罰紋のクライ   作:向木 真幸

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悪人

扉の先には、地下から、地上の廊下へと繋がる階段があった。

 

「殺る前に....まず、使い方を教えろ」

 

階段の手前で立ち止まり、クライは胸を見て言う。

 

『お前は、いちいち胸を見ないと会話が出来ないのか?不便だな』

 

死鬼の言葉に、クライは額に青筋を浮かべる。

 

「....てめぇから殺すぞ」

 

『どうやって?心臓を貫くのか?お前も死ぬぞ』

 

「まずお前って言うのを辞めろ。ご主人様だろうが」

 

『私はお前を主とは認識していない。それと、お前も私の事をてめぇ呼ばわりするのを辞めたら、お前と呼ぶのを辞めてやろう』

 

クライは、苛立ったようにつま先をトントン鳴らす。

 

「んじゃあ、シキって呼べばいいかよ。

いいからさっさと使い方教えろ」

 

『それはもう知っているはずだ。

今こそ自分の胸に聞く時だぞ。クライ』

 

クライは頭をかきはじめる。

 

「お前さっき教えるって言ってただろ....」

 

『さっさと歩け。その時になれば分かる』

 

舌を鳴らし、言われた通り、クライは階段を登り始めた。

 

 

 

暗く広い寝室で、マークは、緑のパジャマに身を包み、大きなベッドで上を向いたまま寝そべり、布団を顔の半分まで上げている。

 

「はぁ....」

 

陰鬱そうな顔で、大きくため息を吐く。

 

「なぁんで、僕ってこんなに運が悪いのかな....

結局、死鬼も使えないし....はぁ....

神様ぁ、僕がなにか悪いことしましたかぁ!」

 

布団を勢いよくめくり、泣きそうな瞳で叫ぶ。

 

「........もう寝よ」

 

横を向いて、マークは目を閉じた。

 

 

 

階段を上がって、地上へと出たクライ。

廊下は不気味なほど静まり返り、灯りが消されていた。

窓からの月光だけが、廊下を照らしていた。

 

後ろを見ると、壁一面に飾られた、大きな一枚のマークを描いた肖像画があった。

クライは、それを憎々しく睨みあげる。

 

「....こいつは、絶対に殺さなきゃならない」

 

『そうだ。お前はこいつを殺さなくてはならない。

私を使ってな』

 

すると、肖像画を見ていたクライの後ろから、複数の足音が聞こえて来た。

視線を向けると、黒い袋をもった黒い服の男達がやってきていた。

 

「死体処理、か」

 

クライは、冷静に分析する。

黒い服の男達は、こちらには気づいていないようだった。

 

「おい、どうやって使えばいい。

ふざけてる場合じゃなくなってきたぞ」

 

『私がいつふざけた?』

 

「だから、そんな事言ってる場合じゃねぇんだって」

 

『黙れ。私がいつふざけたと聞いている』

 

そう言い合ってる間にも、黒い服の男達は近づいてきている。

 

「なんでそんなに頑なに言わねぇんだよ!」

 

『必要がないからだ。私は無駄が嫌いだ。

さっさといけ』

 

だんだんと近づいてきて、先頭の黒服が立ち止まった。

後ろの黒服達は、立ち止まった黒服を不思議そうに見る。

 

「お、お、お前!狩人様が殺したはずじゃ」

 

黒服の先頭が、震えながらクライを指さし、後ろの黒服達も、指の先を見て、クライに気づいたようだった。

 

「あぁもう!バレたじゃねぇか」

 

『結果は変わらんだろう』

 

「か、構えろ!」

 

先頭が叫び、黒服の男達が、一斉に銃を構えた。

 

「おいおいおい!まじで教えろって!」

 

背中に汗をかきながら、クライは胸をどんどんと叩く。

 

『さっきも言っただろう....自分の胸に聞けと』

 

「自分の胸に、って、意味わかんねぇよ!」

 

焦りつつも、このままだと銃で打たれて死んでしまう。そう思ったクライは、一か八か、目を閉じて、自分の胸に手を当てた。

 

(自分の胸に、自分の胸に....!)

