど穴の中心に、ツルハシの尖った部分が突き刺さった。
そして、ゆっくりとツルハシが倒れると共に、刺さった部分の土が盛り上がっていく。
すると、そこから、紫色の光が発された。
「....?」
「はぁ、はぁ、あ....?」
クライと、ヒロが同時に目にしたその光は、やけに妖しく、そして綺麗だった。
「お、おい、ヒロ」
「....あ、もしかして」
「「アーティファクト!?」」
二人の声が重なった。その言葉に、チュウも驚いて、ゆっくり身を起こす。
紫色の光を目にし、一瞬、呼吸も忘れ、見とれてしまった。
「お、おい二人とも。
早く、アーティファクトを見てきてくれよ。俺はまだ動けないんだ」
「あ、ああ」
クライの後に続き、ヒロも穴へと降りる。
光の元につき、手で土を掘った。
すると、四角の透明な箱の中に、心臓が入っているような物が出てきた。
クライは手に持ち、二人の顔の間に持ってくる。
「これが....アーティファクト....」
「す、すげぇ」
ヒロが言い終わると同時に、アーティファクトの光が段々と小さくなっていき、中心の心臓へと吸い込まれた。
「こんなのが、他の奴らは自由に使えんのか」
アーティファクトを回し見しながら、クライは言う。
「羨ましっ、なんか急に羨ましくなってきた」
アーティファクトに釘付けになった二人は、しばらく見つめていた。
「これおっさんに見せてやろうぜ」
ヒロはそう言うと、クライの持っていたアーティファクトをチュウのところに持ってきて、顔の前に出す。
「おおっ」
感嘆の声を漏らすチュウ。
「でもなんか....気持ち悪いな」
チュウは心臓の部分を見ながら眉を顰め言った。
「そんなこと言うなって、これ一つで一攫千金だぜ」
ヒロが笑顔で言う。さらに自分と、クライ、チュウを順番に指さした。
「俺達三人で、山分けだ」
その言葉に、チュウは不思議そうな顔をする。
「....?何言ってんだ?
それはヒロのもんだろ」
当然のように言い放つチュウに、ヒロは目を見開きながらクライを見た。
クライも深く頷いている。
「お前が投げたツルハシが、ちょうどアーティファクトを掘り起こした。紛れもなくお前のもんだよ、ヒロ」
その言葉に、ヒロは思わず涙が出てきて、腕で目を覆った。
「あ、ありがとう....お前ら、ほんと良い奴だよ....」
「....!
ヒロ、すぐに隠すぞ」
足音が聞こえ、すぐにヒロに指示を出すクライ。
懐中電灯を持った黒服の男が、三人の前に現れた。
「....何をしている?作業はもう終わってるぞ」
「あんたこそ、もう誰も居ないはずの場所になんで戻ってきてんだ」
クライが、ヒロの前に出て言った。
「私は見回りだ。お前達は何をしていた」
「俺達は、このおっさんが回復するまで見てたんだよ」
クライの言葉を吟味する男。
「....そうか、見る限りもう大丈夫だろう。
さっさと帰れ」
「そのつもりだったんだよ。ほら、立てるかおっさん」
クライはチュウに肩を貸す。チュウは震えながらも立ち、クライに肩を回した。
「....?後ろのやつ、なにか隠してるのか?」
ヒロの事だ。ヒロは、足をピンと真っ直ぐにして、上着の裾を掴んで前に持ってきていた。
ヒロは、目が泳いだ。
「!こっちに来い!」
言われるがまま、黒服の前に来た。
「回れ」
後ろを向くと、不自然に、上着の下側が盛り上がっていた。
「裾を離せ」
パッと、ヒロは裾を離した。
すると、上着から落ちてきたのは───
「土....?」
大量の土だった。
「何故土を....?」
「い、いやぁ、趣味で野菜を育ててて、ここの土は結構良い土で、持ち帰っちゃおうかなって思って....あはは」
苦笑しながら、ヒロは言う。
「....そうか、土は勝手に持ち帰るといい」
「あ、ほんとですか?やったぁ」
棒読みで、土をかき集めて、両手で持つヒロ。
「もういいだろ。行くぞ、ヒロ」
クライは、黒服の横を通る瞬間、背中側に入れていたアーティファクトを、肩を組んでいるチュウとの間から、器用に前に持ってきた。
