罰紋のクライ   作:向木 真幸

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初めて見た景色

「クライ〜、急にどうしたんだよ」

 

呑気にパンを頬張りながらルークが尋ねた。

 

「お前は、おかしいと思わないのか?」

 

「何が?」

 

足早に歩きながら、クライは言う。

 

「何で俺達ばっかこんな目に合わなきゃいけない。

....俺達が何したって言うんだ」

 

「何言いてぇの?」

 

「だから」

 

立ち止まって振り返る。

きょとんとしたルークの顔が見えた。

 

「何でこんな汚いところに住んで明日の命も保証出来ないような俺達が搾取され続けて、クズ共が好き勝手生きる事が許されてんのか、考えたことないのかよ!」

 

「あるよ?」

 

パンを放り投げ、口でキャッチする。

 

「あむあむ....だから、どうすんの?

そんな事言っても変わんねぇじゃん。

この国が一回ぶっ壊れたりしない限り」

 

「....」

 

軽い調子で宣うルークに、クライは苛立ちながら前を向いた。

 

無言のまま歩く二人。

 

しばらく歩いていると、路地裏でみすぼらしい格好をした子供を、三人のチンピラ風貌の男が囲っているのが見えた。

 

子供の顔には殴られたような痣があり、それを認識した瞬間、クライは近づいていた。

 

「なぁ、ちょっとくらい持ってんだろ?金」

 

「も、持ってないです、ほんとに」

 

クライは三人組の男の前に立った。

 

「カツアゲか?

....こんなガキが大した金持ってる訳ねぇだろ。そんな事も分かんねぇのかチンピラ」

 

クライの言葉に、男達の表情が怒りに染まる。

 

「んだてめぇこの野郎....正義のヒーロー気取りか?ああ?」

 

「おい、お前も持ってんだろ。金」

 

「出せよオラ!」

 

左側の男が押し出すような前蹴りを繰り出す。

クライはその足を持って後ろの壁に叩きつけた。

 

コンクリートが凹み、男は頭から血を流して倒れる。

 

「な、て、てめぇ、兄貴を殺しやがったな!」

 

「死んでねぇだろ、多分」

 

今度は右の男が殴りかかってきた。

右に半歩身体をずらして回避すると、男は先程ノックダウンした男の足に引っかかり、盛大にすっ転んだ。

頭を地面にぶつけ、泡を吹いて倒れた。

 

「馬鹿だ....」

 

「お、お前!やりやがったな!うちに手出したこと後悔させてやる!」

 

「うち....?」

 

そう言いながら、最後の一人が走って逃げようとした。

 

「待て───」

 

クライが言い終わるよりも先に、ルークが男の前に立って首を掴んで身体を宙に浮かせていた。

 

「かっ、がぁ、はっ」

 

「おい、お前らは、人の人生を何だと思ってんだ」

 

ルークの顔が、怒りに歪んでいた。

目の端には、涙が溜まっているように見えた。

 

「はなっ、はなひて」

 

「応えろよ、他人の人生を踏み躙る気分はどうだ」

 

「ごめ、ごめんなはっ、がっ」

 

「....ルーク、離せ。そいつ死ぬぞ」

 

どんどんと青くなっていく男の顔を見て、クライが止めに入る。

 

「ルーク!」

 

「....!」

 

ルークは、クライの声に苛立った様子を見せながらも、首を掴んでいる手を離した。

 

「....何で止めた」

 

「そいつがさっき、組織の事を匂わせてたからだ」

 

クライの言葉に、怒りに歪んだ表情からハッとした顔を見せて、ルークは自分の手を見た。

 

「........」

 

そして、クライを睨んだ。

 

「....馬鹿にしてるのか」

 

「....は?」

 

ルークは足を大きく踏み鳴らしながらクライに近づいて、胸ぐらを掴んだ。

 

「お前も!馬鹿にしてるんだろ!」

 

「何言って」

 

「笑いやがって....この野郎!」

 

拳が、クライの腹に刺さる。

思わず口から唾を吐いた。

 

「がはっ、何だよ!!」

 

胸ぐらを掴んでいる腕を握り、離そうとする。

ビクともしない、常人の力とは思えなかった。

もう一度殴ろうとするルークの拳が見えて、クライは焦ってルークを蹴り、距離を取った。

ルークの手に服の襟が握られている。

 

「落ち着け!どうしたんだルーク!」

 

ルークは、乱れた呼吸と共に肩を大きく上下させ、クライを睨み続けた。

 

(何が起こってる!?アーティファクトか!?)

