目を覚ます。
見慣れた天井。
『おはよう』
「....なんだ気持ち悪いな」
またもや床で寝ていたせいで、背中と腰がかなり凝っている。
ゆっくりと身を起こした。
そして、一筋流れている涙を拭う。
『また悪夢を見ていたようだな。うなされていたぞ』
「....どんくらい経った?」
『半日程度だ』
時計の針は二時を差していた。
次に小さな窓に目を向けると、明るい日差しが部屋に入り込んでいる。
「....そうか」
『お前が寝ている間、私の中で一つの仮説が生まれた』
「....何の話だ?」
『昨日のアーティファクトの話だ。
変な気配だったのでな。
少し考えてみたのだ』
「それで?」
『覚醒型の気配の中に、環境型の気配を感じた。
相手は、真価を解放している可能性が高い』
「真価....?....あ、前に言ってた『アーティファクトには真価が宿る』って奴か?」
『そうだ。真価はアーティファクトによって様々だ。
純粋に能力が伸びたり、新しい能力が芽生える事もある。
アイツは後者という事だろう』
「....でも仮説だろ?」
『まだな』
伸びをして立ち上がり、転がっているコップを手に取って台所へと向かった。
「そういえば、気配はするか?」
『寝ている間に人間の気配は復活したな』
付いている蛇口を捻り、コップを置く。
しばらく待ったが、水は出てこなかった。
「....はぁ」
コップをそこら辺に放り投げる。
『何をしている』
「何って....喉乾いたし、水出てくるかもと思って」
『かも?』
「だいぶ前から水が出ないんだよ。何度かここの所有者に言ったんだけどな。
一向に直る気配がねぇ」
『何故だ?』
「知らねぇよ」
『お前が×紋だから、軽視されてるのでは無いか?』
「さぁな。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。
俺の部屋だけ水が出てこないならそうなのかもな。他の部屋なんて知らねぇけど」
『煮え切らんな。怒りを覚えないのか?』
「もうこの生活にも慣れたし、別にどうでもいい」
『何故ここに住んでいる』
「家賃がクソ安かった。俺が住む前から築年数はだいぶいってたらしい。
俺が住み始めたのが、だいたい二年前くらいか」
話しながら、収納を開け着替え始める。
「あ」
足をズボンに通したところで、クライの動きが止まった。
『どうした?』
「やっべぇ....そうだ....家賃....」
急いでズボンを履いて、ベッドの下へと手を伸ばした。
そして小さな袋を取り出し、口を開けて覗き込み、渋い顔をした。
「クソ....金が....ねぇ....」
袋を床に置いて項垂れる。
「まず、仕事を探さねぇと....いやでも、仕事なんて探してる暇あるのか....?」
『はぁ....人間は面倒だな。金だの仕事だの』
「ていうか、そういえばお前が俺の中に寄生してから、喉も乾きにくくなって、腹も減りにくくなってる気がする」
『それは回復能力があるからだ。傷では無い故、微妙にしか作用しないがな』
「....便利だな」
立ち上がって、腰に手を当てて俯く。
「....よし、今日は一旦やる事決めたぞ」
『何だ?』
「まず、ビルの様子を見に行って、その後仕事探しだ」
気合いを入れるように、クライは鼻息を鳴らした。
昨日のビルへと続く道を歩いて向かう。
クライとシキはしばらく無言だった。
ビルが見えると、その下には黄色いテープに侵入禁止の文字、周りには野次馬が群がっていた。
「こんなに人が....しかも、テープが張り巡らされてるって事は....」
『これ以上近づかない方がいいな』
黄色いテープの内側に、大きな水晶玉に寄りかかるように浮かんでいる幼女が見えた瞬間、シキが言った。
「どうした」
『あの女は、ミロルという帝衛隊十番隊の隊長だ。
そしてあの水晶玉は、心を読むアーティファクトだ』
「!」
『近づきすぎなければ大丈夫だ。
半径20mの人間の心を読む、環境型のアーティファクト、『浮硝子』。
中々厄介な奴が来たな』
「分かった....にしても帝衛隊が出張って来たっつう事は、昨日の戦いがバレたんだな。
て事は死体が見つかった....て事になるよな。
昨日帰る時には無かったはずの死体が、今日になってまた出てきた....