トタン張りの壁から離れて、何とか窮地を脱し、一行は緊張の糸が切れたように、一斉に息を吐き出した。
「っぶねぇ....」
「クライ、やっぱお前天才だよ!」
「いや、ギリギリだった」
晴れない顔で、クライは言う。
「いや、俺もすごいと思う。よくあの一瞬であの作戦を....」
チュウもヒロの意見に賛同した。
「うーん....」
「どうした?」
クライは、何かが引っかかる様子で唸った。
「....なんか引っかかんだよ。
もしも俺があのデブだったら、わざわざ大事なアーティファクトを奪われるような甘い監視はしない。
なのに、黒服の奴らの監視は、仕事の間しかない。
普通に考えたら、ずっと監視しとくべきじゃないか?」
「え....もしかして、バレてたって事か!?」
「いや....少なくともあの黒服にはバレてる感じはしなかった」
「ん?なら、大丈夫じゃないのか?」
「わかんねぇ....今日はもう疲れちまった。早く帰ろう。
ヒロ、それは出来るだけ見つかんない場所に隠しとけ」
ヒロの持っているアーティファクトを指さす。ヒロは、ビシッと敬礼をした。
「はい!これは、俺が責任を持って!見つからない場所に隠しておきます!」
ヒロの声は、立ち並ぶ建造物に反射して、こだましていった。
「馬鹿っ!声でけぇよ!」
二人のやり取りを見て、チュウが思わず吹き出した。
肩を貸したまま、チュウを家まで送り届け、クライはほとんど真っ暗な帰り道を歩きながら、一人考えていた。
「あいつ、大丈夫だよな....」
もしも、アーティファクトが危険なものだとしたら、帝衛隊が黙っていない。
さらに、監視の目が何故薄かったのか、それも気がかりだ。
ふと、電撃のような閃きがクライの頭を揺らした。
「待てよ....わざわざ、監視する必要が無いのか?」
クライは足を止めた。
「いや、そもそも、何故あそこを掘らせてた?よく考えたらそうだ、そういう事か!クソッ!」
豪華な噴水が庭を彩り、刈り込まれた庭木は、小太りの男の石像を飾るように置かれていた。
ここはマーク邸。
そしてマークは、無駄に広い風呂に入りながら、腕に巻いている薄い緑の布のようなものを見つめていた。
「『トレジャー・ハント』」
マークが腕の布に顔を寄せながら言うと、マークの目の前に、マーク邸を中心にしたマップが出てきた。
「『死鬼』」
もう一度マークが言うと、マップが移動し、一箇所赤い点が浮かび上がってきた。
それを見て、マークは風呂から思わず立ち上がった。
「おーい!!すぐに『狩人』を呼べぇ!!!」
クライは、走っていた。自分の最悪な予想が外れることを祈りながら。
(クソッ!クソッ!クソクソクソッ!馬鹿だ俺は!ちゃんと考えればすぐに分かった!あのデブは、アーティファクトを探すアーティファクトを持ってんだ!だから監視が薄かった!だからピンポイントであそこを掘らせた!)
似たようなオンボロ家屋が続く道。
クライは、そのうちの一軒の前で立ち止まった。そこは、扉の変わりに布で隔てられており、布一枚を隔てた先には、ヒロの寝床がある。
クライは、恐る恐る布をくぐった。
目に飛び込んできたのは、真っ二つに折れたベッドと、ほとんど壊されている家具だった。
これは、ここで何かが起きたと言うことを示していた。
「そん、な」
クライは、膝から崩れ落ち、項垂れた。
「ん....?」
項垂れたクライの目に、紫色の四角い箱が目に入った。
その箱は、折れたベッドの下に入り込んでいた。
「な、なんで」
心臓のようなものが中に入っている。紛れもなくアーティファクトだった。
「たまたま、ヒロを攫ったヤツにバレなかったってのか....?」
たまたま、にしては、あまりに奇跡のような話だ。クライはそう思ったが、すぐに首を横に振った。
「もう、これしかない」
クライは、苦々しい顔をしながらアーティファクトを握って、ヒロの家から飛び出した。