「ここに巣食ってるゴミを掃除する」
『ゴミ?』
「ここら辺には、一帯を取り仕切ってるチンピラ共がいる。
金を巻き上げたり攫ったり、やりたい放題してる奴らだ」
『今度はそいつらを殺しに行くと?』
「あぁ、まずはアジトを突き止める」
ヒロの家から離れて、クライはシキと話しながら通りを歩いていた。
不意に、クライの腹が鳴る。
「....チッ、行っとけば良かった....」
腹を撫でながら、後悔を言葉にするクライ。
先程の出来事を思い浮かべる。
白い素肌に緑の長髪、翡翠の水晶のような瞳。
恐らく、十人中十人が振り返るような、そんな華やかしさが彼女にはあった。
「飯....どうすっか....」
さっきああ言った手前、戻って世話になる訳にも行かず、クライは眉を寄せて立ち止まった。
「金も無いし、マークは死んだからあそこの作業場ももうやってないだろうし」
唸って腹を撫で続ける。
ふと、手を止めた。
「バレないように行くか」
クライは踵を返し、先程の二人が戻って行った場所に向かう事にした。
「ここら辺か....あ、あった」
アタリをつけていた場所を歩いていると、遠くに炊き出しをやっていると思われる場所が見えた。
設営テントの下で、寸胴の中に入っているスープと、白米やパンを配っている。
その近くで、先程の二人と、もう一人異様な細い長体を猫背に丸めた、不気味な雰囲気を纏っている男が居た。
「なんだ?....あいつ」
出来るだけ慎重に近づき、近くの家屋の壁に身を寄せた。
『クライ』
「何か話してんな....」
「『死鬼』ですか?」
「!!」
ボブの話している声が聞こえてきた。
聞き覚えのある単語に、クライの胸が高鳴る。
更に注意深く耳を澄ませる。
「いや....まァそれもあるっちゃあるが、ちょっと違ェな」
「一体....」
「『裏面』だ」
不気味な男の答えに、クライは眉を顰めた。
「裏面....?」
『おい、クライ』
「何だよさっきから」
『すぐに離れろ』
「?」
シキが言うと、不気味な男が猫背を伸ばしてストレッチのような事を始めた。
リリィとボブが不思議そうに男を見る。
『あの男に気付かれないように離れるんだ』
「何を....」
今までに無いほど真剣なシキの声。
クライは嫌な予感がして、頭を振り言う通りにする事にした。
後ろを振り返って、クライの足が止まった。
「た、助けてぇ....」
目の前に、痩せこけた少年が倒れていた。
傷は無いようだが、クマが酷く、まるで今にも死にそうな病人と言った様子だ。
「お、おい、大丈夫か」
『クライ!無視して離れろ!』
「一体何なんだよ!さっきから....」
クライの前に影が出来た。
太陽は後ろ側、その影は異様に長く、細かった。
「オォイ!お前さっきからジロジロ見てたよなァ」
振り返ると、不気味な男がそこに立っていた。
首が痛くなるほど見上げてしまう長い体。
今にも獲物を狩ろうとする蛇のような表情。
後ろを見ると、リリィとボブの二人は辺りを見回しているようだった。
(全く気配がなかった....!)
『こいつには今のお前では勝てん。どうにかして逃げろ』
「な....何だよ」
「あァ?テメェが何だオイ。さっきからコソコソとしやがって」
男がグッと顔を近づけてきてクライの目を覗く。
思わずクライは目を逸らした。
「お、俺は....」
後ろを見る。そこには、痩せこけた少年。
クライの脳に電流が走った。
「俺は!こいつに飯を食わしてやりたくて炊き出しに来たんだ!」
すぐに駆け寄って肩を支えながら痩せこけた少年を見せる。
「こいつは俺の友達で、どうしても腹が減ったって言うから、炊き出しの事を聞いて連れてきてやったんだ!
な?そうだよな?」
「....ぇ....?」
男は怪訝に眉を寄せながら、顎に手を当てて考える素振りを見せた。
クライの背中に冷や汗が流れる。
(思い出した!
こいつは多分....帝衛隊二番隊の隊長....ギラだったかキラだったか....