どういう事だよ....」
『ビルの上を見てみろ』
「!....俺がつけた凹み....」
最上階の窓の横が大きく凹んでいた。
「やっぱ幻覚だったのか....?」
『幻覚だとして、私の感知が働かなくなった事についてはどう考えるんだ』
「クライ!」
俯きがちで考え込んでいると、右から大きな声が聞こえた。
「....ルーク!」
「まさかお前も来てたなんて!」
手を振りながら、ルークはクライの元まで駆け寄ってきた。
「....ルーク、ここで何があったんだ?」
「いやぁなんか、このビルで帝犯が暴れたらしいぜ。怖いよな....
それに、ちょっと離れたところで、潰された車が見つかったらしい」
「....潰された車?」
「おう!上から潰されたみたいにぺしゃんこだったぜ。
中に入ってた人は、全員即死なんだってさ」
「....」
首を撫でながら、ルークの言葉を吟味した。
「はぁ、この街はほんと、怖いとこだよな」
ルークはビルを見ながら言い放った。
「でも....ここにいた奴ら、犯罪組織の構成員だったらしいじゃん。
....死んで良かったな」
最後の言葉は、考え込んでいたクライには届かなかった。
「ん?なんか言ったか?」
「あぁいやいや!怖いよなぁって」
「そうか。てかルークは何でこんな所に来てるんだ?」
「ん?まぁ、散歩がてら?
そう言うクライこそ何でだよ」
「俺は....仕事探しだ」
「ふーん」
背中で手を組みながら、足をぶらぶらと遊ばせるルーク。
「....ん?」
テープの中、ビルの入り口をよく見ると、昨日クライが殺した死体の他に、覚えのない死体が転がっていた。
それは、監禁部屋から逃がしたはずの男だった。
腹を潰され、腸が飛び出している。
「は....?」
男以外にも、逃がしたつもりだった人達全員が、死体になっていた。
「なん....で....」
「どうかしたのか?クライ」
呑気なルークの声が耳に届き、唖然としていたクライを現実に引き戻した。
「い、いや....何でもない」
「仕事探してるんだっけ?だったら」
「悪いルーク。ちょっと急ぎの用が出来た。またな」
「あちょ....」
クライは踵を返し、手を伸ばすルークを置き去りにして早歩きで去った。
「何で....どういう事だよ....!
アイツの行動原理が分からねぇ....俺から車を逃がしたのかと思ってた....だけど、車は潰されて....監禁されてた奴らも....殺された....」
『奴が殺したとは限らないんじゃないか?』
「アイツが犯人って考えるのが一番自然だろ....
クソが、犯罪組織以外にも、アーティファクトを相手する事になるなんて....帝衛隊は何してんだ」
『お前も追われる側だろう』
「アイツの正体を突き止めて、アンダードッグも潰す....やる事が多すぎて纏まらねぇ」
『仮面は殺すのか?』
「当たり前だ。アイツは罪のない人間を殺した」
『正体を推測する手がかりはあるのか?』
「今はまだ....」
『ルークは?』
シキの言葉に、クライの足が止まった。
『現状一番怪しいのはアイツだろう?』
「....何でだ?」
『身体能力から察するに、アーティファクトを持っているからだ』
「....いや、身体能力がすげぇ奴ってのは、今まで何人も見た事ある。このラインでな。
考えてみれば、そいつらはアーティファクトを持ってたんだろうな」
『ルーク以外にも候補は居るという事か?アーティファクトを持てば、それだけで犯罪者になるのでは無いのか?』
「アーティファクトを犯罪行為に使うか、B級以上のアーティファクトを許可なく所持するのがダメなんだよ。
そういう奴らは反帝法所持犯罪者、略して帝犯って呼ばれる。
つまり、C級のアーティファクトは民間人が持っててもお咎め無しなんだ」
『....面倒な』
「つっても....うーん....予定通り、先に仕事を探すか。餓死したら元も子も無い。
その後、色々と考える」
『まぁ....お前に死なれたら私も困るからな。良いだろう』
ラインの西から離れて、東側へと向かう。
ラインの東へと近づく度に、段々とみすぼらしい見た目の人間が減って、代わりに小綺麗な装いを身にまとった者が増えてきた。
『どこに向かっているんだ』
「東の方は、西と違って店とか多いし、工事中の場所も多いんだ。
そこの作業員にでもなろうかなって。
....にしても、ここ本当にあのラインか?