 

突然、ドクン、と、心臓が大きく鼓動した感覚と共に、今まで知らなかったはずの、死鬼の使い方が浮かび上がってきた。

 

「そういう事かよ....!」

 

左手を、目を見開き見つめる。

 

「撃て!」

 

先頭が叫び、黒服達は銃を放つ。

と同時に、クライは深々と、自分の胸に左手を突き刺し、叫んだ。

 

「『死鬼』!」

 

クライの体から、紫色の炎のようなものが吹き出し、全身を包む。

 

そこに、黒服達の放った銃弾が当たる。

 

炎が晴れると、そこに、クライの姿は無かった。

 

「お、おい。今のって....」

 

黒服の一人が言う。

 

「あ、あぁ....多分、アーティファクトだろ」

 

「はぁ!?×紋のはずじゃなかったか!?」

 

「お、俺、あいつの左手に、×紋が刻まれてるの見たぞ」

 

黒服の男達が、どよめきながら、口々に言う。

 

「周りを警戒しろ!」

 

先頭にいた黒服が、周りの黒服に喝を入れた。

 

その言葉に、黒服達は一箇所に集まり、全方位を満遍なく警戒出来るように、背中を合わせた。

 

「....」

 

ゴクリ、と、誰かが唾を飲む音が聞こえる。

 

静まり返り、黒服達の額から汗が流れる。

 

コツン、先程クライがいた方向とは逆の方から、音がした。

 

全員一斉に銃を向けた。

 

そこには、ただ、月光と静寂に塗れた闇があった。

 

そして、黒服達のすぐ後ろに

───クライが現れた。

 

左腕が変化し、一本の刀となったその腕を、先程から指揮を取っている、黒服の心臓に突き刺した。

 

「ヴッ!?」

 

突き刺された黒服が、口から血を吐き出す。

黒服達は、すぐに後ろに銃口を向けた。

 

「!?」

 

黒服達は、思わず絶句した。

そこにいたのは、人間というよりも、化け物に近かった。

 

左腕が、前腕から、黒い筋肉のようなものに飲まれ、一本の刀に変化していた。

細い紫の管が血管のように黒いものの表面を走っており、ドクドクと脈打っている。

月光に照らされた顔の左側には、腕と同じような紫の脈が這っていた。

 

「う、うわぁ!!!」

 

黒服の一人が、叫びながら打ち出し、他の黒服も追従するように銃を打ち始めた。

 

クライは、突き刺した黒服を盾に、銃弾を防ぐ。

黒服達は、そんなことも構わずに、何発も打つ。

黒服を盾にしたまま、クライは歩を進め始める。

一歩、また一歩と近づく度に、黒服達は、押されるように下がっていき、ついに一人、腰を抜かして転んでしまった。

その瞬間、クライは、刀に突き刺さった黒服を、押し出すように蹴り出し、黒服達にぶつける。

 

陣形が乱れる。

クライは、姿勢を低くして、一瞬にして、黒服達の中に入り、刀を薙いだ。

 

黒服達が、上半身と下半身に別れ、赤い血が高く舞う。

腰を抜かした黒服は、クライの攻撃には当たっていなかった。

 

「あ、ああ、ああああ!!!!」

 

「おい、待て」

 

腰を抜かしたまま、這って逃げようとする黒服の足を、変化していない右手で、拾い上げるように捕まえた。

だらしなく吊るされたような体勢になる。

黒服は、酷く怯えた様子で、顔が涙と汗でぐちゃぐちゃになっていた。

 

「マークはどこだ」

 

クライは、冷静に尋ねる。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい!やめて殺さないで」

 

まるで呪文のように、目を瞑りながら、黒服は何度も早口で懇願する。

 

「マークはどこだ」

 

さっきと全く同じ声色で、クライは再度尋ねた。

黒服は、相変わらず、早口で懇願するだけだった。

クライは、ため息を吐いた。

 

「こりゃダメだな」

 

パッ、と足から手を離し、クライは、右足を高く振り上げ、黒服の顔を思いっきり蹴った。

一瞬で、黒服の顔が潰れ、遠くへと吹っ飛び、反対側の壁へとめり込んだ。

 

一掃し、クライはその場に立ち尽くす。

 