ニュースで見た事がある)
「なるほどなァ....じゃあテメェ、そいつの名前言ってみろ」
「え」
男は痩せこけた少年を指差し、クライに顔を向ける。
冷や汗の量が更に増えつつ、ゆっくりと少年を見た。
「....」
「どうした?ダチなんだろ?言えよ」
「....こいつの名前は....」
不気味な男がニヤリと笑いながら、腰に手を伸ばすのが見えた。
走馬灯のように、周りの景色がゆっくりと流れていく。
その中で、少年が俯きながら口を動かしているのが見えた。
「....ル、ルークだ!こいつの名前はルークって言うんだ」
「....オイ、ガキ。合ってんのか?」
男の言葉に、少年がコクコクと頷く。
「チッ....つまらねェな」
男が腰に伸ばしていた手を、元通り身体の前に垂らした。
「ギラ隊長!どうかしましたか!」
「あァ、なんかこのガキ共が腹減ったってよ。食わしてやれボブ」
ボブとリリィが、ギラの後ろから走ってきた。
二人が、クライの姿に目を見開いた。
「あなた....!」
「....」
面倒な事になったと、クライは唇を噛み締めた。
リリィがクライを指差し、何かを言おうとするより先に、クライが口を開いた。
「こいつが腹減って死にそうなんだ。頼む」
クライの言葉で、リリィとボブは痩せこけた少年を見た。
すぐにリリィが駆け寄って、クライとは反対側に立ち、少年に肩を貸した。
「....あんたも、優しいところあんのね」
「....」
「大丈夫ですか?....これ、お腹減ってるとかそういう次元じゃないような....」
酷いクマとこけた頬を見たボブが、心配そうに言う。
ボブの言うことは間違っていない。
どこからどう見ても重病人のようだった。
「....ご飯」
少年が消え入りそうなか細い声で言った。
「ほら、腹減ってんだって」
クライが調子づきながら言う。
ギラは既に後ろを向いて、ボブとリリィの間を抜けて離れようとしている所だった。
その後ろ姿を見ながら、クライは安堵の息を漏らした。
数歩歩いたところで、ギラが突然立ち止まった。
そして、半身で振り向く。
「....嘘だったらぶっ殺す」
小声だった。
クライよりもギラに近いボブにも聞こえないほどの。
だが、クライの耳にだけは確かに届いた。
全身の鳥肌が立った。
心臓を握られているような、そんな圧迫感を感じた。
首に刃物が当てられているかのように錯覚する程の殺気を、クライは感じた。
ギラが前を向いてまた歩き出すまで、クライは動けなかった。
圧迫感から解放されて初めて、自分が呼吸を忘れていたことに気付いた。
「ねぇ、何してるの。早く行くわよ」
鈴の音色のような心地いい声がクライの鼓膜を叩き、唖然としていた意識が元に戻ってくる。
「あ、あぁ」
クライは、背中にかいた汗を確かに感じていた。
『五体満足なだけ上出来だな。
良い機転だったぞクライ。褒めてやる』
やけに上機嫌なシキの声に、クライは少しだけ苛立ちを覚えた。
設営テントの屋根の下。
用意された長椅子と長テーブルに、先程の少年と一緒にクライは座っていた。
「あむ、ありがとう....ほん、っとーに、あむあむ、命の、あむ恩人だよ」
少年はパンを頬張りながら、向かい側に座ったクライに感謝を言う。
クライは、スプーンの先をくるくると小さく回しながら、スープを見ている。
目の下の酷いクマはそのままに、頬には張りが生まれていた。
「いや....お礼を言うのは俺の方だ。ありがとうルーク」
ルークが居なければ、ギラにどういう目に合わされていたのか、見当も付かない。
「お前!めっちゃ良い奴じゃん!」
パンを両手に持ちながら、その両手をクライに向ける。
と思えば、両手を交互に見て焦ったように引いた。
「あ、あげねーぼ!」
片手のパンを無理やり口に押し込んで、おもちゃを取られたくない子供のようにもう片方のパンを抱き抱える。
「取らねーよ」
その様子を見て、クライは少しだけ笑いながら返した。
周りを見ると、みすぼらしい格好の老若男女が座っている。
大半は炊き出し目当てに来ている人達ばかりだった。
だが、やけに身なりの良い人間も何人かいた。
リリィやボブ、ギラもそのうちだ。
つまり身なりの良い人間は帝衛隊なのだろう。
クライはそう推測した。
胸を人差し指でトントンと叩く。
『アーティファクトを持っているやつが何人かいるな
その中でも特段強いのは小太りとギラだ』
(二番隊....帝犯を捕まえる、帝衛隊の中でも花形の部隊....
マークは『死鬼』っつー名前がついてて、Sランクということまで分かってた。帝衛隊があのデブよりアーティファクトに詳しくないわけがねぇ。
×紋の仕業だってもう勘づいててもおかしくねぇか....
そんで犯人を探すためにゴミ溜め....ラインまで来たって事か?)
