罰紋のクライ   作:向木 真幸

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殺したい

「ねぇ、『狩人』。なんで?なんでお前ともあろうやつが、ガキの持ってったアーティファクト一つ持って帰って来れないの?」

 

マークは不機嫌そうに、目の前に跪いている男を見下ろした。

 

男は、頬がこけ、クマが酷い中年だった。大人しくマークの叱責に耐えている。

 

「申し訳ありません。

存在を確認出来ませんでした」

 

「いやいやいやいや、確認出来ませんでしたじゃなくて、隅々まで探せよ!なんで?馬鹿なの?」

 

「家の隅から隅まで探したのですが、確認出来なかったため、青年を捕らえてまいりました。必ず、隠し場所を吐かせます」

 

「はぁ〜、ああもう!お前の株、こっからこうだよ!」

 

手を上から下に思いっきり下げるジェスチャーをしてみせるマーク。

 

「まぁいいやもう....とりあえず、その青年は、拷問かけちゃっていいから、絶対吐かせてね。

どうせ×紋で家族もいないから、死んでも誰も悲しまないだろうけど、吐くまで死なせちゃダメだよ」

 

「承知致しました」

 

「なーんで僕の『宝探しくん』、ちょうどこんな時に調子悪くなっちゃうかね」

 

マークがそう言いながら、左腕につけた緑の薄い布のようなものを見る。

 

「噂ですが」

 

男が口を挟む。

 

「『死鬼』は、他のアーティファクトにまで影響を及ぼすと聞いた事があります。意思を持っているとも....

我々から隠れようとしているのでは無いでしょうか」

 

「『トレジャー・ハント』」

 

マークが腕に向かって言うと、左腕に巻いたものから、マークの目の前にマーク邸を中心としたマップが浮かび上がる。

 

「『死鬼』」

 

マップに、赤い点が、無数に記されていく。

 

「今まで何回も『死鬼』を僕の『宝探しくん』で調べてたけど、こんなにバグったのは初めてだよ。

あの赤い髪の子を連れ帰ってきてからなんだよねー。

もしかしたら、本当に僕から隠れようとしてるのかなぁ。

....ぶひっ。

ぶひっひっひっひっひ!!!!

面白いじゃん!意思を持つアーティファクトなんて、この『トレジャー・ハンターマーク』ですら初めて見るよ!

絶対に欲しい!」

 

豚のように笑いながら、体を大きくゆっさゆっさと揺らす。

男は、頭を垂れながら、これから待っている血なまぐさい労働に、ため息を吐きそうだった。

 

 

 

クライは、思考を巡らせつつ走っていた。

 

(相手にはアーティファクトを探す手段があったのに、何故ヒロの家にアーティファクトがあったんだ!?

仮説でしかない、いや、ほとんど希望的観測だ。

アーティファクトを探すアーティファクトが、何らかの理由で今は使えない。

だから、ヒロを攫って直接聞き出そうとしてる。

それだったら、辻褄が合う。

今もアーティファクトを探すアーティファクトを使えるんだったら、わざわざヒロを攫う理由がない。

じゃあ、攫われたとして、どこだ?

俺が知ってる候補はひとつしかない。

あぁクソッ!

確かなことが何一つ無い!

全部賭けだ!)

 

マーク邸の前に着く。

大きな門の両端に、黒服の男が立っている。

右の男がクライを見た。

 

「何者だ」

 

「はぁ、はぁ。....マーク様と、話をさせろ」

 

「なんだと....

!貴様、×紋じゃないか」

 

クライの左手の甲が目に入り、男は嘲笑を浮かべて言う。

 

「×紋ごときが、マーク様と話をしようとするなど、無礼にも程があるな」

 

「マーク様に言え、あんたの欲しがってるもんを持ってきた。ってな」

 

「マーク様が欲しがってるものだと....?」

 

クライは、懐からアーティファクトを出した。

すると、男が目を見開き、ポケットから分厚い板を取り出して、そこに何かを囁いた。

 

数十秒後、鉄の門が音を立てて開いた。

そして、男が中に入り、クライについてくるように言った。

 

玄関まで続く庭は、レンガが床に敷き詰められ、広さは、この庭にも三軒程度は立派な家が建ちそうなほど広かった。

真ん中には、小太りの男が、右手を高く掲げ、左手を背中に回している石像が掘られていた。

その石像の足元には、トピアリーがあり、石像の顔を下から照らす明かりが、そこから生まれていた。

 

(悪趣味だ....)