久しぶりに来たけど、昔よりも街並みが鮮やかになってる気がするな」
目の端に一つのチラシを捉えた。
【急募!月給15万ゴルドも可能!】
綺麗な窓ガラスに貼られたチラシを、クライはじっと見つめた。
「綺麗なとこだな。最近出来たってことか?珍しいな、ラインに新しい店が建つなんて」
『ここにすればいい。急募らしいぞ』
「....いやいい」
『何故だ?確かに15万ゴルドは少し少ないが、急いでるんだろう』
「金の価値とか知ってんだな....
別に15万ゴルドに不満があるわけじゃねぇよ。大金だろ」
『ならば尚更何故だ』
「俺が採用される訳ないだろ」
『やってみなければ分からないだろう。可能性があるなら試す。お前はそういう人間のはずだ』
「分かった風に....行かないもんは行かない」
『行け。さっさと仕事を見つけた方が後々楽だろう』
「....チッ」
『何をイラついている。合理的な判断をしろ』
「....あぁもうわぁったよ」
ガラス張りの扉を開けると、床は光を反射するほど綺麗に磨かれた木で出来ており、長いテーブルと椅子が等間隔で置かれていた。
中々繁盛しているようで、ほとんどのテーブルに家族連れや男女が座っていた。
白と黒の制服に身を包んだ従業員が数人、忙しなく動いている。
「いらっしゃいませー!おひとり様ですか?」
入り口のすぐ近くにいた女の従業員が駆け寄ってきた。
「あぁ、いや....店前のチラシ見たんすけど」
「あ!もしかしてここで働きたいって感じですか?」
「はい」
『クライお前、敬語使えたのか』
「ちょっと待っててください!」
カウンターの裏の扉に従業員は走っていってしまった。
少し待っていると、細身の中年男が頭を掻きながら出てきた。
「あー、そんじゃちょっとこっち来て」
カウンターから手招きした後、男は扉へと入っていった。
言われるがままカウンターに入り、扉を開ける。
中には、木のテーブルと、それを挟んで二つ鉄のパイプ椅子があるだけの狭い倉庫のような場所に案内され、男が先に座った。
続いてクライも椅子に座ると、男が少し眉を上げた。
「....はい、店長のトールです。よろしく」
「....よろしくお願いします」
「....名前は?」
「クライ、です」
「住所教えて」
「住所は....ライン中央6番地の8-2です」
「....ん?ライン中央に住んでるの?」
「....はい、何でですか?」
「いや、ちょっと紋章見せてくれない?」
「....」
クライは黙って、店長側からはテーブルで隠れて見えていなかった左手の甲を、テーブルに乗せた。
「あー....ごめんね。ちょっと×紋はね....いや、差別とかじゃなくて、ウチは【C玉】を従業員に持たせて、仕事の効率上げてるのよ。
×紋だとほら....アーティファクトの恩恵受けれないじゃん?」
「....そうっすよね」
テーブルに手を置いて立ち上がり、店長に背を向けた。
「てんちょー」
ちょうどその時、先程入り口に居た女の従業員が、扉を開けて入ってきた。
「あ、面接中か」
「いや大丈夫。終わったから」
「えもうですか?早くないですか?」
「んー....まぁちょっとね」
クライは足早に扉へと向かい、その様子を女従業員は不思議そうに見ていた。
クライが扉を閉める瞬間、中から店長と女従業員の声が聞こえてきた。
「さっきの×紋。何で僕に何も言わなかったの?」
「え!?×紋だったんですか!?」
「そうだよ〜」
「いやだって、×紋がこんなとこ来ると思わないじゃないですか!」
「あはは、まあそれもそうだけど。
いやびっくりしたよ。僕が言う前に椅子に座るし、やっぱ育ち悪いんだねぇ」
「うわ〜、そうなんすね。まぁまぁ、×紋が皆そうと決まった訳じゃないすけど、さっきの人はかなり育ち悪そうでしたよね」
扉を閉めて離れても聞こえる声に、クライは耳を塞ぎながら駆け足気味に店を出た。
「....こうなる気はしてたけどな。普通の飲食店で×紋が働いてんのなんて見た事ねぇし。
そもそも飲食店なんて高くて行けねぇけど」
『....さっきの男が言っていたC玉とは何なのだ?』
「確か、仕事の効率化の為だけに開発されたC級の量産型人工アーティファクトだよ。
ちっちぇビー玉みたいな見た目だった気がする」
『道理で、ずっとアーティファクトに似ても似つかない気味の悪い感覚があったわけだ。
しかし、仕事の効率化とはどういう事だ?』
「C玉自体には能力は無いけど、身体能力が上がる。
....ってニュースで見た事ある。
多分それで仕事のスピード上げたりしてんじゃねぇの?
