罰紋のクライ   作:向木 真幸

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まだ

本文

「....強かった」

 

足元に転がったバンターの死体を見下ろしながら、呟く。

 

「ぐっ....!」

 

不意に、頭が割れるような痛みが走り膝を着く。

 

『マークを殺したいならば、急いだ方がいいぞ』

 

「どういう....うっ!....事だ....」

 

『紫炎を使った反動だ。再生を一時的に促す代わりに、猛烈な頭痛が襲ってきて、その後失神する』

 

「先に....言えよ....!」

 

『結果は変わらん。さっさと動け』

 

「うる、せぇ....!」

 

頭を抱えて、壁に手を付き、フラつきながらも何とか立ち上がる。

 

「失神って....どのくらいだ」

 

『知らん、二日三日寝込む程度だろう』

 

「違ぇよ....!いつ失神すんだってことだよ」

 

『あぁ、それなら....一時間と言ったところだな』

 

話している間に、段々と頭痛が治まっていく。

 

「マークは、どこだ」

 

『ふむ、このまままっすぐ行って、三つ目の扉だな』

 

「....分かった」

 

壁から手を離し、クライは歩き出す。

 

 

 

マークは応接間に避難し、パジャマのまま椅子に座りながらいびきをかいていた。

 

扉が開き鼻ちょうちんが割れ、マークは目を覚ます。

 

「んぁあ....バンター、終わった?」

 

目を掻きながら扉を見る。

 

「....?」

 

そこに居たのは、バンターではなく、見慣れない少年だった。

 

「誰?」

 

「誰じゃねぇよ、豚が」

 

クライは苛立ちながら、罵倒した。

その言葉にマークが目を見開き、指をさしてきた。

 

「お、お前!さっき僕のこと豚って言った奴だな!しかも今も!」

 

「あぁ、そうだよ。豚」

 

テーブルに飛び乗り、マークの方まで歩いていく。

 

『この豚は、さっきほど強くないな。オーラを感じん。ただ気をつけろ。アーティファクトを持ってるぞ』

 

「バ、バンターは、バンターはどこだ!バンター!!こいつを殺せぇ!」

 

「バンターなら死んだよ。俺が殺した。そんな事も分かんねぇのか?

豚の方が賢いな」

 

マークの額に、夥しい青筋が浮かんできて、白目を向いた。

 

「お前....何度も僕を豚呼ばわりした挙句ぅ!豚の方が賢いだとぉ!?

殺す、殺す、殺してやるぅ!!!」

 

「かかってこいよ、クズ」

 

「『煉獄竜巻ィィィ』!!!!」

 

パジャマの懐から、ネジのようなものを握りしめ、掲げた。

 

そこから、凄まじい勢いの竜巻が生まれ、クライに襲いかかる。

 

「ふん!!」

 

それを、クライは一閃して消し飛ばした。

 

「え、えぇ....??」

 

マークの顔に困惑が浮かび、青ざめていく。

椅子から転げ落ち、尻を引きずりながらクライから逃げようとする。

 

「ずっと、ここに来るまでに、考えてたんだ」

 

だが、マークの逃げる先には、壁と、マークの三倍程の大きさの鎧しかない。

 

「いや、俺が物心ついた時から、ずっと考えてた。

なんで、俺達が、×紋が、こんな仕打ちを受けなきゃいけないのか。

....誰を殺すべきなのか。

誰を殺せば、俺達は救われる?」

 

「な、何言ってんだよぉ!」

 

マークが、巨大な鎧に手をかけた。

そして、下卑た笑みを浮かべる。

 

「『アイアン・グレートォ』!」

 

「!」

 

マークの身体と鎧が、激しく発光し、クライは思わず目を覆う。

 

光が収まると、巨大な鎧を身にまとい、頭だけを出したマークがいた。

 

「ぶひっひっ!バカが!これでお前も終わりだ!