 

クライが思考を巡らせていると、何度か呼吸をする内に、ルークの顔に落ち着きが戻ってくる。

 

「はぁ....はぁ....」

 

顔を俯かせ、膝を抱え込んだ。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「はぁ....あぁ....ご、ごめん」

 

警戒しつつ近づいて、ルークの肩に手を置いた。

 

「急にどうした?」

 

「....」

 

クライの問いかけにルークが顔を上げ、目が合う。

ルークは泣いていた。

 

「ごめん....俺....変なんだ」

 

「....変?」

 

「たまに....怖くなる」

 

「何がだ」

 

「何もかもが」

 

ルークが涙を拭い、立ち上がりながら言う。

 

「怖くなって....声が聞こえるんだ。

....俺を嘲笑ってる声が」

 

「....そうなのか?」

 

クライは周りを見てみた。

道端に座っている者や、多少の通行人がこちらを不思議そうに見ているが、笑った顔をしている者は居なかった。

 

「どこから聞こえるんだ?」

 

「違うんだ....どこからとかじゃなくて....上手く言えないけど....絶対に誰かが笑ってるんだ」

 

震えた手で口を覆うルーク。

クマも相まって病人のように見えた。

 

クライは、後ろを向いて小さな声でシキに聞く。

 

「おい、周りにそれっぽい気配あるか?」

 

『知らん。周りを見て居なかったら居ないんだろう』

 

ルークに向き直して、背中をさする。

 

「大丈夫か?」

 

何度もさすっていると、ルークが落ち着きを取り戻して、ぎこちない笑顔を見せた。

 

「....大丈夫!殴ってごめん....俺もう帰るわ!」

 

「....あ、あぁ、分かった」

 

踵を返して、クライから急いで離れるように走っていくルークを見ながら、胸を人差し指で叩いた。

 

『何だ』

 

「ルークの気配、覚えれるか?」

 

『出来る』

 

「頼んだ」

 

ルークの後ろ姿を見ながら、クライは微かな不安を感じていた。

さっき知り合ったばかりだが、既に知らない仲ではない。

そんな人間を、クライは見捨てる事など出来ない。

 

「笑ってる奴を見つける。上手く隠れてるみたいだけど、確実に見つけるぞ」

 

『....そうか。それで、殺すのか?』

 

「....場合によっては」

 

クライは、足元に転がっているチンピラ共を見た。

そして、呆然とした顔で一部始終を見ていた子供に視線を向ける。

近づいて、目線を合わせて出来るだけ優しい声色で話しかけた。

 

「おい、ここで見た事、俺の事、誰にも言うな」

 

「ひっ」

 

怯えてすぐに走って逃げていく。

姿が見えなくなるのを確認し、チンピラ共の方を見、腰に手を当てため息を吐く。

 

「どうすっか....これ....全員連れていく訳にもいかねぇな」

 

何回か唸って、眉間に指を押し付ける。

 

「....まぁ、あとは放置でいいか」

 

首を絞められて口から泡を吹いているチンピラを背中に担ぎ上げた。

 

『殺せ』

 

「こいつらにはメッセンジャーになって貰う」

 

『メッセンジャーだと?』

 

「こいつらのボスに、俺の事を伝えてもらう。

そしたらあっちが尻尾を出すかもしれねぇ。

そうなったら、お前が望むように沢山殺せるぞ。....多分」

 

『....大元を叩く為か。

....今はそれで納得しておいてやる』

 

「....お前、『今は』ってさっきも言ってたよな?