 

クライはそれを見て、不快感に顔を歪める。

 

玄関は、とてつもなく天井が高く、シャンデリアがぶら下がっていた。

大理石の壁と床、馴染みのないクライは、慎重に、滑らないように足を出した。

 

思ったよりもずっと滑らない床にほっとしつつ、周りを見回してみる。

壁には、マークを描いたのだろう、小太りの男の油絵が大量に飾ってあった。

 

クライは、もはや不快感などではなく、恐怖を覚えていた。

 

さらに中を歩いていくと、透明なケースの中に置かれた、やけに高級そうな木のスプーンが目に入る。

 

「スプーン....?

なんで....」

 

「あれもアーティファクトだ」

 

前を歩いていた男が答えた。

スプーンをよく見てみるが、特に変わったところは見当たらない。

 

「ついたぞ、ここが応接間だ。入れ」

 

男が、両開きのドアの右側だけを開け、クライに中に入るように促した。

 

言われるがまま入ると、何メートルあるのか、目測で大人十人が縦に寝っ転がれそうな長さのテーブルが縦に置かれていて、その一番奥に、着飾った小太りの男が座っていた。マークだ。

その後ろには、やけに大きな、マークの三倍はあろうかという鎧が飾られていた。

 

クライは、険しい顔になりつつ、マークとは正反対の位置にある椅子に座った。

 

「やぁ」

 

手を顔の前に組んで、マークが話しかける。

 

「どうも」

 

淡々と、クライは返した。

 

「それで?僕が欲しがってるものを持ってきたって?」

 

「あぁ、あんた。アーティファクトを必死に探してたろ」

 

クライのタメ口に、マークは眉をピクっと動かしたが、まず、話を進めることにした。

 

「あぁ、まぁ、そうだね。もしかしてそれを持ってきてくれたのかい?」

 

わざとらしい態度に、クライは苛立ちを覚えていた。

 

「そうだよ....渡してやってもいいが、ひとつ条件がある」

 

マークの目が険しくなる。

 

「....条件?」

 

「ヒロを解放しろ。これは先にやるから」

 

そう言って、クライは懐から出したアーティファクトを、テーブルを滑らせてマークに渡した。

そして、心の中で祈った。

 

(頼む頼む頼む....!)

 

「....これが、『死鬼』」

 

「『死鬼』....?」

 

マークは、アーティファクトを持ち上げ、上下左右から観察した。

うっとりとした目で、頬を赤らめ、夢見心地といった様子だ。

 

「そう、『死鬼』だ。

....Sランクのアーティファクト....これさえあれば....上手く使えば、賢貴会にだって....いや、なんなら帝国ごと....」

 

「お、おい」

 

上の空なマークを、クライは現実に呼び戻した。

 

「あぁ、そういえば、なんだっけ。

解放?だっけ。

あの赤い髪の子でしょ?いいよ別に」

 

あっさりと、マークはアーティファクトを見ながら言い放った。

クライは、思わず立ち上がる。

 

「ほ、ほんとか!?」

 

「うん。

....あれ、ちょっと待って」

 

マークがアーティファクトからクライに視線を移す。

 

「そもそもなんで、いや、ここに君の友人がいると分かったのは分かるよ。ここは有名だもの。

でもなんで、このアーティファクトを隠して交渉しようと思わなかったの?