『初陣にしては、なかなかいいぞ』

 

シキの言葉を聞きながら、クライは、倒れた黒服達を見た。

上半身と下半身の断面、血溜まり。

人を直接刺した感触が、まだ左手に残っていた。

 

『どうした?今更怖気付いたか?』

 

「いや....」

 

クライは、刀に変化した左腕を見た。

 

「シキ、ここまで強いのか。お前の力は」

 

『ふん、まだ本来の力には遠く及ばん』

 

顔は見えないが、シキの言葉は、なんだか誇らしげだった。

 

「本当か?」

 

『あぁ、アーティファクトは、相性の他にも、それとどれだけ心を通わせたかというのも重要なのだ』

 

「心を?お前と?....冗談じゃねぇ」

 

吐き捨てるようにクライは言った。

 

『そこは私も同意だが。

単純にどれだけ長く使ったか、そのアーティファクトをどれだけ理解しているか、というのも重要になってくるという話だ。

アーティファクトを深く理解すれば、そのアーティファクトには『真価』が宿る』

 

「『真価』....?」

 

『そろそろ次の獲物が来るぞ』

 

「!」

 

シキの言葉に、クライは警戒を始める。

 

突然、廊下の明かりが次々とつき始めた。

 

廊下の奥に、黒服の集団が見えた。

全員、銃を構えている。

 

「監視されてたか」

 

クライは、上を見上げ、こちらを向いているカメラを見た。

 

「ちょうどいい。手間が省けた」

 

「マーク様が起きるまでに、絶対に殺すぞ!

撃て!」

 

次々と放たれる銃弾。

クライは、左腕をさらに変化させて、盾を作り出した。

そこに銃弾が当たり、金属音と共に弾かれる。

 

「そういえば、シキは何型に分類されるんだ?」

 

銃弾の雨の中、クライは特に焦りもせずに尋ねる。

 

『ふむ....分類するとしたら、『覚醒型』だろうな』

 

「覚醒型、か」

 

クライは、ヒロとの会話を思い出していた。

 

《クライ、お前さ、生まれ変わったらなんの紋章がいい?》

 

《翼紋だな。覚醒型は強いのが多い気がする》

 

《まじ!?俺は星紋!かっけぇやつとか装備してみたいから!》

 

クライは、思わずふっと笑った。

なんだか、ヒロとの会話の通りになっているこの状況が、少しだけおかしかった。

 

一度死に、覚醒型のアーティファクトを身に宿している。この状況が。

 

と、同時に、ふと思い出した。

 

「そういえば、マークは星紋か」

 

頭のてっぺんに、星の紋章があったことを思い出し、クライの心の底から、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「ヒロが憧れた紋章を、あのクズが持ってんのか」

 

『星紋か、なんのアーティファクトを持っているか知らんが。

装備しているものを剥がすか、奪えば、何も出来まい』

 

「あぁ」

 

銃弾の雨が、止んだ。

クライは、盾にしていた左腕を、刀に戻し、地面を蹴って走り出した。

 

そして、クライは目を見開いた。

一番最初に、指揮を取っていた黒服の手に、金のリングが握られていた。

 

(アーティファクトか!)

 

『環境型だな』

 

すぐに見抜き、一旦退こうとしたが、すぐには止まれなかった。

クライはすぐに、左腕を盾に変える。

 

「『炎龍』!」

 

黒服が叫ぶと、金のリングが光り、黒服を含めた床から炎が吹き出してきた。

 

「がぁ!?」

 

炎に足が焼かれ、倒れ込む。

そして、身体も炎に包まれ、全身が焼かれ、のたうち回る。

着ていた作業着が、灰になっていく。

 

「ふん、この程度か」

 

黒服達は、炎に当たってもなんともないようだ。

痛みに叫びながらのたうち回るクライを、見下すように言った。

 

「うぁぁぁ!!!」

 

リングを持った黒服が、クライの元まで近づいてくる。

 

「放置していても死ぬだろうが、念には念をだ」

 

黒服が、のたうち回るクライに、銃を構えた。

 

すると、クライは突然、ピタリと動くのを辞めた。

そして、黒服を見て、ニヤリと笑う。

 