僕が『鉄人ちゃん』を着る隙を与えた、お前の負けだぁ!」

 

クライは、顔をうつ伏せる。

 

『油断するなよ。

かなりのアーティファクトだ』

 

「あぁ、分かってる」

 

飛び上がり、テーブルのクライに拳を叩きつけた。

テーブルが真っ二つに折れる。

 

「ぶひっ!死んだな、これ」

 

拳をどかし、クライのぐちゃぐちゃの死体を思い浮かべながら、テーブルを見る。

 

「....???」

 

あるはずの血がない。肉片がない。マークの思考は停止した。

 

「動きが単調だな。さっきのおっさんの方が百倍強ぇよ」

 

後ろから、クライの声がした。

肩を跳ねさせ、マークはすぐに後ろに拳をふる。

 

また、クライの姿を見失った。

 

「こっちだよデブ」

 

クライは、マークの振った拳の上に乗っていた。

 

「う、うわぁ!」

 

思わず拳を何度も大ぶりに振る。

飛んで、マークと距離を取った。

 

「ヒロは、お前にとってなんだったんだ?」

 

クライの声を聞き、拳を振るのを辞めたマークは、きょとんとした顔で、クライを見た。

 

「ヒロ....?」

 

「もういい」

 

クライは、特に表情も声色も変えず、マークに歩いていく。

 

「ち、近づくなぁぁぁ!!!」

 

鎧から、いくつか小型のミサイルが発射された。

ひとつは弾き、ひとつは避け、ひとつは切った。

他のミサイルは、そもそも見当違いな場所へ飛んで行った。

 

クライは飛び上がって、鎧の肩に乗った。

マークが怯えた表情で、唇を震わせてクライを見る。

 

「何だよ....化け物でもいたか?」

 

刀を、鎧の隙間から見えているマークの肩に突き刺した。

 

「うぁぁ!痛い!痛い!」

 

大きな音を立て、鎧が後ろに倒れ込む。

 

「ヒロは、もっと痛かったよ」

 

刀を引き抜き、マークの頬に刃を当てる。

頬が切れ、血が流れる。

 

「ずっと、

ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと....

考えてた」

 

「金か!?金が欲しいんだったらいくらでも持ってけぇ!!」

 

「ヒロは、今の俺を見て、どう思うかな」

 

「頼む!頼むから殺さないでぇ!」

 

「なぁヒロ、お前ならきっと....」

 

「助けてぇ....助けてよぉ....ママぁ....」

 

マークはついに、泣き出してしまった。

 

「それと、一つ聞きたかったんだよ。お前に」

 

「....?.....なんでも、なんでも答えるから!

資産のありかも、アーティファクトも全部あげる!」

 

「お前にとって、×紋って何だったんだ?」

 

質問の意図が分からない、とでも言うように、目を見開くマーク。

 

「ば、×紋....?金じゃなくて?」

 

「あぁ、×紋は、お前にとってなんなんだ?」

 

「そ、そりゃあ───」

 

クライの刃が、マークが何かを言うよりも先に、口を真っ直ぐ突き刺した。

 

「聞く価値もねぇんだよ。クズが」

 

引き抜き、構え直して、マークの頭を縦に割る。

 

何度も、マークの頭を切る。

 

原型が分からなくなったところで、クライはようやく止まった。

 

「気色悪ぃ」

 

脳と血、そして骨がぐちゃぐちゃに混ざったものを見て、クライは吐き捨てた。

 

窓に近づき、空を見ると、そこには満天の星空が広がっていた。

 

マーク邸から出て、後ろを見る。

マークの放ったミサイルの影響で、火が上がっていた。

 

クライは、しばらく立ち止まってそれを見ていた。

 

(ヒロ....)

 

既に死鬼を解除していたクライは、左手に刻まれた×の紋章を見た。

眉を顰め、唇を噛んで、左手の甲を地面に叩きつけた。

 

「こんなのが....こんなのが、あるからぁ!!」

 

何度も、叩きつけた。

血が飛び散って、骨が飛び出ても叩きつけた。

 

『無駄なことを』

 

あらぬ方向に折れ曲がった指が、元の乾燥した手に戻る。

まるで、何事も無かったように。

 

「あああああああああああぁぁぁァァァァァァ!!!!!!!」

 

クライは叫んだ。

喉がちぎれるほど叫んだ。

血が出て、声が出なくなっても、また再生して叫んだ。

 

「死ね....!死ねよ!なんで、なんで俺何だよ!

死にたい、死にたい、死にたい....」

 

『完全に馬鹿だな』

 

今度は、頭を地面に叩きつけた。

額から血が出ても構わず叩きつけた。擦り付けた。

狂気的だった。

 

「ヒロ、ヒロぉ....ヒロォォ!!」

 

既に、この世に居ない友人の名前を、何度も叫んだ。

そこに居たのは、残酷な復讐者などではなく、年相応の少年だった。

 

「あぁ、あぁぁ....」

 

クライは、目を拭いて、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ごめん、ヒロ。まだ、そっちには行けない。

俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある」

 

振り返って、マーク邸の庭を出ていく。

 

 

マーク邸からしばらく歩き、ゴミ溜めの通りに差し掛かった所で、クライは、胸を抑えながら歩いていた。

 

「はぁ、はぁ、おい、シキ、これはなんだ....