場所を教えてやるから、代わりに解放しろーとかさ」

 

「そんなやり方だと、ヒロをすぐには解放してくれないだろ。

俺が本当のことを言っているかどうか確かめるまで。

俺は一刻も早く帰りたいんだ」

 

「たしかにねぇ、おい、バンター」

 

「はっ」

 

マークが、クライの後ろに目をやると、突然後ろから声がした。

驚いて振り向くと、そこには、クマが酷く、頬がこけた中年の男がいた。

 

「お友達のところに案内してやって。

あぁそれと、後でゴミ纏めといて」

 

「承知致しました」

 

バンターは、顎で、後ろについてくるように言った。

 

しばらく歩き、地下に続く階段を通り、周りは、段々と光を失っていく。

 

二人はここまでずっと無言で歩いていた。

 

「....勇気があるな」

 

突然、前を歩いていたバンターが口を開いた。

 

「なんだよ、急に」

 

「いや、なんでもない。ついたぞ」

 

階段が終わると、目の前には、石の床に、石の壁、そして鉄の扉があった。

扉の両脇には、燭台に乗った蝋燭が不規則に揺れていた。

 

バンターが、ゆっくり扉を開けた。

そして、クライの目に飛び込んできたものは、

───椅子に縛られ、ボロボロの体になったヒロだった。

顔は、目が青く腫れ上がり、唇が切れている。

爪も、右手の人差し指と親指が剥がれて、小指は切断されている。

左手はまだ綺麗だった。

体の至る所に、赤い腫れがある。

 

クライは、特に驚いた様子も無いまま、歩いて近づく。

 

「そいつは、アーティファクトの場所を頑なに言わなかった。だからそうなったんだ」

 

男が言った。

 

ヒロは、クライの方を向いて笑いかけた。

 

「はは....わりぃクライ」

 

「わりぃじゃねぇよ馬鹿。もう死んでてもおかしくねぇと思ってたけど、やっぱしぶといなお前」

 

「いってぇけどな....一攫千金のチャンスだと思ったんだけどなぁ。

てかさ、俺まじで手に持ってたはずなんだけど、いつの間にか無くなってたんだよ。

そんなのに俺が隠したなんてあいつ思い込みやがってよ」

 

「わかったわかった」

 

クライは、ヒロの近くに来て、膝を着き、ヒロを椅子に縛り上げている縄を解き始めた。

 

「早く帰ろう、ヒロ」

 

「おう........

!!危ない!」

 

突如、ヒロの叫び声、そして頭への衝撃と共に、クライの視界はブラックアウトした。

 

 

 

次に目を覚ますと、辺りは真っ暗で、縛られた自分の手が見えた。

 

(ここは....?)

 

段々と、脳が覚醒してきて、先程の事を思い出した。

 

(そういうことか....)

 

横を見ると、心配そうに傷だらけのヒロがこちらを見つめていた。

 

そして、どしどしと、足音が聞こえてきた。

 

「さて、起きた?」

 

目の前に来たのは、小太りの男、マークだ。

 

「おい!なんでクライまで縛ってんだよ!」

 

ヒロがマークに向かって叫んだ。

マークは、うるさそうに耳をほじる。

 

「君たちさぁ、ここどこか分かってる?」

 

「....?」

 

ヒロは眉を顰め、マークの言葉の意味が分からないと言った様子だった。

 

「ここは、僕の家。そして、君たちは×紋....

許されないんだよねぇ。この聖域に、ゴミが足を踏み入れるなんて事はさ」

 

「おい....」

 

ここで、クライが口を開ける。

 

「おかしいだろ....俺はともかく、ヒロはてめぇらが攫ってきたんだろうが」

 

マークは、耳くそをほじりだし、フッと息で飛ばした。

 

「てことで!君たちには、ちょっと自分の立場を分かってもらわなきゃいけません!」

 

パン!と手を叩き、やけに嬉しそうにマークは言う。

すると、黒服の男たちが台車を何台か持ってきた。

そこには、様々なものが乗っていた。

マークが手に取ったのは、何の変哲もない鉄の棒だった。

 

「ていうのは冗談でー....