「馬鹿だろ、お前」

 

黒服が驚くよりも先に、クライの左腕が、黒服の頭を貫いた。

炎が消えて、元の床に戻る。

 

『下手な演技だな』

 

「半分マジだったわ。クソが」

 

立ち上がり、左腕を横に振る。黒服が引き抜かれ、窓を割って落ちていく。

焼かれたはずの全身が、徐々に再生してきていた。

 

クライが黒服達の方を見ると、黒服達がどよめいた。

 

「マークはどこだ」

 

 

 

マークは、自分の家で何が起きているかも知らないまま、深い眠りについていた。

 

隣に、バンターが座っている。

 

バンターは、マークの腹の立つ寝顔を見ながら、物思いに耽っていた。

 

(マーク様は、私の恩人だ)

 

十数年前

 

バンターは、妻と娘、そして息子と、幸せな家庭を築いていた。

その頃のバンターは、普通の会社員だった。

 

最初の綻びは、娘が病にかかったことだった。

必死に、帝国中の病院を回った。

かなりの難病で、大金が必要だった。

バンターは、そこで、裏の仕事に手を出した。

 

最初の仕事は、街を裏から牛耳る、ヤクザの親玉を始末することだった。

 

バンターは、難なく仕事を達成し、莫大な金額を得た。

 

だが、そこから狂った。

 

残党が、バンターの不在時に、バンターの家を襲ったのだ。

 

バンターが帰った頃には、冷たくなった妻と、首の別れた息子がいた。

唯一、娘は病院にいたため、助かった。

 

バンターは、残党を殺そうとした。

だが、すでに残党は捕まっており、バンターが手を出すことは出来なかった。

 

そのまま、残党は死刑になり、バンターは復讐の機会を失った。

 

娘の生かし続けるには、ヤクザの親玉を始末した程度では、まだ足りなかった。

 

バンターは、何度も仕事をした。

する度に、莫大な金と、虚しさを手に入れた。

 

やさぐれ、死のうとも思った。

その都度、娘を思い出し、すぐに思い直した。

 

だが、ある日、このままだと、娘の命は持たないと、医者に告げられた。

 

絶望した。この世の全てを呪った。

娘を治す金は、バンターが何十回も仕事をすれば足りるだろうが、その頃には、もう娘はいないだろう。

 

そこに、裏の業界で名をあげていたバンターに、マークが目をつけた。

 

マークのお陰で、娘は治ったのだ。

 

娘は、父親がこんな仕事をしているとは知らないまま、大人になった。

 

(きっと、マーク様にとっては、私も一つの駒なのだろうな)

 

この腹の立つ寝顔も、もう見慣れた。

自分の置かれている状況も、よく分かっている。

 

(あんな気持ちのいい青年は、何年ぶりに見たか)

 

先程自分が殺した青年を思い出す。

 

赤い髪の青年と、黒い髪の青年、対照的だが、とても仲が良さそうだった。

 

(出会い方が違えば....私も、友になれただろうか。

....いや、虫が良すぎるか)

 

バンターは、自嘲的な笑みを浮かべて、首を振った。

 

突然、扉が開き、寝室に光が差し込んだ。

 

バンターは入口を見て、目を見開いた

 

「よぉ、久しぶりだな、おっさん」

 

そこには、返り血で真っ赤に染まった、クライがいた。

 

 

 

クライは、黒服達との戦いを終えて、ひとつひとつの扉を開け、マークを探していた。

 

『結局、マークの居場所は聞けなかったな』

 

「想定済みだ。聞けたらラッキーってだけだからな」

 

シキと話しつつ、一階の扉は、もう既に全て開けていた。

 

「もう黒服は来ないのか?」

 

『あの程度で終わりか。足りんな』

 

少しだけ違和感を覚えつつ、二階に上がり、最初の扉を開いた。

 

すると、酷く怯えた様子の、頭巾を被った女がいた。

 

「....逃げ遅れたのか?」

 

尋ねながら、クライは女性に近づいていく。

 

『おい、お前はさっき、この屋敷にいる人間を皆殺しに出来るのかと言っていたな』

 