何を企んでる?」

 

『....』

 

シキは黙り込んでしまった。

気にしても仕方が無いと、クライは転がっているものを一瞥してから歩き出した。

 

(にしても、さっきのルーク....普通じゃなかったよな)

 

そんな事を考えながら、家に向かう。

 

大人を担いでいる青年に、通行人がたまに奇異な視線を送っていたが、気にせずに突き進み、家へと着いた。

 

男をまずベッドに座らせ、何か縛れるものが無いかと様々な物が散乱した床をガサゴソ漁る。

 

「....これで行けるか?」

 

いつからあったのか分からない、毛糸のような細い糸を見る。

 

「さすがに無理か」

 

ポイっとそこら辺に放り投げ、また漁り始める。

なかなか見つからず、時間が過ぎていく。

クライは段々と焦りを覚え始めた。

いつ男が起きるか分からない。

 

「クッソ....なんでこんなゴミばっかなんだよ」

 

「うぅ....ん....?」

 

恨み言を吐いていると、男が唸って起きる気配がした。

思わず振り向くと、目を覚まして、状況が分からないと言った様子でキョロキョロと半目で見回していた。

クライの顔を見て、段々目が見開いていく。

 

「....お、おま!」

 

「『死鬼』!」

 

クライの身体から紫色の炎が立ち上り、炎の中から黒い腕が伸びて、男の体を縛った。

 

「....クソが....お前のせいで使っちまったじゃねぇか!」

 

炎が静まって顔に紫の脈が走っているクライの顔を見て、男は酷く怯えると共に困惑する。

 

「え、えぇ....?」

 

「また寝るはめになった....仕方ねぇ。急ぐぞ」

 

クライは男の前に立つ。

 

「お前らのアジトはどこだ?」

 

「は、はぁ?」

 

「さっさと答えろ」

 

男を縛り上げている黒い腕から、刃が伸びて男の喉に当てられた。

 

「な、や、やめてくれ!」

 

懇願する男を冷たい視線で見下す。

 

「答えろ、殺すぞ。嘘をついても殺すからな」

 

刃が当たっている男の首から、一筋の血が流れる。

 

「わ、分かった!言う!全部言うから!」

 

刃が首から離れて、黒い腕の中に戻っていく。

 

「アジトはどこだ」

 

「ア、アジト?」

 

「お前らのアジトだよ」

 

「アジトなんて知らねぇよ!」

 

また刃が男の首元に伸びてきた。

 

「ほ、本当なんだ!信じてくれ!」

 

「拠点はどこだ」

 

「知らねぇんだって!」

 

刃が、段々と首に深く入っていく。

それと共に男が涙を流し、叫ぶ。

 

「ほ、ほんとに、知らないんだよぉ」

 

泣き出してしまった男に、少し困惑しつつ刃を首から離した。

 

「....知らないってどういう事だ?」

 

「....お、俺らには、そういう重要な事は知らされてないんだ」

 

「....じゃあ、お前らのボスは誰だ?なんて名前だ?」

 

質問を変え、刃を首に近づける。

 

「ボ、ボスの顔は見た事ねぇ!名前も知らねぇ!ほんとだ!幹部は見た事ある!」

 

「....お前、さっきボスにどうのこうの言ってただろ」

 

首に近づいた刃を見て、男は呼吸と混じった声を漏らす。

 

「さ、さっきは....ちょっとビビらせようとしただけなんだ!まじで!

俺らみたいな下っ端がボスに会うことなんて出来ない!」

 

「まぁ、いい。幹部はどういうやつだ」

 

「幹部は何人かいて、俺らはそいつらに金を上納しなきゃいけないんだ....そんで、俺の知ってる幹部は、一人で、名前はネイル・シュティ!

男だ!」

 

「特徴は?」

 

「常に鳥の羽を付けた服を着てる!そんで身長はあまり高くなくて、顔は一見普通なんだけど、かなり性格がわりぃ!」

 

「鳥の羽....」

 

「ガキを虐めるのが趣味で、俺らに攫って来いって命令してんだ!それのせいで、さっき俺らは襲いたくもないガキに絡んでたんだよ!」

 

男が言った瞬間、刃が首を浅く切った。

 

「いっ!」

 

「それのせいで....?