僕の実験に付き合ってもらうよー」

 

棒を、ヒロに近づけた。

 

「『エレクトリック』」

 

マークがそう言うと、棒から青い電気が発生し、ヒロの体に流れた。

 

「んがぁ!」

 

「ヒロ!」

 

ヒロは悲痛な叫び声を上げた。マークは棒をヒロから離し、顎を撫でながら不満そうに見る。

 

「うーん....そこまで強くないね、まぁC級だからこんなもんか。

さてお次は....」

 

棒を台車に戻し、今度は刃が二つ、反対についている鎌を持った。

 

遠くから、今度はクライに向ける。

 

「『風断ち』」

 

マークが言った瞬間、鎌から、白いものが飛んでくる。

 

クライの肩、脇腹に当たり、切り裂いた。

 

「ぐっ!?」

 

「クライ....!」

 

血がどくどくと流れる。それを見てマークは満足そうに笑う。

 

「うん....いいねこれ!面白い効果だわ!

....さて、本命行きますか!」

 

テンションが上がり、今度は胸ポケットから、クライの持ってきたアーティファクトを取り出した。

 

「S級....初めての....S級....

....あれ?」

 

マークはキョトンとして、アーティファクトを見つめた。

 

「どうかしましたか?」

 

黒服の男が話しかけた。

 

「いや....えぇ、もしかして....うわだる

多分これ、装備型じゃないわ」

 

マークの言葉に、黒服の男が動揺する。

 

「え!?本当ですか」

 

「うん....使い方浮かんでこないもん。全く

....しかしおかしいなぁ。普通適正無くても、出力が落ちるだけなんだけどなぁ。

おい!狩人!」

 

「はっ」

 

突然暗闇から、頬がこけた中年男、バンターが現れた。

 

「お前って翼紋だよね?」

 

「はい」

 

バンターが袖を捲り、前腕に刻まれた翼のような紋章を見せた。

 

「ちょっとこれ持ってみて。

多分装備型じゃないなら、覚醒型だからさ」

 

「分かりました」

 

バンターがマークからアーティファクトを受け取る。

 

「どう?」

 

「........いぇ、私にも全く使い方が浮かんできません」

 

「はぁ?....まじ?これ環境型なの?」

 

マークが至極残念そうに言い、バンターは顎に手を当て考え込む様子を見せた。

 

「しかし....これが環境型とは考えにくいかと」

 

アーティファクトをマークに差し出しつつ、バンターは進言した。

アーティファクトを受け取り、眉を顰めながら見る。

 

「んだよこれ....まあアーティファクトはまだまだ分かってない事も多いし、とりあえず今はいいか。

....でもなぁ、なんかテンション下がっちゃったよ」

 

「ですがマーク様、あの『死鬼』です。

欲しがるものは多くいるため、値はかなりのものになるかと」

 

「うーん....まあそうだよね!そうだよ、そもそも使うためじゃなくて売るためだったしね!」

 

マークは、言い訳のように言葉を吐いた。

 

「もういいや、テンション下がっちゃったから、僕もう寝るね。ゴミ処理は頼んだよ」

 

「承知致しました」

 

バンターは深々と頭を下げ、マークはアーティファクトを持って扉を開け、出ていった。

 

黒服達も続々とマークの後に続いて出ていく。

 

残ったのは、ボロボロのヒロと、体を切り裂かれたクライ。そして、バンターだった。

 

「一分やる....その一分で、最期の会話を存分にするといい」

 

そういうと、バンターは、踵を返して扉に向かった。

クライは、それに話しかけた。

 

「あんた....優しいんだな」

 

バンターは一瞬足を止め、すぐにまた歩き出し、鉄の扉から出ていった。

 

「クライ....ごめん、俺のせいで」

 

ヒロが、震えた声で言う。

 

「お前のせいじゃない。俺が....ッ!

....俺が、もっと考えてたら、防げてたはずだ」

 

切り裂かれた箇所が、熱と痛みをもって、定期的にクライに襲いかかってくる。

 

「でも....でも....」

 

ヒロは涙を流した。腫れ上がった頬を伝って、膝に落ちる。

 

「クライ....俺、やっぱ許せねぇよ....

こんな国....×紋差別ごとぶっ壊してやりてぇ」

 

「....そうか」

 

「....クライ、お前は、ずっと、冷静で、すげぇやつだよ....