女は、腰を抜かしているようで、近づいてくるクライから、足を引き摺りながら逃げようとしていた。

 

「おい、あんた」

 

「ひっ」

 

クライが座って目線を合わせ話しかけると、女の口から空気が抜けたような音がする。

 

「あんたは、マークのなんだ?」

 

「....え....?」

 

クライは、左腕の刀を肩にかけ、出来るだけの、落ち着いた声で尋ねる。

 

「ま、マーク様の....き、給仕です」

 

声が震えている。

声だけではなく、指先、足、身体全体が、クライを恐れていた。

 

「マークが、人を殺してるってのは知ってたか?」

 

「え....?な、なんの、話、ですか....?」

 

「そうか」

 

女の反応を見て、クライは立ち上がり、後ろを向いて歩き出した。

 

入り口で立ち止まり、再度女の方を向く。

 

「....そうだ。

あんた、×紋の事はどう思ってる?」

 

「え....?×....紋....?」

 

「そうだ」

 

クライは頷いた。

女は怯えながら、下を向いて答えた。

 

「無能の、証では....?」

 

至極当然、そう言ったように、女は不思議そうな顔をしながら答えた。

クライは、その返答を聞いて、噛み締めるように目を閉じた。

 

「....そうか」

 

そして、クライは、そのままそこを出ていった。

 

『....い、おい!なぜ殺さない!皆殺しにすると言っただろう!』

 

「うるせぇな」

 

先程からずっと響いていた、シキの声に鬱陶しそうな顔をする。

 

「殺せ殺せうるせぇよ。誰を殺すかは俺が決める」

 

『....期待外れだな。クライ。結局お前は、殺すのが怖いのか』

 

「言ってろ」

 

クライは、次の扉を開ける。

 

「殺すのは、もっとデカイ、悪いやつだ」

 

『....でかい?』

 

「あぁ、マークみたいな、殺さなきゃいけない奴だ」

 

また次の扉を開ける。

 

またひとつ、またひとつと開けていく。

 

『そういえば、なぜお前は誰もいない扉をわざわざ開けている?』

 

「....は?」

 

クライは、立ち止まって胸を見た。

 

『マークを探したいんじゃないのか?』

 

「そうだよ、だからこうやって一つ一つ」

 

『マークなら、三階の一番奥の部屋だろう。

気配が二つある。うちひとつは、まあまあのアーティファクトを持っているようだ』

 

「....おい」

 

クライは、胸をぐっと握る。

 

「分かるんだったら最初から言えや!」

 

 

 

そして、マークの寝ている寝室を開け放つ。

 

「よぉ、久しぶりだな、おっさん」

 

マークの横には、目を見開いたバンターが座っていた。

 

クライは、バンターを見つめながら、ゆっくりと部屋に入る。

バンターとは、ベッドを挟んで相対する形になった。

 

「何故....」

 

「おっさん、強そうだけど、案外鈍いんだな。

俺が下で戦ってるのにも気づかないなんて」

 

バンターは、ゆっくりと立ち上がり、懐から短刀を取り出す。

 

「ふっ、防音性能が仇になったか」

 

「言い訳か?おっさん」

 

『覚醒型のアーティファクトだ。

見た限りなかなかの手練れだぞ。警戒しろ』

 

「分かってるよ、うるせぇな」

 

バンターは、眉を寄せる。

 

「誰と喋っている?」

 

「寄生虫」

 

『おい!誰が寄生虫だ!』

 

シキの言葉を無視して、クライは構える。

バンターは、マークを揺さぶって起こした。

 

「んぁ....?」

 

目を擦りながら、マークが起きる。

その顔を見て、クライは思わず飛びかかりそうになるが、何とか抑えた。

 

「マーク様。夜襲です」

 

「あぁ、まじで?」

 

バンターは、マークと話している間も、一切クライから目を離していない。

 

(隙がねぇ....!)