命令されたから、ガキを攫う?」

 

「そ、そうだ!俺のせいじゃねぇ!全部ネイルとか言うやつのせいなんだ!信じてくれ!」

 

「お前は....誰かに言われたから、ガキを攫ってるんだな?」

 

「あ、あぁ、何度かやってきたけど、全部ネイルの命令のせいだ!」

 

黒い腕で縛られていない箇所の、男の左手を刃で突き刺した。

 

「あぁああ!なんで!全部言っただろ!」

 

「クズが」

 

引き抜いて、男の目の前まで刃を持ってくる。

涙目のまま、男はその刃を見て息を呑んだ。

 

「次ふざけたこと言ったら目を潰す。

その次は足だ。その次は腕を落とす。

最後は殺す」

 

淡々と言葉を連ねるクライに、男は恐怖し、震えて股から何かが染み出してきた。

 

「うわっ....まじか....」

 

自分のベッドが汚れたのを見て、クライは肩を落として萎える。

 

「....お前が知ってるボスの情報ねぇのか?」

 

「う、うぅ、た、助けて....助けて....殺さないで....」

 

目を強く瞑って体を震わせている男。

刃を目の前から離した。

 

「いいから、お前の知ってる情報他にねぇのか。

....そうだ、お前らの組織の名前は?」

 

「やめてぇ....お願いお願いお願い....助けて....」

 

「おい!」

 

クライの声に、ビクッと肩を跳ねさせて目を開けた。

 

「組織の名前は?そんでボスについて知ってる事は本当に無いのか?」

 

「そ、組織....?あ、ああ!!な、な、名前は、『アンダードッグ』!!!ぼ、ボス、ボス....あ!!ある!!ボスは、幹部の奴が、『裏の支配者』って言ってた!」

 

「そうか....もう聞くことは聞いたな」

 

クライの漏らした言葉に、男が目を輝かせた。

 

「え....じゃ、じゃあ!」

 

「あぁ、死ね」

 

男の首を刃が真っ直ぐ貫き、口から血が溢れ出る。

 

「言ったじゃねぇか。最後は殺すって」

 

黒い腕を解き、刃を引き抜くと、男が力無くベッドに倒れ込んだ。

血と尿が染み込んだベッドを見て、クライは眉を顰める。

 

「....捨てるか」

 

胸をトントンと叩く。

 

『近くに人間は居ない』

 

男を担ぎ、扉を開け廊下に出る。

手すりまで近づき、上を見上げた。

 

クライの住んでいる階の上にも、無数に階層が連なっている。

 

肩に男を乗せたまま、黒い腕を上の階の手すりへと伸ばす。

グッと引き寄せ、身を宙に浮かせた。

すぐに手を離し、また上の階の手すりに伸ばす。

それを繰り返し続け、クライはしばらくして屋上へと辿り着いた。

 

雑に男を真ん中まで放り投げ、それを鳥達がじっと見つめている。

 

「ほら、食えよ」

 

鳥達に言うと、クライは住んでいる階まで戻ろうと踵を返した。

屋上の淵で足が止まった。

 

「....すげぇ」

 

感嘆の声が漏れる。

巨大建築物の屋上から見える景色を見て、クライは人生で初めての感覚と共に、息を呑んだ。

 

帝国を囲う鉄壁、結界。

更に、この巨大建築物よりも大きいビル。

 

無数の家屋、行き交う人々、それらが豆粒のように見えた。

ガラス張りの建物が多く乱立している華やかな街並みも、遠くに見える。

ここラインとは大違いだ。

 

クライは手を広げて大きく息を吸った。

 

「見てるか?ヒロ」

 

この景色を、親友と分かち合いたかった。

そんな事をクライは思った。

 

同時に、身震いした。

自分が住んでいた世界がどれだけ狭かったか、痛感した。

そして、変えようとしている世界がどれだけ広いかも。

 

どれ程見惚れていたのか、日が沈みかけてようやくクライは浮ついた気分から、現実に戻ってきた。

 

来た時と同じように、上手く手すりに手をかけて降りていく。

 

自分の階まで戻って、部屋に入った。

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