俺は、すぐになんでもイラッと来ちまうし、差別するやつはぶっ殺したくなる」

 

「なんだか....昔のこと思い出すな」

 

「....?」

 

ヒロは、首を傾げた。

 

「ほら....あっただろ?俺たち二人が、どうしても腹が減って、八百屋から野菜盗んでさ、どっちも縄で縛り付けられて」

 

「あぁ....ははっ、あれ死ぬかと思ったよな」

 

「『この×紋が!』って、何度も叩かれて....あれは俺達が悪かったんだけどな」

 

「ははっ、そうだな。あの後二人で、『もう盗みません』つって、泣いて謝ったよな」

 

「そうそう、そんで、結局また盗むっていう」

 

「はははは!」

 

ヒロとクライは、いつものように、まるで、命の危険など忘れたかのように笑った。

 

そして、鉄の扉が開いた。

 

「時間だ」

 

手に、短刀を持ったバンターが現れた。

ヒロとクライは、変わらず笑顔で、それを見た。

 

「....?何故、笑っている」

 

「いや....可哀想だなって思ってよ」

 

ヒロが言った。

 

「あんたは、まだこの地獄みたいなこの世に縛られちまうんだなって」

 

ヒロの言葉に、バンターは自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「ふっ、言えてるな」

 

バンターは、ヒロの後ろに立ち、首元に短刀を当てた。

ヒロは、クライの方を向き、快活な笑顔を見せる。

 

「先に逝ってる!」

 

「あぁ」

 

刃が、ヒロの首に食い込み、鮮血と共に首が飛んだ。

 

「お前も、同じ死に方がいいか?」

 

短刀についた血をハンカチで拭い、バンターは、クライに問いかける。

クライは、笑いながら首を横に振った。

 

「いんや....あの馬鹿と同じ死に方はごめんだな」

 

「....そうか」

 

バンターは、クライの前に立ち、短刀を心臓の位置に当てた。

そして、深々と突き刺した。

 

(あぁ、ヒロ。

クソみたいだったけど、楽しかったな)

 

周りの時間がゆっくりと流れているように感じた。

突き刺さる短刀と、そこから吹き出そうとしている血。

それは、今まで見たどんな景色よりも綺麗にみえた。

 

(ヒロ、お前はずっと、短絡的で、考え無しの馬鹿だったけど....

俺は、お前と会えて良かったと思ってるよ。

お前も、そう思ってくれてるか?)

 

ヒロの生首を見る。

もちろん、答えは帰ってこない。

 

(それと....お前は、俺を冷静だなんて言ってたな。

....実は俺、お前にもずっと言えてなかった事があったんだ。

ヒロ、お前と同じくらい、いや、それ以上に俺は)

 

 

 

(───俺達の邪魔するやつら全員、ぶっ殺してやりたいって思ってた)

 

クライの目から、生気が消え、頭が、力なく項垂れた。

 

胸から短刀を抜き、ハンカチで血を拭う。

 

「....」

 

(嫌な仕事だ)

 

バンターは、ふと思った。

昔の恩義を返すため、『狩人』として、マークの元で働き始めて十数年。

 

この手で、何人葬ってきただろう。

 

(いや....)

 

バンターは、深く考えるのを辞め、扉を開けて部屋を出た。

 

 

 

誰も居なくなった暗い部屋。

 

クライは、まだ、意識があった。

体に力は入らない。もう死んでいくだけだというのは、分かりきっていた。

 

(なんだ....なんで、まだ死んでない)

 

異様だと思った。

明らかに意識が長い、息が止まり、匂いもしない、五感の中で、視覚だけが機能している。

 

辺りを見回せもしない。

 

(さっさと、死ぬなら死ねよ)

 

突然、膝の上に、四角い透明な紫色の箱が現れた。

中心には心臓のようなものがある。

 

(....?

デブが、持ってったはずだろ)

 

マークが、持って行ったということは、この目で確かに見ていた。

 

『殺意だ』

 

(!?)

 

突如、謎の声と共に、アーティファクトが、溶け始めた。

 

中の心臓が露出し、浮かび上がる。

 

『その殺意だ』

 

(誰だよ!)