「どうした?」
ルークが不思議そうに、眉を顰めているクライを見ていた。
「あぁいや、何でもない」
「そっか!....あ!そういえば、お前の名前聞いてなかったよな!俺はルーク!」
「も、もうちょい声小さくしてくれ」
ルークの大きな声に焦りながら、手を下げるジェスチャーをする。
「あ....わりぃ、俺はルーク....お前は?」
顔を近づけ、素直に囁き声で話すルーク。
「クライ」
「クライか....良い名前だな」
ニカっと、太陽のような笑みを真っ直ぐクライに向けた。
一瞬、クライは懐かしく感じて、じっとルークを見た。
「?どうした?」
「....いや....何でもない」
「また何でもないのか!クライは、『何でもない』が口癖なんだな!」
ルークは腹を抱えながら笑いを堪えるように言った。
やけにテンションの高いルークに、クライは少しだけ困惑する。
「ねぇ、何話してるの?」
そこに、さっきまでボブと一緒に居たリリィがやってきた。
「やけに楽しそうじゃん」
「お!あんたにも言っとかなきゃな!さっきはありがとう!」
「ふふ、どういたしまして」
リリィは穏やかな笑みをルークに返す。
「ねぇ、それで何話してたの?」
「えーと」
「別に何でもねぇよ」
ルークの言葉を遮り、冷たい態度でクライは言い放った。
リリィの眉が不機嫌そうに寄っていく。
「あ、そう....ねぇ、あなた名前なんて言うの?」
ルークに顔を向けなおし、リリィが聞いた。
「ルーク!よろしく!」
「よろしくねルーク。私はリリィ」
ルークがリリィに差し出した手は、土の汚れだったり垢が付いていたりで黒ずんでいたが、リリィは差し出された手を躊躇無く握った。
「あんたは?」
握手が終わり、リリィが不満気にクライに聞いた。
「....クライ」
返ってくるとは思っていなかったようで、リリィは少し目を見開いてから、すぐに手を差し出してきた。
「よろしく」
「....」
一瞥だけして、クライは手を握ろうとはしなかった。
そこは予想通りだったようで、気にする素振りもなく、リリィは手を引いた。
「しかしあれだな!リリィってすげぇ可愛いな!」
「えっ」
ルークが突拍子も無いことを言い出し、リリィの耳と頬がだんだん赤くなっていく。
「そ、そんな、事....あ、ありがとう?」
目が泳いで、モジモジとしつつ感謝の言葉を返す。
「多分さ、クライもリリィが可愛いから照れてんだよ!こいつ見るからにシャイだろ?」
「「え」」
クライとリリィの困惑の声が重なった。
リリィは赤面しつつクライを見る。
「そ、そうなの?」
「....」
クライはため息を吐きながら下を向いた。
(クッソ....ルークは、『ヒロ』タイプだ....)
実際、リリィは美少女と言って差し支えない。
「そ、そういう事ね!なーんだ、酷い奴なのかと思ったじゃない!シャイなだけね!
….そうよね」
(まぁ....別にそれでいいか)
クライは、特に何も言わなかった。
「そ、それじゃあ私、仕事あるから戻るわ!
じゃあねルーク!….と、クライ」
少し気まずそうにそそくさとリリィは走って離れて行こうとする。
「おい」
それを呼び止めたのはクライだった。
立ち上がって、リリィに近づいていく。
「....な、何?」
「お前ら帝衛隊は、ここを食いモンにしてるゴミ共を捕まえようとは思わないのか?」
「....ゴミ?」
「人攫いとか、金が無い奴から更に金を奪おうとするような連中だよ」
語気の強いクライの言葉に、リリィは戸惑う。
そこに、いつの間にかやってきていたボブが代わりに答えた。
「帝衛隊は厳正な試験を突破したものしか入れないため、常に人手が足りていません。
更にそこに、帝犯への対処や宝獣の討伐など緊急性の高い仕事があり
….なので、どうしても手の回らない部分があるんです」
「手の回らない部分....だと?」
クライの額に青筋が浮かび上がってくる。
「ここでの犯罪組織の事は帝衛隊内でも度々問題にはなっています。
実際、帝警団に調査もさせています」
「....帝警団は、帝衛隊の下部組織だろ。
....後回しにしてるって事か?」
「いえ!....そのような事は決してありません。
ただ、アーティファクト絡みであると確信が無いと、帝衛隊も好きには動けないんです」
「........」
クライは黙り込んで、力なく椅子に座った。
「....そうか」
リリィはそんなクライの様子を、少し不憫に感じた。
「力及ばず、申し訳ありません」
ボブが深く頭を下げる。
「....大丈夫大丈夫!」
どんよりと重い空気を、ルークの快活な声が壊した。
「俺たちは俺たちで、身を守る術は身につけてるからさ!な!」
ルークはクライに同意を求めるように視線を送った。
ルークに一瞬目を向け、その後にボブとリリィを見た。
「....」
そして、自分の胸を見る。
(....そうだ、俺にはもう、力がある。
他の奴に頼らなくたって、殺したいやつを殺せるんだ)
「....もう、いいよ。
よく分かった」
クライは立ち上がって、リリィ達に背を向けた。
何も言わずに、歩き始める。
焦ったように服を伸ばして皿にし、そこにパンを出来るだけ乗せたルークがついて行く。
(やっぱり、俺がやるしかない)
クライの目は、真っ直ぐ前を向いていた。