 

マークは急いでバンターの方から床に降りる。

 

「ちょちょ、もう勘弁してよぉ。

ほんとに僕って運悪いなぁ」

 

「殺すぞ豚が」

 

つい反射で、口から出てしまった。

その言葉に、ピクっとマークは肩を震わせ、クライの方を見る。

 

「なんだよお前、今僕のこと豚って言ったか?」

 

マークは、青筋をピクピクと浮かばせ、肩をわなわな震わせている。

 

「なんなんだよぉ!僕がお前になんかしたかよぉ!」

 

分厚い唇を大きく開いて、マークは叫んだ。

 

───クライは、一瞬、頭が真っ白になった。

 

「覚えて、ない、のか....?」

 

「....?」

 

涙目になりながら、きょとんとするマーク。

心の底から、今までの人生で一番大きく、クライは叫んだ。

 

「ぶっ殺してやる!!!!!!!!!!!」

 

クライがマークに飛び込み、切りかかろうとした瞬間、間にバンターが入り、クライの刀を止める。

 

「邪魔だ!!!!」

 

クライは、止められた刀を渾身の力で横に振って、バンターを吹き飛ばして壁に叩きつけた。

 

そのままマークに飛びかかる。

 

すると、再度、吹き飛ばされたバンターが刀を止めた。

 

「!?」

 

「マーク様!!早くお逃げを!!!」

 

焦ったマークは、走って、転けながら部屋から出ていこうとする。

 

「待て!!マーク!!!!!」

 

『避けろクライ!』

 

「こっちを見ろ!」

 

腹に、バンターの蹴りが深々と入った。

後ろに勢いよく吹っ飛ばされる。

 

そのまま、壁にぶつかる寸前、後ろに現れたバンターが、さらに反対に蹴り飛ばした。

 

ベッドに叩きつけられ、ベッドが粉々に砕ける。

 

『馬鹿か!冷静にならないと勝てんぞ!』

 

「黙れ....!俺はあいつを....!ヒロのために、殺さないと....!」

 

バンターが、突然頭の上に現れ、短刀を振り上げ、クライの頭目掛けて突き刺す。

 

『冷静になれ!』

 

「!」

 

何とか、右肘を床に叩きつけ、その反動で起き上がりつつ避けた。

そして一旦距離を取り、クライは深く息を吸い込み、吐いた。

 

「ふぅー........悪い、取り乱した」

 

クライは一旦、マークのことを忘れて、目の前の敵に集中する事にした。

 

深呼吸をしているその隙に、バンターは素早く距離を詰めて、短刀を袈裟がけに振り上げる。

 

「遅ぇぞ....!」

 

弾き、体勢の崩れたバンターに刀を突き刺そうとした。

 

だが、目の前から、バンターの姿が消えた。

 

「!....どこだ」

 

『上だ!』

 

上を見ると、落ちてきたバンターがクライを踏みつぶそうとしていた。

後ろに飛び、回避する。

バンターの足が、床にめり込む。

そしてまた、バンターの姿が消えた。

 

「どういうことだよ!」

 

『忘れたのか!相手は覚醒型だ!

あの短刀で、奴は何かしらの能力を得ている!』

 

「そういう事か....!」

 

クライの背後に、バンターが現れ、背中を切り裂いた。

 

「ぐぁっ!?」

 

すぐに後ろを向き、刀を振ったが、すでにバンターの姿は無かった。

 

背中の傷が、煙を上げながら治っていく。

 

「再生するのか....厄介だな」

 

どこからともなく、バンターの声が聞こえる。

 

「くそっ!おいおっさん!あんたの能力教えろよ!」

 

「?言うわけがない」

 

『....馬鹿なのか?』

 

「うっせぇよ!分かってるよ!

ワンチャン無いかと思っただけだ!」

 

呆れ返ったようなシキの言葉に、クライは苛立ちながら返す。

 

「....もう仮説は立ててる」

 

「....ほう」

 

またもや、後ろに現れたバンター、そのまま心臓を目掛け短刀を突き刺そうとする。

 

クライは、振り返ってバンターの腕を掴んだ。

 

「!」

 

「もう読めるぜ....そりゃ、後ろが一番安全だもんなぁ!」

 

バンターの腕をぐいっと引っ張りながら、首に刀を振る。

だが、首に当たる寸前で、バンターが消えた。

 

「....チッ、触れてたら発動出来ないって読みは外れか」

 

『いい読みではあったが....奴のアーティファクトからはなかなかの波動を感じる。

掴んだ程度では、止まらんな』

 

「だから....そういうのを先に言えって言ってんだろ」

 

周りを、特に背後を警戒しつつ、クライは仮説を組み立てていく。

 

(掴んでても発動出来んのか....まず、どういう能力なんだ?