 

叫ぼうとしても、体は既に動かない。

 

心臓が、クライの胸元に近づき、中へと入っていった。

 

『殺せ』

 

大きな衝撃が胸に走り、それと共に、段々と手、足に血が通っていく感覚を覚えた。

 

周囲の匂い、音、縛られている感覚が戻ってきて、

そこで初めて、今まで耳が聞こえていなかったことに気づいた。

 

クライは、指先を動かしてみる。

拳を握り、開く。思い通りに動いた。

 

「なん、で....」

 

胸を見ると、服は刃物が通った通りに破けていたが、もう既に、痛みも血も止まっていた。

 

切り裂かれた場所も、どこも痛くない。

 

「なんで....」

 

いや、だいたいは把握している。

なぜなら見ていたのだから。

アーティファクトが、クライを生かしたのだろう。

 

「なんで俺なんだよ!」

 

クライは叫んだ。と、同時に、クライの右手を縛っていた縄が引きちぎれる。

 

「!」

 

やけに簡単に引きちぎれた縄を見て、クライは今度は左手を勢いよく降ってみた。

同じく、ぶちぶちと音を立てながら引きちぎれた。

 

クライは、足の縄をちぎり、立ち上がる。

 

そして、ヒロの首が転がっている場所へと歩いた。

 

膝をつき、項垂れる。

 

涙が溢れてきた。

 

ぽたぽたと、涙が石の床に落ちる。

 

「ごめん....ごめん、ヒロ....」

 

小さく、啜りながら、頭を擦り付けて、クライはヒロの首に謝る。

 

「俺じゃなくて....お前が生きるべきだったんだ」

 

しばらく泣いて、クライはゆっくり立ち上がった。

 

充血した目、腫れ上がった瞼。

そして、顔には、怒りと決意が滲み出ていた。

 

「ヒロ、お前の分も....俺が、殺してやるから」

 

クライは、胸を締め付ける。

 

「おい....S級のアーティファクトさんよ....

いや、『死鬼』だったか....

お前なら、出来んのか?

この屋敷にいる全員、皆殺しにすることが」

 

『あぁ、出来る』

 

「!」

 

答えが返ってくるとは、思っていなかった。

 

「....おい!お前は、なんで、....なんで俺を選んだんだ!」

 

『殺意だ』

 

「....殺意....」

 

『そうだ、怒り、憎しみ、殺意。

お前からは、強い殺意を感じた。

だから選んだ。

私を使うに相応しい人間だ』

 

クライは、アーティファクトの言葉を噛み締めるように、目を閉じた。

 

「....もう、いい。

ヒロは、死んだんだ。

今更そんな事を言っても、仕方ない」

 

『そうだ、それだ。

殺意に加え、冷酷。

素晴らしい逸材だ』

 

「!....黙れよ、道具の分際で」

 

クライは、胸を睨みながら言った。

 

「お前は、何が目的なんだ」

 

『目的....それは知らんな』

 

クライは、怪訝な顔をする。

 

『目的も、私が生まれた理由も知らん。

───ただ、本能のようなものが、私を着き動かしているんだ』

 

「本能?」

 

『ニンゲンを殺したい』

 

その言葉を聞いて、クライは面食らった。

が、すぐにニヤリと笑う。

 

「そうか....存分に殺してやるよ」

 

『そう来なくてはな』

 

鉄の扉に向かい、ノブに手をかけたところで、クライは止まる。

 

「っていうか、なんで、×紋の俺に、アーティファクトが?」

 

『私は、そもそも×紋以外使えんアーティファクトだ』

 

クライは目を見開く。

 

「アーティファクトって....×紋以外は使えて、×紋だけどんな型のアーティファクトにも適正がないんじゃないのか?」

 

『詳しくはしらん。

私の場合はそうというだけだ』

 

突っぱねるようにアーティファクトは言う。

 

『使い方は教えてやる。

早く殺しにいけ』

 

「分かったよ」

 

クライは、鉄の扉を開けた。

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