....てかそんな事俺に聞くなよ」
『お前以外誰に聞けばいい』
「....ていうか、さっきからずっと違和感があったんだ。
ラインにしては綺麗すぎるし、もしかして知らない内にラインから出ちまったのか?
....でもそんな訳無いんだよな。ラインは少し歩いて出れるほど狭くねぇし」
クライが右に目を向けると、そこには公園があった。
滑り台とブランコ、鉄棒という普遍的な遊具に加え、真ん中には大きな一本の木。
その木は葉が赤く染まっており、根の周りに桃色の花が咲き乱れていた。
「ここは....懐かしいな」
口角が少し上がって、一瞬顔を伏せてからもう一度公園を見た。
『懐かしい?』
「枯不公園だ....昔ヒロとよく来てたんだよな」
公園の土に足を踏み入れ、木の下へと来た。
「この木、何でかずっと枯れないんだ」
『そうか』
「....興味無さそうだな。そんじゃここのイチオシスポット教えてやるよ」
木から目を外し、裏へと回る。
そこには石で造られた水飲み場があった。
クライは得意気に鼻を鳴らした。
『....は?イチオシスポットは?』
「....は?これだよこれ。目の前にある水飲み場」
『....』
「いやお前、水が飲める公園なんてラインでは珍しいんだぞ。
ちょうど木の裏にあって、割と気づかないやつも多いんだからな」
蛇口に手をかけて捻る。
水が上へと勢いよく昇った。
それをクライの口が迎える。
「ぷはぁ!やっぱこういうのが一番美味いんだよな。
乾いた喉に染みるわ」
何度か水を飲んで、口の水滴を拭いながら周りを見渡した。
滑り台近くのベンチに座っていた子供の母親らしき人物達が、クライを横目にヒソヒソと話している。
「ねぇあれ、手の甲....×紋じゃない?」
「やだほんと....子供達に何かあったら怖いわぁ。もう帰りましょ」
『何だアイツらは、殺すか』
「....良いんだよ。×紋は、犯罪を犯しやすいってのが世間の認識だ」
『犯罪を犯しやすい?そうなのか?』
「知らねぇよ」
そそくさと、数人いた子供と親達が公園から出ていくのを見届ける。
「てか、この公園があるって事はラインで間違いないはずなんだよな....」
案内板が目に入った。
近づくと、そこに書かれていたのは【マッグルース】という都市の案内だった。
「....あぁ、そういう事か」
『どういう事だ』
「ラインの東側が、俺の知らない内にマッグルースっていう都市のものになってたんだよ」
『奪われたのか』
「まさかまたラインが狭くなってたなんてな。
だから皆やけに×紋に反応してたのか。
....はぁ〜、勝手に狭くしやがって。
どんどん暮らしづらくなっていくじゃねぇか」
『奪ったやつを殺せばいい』
「殺さねぇよそんなんで。てか殺して解決するもんでも無いだろ多分。
....しゃあねぇ戻るか。多分ここには俺が働ける場所なんて無いしな。
....とその前に」
クライは木の根まで歩きしゃがみ込んだ。
そして桃色の花を三輪ほど摘み、懐へと入れる。
「これは甘くて美味いんだよ」
『食うのか。貧乏ここに極まれりだな』
「っせぇ」
花を一輪齧りながら、クライはラインへと戻っていった。