今俺たちがいるのは、寝室....さっきまでデブが寝てた....明かりは消されてる....

 

ヒロが殺される前も....あのおっさんは、急に出てきたみたいだった)

 

「!」

 

「隙だらけだぞ」

 

バンターが、今度は、足元から現れ、クライの足を切りに来た。

 

咄嗟に後ろに飛ぶ。

 

「単調だな」

 

背後からバンターの声がして、背中に衝撃が走った。

 

壁に叩きつけられ、床に着地して、クライは唾を吐き出す。

 

「....分かったぞ。お前のアーティファクトの能力」

 

余裕の佇まいを見せるバンターは、興味深そうにクライを見た。

 

「....」

 

「仮説だけどなぁ!」

 

クライは、突然寝室の扉を蹴破り、廊下に出た。

廊下は、先程黒服達が、全ての廊下の電気をつけたようで、かなり明るかった。

 

バンターは、寝室からクライを見ている。

 

「どうした?こっちまで来てみろよ。

それともあれか?引きこもりか?

いい歳してなっさけねぇな」

 

ここぞとばかりに煽るクライ。

 

「来れねぇのか?

....これで確定だな。

お前の能力は、『影』だ。....いや、『闇』か?

まぁどっちでもいいか」

 

「『影の狩人』だ」

 

突然、バンターが喋り出した。

先程クライを切り裂いた時に、短刀に着いた血をハンカチで拭きながら、歩いてくる。

 

「影がある場所を、自由に移動出来る。

瞬間移動もお手の物だ」

 

饒舌なバンターに、クライは違和感を覚えた。

 

「....なんだ、降参か?」

 

「夜は好きか?」

 

「....?」

 

「俺は好きだ....

この世の全てが、影に包まれる。

都合の悪い真実も、夢見の悪い現実も、等しくだ。

金がある奴にも、無い奴にも、まだ終わって欲しくない日も、早く過ぎ去れと願う日も、残酷なまでに、平等に、夜は来る」

 

「何が言いたい?」

 

寝室の入り口で、バンターは立ち止まった。

そして、クライの顔を見た。

 

「俺は、夜が来ないと、眠れないんだ」

 

バンターがそう言った瞬間、廊下の明かりが全て消えた。

 

「!」

 

『相手のアーティファクトは、かなりランクが高いらしいな』

 

突然、クライの腹から、短刀が突き出てきた。

 

「っ!」

 

今度は、左肩が切り裂かれた感触があった。

すぐに、右腕が宙を舞った。

さらに、左の足首から先の感覚が消えた。

 

そして、バンターが、倒れ込んだクライの前に現れた。

 

クライは、バンターを睨み上げる。

 

「ぐっ....くそ、がっ....!」

 

全身が、切られている。再生するにしても、バンターが止めを刺す方が早いだろう。

 

バンターは、クライを見下げている。

その目は、何故か悲しそうだった。

 

「....すまない」

 

「今まで、本気じゃなかったのか....!」

 

「いや....本気だったさ。

君と戦う中で、昔の自分を思い出しただけだ」

 

「くそったれ....!」

 

クライは、悔しそうに、無い右手を、床に叩きつけた。

 

『おい....クライ。

まさかまだ分かっていないのか?』

 

呆れたようなシキの声に、クライは、何を言っているのか分からないといった様子だった。

 

『本来の力には程遠い。

私はそう言ったはずだぞ』

 

クライは、ハッ、とした顔になり、切り裂かれたせいで、鈍い動きの左腕を、胸に当てた。

 

「おい、何をしようとしている」

 

バンターが、クライに手を伸ばし、止めようとした時、心臓が、ドクン、と大きく鼓動した。

 

そして、クライの全身から、猛々しい紫の炎が立ち上った。

たまらずバンターは、後ろに飛んだ。

服の裾についた炎を手で叩いて消す。

 

炎を纏ったまま、ゆらりとクライは立ち上がる。

 

「おい、万能じゃねぇか。シキ」

 

『万能ではない。私の能力は、再生、黒体変化と、この紫炎だけだ。

力はまだまだ本域では無いがな。

お前が紫炎に気づくのが遅すぎて、思わず口出ししてしまったぞ』

 

(まずいな)

 

バンターは、冷静に分析していた。

すでに、切り裂いたはずの右腕、左肩、左足首、全てが再生している。

さらに、紫炎によって、周りが明るくなってしまっていた。

 

(....?今、死鬼と言ったのか?