まだ、時間は来てないはずだろ....」

 

『私を使った反動だ。お前はまだ慣れていない。当然の反応だな』

 

「くそが....強いと思ったのに、反動だらけじゃねぇか....」

 

『何を言う。慣れれば反動もその分弱まる。使い込む事だな。

お前が使い込めば、私の力も伸びていくだろう』

 

立っていられない程の動悸がして、胸を抑えながら倒れ込む。

 

「かっ、はぁっ.....はぁっ.....まずい....まだ、家に、ついてねぇ....」

 

クライは、目を閉じ、気を失った。

 

 

 

後日、マーク邸

 

「うわぁ、これすんごいね」

 

浮遊する水晶玉に乗った、幼女の姿をした女が、隣のメガネをかけた真面目そうな男に話しかけた。

 

「はっ!帝衛隊第十番隊隊員!グラス・ロバート!報告したく思います!」

 

ビシッと指先を伸ばし、敬礼するメガネに、幼女は呆れた顔をする。

 

「....それさぁ、無駄だからいいよ」

 

「え、しかし、隊長」

 

「はい報告!」

 

幼女がビシッと指をさし、おどおどとしていたメガネが姿勢を正した。

 

「はい!屋敷内でアーティファクトを使われた形跡あり!死者多数!生存者は現在、給仕の女性のみ!」

 

「ふーん....完全に帝衛隊の管轄だねぇ。んで?給仕の人はなんて?」

 

「はい!容疑者は十六か十七歳、黒髪の青年です!」

 

「え、わっか」

 

幼女の驚いた顔を見て、メガネは心の中で一瞬思った。

 

(隊長が言えますかね?)

 

「こら!」

 

「!?」

 

突然、大きな声を上げた幼女に、メガネは肩を跳ねさせる。

 

「忘れたぁ〜?この水晶は、周りの相手の心を読めるんだよぉ?」

 

「あ、そ、そうでした....失礼しました!」

 

「....んふふ、君には、後で私のおやつでも上げよう」

 

妙に上機嫌な幼女を、メガネは不思議そうな顔で見つめた。

 

「おうおうおう!ミロル!」

 

「....うげ、めんどくさいやつ来たよ」

 

突如遠くから大きな声がして、幼女は眉を顰めた。

 

「!帝衛隊二番隊隊長!ご苦労さまです!」

 

メガネが挨拶した先には、身長が異様に高く、スラッとした体型の悪人面の男がいた。

その男が、メガネをジロっと睨む。

 

「あ?....誰だよテメェ」

 

「し、失礼しました!帝衛隊十番隊───」

 

「いいからいいから、こいつに挨拶なんてしなくていいよ。

ちょっとギラ!新人虐めないでよ!てかなんであんたがいんの?

調査は十番隊の管轄でしょ!?」

 

「うっせぇなぁ、暇だったから見に来てやったんだろうが。

あのマークがぶっ殺されたって聞いたからよォ」

 

「はぁぁ....二番隊は二番隊の仕事をしてよ....」

 

弱々しい声で、水晶玉に頭を伏せながら幼女が言った。

 

「マークって野郎は、確か帝犯(反帝法所持犯罪者)の調査対象だったよな?

黒い噂もよく流れてたなァ....

チッ、俺がいつかぶっ殺してやりてぇと思ってたのによォ」

 

マーク邸を見て、舌を鳴らした男。

 

「....グラスくん、こいつはもう居ないものとして扱っていいから、とりあえず報告続けて」

 

「は、はい....そして!給仕の女性は、青年に『マークの悪事は知っていたか』『×紋についてどう思うか』と質問されたようです!」

 

メガネの言葉を聞き、男と幼女は目を見開いて、見合わせた。

 

「....死鬼」

 

幼女と男の声が重なった。メガネはきょとんとする。

 

「シキ....?」

 

「いや....何でもないよ。気にしないでいいから」

 

「....くくく、はっはっはっは!」

 

暗い顔をする幼女に対し、男は大きな声で笑いだし、大きな口を開けて舌なめずりをする。

 

「面白くなってきやがった....!」

 

男に面食らい、一瞬唖然としたメガネだったが、すぐに持ち直し報告を続ける。

 

「そ、それと、青年のものと思われる血痕が、庭にあったとの事です。

現在、鑑識に回しています」

 

「意味ねぇよ」

 

男が口を挟む。

 

「どうせ、相手は×紋って事だろ....