....そうか、そういう事か)

 

×紋がアーティファクトを使えていること、それと、死人が何故復活出来たのか、バンターの中で全て合点が言った。

 

五年前、都市ガルレアで、アーティファクトによる事件が起こった。

六万弱が死んだ、大虐殺だ。

その時に使われたのが、『死鬼』。

そこまではバンターも知っていた、が、噂で、犯人は×紋だと聞いた事があった。

 

その時バンターは、そんな訳が無いと、全く信じていなかった。

 

「S級とは....つくづく規格外だな」

 

バンターが握っている短刀、『影の狩人』は、A級のアーティファクト。

相手にしているのが、S級だと認識して、バンターはさらに強く、短刀を握りこんだ。

 

「これで....明るくなったな」

 

紫炎の中で、クライは笑う。

 

「熱そうだな....すぐに体を冷やしてやろう」

 

「おーおー、頼んだわ。やれるもんならなっ!」

 

クライは、大きく踏み込んで、バンターに切りかかる。

 

バンターは、上手く刀をいなしつつ、勢いそのままクライの腹を切りに行く。

 

紫炎に、手を焼かれつつも、クライの腹を切り裂いた。

 

「くっ!」

 

クライは、腹に力をいれ、短刀を止めた。

バンターは、何度か引っ張るが、ビクともしない。

手をこれ以上焼かれてはいけないと、短刀から手を離し、距離を取った。

 

手が、焼けただれて、黒くなっていた。

 

「取ったぜ....お前のアーティファクト」

 

抜こうとする素振りも無いまま、クライはさらに踏み込んで切りかかる。

仰け反りながら皮一枚でかわし、バンターは短刀に手を伸ばした。

 

「だろうな!」

 

クライは、刀を回転させ、バンターの伸ばした左腕を、切断した。

 

「っ!?」

 

距離を取ったバンター。

左腕が、短刀を掴んだまま、紫炎に焼かれていく。

だらだらと血が流れる左腕を抑え、痛みに耐える。

 

───だが、バンターは、ついに耐えかねて、膝をついた。

 

決着を察したクライは、紫炎を消す。

そして、バンターの首に刀を当てた。

 

「一分やるよ」

 

クライの言葉に、バンターは思わず笑ってしまう。

 

「ふっ....立場が逆転したな」

 

「あんたは....悪い奴には見えなかった。なんであんな奴に従ってんだ」

 

「恩を返すためだ。それ以上でも以下でもない」

 

「....俺は、正直、あんたの事も、あのデブの事もよく知らねぇ。あのデブがクソ野郎って事以外はな。

....あんたも、利用されてるだけじゃねぇのか?」

 

「だろうな」

 

淀みなく、迷った様子も無く、バンターは返した。

 

「....それで、いいのかよ」

 

「いい....とは、手放しには言えんな。

....後悔する事もあったさ」

 

「....」

 

「ただ、もう今更、生き方を変える事なんて出来ない。

人生は、そんなに都合よく出来ていないんだ」

 

バンターの言葉に、クライは、目を伏せる。

 

「君も....後悔しない生き方を選ぶといい。

........後悔まみれの先輩からの、アドバイスだ」

 

クライは、ヒロの事を思い浮かべる。

 

《帝衛隊かぁ....すげぇよなぁ。俺もいつか入ってみてぇよ》

 

クライは、目を閉じて、深呼吸して、目を開いた。

その目を見て、バンターは、優しい笑みを浮かべる。

 

「あんがとよ、先輩」

 

クライの刀が、バンターの首を撥ねた。

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