×紋だったら、まともな個人資料がある可能性のほうが少ねぇ」

 

「意味無いってことは無いでしょ」

 

幼女が反論し、男が睨んだ。

 

「んだァ?ミロル、俺とやりてぇのか?」

 

「すぐにそうなる....これだから星紋は」

 

「槍紋の分際で....」

 

幼女と男が、互いに睨み合う。

一触即発の雰囲気に、メガネは生きた心地がしなかった。

 

 

 

クライが目を覚ますと、そこは、見覚えのない場所だった。

 

「ここは....?」

 

「おぉ!クライ!!!やっと起きたのか!!!」

 

突然、横から抱きつかれる。

 

「って、チュウ!?」

 

独特の匂いで、クライはすぐに正体が分かった。

 

「良かった....良かった....四日も寝込んでたぞ....もうダメなのかと思った....」

 

「なんで....」

 

「仕事に向かう途中で、お前を見つけたんだ。

びっくりしたけど、すぐに連れ帰ったさ」

 

「なんで....?」

 

「....?」

 

クライは、チュウの顔を見ながら、尋ねた。

 

「なんで、俺なんかを....?」

 

「!....

クライ....俺は、お前とヒロに助けられた。

その分の、恩を返したかったんだ」

 

チュウの言葉に、クライは少し瞼を開き、膝を寄せて目を伏せた。

 

「ヒロが....死んだんだ」

 

チュウは目を見開き、口をわなわな震わせ、何度か横に目をやって、クライの背中に手を当てた。

 

「....そうか....辛かったな」

 

「....ありがとう」

 

クライは、口を噛み締め、堪える。

 

そして、ベッドから降りて、扉に向かう。

 

振り向いて、笑顔を向けるチュウに、ぎこちない笑顔を返した。

 

「ありがとう、チュウ。

俺は、もう行くよ」

 

「──待て、クライ」

 

ノブに手をかけたところで、真剣な声色のチュウに動きを止めた。

 

「俺は....お前のことも、ヒロのことも、正直深くは知らない。

....だがな、お前達は、俺から見たら、まだ子供だった。

子供なのに、俺なんかよりもずっと立派だった。

凄いと思う。....でもな、それでも、お前はまだ子供なんだ。若いんだ。俺なんかよりずっと」

 

「だから、なんだよ」

 

ノブを握る手が固くなる。

 

「俺から見たら....分かんないけどな、俺から見たらだぞ?

お前は、

────自分一人で、抱え込んでるように見える」

 

思わず振り向く。チュウの顔は、まるで、子供を心配する父親のようだった。

 

「無理すんなよ?」

 

クライは、目の奥から、何かが込み上げてくる感覚を覚えた。

 

「あれ?....なんだ、これ....ひっ、ちが、うっ、おれ、お、おれ、は」

 

込み上げてくる何かを、必死に腕で拭うクライに近づいて、チュウは優しく抱きしめた。

 

「いいんだ。泣きたいなら、泣いていいんだ。

お前は、大人びてるけど、まだ子供なんだ」

 

「ちが、う....ひぐっ、ちがうんだ、チュウ、おれの、お、おれの、せいで」

 

優しく頭を撫でられ、クライは、それを大人しく受け入れる。

込み上げてくるものを止めようとすればするほど、溢れてくる。

体が、言うことを聞かないようだった。

 

「違う、クライ。お前のせいじゃない」

 

「お、おれ、うっ、がんばった、ひゅっ、がんばった、のに、だめだ、だめだった」

 

「そうだな、頑張った」

 

頭を撫でられる度、安心した。

やっと、少しだけ、救われたような気がした。

クライは、幼子のように泣き続けた。

鼻水が服についても、チュウは気にしなかった。

 

「今は、ここで、好きなだけ休めばいいさ」

 

チュウが言葉を紡ぐ度、クライは、自分がまだ人間な気がした。




×紋←ばつもん
星紋←せいもん
翼紋←よくもん
槍紋←そうもん
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